落伍者たちのロードムービー   作:野生の虚妄クトゥム

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第6話「そォーか」

 

「艦長、正義実現委員会と風紀委員会への要求はいつに」

「──スゥゥ……ハァァ……スゥゥ……」

 

 艦長と呼ばれた少女は鉄製の椅子に深く座り込み、深呼吸を行う。前だけを見ている彼女の瞳には、深い海の蒼しか映っておらず、感情が見えない。だがそれは彼女にとって、いつものことであった。故に傍に控える副艦長は、艦長の返答をじっと待つ。

 

「……障害とは、シーツにこびりついた汚れと同じだと思わんか」

「艦長?」

「この仕事はいわば洗濯だ。完璧なベッドメイクのための準備にすぎん」

 

 目にかかる金髪を払い除け、艦長は姿勢を正す。視線を寄越さずとも、意識が向いた。副艦長の背筋が自然と伸びる。

 

「副艦長、風紀委員の持っていた方の通信機を使え」

了解(ラジャー)

 

 敬礼し、副艦長は部屋を出ていく。その姿を一瞥すらせず、艦長はもう一度息を吐いた。

 

「フゥゥ……さて、始めよう」

 

 目前の操作盤にあるレバーをひとつ押し上げる。そして盤に備え付けられたマイクを引き寄せた彼女は、ゆっくりと口を開いた。

 

「──歓迎しよう、お客人」

 

 

 


 

 

 

 充分とは言い難い明るさの電灯が青錆びた金属製の壁を薄く照らす。同じように照らされたアネゴたちの視線は、部屋の天井隅に備え付けられたスピーカーに注がれていた。

 

「海面下、400m……たとえヘイローがあっても意味をなさない前人未踏の領域、深海……ということは」

「クソッ、クソッ! ボロっちいくせに全然壊れねえぞこの鎖!」

 

 艦長の言葉から何かを思案するチナツ。その横でアネゴが無闇矢鱈と暴れるが、彼女に取り付けられた拘束具はじゃらじゃらと音を鳴らすばかりで壊れる気配はない。何も反応していないアズサは、ただじっとスピーカーを睨みつけていた。そんな彼女たちの様子を知ってか知らずか、調子の変わらない艦長の言葉が放送される。

 

『勘違いしてほしくないのだが、我々は君たちに危害を加えるつもりはない』

「自由を奪っといて何をほざきやがるッ!」

『今はゆっくり休むと良い。偉大なる海の神秘が通りかかれば、また見せよう』

 

 スピーカーからブツリと音が鳴り、それきり声が聞こえなくなった。鉄板が張り巡らされた殺風景な部屋が、一瞬だけ静まり返る。最初に痺れを切らしたのは、手を振り下ろしたアネゴだった。

 

「……クソッ! 妙に寒ィし最悪だ!」

「激しく動いたから汗をかいたんだと思う。それにここの気温も砂浜よりずっと低く感じる」

「お前らは悔しくねェのかよ!? 妙にすましやがって!」

「もちろん、このままでいるつもりはない」

 

 ガシャン、と金属の落ちる音が響く。むくりと起き上がったアズサは何もついていない両手を回し、自身の状態を確かめた。

 

「……は?」

「痺れも跡も無い。ずいぶん緩い拘束だな」

 

 ベッドの上に足を乗せたアズサは、外傷などが無いか手早く確認する。それを見つめるアネゴの目は点になっていた。

 

「おま、どうやって」

「敵に捕縛された際の対応訓練もしていた。だからこの程度の状況は想定内」

「訓練でどーにかなるもんなのかよ!?」

「確かに、この事態を想定した訓練を行っていれば対処可能だったかもしれません。己の不勉強を恥じるばかりです」

「チィッ、真面目な奴しかいねェ!」

 

 アネゴが喚いている間にあらかたセルフチェックを終えたアズサはアネゴとチナツを交互に見遣り、迷う素振りを見せた。

 

「どっちから解放すればいい?」

「チナツ、喧嘩できっか」

「私も風紀委員です、多少は戦闘の心得もあります」

「じゃあアズサ、チナツから先やってくれ」

「わかった。じっとしていて」

 

