落伍者たちのロードムービー 作:野生の虚妄クトゥム
第1話「あばよブラックマーケット!」
ざあざあと雨が降りしきるブラックマーケットの路地裏。地面には広がる水たまりにはゴミや汚れが溶け込んでおり、虹色の油を表面に浮かせていた。切れかけの街灯に照らされていたそれを、不意に誰かが踏み抜く。
「はぁ……はぁ……っ」
黒のセーラー服を着た長身の少女は、壁に手をつきながら口元を抑える。汚水たまりで靴が汚れることも厭わずに彼女はゆっくりと歩きつづけていた。
「私、は……違う……違う……!」
背負っているスナイパーライフルも、セーラー服も、黒のボブヘアーも、赤い円のヘイローも、彼女の全てが余すところなく雨水に侵されていた。濡れきった髪からしたたる水滴が彼女の頬を伝って地面に落ちる。
「こんな……だって……」
ふと、街灯に照らされた水たまりに少女の顔が映り込んだ。自身の目と視線が合った彼女は、その奥に秘めている感情を突きつけられ──
「ぅ、おぇ……っ……! んん……」
胸からせり上げてくる不快感を無理やり抑え込む。目を閉じて口元をぎゅっと抑え、思わずしゃがみ込む少女。数秒そうしてうずくまった彼女は、やがてゆっくりと瞳を開いた。淀んだ目で見つめるのは水たまりに映った彼女自身の姿だった。
「……
少女の目元を雨水が伝い、そして水たまりへと落ちていった。
早朝のブラックマーケットを1台のオンボロ自動車が爆走する。背後には無数のドローンと装甲車が追ってきており、彼らの絶え間ない射撃が容赦なくオンボロ車に残り少ない外装を剥ぎ取っていく。
「アネアネアネゴゴゴゴゴ……!? ほほほほんとに車運転したことあるんだよね!?」
「あァ! ゲーセンのレースゲームでなァ!」
「……私たち、終わったかも」
セミロングの薄茶髪を振り回しながら運転席でハンドルを握る少女──アネゴの言葉に2人の少女は青ざめた。助手席で携帯端末を操作しながら脱出経路を探していた黒いボブヘアーの長身の少女──ノッポは大きくため息をつく。後部座席の真ん中に座り、片手でシネマカメラを抱え、空いた手で必死にしがみついている灰長髪の小柄な少女──チビは声にならない悲鳴を上げながら大粒の涙をこぼしている。
「ノッポォ! 後どんくれェだァ!」
「そこ曲がったら検問所。超えればもう追ってこない」
「ッしゃァ! 気合入れろお前らァ!」
「ひいぃ~~~~!!」
既にオンボロ車の屋根は消失しており、後部座席の側面ドアも攻撃によりタガが外れて宙ぶらりんになって大きく揺れていた。
曲がり角に差し掛かり、ハンドルを切ろうとして力を入れるアネゴ。するとバキッと嫌な音が鳴り、ハンドルが根本からすっぽ抜けてしまう。
「オイオイオイオイハンドル取れたんだけどォ!?」
「終わりだぁ~~~~!! ウチら死んじゃうんだ~~~~!!」
「なんで端末越しに自動操縦出来ないのこのオンボロ……!」
回しすぎたコーヒーカップもかくやという程に回転しながらオンボロ車は壁への激突を繰り返す。激突するたびに車体はひしゃげ、外装は弾け飛び、煙が各所から上がりはじめていた。
「目が目がまわるるるるるぅ~~~~!!」
「黙っとけ舌噛むぞ!」
「流石にもうこの車はダメ、飛び降りよう」
「いや……このまま突っ切る!」
不敵な笑みを浮かべたアネゴの様子を見て、ノッポは嫌な予感を感じた。
「『アネゴ団』はこの程度で諦めねェッ!! 行くぞォッ!」
そう叫んだアネゴはアクセルを思い切り踏み抜いた。すると煙を吹いているエンジンに文字通り火が付き、タイヤの回転数が異常に上がりはじめる。
「あわわわわわわわ!?」
「いっけェェェェェェェ!!!」
「っ……!」
暴走回転しながら突撃してくる爆炎に包まれたオンボロ車が突如現れたことで、検問所で控えていたマーケットガードの対応が一瞬遅れてしまう。その隙に暴走しながら突っ込んできたオンボロ車は検問所の看板に激突する。フロントバンパーから火花が散り、衝撃でタイヤが地面から離れ、そのままオンボロ車は慣性に従って検問所のゲート上空を猛回転しながら滑空しながら通過していった。
「いよっしゃあァァァァァ! あばよブラックマーケット!」
「空飛んでるぅ! 車なのに空飛んでるぅ!」
