Arrival of Another King!(もう一人の王、来たる)   作:ほろろぎ

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前編

「裁判長の野郎ー! ふざけやがってー!!」

 

 鉄格子の中で、罪人が叫ぶ。

 

 建物の外側(・・)に設置されたこの(おり)は壁も屋根もなく、ただでさえ風雨に(さら)される作りをしている。

 その上この場所は北東の寒い寒い地域にあり、常に雪が降り続ける(けわ)しい気候なのだ。

 ゆえに野ざらしの檻は現在も、吹雪の真っただ中という過酷な環境にあった。

 

 収監されたばかりの新しい罪人は、元々この極北の国──「ゴッカン」の人間ではない。

 五つある大陸の一つ、科学が発達した国である「ンコソパ」が男の祖国だったのだ。

 

 しかし男はその母国で、とある犯罪を起こした。

 それが発覚したことで、彼はこの氷雪の国へと移送されることとなったのだ。

 

 それはこの国──ゴッカンが「不動の中立国」と呼ばれ、五大陸で起きた国際的な犯罪を裁く、司法の場として機能しているからに他ならない。

 

「転売のなにが悪いんだよー!!」

 

 長髪を鼻水で濡らしながら、転売の罪で収監された男は自らの潔白を訴えた。

 

 暖かな気候が維持されているンコソパの民であるテンバイヤーは、ゴッカンの厳しいまでの寒さにすっかり参っていた。

 着ている衣服も薄手の半袖という軽装のため、尚のこと寒さが身に染みる。

 

「裁判長、出てこーい!」

 

 テンバイヤーの叫びが、雪山の間にこだまする。

 彼の声が聞こえているのは、同じように収容された、同じ檻の中の犯罪者たちしかいない。

 もっとも他の囚人たちは、いくら声を張り上げても無駄だということをすでに知っており、耳を(かたむ)けることもなく黙りこくったままだ。

 

「裁判長のバカヤロー!」

「失礼、少し静かにしてもらえないか」

 

 我関せずの囚人たちの中で、テンバイヤーの大声をたしなめる者が一人。

 男を注意したのは、収監された人間たちの中でもことさらに、特異な身なりの人物だった。

 

 黒髪に黒目、黒の背広に黒のズボン。手袋も靴もネクタイも、スーツのボタン意外がすべて黒一色。

 まるで闇の中に、ぽっかりと首だけが浮かび上がっているような錯覚を覚えるほどだった。

 

 テンバイヤーの怒りは収まらず、注意してきた黒づくめの男にも食ってかかる。

 

「うるせー、これが黙っていられるか! 俺は正当な権利を行使して物を売っただけだぞ!?」

「その正当性を主張するなら、それを聞き入れてくれる相手が必要なのではないかね」

 

 テンバイヤーの叫びは、彼を牢屋にぶち込んだ相手には届いていない。

 関係者はこの場におらず、男の言い分に耳を傾ける者もまたここにはいない。

 他の囚人たちは長い刑期で疲れ果て、ただ黙ってうつむいているのみだった。

 

「しかしこう寒くては、叫んででも体を温めたくなる気持ちはわかる。私も、ウィスキーを一杯()りたいものだ……」

 

 黒服の男は、そう言って目をつむる。

 酒で温まった体のぬくもりをイメージしているようだった。

 

「ちくしょう! こんなクソ寒いところで半年も過ごせなんて……」

 

 この国、ゴッカンの気温はマイナス十度。

 吹雪の中わずかなかがり火を頼りに半年間……それは想像するだけでゾッとする話だ。

 

「君は、ここを出たいと思うか?」

 

 黒服の男がテンバイヤーに尋ねた。

 

「当たり前だろ! でも……相手はあの『リタ・カニスカ』だ。どうやっても奴の判決は、ひっくり返せるもんじゃねえ……」

「私が協力する、と言ったらどうだ?」

 

 テンバイヤーは男の言葉を上手く呑み込めない様子だった。

 

「協力するって、脱獄でもするつもりかよ」

「そんな野蛮な真似はしない。私がその、リタという人物と交渉する。君を釈放するように」

「交渉だって? ハハハ!」

 

 テンバイヤーは、面白い冗談でも聞かされたように吹き出した。

 

「あんた、リタのことなにも知らないのか?」

「ああ。私のメモリーはずっと昔に失われていてね」

「メモリー……? 記憶喪失なのか、あんた」

「そのようなものだ」

 

 それで、と黒服の男はテンバイヤーに決断を即す。

 

「どうする? 私の仕事は交渉人──『ネゴシエイター』だ。こういった揉め事の対処法は、熟知しているつもりだが」

 

 テンバイヤーはジッと黒服の男を見つめる。

 この男の言うことがウソだとは思えない。

 それは彼の態度がとても紳士的なものであり、自らの仕事に誇りと自信を持っている様子が現れていたからだった。

 

「……わかった。あんたに任せる」

(うけたまわ)った」

 

 しばしの考慮(こうりょ)の末、テンバイヤーは自分の運命を目の前の男に(ゆだ)ねることに決めた。

 どの道、他にとれる手はないのだから。まさに、(わら)にもすがる思いだった。

 

 ネゴシエイターが差し出した右手を、テンバイヤーも握り返す。

 交渉人は言葉を続けた。

 

「それで、報酬のことだが」

「え!? あんた金とるのか!?」

「当然だろう、これは仕事の依頼だ。代価が無ければ、私は動けない」

「……ちなみに、どれくらいなんだ?」

 

 ネゴシエイターが示した金額を見て、テンバイヤーは目の玉をひん()いた。

 