 チナツの側まで来たアズサは手、足の順番に枷を外していく。自由になったチナツは大きく息を吐き、軽く手足の状態を確認したのちベッドから降りて立ち上がった。

 

「さて、次はアネゴさんの番──」

「気合がッ! 訓練にッ! 負けてたまるかよォッ!! 湧き上がりやがれアタシの底力!」

「な、何しているんですか……?」

 

 ガシャンガシャンと大きな音を響かせながらアネゴは何度も手枷をベッドに叩きつける。そんな彼女の姿を見たチナツはやや引いていた。金属製のベッドに引っかき傷が増えていくが、手枷が外れる様子は無い。

 

「大人しくして。金具が歪むと外せなくなる」

「クソー、アズサの手際が良すぎるぜ」

 

 仰向けに寝転んだアネゴが観念したように両手を掲げる。早速解錠に取り掛かろうとアズサが近寄ったその時、部屋の出入口である扉に付いているバルブが、軋みながらゆっくりと回り始めた。

 

「誰か来んのか? アズサ、先にどっか隠れろ」

「でも……いや、こうしよう。火宮チナツもこっちに」

「そこは……なるほど、わかりました」

 

 アズサたちが控えたのは、扉のすぐ真横。未だ銃も取り返しておらず、服装も水着のままで装備が心もとない彼女たちが敵に対抗するためにとった位置であった。

 ゆっくりと回っていたバルブは止まり、重苦しい音を響かせながら鉄の扉が開いていく。内開きの扉を押して入ってきた人物は、チナツがホテルで目撃した白い襲撃者と同じく白一色の体色をしており、首元から触手を生やしていた。しかし頭にヘルメットを被っておらず、そこにはチナツたちと変わらない普通の少女の顔があった。

 

「よっ、こい、しょ、っと。ふう、相変わらず重い──」

「ふっ──!」

「なあっ!?」

 

 扉を開ける事に集中していた少女はすぐ横に張り付いていたアズサに気付かず、彼女のタックルを受けて部屋の中に倒れ込んでしまう。そのままアズサは彼女の首元を掴みながら勢いづけて持ち上げ、空いている鉄製ベッドに叩きつけた。

 

「ぐっ……!? お前、拘束を……!」

「大人しくしろ。抵抗すれば相応の対応を取ることになる」

「アズサさん、扉は閉めました」

 

 少女にまたがり両手をベッドを押し付けているアズサの後ろで、チナツは開かれた扉をゆっくりと閉めていた。

 

「ただのトリニティ生がなんでこうも……!」

「火宮チナツ、拘束具を付けて。鍵がいらないタイプだから嵌めればいけるはず」

「わかりました。これと、これを……」

 

 アズサに押さえつけられていた少女はチナツによって両手両足に枷を嵌められ、ベッドに縛り付けられてしまった。拘束を確認したアズサは少女の上から退き、彼女の装備を手早く検分し始める。その横でチナツは少女を見下ろしていた。

 

「あなたたちは、『ニセイカ』ですね」

「っ…………」

 

 少女の表情が険しくなる。

 

「沈黙は肯定と捉えます」

「くっ……!」

 

 目を逸らし歯を食いしばる少女──ニセイカの構成員。それはほとんど自白であった。

 

「なんだそのニセイカってのは。不良集団か?」

「まあ、概ねそのようなものです」

「馬鹿にするな! 私たちはそんな卑俗なものではない!」

「へェ……じゃあ言ってみろよ」

 

 横向きに寝転がったアネゴの双眸が構成員の瞳を貫く。圧の強さに喉の奥から悲鳴が上がりそうだったが、それをぐっとこらえて彼女は睨み返した。

 

「わ、私たちは偉大なる海の神秘と共にありたいだけだ。犯罪だの何だのは手段でしかない。つまらない尺度で考える陸の連中の戯言だ」

 

 それはチナツたちも知らないニセイカの行動原理であった。抽象的で曖昧な、理解しがたい原理。それを聞いたアネゴはじっと構成員を見つめ……

 

「そォーか」

 