「……待って、このままだと……」
そしてブラックマーケットの外の地面に着陸……せずにフロントから墜落してしまう。側転のような軌道で豪快に2転、3転と吹っ飛んでいき、追加で5回転ほどしたところで建物に激突してオンボロ車はようやく停止した。
「…………生きてるかァ?」
「死んでるぅ……」
「…………なんとか」
燃え盛るオンボロ車の残骸から這い出るアネゴたち。お揃いの黒セーラーはボロ布と見間違う程ボロボロになっており、彼女たち自身も全身が煤まみれになっていた。
立ち上がり振り返ったアネゴは、はるか遠くに見えるブラックマーケットの検問所を見つめ、ニヤリと笑った。
「次戻ってくる時は不良の頂点に立つ時だ! 首洗って待ってろあッ!?」
燃えていたオンボロ車が限界を超え、大爆発した。ブラックマーケットに向けて啖呵を切っていたアネゴも巻き込まれて吹っ飛んでいった。
「……アネゴ大丈夫?」
「……だいじょばねェ……」
大の字で倒れるアネゴを、ノッポは見下ろす。チビとノッポはちゃっかり車の近くから離れていたため無事だったのである。
痛みを堪えながらアネゴはゆっくりと立ち上がった。
「さてと……ここどこだ?」
「地図によると……アビドス自治区の近くみたい」
「げっ、アビドスか……」
土を払いながらノッポの報告を聞いたアネゴは、苦々しい表情を浮かべた。
「アネゴ、来たことあるの?」
「お前らを拾う前にちょっとな。あんま良い思い出はねェ」
「アビドス……ねぇみんな。ウチ、砂漠に行ってみたいな」
シネマカメラを両手で抱え直したチビに、2人の視線が集まる。
「アビドスに来る機会なんてないと思ってたから、砂漠の映像を撮ってみたくなっちゃって……」
「私は良いけど、アネゴは?」
「砂漠、砂漠かァ……」
唯一アビドスに来た経験があるアネゴは頭に手を当ててうなり始める。
「もちろん、アネゴが嫌だったらいいよ……?」
「……しゃあねェ、準備したら行くぞ! お前らも砂漠のヤバさ味わっとけ!」
「わぁ……! ありがとうアネゴ!」
満面の笑みを浮かべるチビから顔を逸らすアネゴ。少し赤くなったその表情に微笑ましい気持ちを感じながら、ノッポは端末を操作する。
「最寄りのコンビニは……え、10km以上先? 遠すぎじゃない……?」
「アビドスはそういう場所だ。さ、行くぞお前ら!」
歩き始めたアネゴたちの背後で、もう一度オンボロ車の残骸が爆発炎上した。
アビドス自治区の、かろうじて経済が生き残っている区画。まばらにビルや商店が立ち並ぶ一角にあるコンビニから、消耗品などを買い漁ったアネゴたちがビニール袋を持って出てきた。
「やっと弾が買えた……」
「替えの服と絆創膏もね……」
ほっと一息ついているチビとノッポの後ろには、うなだれた様子のアネゴがトボトボと歩いていた。
「そりゃよォ、コンビニに本格的なガンショップは期待してねェけどよォ……」
「げ、元気だしてアネゴ……! ナイフ1本だけよりはマシだから……!」
アネゴが自分のビニール袋から人差し指と親指でつまみ上げたのは、パッケージングされた量産品の拳銃。
弾薬や手榴弾がコンビニに陳列される銃社会のキヴォトスと言えども流石に銃火器そのものは専門の店に卸されることが多く、そちらで購入したほうが信頼性が高い。そういった観点から、銃を無くした際の護身用にしか使われない、シンプルかつほぼ捨て値の安価なタイプの拳銃しかコンビニでは販売していなかった。
「つってもハンドガンは撃ったことねェしなァ。まァなんとかなるか」
「な、ならないと思うけど? 私、一応使えるから教えられるよアネゴ」
「おォ、助かるぜノッポ。ショットガンの時は1人で試すしかなかったからよォ」
「え、独学でショットガン撃ってたの……?」
車に乗っていた時とは別の意味で青ざめていくノッポ。
「その前にみんな、着替えない? ほら、あそこに公衆トイレあるよ」
チビが小さな公園の公衆トイレを指差す。
「それもそうだな。よし、着替えと手当てしたらそこのベンチ集合!」
「了解」
「はーい」
新品の黒セーラー服と絆創膏と消毒液を分け合い、彼女たちは着替えと手当を済ますのだった。
「……ん~? 今の子たち、見ないカオだったかも。くふふっ♪」