落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
アネゴたちに向けられた放射器の噴射口から冷凍ガスが勢いよく吹き出す。
「皆さん、絶対あのガスに直撃しないでください! 水着しか着ていない今の私たちでは重度の凍傷となる恐れがあります!」
横に飛び退きながらチナツが叫ぶ。同じようにして直撃を避けたアネゴたちは方々に散らばってしまう。
「床も壁も冷たい。持久戦は不利か」
「チッ、銃弾ならいくらかマシだったのによ!」
転がりながら壁に手をつき、素早く立ち上がるアネゴ。だが彼女が息を整える暇も与えず、ニセイカの構成員が襲い来る。
「艦長の手を煩わせるまでもなく! 大人しく捕まれ!」
首元から伸びる4つの触手をくねらせ襲いかかる構成員。相対するアネゴは動じず、されど口角をわずかに上げて体を屈めた。
「首から手ェ生やしやがって! んなモンはこうだッ!」
「アームが!? おわーっ!!?」
襲い来る触手の攻撃を避けたアネゴは隙を突いて触手をしっかり握りしめる。そのまま力任せにぶん回して構成員の体ごと壁に叩きつけ、さらには遠心力で触手を引きちぎってしまった。
頭を壁にぶつけた構成員は気絶し、床に転がっていく。
「さァて次は──」
「多目的マニピュレータを粗雑に扱うとは、やはり不良はエレガントではないな」
「あァ? ッ!?」
振り返るとアネゴの眼前には迫る冷凍ガス。咄嗟に頭を下げてそれをかわした彼女は腰ほどの高さの機材を盾にして身をかがめる。
「艦長、いつでも」
「フフ……今すぐだ」
ノイズが走り、スピーカーがハウリングする。
ガスの勢いが弱まったのを確認したアネゴは勢いよく身を乗り出して機材を飛び越える。
同時にハウリングが収まり、通信機を介して音声がスピーカーから流れた。
『────チナツさん! 状況を説明して────』
「ごきげんよう、ゲヘナ学園の風紀委員会諸君」
『!?』
「君たちの同胞、そしてトリニティの生徒。彼女たちは我々ニセイカが預かっている。その意味が分かるな」
通信機を通して聞こえた声はアコのものだった。彼女の警戒する気配を感じながら、艦長は放射器を構えなおす。
「正義実現委員会にも伝えると良い。我々の要求はただひとつ」
機材を次々飛び越えるアネゴに狙いをつけながらも厭らしい笑みを浮かべ、余裕を崩さずに彼女は自らの要求を突きつけた。
「君たちの委員長、彼女らの永久停学である」
『はぁ!?』
『無茶苦茶な……!』
隣で控えていたのだろう、ハスミの声までスピーカーに乗せられる。
その間にもアネゴは艦長に迫っており、ついに2人を隔てる壁は1枚までになった、その時。
艦長の隣に控えていた副艦長が触手をうねらせアネゴの前に出る。
「──スカしてンじゃあねェええええええッ!!」
「艦長の邪魔だ、不良!」
「がッ!?」
最後の機材を飛び越えた瞬間、空中で無防備になったアネゴを4本の触手が絡め取る。
同時に放射器から冷凍ガスが彼女に向けて噴射される。
「恐縮だが、静かにしてくれ。交渉中だ」
『今のっ、アネゴの声っ!?』
「ッ────!」
「アネゴ!」
避けることも出来ず冷凍ガスが直撃したアネゴは、聞こえたチビの声に反応すら出来ず肌も顔を白く染め上げられてしまう。
「ようやく当てられたか。よく冷えるだろう、素肌に冷凍ガスは」
『何を……』
「喜ぶと良い、まだゲヘナもトリニティも犠牲になっていない。紛れ込んだ不良がその身を以て効果を実証しただけだ」
どさりとアネゴの体が崩れ落ちる。緩められた拘束から重力に従い落ちた彼女は受け身すら取れず、かろうじてヘイローが点いているだけの危うい状態だった。
「君たちが要求を呑まなければ、見捨てられた生徒たちは哀れにも凍りつき、二度と帰ることは叶わないだろう。不憫だ……」
『……!』
「行政官! こんな脅迫に取り合う必要はありません!」
「私たちはここから自力で脱してみせる。あまり見くびらないことだ」
潜んでいたチナツとアズサが飛び出し、付近の構成員を倒しながら叫んだ。
『アズサちゃん! そこにいるんですかアズサちゃん!!』
「っ!」
「おや、フフ……素敵だ。ご友人が心配しているぞ」
向けられた冷凍ガスの噴射を機材に隠れてやりすごしながらアズサは歯噛みする。その声は間違いなくヒフミだった。
「ぜひ聞かせてあげるといい。銃も無く、帰る術も無く、ただ囚われることしか出来ない君たちの現状を」
「……たしかに、楽観視出来る状況じゃない。それは認める」
立ち上がり、身をさらすアズサ。その視線は艦長に向いていたが、艦長を見てはいなかった。
「だけどそれは、私たちが帰ることを諦める理由にはならない」
『アズサちゃん……!』
艦長を強く睨みながら、アズサは宣言した。ヘルメットの中で艦長の口角が下がり、目付きが鋭くなる。
「信じて。私はもう、手を離さないから」
「……不愉快だ。立場を分かっていないらしいな」
放射器の噴射口をアズサに向けた艦長は思い切りトリガーを引こうとし──
「おらァッ!!」
──放射器自体を下から突き上げられ、衝撃でよろめいた。