 呟き、寝返りをうってそっぽを向いてしまった。それは明らかな落胆であった。予想していなかったリアクションに構成員は一瞬固まるが、すぐに顔を赤くしてアネゴの背中を睨みつける。アネゴの態度は彼女にとって挑発に映ったのだ。

 

「ふ、ふん! 陸の不良ごときが私たちの素晴らしい考えを理解できるとは思えなギャイィ!?」

 

 アネゴに嫌味を吐いていた構成員は突然身体をくねらせて飛び上がった。彼女の背後にはスタンガンを片手に持ったアズサが佇んでいた。足元には外された触手が4本とも力なく落ちており、つまりは完全な無力化を示していた。

 

「武器がスタンガンだけなんて、どういう防衛体制なんだ」

「あ、返せっ!」

「じゃあこちらの質問に答えて。私たちの銃はどこ」

「ひっ、向けるな!」

 

 アズサの方に身体の向きを変えて手を伸ばした少女だったが、枷が邪魔して届かない。逆にスタンガンの先端を突き出され、手を引っ込めるはめになっていた。

 

「い、言うわけ無いだろう! トリニティなんてぬるま湯に浸かった連中の手には屈しな待って待って出力上げるのやめて良くない良くないってそういうのほらさきっちょが凄い放電してるバチバチいってる怖い怖いこっち近づけないで!?

「私達の銃は、どこ」

「操舵室の金庫!」

「そうか、ありがとう」

 

 スタンガンの電源を切ったアズサはアネゴの元へ行き、彼女の拘束を解いた。ベッドから降りて立ち上がったアネゴは肩を軽く回し、構成員を冷たい目で一瞥した。その目に射抜かれた構成員は身を竦めるが、既にアネゴは彼女から興味を失っており、アズサたちと肩を組んで不敵な笑みを浮かべていた。

 

「よォし、行くぞお前ら! 即席アネゴ団の出発だァ!」

「勝手に入れないでください」

 

 チナツに伸びた方の手はぺしっと払われていた。

 

「操舵室、ということはここは船の中だと思う。ニセイカの予想される構成員数から考えてそう大型ではないはず」

「海中で活動出来る船ということは、潜水艦のようですね。実物に乗り込んだのは初めてですが」

「センスイカン? 船は船だろ」

 

 アズサの肩から手を放したアネゴは出入り口の扉のバルブに手をかける。

 

「留まるより進むぜ! 考えるより先に手ェ出すのがアタシの不良道だッ!」

 

 そう叫びながら彼女は両手で思い切りバルブをぶん回し、思い切り蹴飛ばした。重低音で軋みながら扉は開き、鉄壁の通路があらわになる。そしてちょうど、扉の前をニセイカの構成員たちが通りかかろうとしていた。

 いきなり開いた扉とそこから出ようとするアネゴに彼女たちは一瞬固まるが、すぐに手元からスタンガンを取り出して構える。

 

「……な!? 脱走──」

「どきやがれパァンチ!」

「暴れるな! おとなしく──」

「邪魔すんなキィィック!」

 

 しかしアネゴが飛び出し狭い通路で暴れ出すのが先であった。スタンガンを突き出される前に喧嘩殺法で構成員たちをノックアウトし、床に散らばったそれを素早く拾い上げてチナツたちに投げ渡す。

 

「わっ、とっ」

「とりあえずそれ持っとけ!」

「アネゴは?」

「アタシにゃ似合わねェ!」

 

 足元で伸びている構成員たちを飛び越してアネゴは通路の先へ躍り出る。アズサたちも彼女に続いて、ゆるやかなカーブの通路を進む。

 

「何の音──人質が逃げてるぞ!」

「どうやって拘束を解いたんだ!?」

「どけどけどけェ! アネゴ団のお通りだッ!」

 

 ニセイカ構成員がアネゴたちの前に立ちはだかる。だがスタンガンを構えようと、勢いづいたアネゴたちを止めることは出来ない。

 

「2倍の電撃、耐えらないはず」

「スタンガン2丁持ちぃ!? ひぎゃあ!」

 

 両手にスタンガンを持ったアズサは構成員の動きを避け、確実に頭に電撃を当てていく。狭い通路とはいえ明らかに訓練されていない素人相手ではアズサの敵ではなかった。

 