「ちょっと待て! これ……高すぎるだろ!!」

「そうかね? 裁判にかかる諸々(もろもろ)の費用を考えれば、妥当(だとう)だと思うが」

 

 交渉の依頼にかかるお金は、テンバイヤーが今回の転売で稼いだ金額と同じ値段だった。

 依頼すれば儲けは丸々無くなるが、この極寒の地とはおさらばできる。

 依頼を取り消せば、寒さに凍えながら半年間を過ごさねばならない。しかし、お金は残る。

 

 猛烈に悩んだ末テンバイヤーは……交渉の依頼をすることを決定した。

 

「それで……まずはどうするんだ?」

 

 テンバイヤーが(たず)ねる。

 彼に判決を(くだ)した者に会う前に、まずはこの牢屋から出る必要があった。

 

「一応、この檻のカギは複製できるが……お、ちょうどいい所に」

 

 ネゴシエイターの視線の先には、メガネをかけた銀髪の女性の姿があった。

 交渉人はメガネの女性に声をかける。

 

「ミス・モルフォーニャ! ちょっと、こちらへ来てくれないか」

「おろ? はいはい、なっんでっすかぁ~?」

 

 モルフォーニャと呼ばれた女性は、なにかのん気な口調でヒョコヒョコと、檻に向かって歩いてきた。

 

「こちらの男性と私を、今すぐこの檻から出して欲しい」

「えぇ~、ずいぶん突然ですねぇ」

「裁判をやり直させるんだよ! おら、とっととこっから出せ!」

 

 モルフォーニャにも怒りをぶつけるテンバイヤーを、交渉人の男は静かになだめる。

 再度モルフォーニャに向けて、ネゴシエイターは要求を繰り返した。

 

「頼む。この通りだ」

「うーん、困りましたねぇ……。私には、囚人を勝手に檻の外に出す権限はないんですよぉ」

「……時にミス。その帽子、とてもよく似合っていますよ」

 

 ネゴシエイターは唐突に話の矛先を変える。

 

「え? そうですかぁ? でもこれ、ずーっと同じものを被ってるから、そろそろ別のに変えたいな~って思ってるんですよねぇ~」

「ではいっそ、新しい帽子を買ってはどうです? これで……」

 

 そう言って黒い手袋の先をモルフォーニャに、周囲から見えないように差し出す。

 手袋の中には、数枚の紙幣(しへい)が握られていた。

 

 モルフォーニャはそれをチラと見て

 

「……そうしましょっか~。それじゃあお二人さん、私に似合う新しい帽子を選んでもらえますかぁ」

 

 牢屋の鍵を開け、ネゴシエイターとテンバイヤーを外に出そうとする。

 と、そこで彼らに声をかける者が現れた。

 

「ちょっと待ってください!」

 

 声の主は、両肩に赤と黒の色違いのケープをかけた、一人の青年。

 テンバイヤーが牢に入れられたのと同時期に収監された人物であることを、ネゴシエイターは覚えていた。

 

 青年──ギラはとある理由で、別の国からここゴッカンに連行されてきたのだ。

 雪だるまに詰めこまれ、手続きもなく、どこかからの襲撃が起きることもなく(・・・・・・・・)、とてもスピーディーにギラはこの檻まで移送された。

 

 これまでこれという抵抗もせず大人しくしていたギラだったが、裏技を使って檻から出ようとする二人組を見て初めて声をあげる。

 

「なにかな?」

「……僕も、一緒にここから出してください!」

 

 ネゴシエイターの静かな問いかけにギラは強く答えた。

 青年にはやるべきことがあり、このままこの最果ての牢獄で朽ち果てるわけにはいかなかったから。

 

「君はどのような報酬を支払えるんだ?」

「今はまだ、払えるものはありません。でも、後で必ず!」

「報酬は前払いでお願いしたい。私も今はこんな立場で、余裕が無くてね」

「約束します! 絶対に踏み倒したりはしませんから」

「悪いがそれでは引き受けられない。契約において口約束というの、危険極まりない行為だ」

「そんな! どうして!?」

 

 ネゴシエイターの言葉は、ギラにとってあまりにも無慈悲なものに聞こえた。

 しかし、交渉人は冷静な態度を崩さない。

 

「君がどんな人物なのかわからない以上、信用できないのだよ。今言ったことを、あとで反故(ほご)にされる可能性は避けたいんだ」

「ウソを吐くなんて、そんな」

「君がウソを吐かないという保障が、どこかにあるかね?」

「それは……」

 

 ギラは思わず、視線をさまよわせた。

 黒服の男の言うように、ギラの言うことが真実だと証明する手段は、どこにも無かったからだ。

 

「それに、仕事に報酬をかけるというのは、互いに信頼関係があってこそ成立するものだ。今の我々に、そのようなものは無い。だから、君の頼みを聞き入れることはできない」

「……」

「すまないが、諦めてくれ」

 

 交渉人の男にそう言われ、ギラは押し黙ってしまう。

 やがて残念そうな顔を浮かべ

 

「……わかりました。ごめんなさい、突然無理なことを言って」

 

 とネゴシエイターに頭を下げた。

 

 ギラの願いは聞き届けられることなく、交渉人はテンバイヤーを連れて牢屋の外へと歩き出す。

 モルフォーニャは厳重に檻の鍵をかけ直すと、二人の囚人を連れ、彼らが捜している人物──リタ・カニスカの元へと向かうのだった。




本編ではギラがリタに捕まった際にバグナラクの襲撃がありましたが
この作品では、その時点ではまだ襲撃はなかったということになってます。
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