「ぐっ……!?」
「テメェらチンピラごときにスゴまれようと、怖くねェなあ!」
吐く息は白く、肌には霜が降り、唇は紫。どう見ても満身創痍で、気絶していないのが奇跡の状態でアネゴは立っていた。
「銃がねェ、帰り方もわかんねェ、体もボロッボロだ。だがそれがどうしたッ! この程度で不良は折れやしねェんだよッ!」
「何……?」
だが、立ち上がった彼女は不敵な笑みを浮かべ、しっかりと両腕を組んで艦長の前に仁王立ちする。
「気に入らねェ奴はぶっ飛ばす! 気に入らねェ道理もぶっ飛ばすッ! キヴォトス
啖呵を切った彼女に艦長は苛立ちを露わにする。その感情に従うまま放射器の先がアネゴに向けられる。
控えていた副艦長もヘルメットの向こうから鋭い眼光でアネゴを睨んでいた。
「戯言を……! もう一度痛い目を見たいようだな!」
「艦長のガスをふたたび受けるが良い!」
副艦長の触手がアネゴに迫る。再度縛り上げ、見せしめとして氷漬けにするつもりなのだ。
「二度も同じ手食うかッ! こいつでェッ!」
構成員からちぎった触手を両手で持ち、大きく振り回す。するとまっすぐ向かってきていた副艦長の触手が絡まり、瞬く間に一塊の結び目が完成した。
「しまっ──」
「不良の魂ィ一本釣りィィィッ!!」
「ぐあっ!?」
「馬鹿な──」
そのまま力任せにアネゴは両手を横倒しに引っ張る。勢いにつられ体ごと倒れ込んだ副艦長は艦長を巻き込み、ふたりして操作盤に叩きつけられた。
「見たかッ、不良の底力ァッ!!」
「お、の、れぇ……! 退け副艦長!」
「くっ、申し訳ありません!」
乱暴にどかされた副艦長の体が操作盤のレバーに引っかかる。そのまま立ち上がろうとした彼女の動きに合わせて引き上げられ、その瞬間艦内が大きく揺れ動いた。
「ぐ、うっ! この振動は……! 深度計確認!」
「じゅ、15m浮上! さらに浮上中! これは、急すぎます!」
「水圧ジェットのレバーを引いたか! 副艦長、潜水服だ!」
「ぐうっ……! はぁっ……!」
引っかかりを解消し、レバーを戻す副艦長。一部始終を見ていたアネゴは不敵な笑みを浮かべ、ずびしと操作盤を指さした。
「なるほどそのレバーかッ! よォし、お前らッ!」
「通信機は返してもらいます!」
アネゴが大立ち回りしている間に艦長たちの元まで近づいていたチナツが、コードを強引に引き抜いて通信機を取り戻す。それに気づいた艦長がガス放射器を彼女へ向けようとするが、その前に同じく近づいていたアズサによりノズルを蹴り上げられ、たたらを踏んだ。
「何ぃいい……!」
「もう好きにはさせない」
「そいつの抑えてるレバーがアタシたちの帰り道だッ! 頼んだぜ、ダチ公ッ!」
頷くアズサに獰猛な笑顔で返しながらもう一度引き倒そうと力を入れるアネゴ。だが今度は副艦長も踏ん張り、逆にアネゴを叩きつけようと触手の出力を上げていく。
「不意打ちでなければ、不良などに!」
「チンピラなのはお互いさまだろォがッ!」
「理想無き有象無象と、一括りにするなぁっ!」
火事場の馬鹿力は続かない。消耗したアネゴの体力が底を尽き、手足から力が抜けた瞬間、副艦長の触手が思い切り持ち上がった。
「仲良く寝ていろ!」
「がッ……!」
「!」
天井に勢いよく叩きつけられたアネゴが、そのままアズサに向けて振り下ろされる。だが、その前にアズサが副艦長の側を潜り、操作盤のレバーを引き上げた。
振動が再び艦内を襲う。
狙いのぶれた触手から解放され放り出されたアネゴは鉄の床に叩きつけられる──直前にチナツに抱きとめられた。
「浮上速度、に、20、30、40……! 艦長!」
「馬鹿なことを……わからんか!? 急浮上は重大なリスクを伴う!」
「怖気づいたらァ……不良はやれねェ!」
「愚かな! っ、ぐうっ!」
強い揺れと浮遊感が全員を襲う。それに当てられてかニセイカたちの動きがぎこちなくなっていく。
「ハァ、ハァ、流石に……ゥプッ!」
「しっかり、してください!」
口元を抑えるアネゴに檄を飛ばすチナツ。体が真っ白なアネゴはともかく、チナツの顔も白く青くなっていく。
「こうなっては、総員治療室へ急げ! 酸素カプセル全機を稼働させ──」
「そ、ソナーに感! これは、探知されています!」
部屋を覆っていたガラスが黒から青へと徐々に色づいていく。地上からの光が届いている証左である。
「ゲヘナやトリニティに対潜装備があるものか! オデュッセイアの尻拭いで機材を借り受けたな!」
「つまり……皆がこの艦を見つけたということか」
「ええい、いい加減に手を、離せ……!」
「断る……!」
無茶な操作をしたせいで絡まった触手が動かなくなった副艦長が、レバーにへばりつくアズサを引き剥がそうと掴みかかる。
しかしふらつき、力の入らない潜水服越しの攻撃をアズサがいなせないはずがない。
襲いかかる潜水服を後ろにかわし、なおもレバーから手を離さず留まる。
「水が、輝いてる……」
青から水色へ。
水色から空色へ。
ガラス越しの景色が明るさを取り戻していく。
「キラキラしてて、キレイだ……」
生気を失いつつあるアズサはしかし、ただ眼前の光景に釘付けとなっていた。