「身を潜めて……そこです!」

「しびびびびなにしやがががががが」

 

 派手に動き回るアネゴとアズサに気を取られた構成員は、2人の影に潜むチナツによって昏倒させられる。かつてチナツを拘束した触手は通路の狭さから充分に伸ばせられず、この場において何の優位性も無い飾りと化していた。

 快進撃を続けるアネゴたちは目についた扉のバルブを片っ端からひねり、蹴り開け、部屋の中を探索して金庫らしきものを探し回る。

 

「どうだ!」

「この部屋も違います!」

 

 しかしそれらしい物や箱は見当たらず、棚やラックをひっくり返しても銃は出てこなかった。

 

「じゃあ、横じゃなくて先の扉ってことだな」

 

 あらかた探し終えたアネゴたちは、通路の終着点にある扉を見つめる。悠路に横付けされていた扉よりも数段大きな鋼鉄の扉が彼女たちの前に立ちはだかっていた。

 

「よォし、気合い入れろお前ら! せェーのッ!」

「ふっ……!」

「そお、れっ……!」

 

 巨大バルブを3人がかりで回し、肩で押し出すように扉をこじ開ける。

 轟音とともに開いた扉の先には、さまざまな機器が並んでいる広い空間があった。

 

「──騒がしいな。何事だ」

 

 その中央で、鉄製の椅子に座っていた少女がゆっくりとアネゴたちの方へと体を向く。他の構成員と同じく白一色の体に首元には4本の触手が生えており、金髪の前髪から見え隠れする瞳には深い海の底に劣らない黒があった。

 その時、アネゴたちが入ってきた扉の向かい側の扉が開かれ、構成員がなだれ込んできた。

 

「か、艦長! 人質が脱走しました……って、操舵室になぜ!?」

「なるほど。そういう状況か」

 

 少女──艦長は薄く笑いながら立ち上がり、アネゴたちをまっすぐに見据えた。アネゴはその目を睨み返し、不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。

 

「私は休めと言ったはずだが。ずいぶん自由にやってくれたようだ」

 

 艦長の首元から伸びる触手が天井に伸び、備え付けられたレバーを掴んで一斉に引く。すると開けられていた扉が一斉に閉まり、鉄の天井からガタガタと何かの駆動音が鳴り始めた。

 

「副艦長」

「ここに」

「予定通り風紀委員会に連絡を。マイクの集音機能は最大に」

了解(ラジャー)」」

「あの通信機は私の……! どうやら、私たちの装備はこの部屋にあるようです」

 

 いつのまにか艦長の側に控えていた副艦長が下がり、通信機を機器に繋ぎ始める。それを見咎めたチナツはここが操舵室であるという確信を深めた。

 

「へェ、テメェがニセイカの頭か」

「──いかにも、私こそがニセイカのリーダーであり、この潜水艦『ニセダイオウイカ』の艦長を務めている者だ」

「イカ尽くしで結構なこって。で、テメェをぶっ飛ばせばこの船で上まで戻れるってわけだ」

「はぁ……陸に生きる者は相変わらず野蛮なままか」

「あァ?」

 

 艦長直上の天井が開き、何かが降りてくる。それは大きな潜水ヘルメットと、先端に持ち手のついた極太ホースであった。機械のアームに吊り下げられていたヘルメットを2本の触手が受け取り、ホースは艦長の手元まで降りてくる。持ち手を両手で受け止めた彼女はノズルを上に向け、トリガーを強く引き絞った。するとホースからは水でも、炎でも無く、冷気の伴った霧が噴射音とともに勢いよく放射した。

 

「この放射器(スロワー)が吐き出すのは陸の象徴たる炎ではない。深海水がごとく冷たく重い、全てを凍てつかせる冷凍ガスだ」

 

 触手がヘルメットを艦長の頭に被せ、首元が固定される。表情の見えなくなった彼女はホース改めガス放射器をしっかり構え直し、アネゴたちに銃口(ノズル)を向けた。

 

「偉大なる海の神秘を理解出来ぬ愚かな陸の者たちよ。極寒の中で凍てつき静まるがいい」

 

 深海400mの密室空間にて未だに銃を取り戻せていないアネゴたちは、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

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