Arrival of Another King!(もう一人の王、来たる)   作:ほろろぎ

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中編

 氷雪の国、ゴッカンに立つ王城──ザイバーン城にモルフォーニャの招きで入れられたネゴシエイターとテンバイヤー。

 しばらくぶりに吹雪の寒さから逃れられたことで、二人はホッと白い息を吐いた。

 

「リタはこの先の王室にいるはずですよ~」

「君は行かないのか?」

 

 探し人の所在を教えたモルフォーニャは、早々にその場をあとにしようとする。

 てっきり連れて行ってくれると思っていた交渉人は、彼女にたずねた。

 

「私はちょっと用事がありますのでぇ……」

 

 そう言うモルフォーニャは、あからさまに視線を逸らした。

 おそらく先ほどの裏技(・・)のことを、上司に知られたくないのだろう。

 

「わかりました。あとは我々だけで」

 

 交渉人はテンバイヤーに目配せし、二人だけで「リタ・カニスカ」に会うことにした。

 ここまで送ってくれたモルフォーニャに礼を言い、ネゴシエイターが彼女に背を向けた時

 

「痛っ」

 

 ふいに交渉人の頭部に、刺すような痛みが走った。

 振り返れば、なにを思ったかモルフォーニャが、彼の髪の毛を一本抜いた所だった。

 

「ミス……一体なにをしているのです……?」

「ごめんなさぁい、これもお仕事なんで~」

 

 それじゃあさようなら~、と変わらないのん気な口調でモルフォーニャは、どこかへと足早に去っていった。

 

 彼女の謎の行動を不審に思いながら、ネゴシエイターとテンバイヤーは、リタのいるであろう王室へと歩みを向ける。

 ふいにテンバイヤーが声をかけた。

 

「それにしても、アンタもなかなかずる賢い男だな」

「なんのことかな」

「あのモルフォーニャって女に賄賂(わいろ)を渡して檻から出るなんてさ」

「不正だと言いたいのかね?」

「とんでもねえ。その機転のおかげで、俺もこうして牢屋から出れたことだしな」

 

 外界の厳しい寒さから遮断されたことで、テンバイヤーは嬉しさに笑い出しそうになっていた。

 それをネゴシエイターが指摘する。

 

「喜ぶのは早いぞ。君はまだ、自由の身になった訳ではないのだからな」

「いや、アンタの頭の良さがあれば、きっとリタの判決もひっくり返せるぜ!」

「そのリタという人物は、そんなに凄腕なのか?」

「当然さ。なんせこの星の五大陸で起きる国際的な犯罪は、全部リタの奴が一人で裁いてるんだからな」

 

 それが本当なら、想像を絶する手腕の人物だな。とネゴシエイターは思った。

 

 ネゴシエイターは、自国の外に出たことが無かった。

 そもそも、外の世界がある(・・・・・・・)ということすら知らなかったのだが……。

 

 交渉人として仕事をしている彼だから、裁判などの犯罪にかかわる役職の多忙さは理解していた。

 国内の大がかりな犯罪にかんする裁判だけでも、その処理には大いに頭を悩まされるものだ。

 それが国を(また)いで起こる事件なら、数も比例して膨大なものになるだろう。

 

 それをたった一人がすべて受け持つなど、およそ人の成しえる所業を超えている。

 

「……少し厄介な相手かもしれないな」

 

 交渉人の小さなつぶやきは、すでに無罪を勝ち取った気になっている浮かれ気分のテンバイヤーの耳には届かなかった。

 

 そうこうしている内に、二人は目的地に到着する。

 重厚な扉を開けた先には、室内全体が雪の結晶で(いろど)られたようなつくりをしている、静謐(せいひつ)な美しさを持った王室が。

 そして部屋の中央にある玉座には、二人が捜していた人物──リタ・カニスカが、彼らを待ち構えるかのように鎮座(ちんざ)していた。

 

「……お前たちの刑はすでに言い渡した。なぜ牢から出てきた」

 

 リタは目を閉じたまま、静かに言った。

 まるで氷のような、一切の反論を許さないという冷たく硬い意思を感じさせる言葉に、二人は一瞬たじろぐ。

 このまま気圧されまいと、気を取り直したネゴシエイターが口を開いた。

 

「それは誤解です。我々はあなたにお願いがあってここに来ました」

「私の判決に不服があるのか」

 

 リタは目を開け、ネゴシエイターを見据える。

 彼女の冷たく透き通った瞳を受けてネゴシエイターは、心の奥底まで見透かされるような錯覚を覚えた。

 その横でテンバイヤーも、リタの威圧的な態度に飲まれまいと声をあげる。

 

「俺は異議ありだね! あんな判決、間違ってる!」

「……いいだろう、意見を聞こう」

 

 危険を冒してこの場まで来た二人の行為に対して、国王であり裁判長でもあるリタ・カニスカは耳を傾ける姿勢を見せた。

 そしてこの王室はそのまま、罪人に決を言い渡す法廷の場となるのだ。

 

「頼むぜ、ネゴシエイターさん」

 

 テンバイヤーの声にコクリとうなずき、交渉人は自らの役を演じる。

 リタもまた、国王から裁判長の役へと入った。

 

「まず第一に、彼は違法な手段で物品を購入したわけではありません。きちんと店側が提示する金額をすべて支払い、正式な手続きの元に品物を購入している」

「そこについては問題はない。問題なのは、その男が仕入れた品物を、不当に値段をつり上げて他者に売りつけたことだ」

「売りつけたというのは言いすぎです。他の者は、みな納得した上で彼の提示する金額で買うことを決めたのですから」

「納得などしていない。その男が買い占めたせいで店は品切れ、他に買う手段が無かったのだ」

 

 ネゴシエイターはこれまでの仕事の経験を総動員し、テンバイヤーの有利になるよう弁護する台詞を連ねる。

 対するリタの言い分は、転売の被害にあった者の言葉を見事に代弁していた。

 まるで彼女自身も被害者の一人(・・・・・・・・・・・)であるかのような、真に迫った訴えだった。

 

 二人の弁論は長きに渡った。

 その末に、ついにはネゴシエイターが反論の言葉をなくし、裁判の幕は閉じることとなる。

 

「ちょっと待てよ!」

 

 事の成り行きを見守っていたテンバイヤーが交渉人に叫んだ。

 

「おい! アンタに任せても判決は(くつがえ)らなかったじゃないか!」

「すまない。私もベストは尽くしたんだが」

「チクショウ……こうなったら、金は返してもらうからな!」

「残念だが、私の提示した契約は『リタ・カニスカと交渉する』ことだ。裁判に勝つことではない」

 

 よって、返金にも応じられない。

 ネゴシエイターは簡潔に答えた。

 

「この野郎、ダマしたな!?」

「契約内容の確認を(おこた)ったのは君の責任だ」

 

 肩をすくめてとぼけるような素振りを見せる交渉人に、怒ったテンバイヤーがつかみかかろうとした時

 

「──静粛に」

 

 ガツンッ! と(つるぎ)の切っ先が床にぶつかる音と共に、リタの(げん)とした声が裁判の間に響いた。

 

「判決を言い渡す。転売の罪に加えて脱獄の罪を合わせ……お前はマイナス十度の牢獄で一年過ごせ」

「刑期が増えてるじゃねーかー!!」

 

 判決の間に設置されている二体の女神像に投げ飛ばされ、テンバイヤーは再び檻の中へと舞い戻ることとなった。

 ネゴシエイターは、小さくなっていくテンバイヤーの姿を見送りながら独り言ちる。

 

「あの男には悪いことをしたな。しかし私も、聖人ではないのだよ」

「なら、お前も牢獄に戻るがいい」

 

 リタは続けて、ネゴシエイターを標的にする。

 元々ネゴシエイターも、一度はリタの判決を受けてあの檻に入れられていたのだ。

 

「前にも言ったが、私はなんの罪も犯していない。もし私がなにがしかの犯罪を犯したというのなら、証拠を見せてもらおう」

 

 まさか浮浪の罪ではあるまいな? と交渉人はおどけて見せた。

 男のジョークに対しリタは苦笑すら見せず、無表情のまま淡々と答える。

 

「お前の存在そのものが、今のこの国には危険だ」

「私が? まさか暴動でも起こすと?」

「その可能性は否定できない」

「……君はなにをそんなに恐れている」

 

 ネゴシエイターは真剣な表情で問うた。

 リタの瞳の奥にある感情を読み取ろうとするが、彼女からは相変わらずなにも見ることができない。

 

「『バグナラク』……」

 

 交渉人の耳にリタのつぶやきが聞こえた。

 その単語は、彼が初めて耳にするワードだった。

 ネゴシエイターは気の抜けたように聞き返す。

 

「なんだって?」

「本当に知らないのか? それとも、とぼけているだけか」

「ふざけてなどいない。なにせ私には、この世界のメモリーが無いのだから」

「記憶喪失の身元不明人。奴らがスパイとして送り込むには、ちょうどいい設定だな」

「スパイ……そのバグナラクとは、ユニオンのような異国の組織なのか」

「バグナラクが集合組織(ユニオン)かは分からないが、我ら人間とは異なる生物の国ではある」

 

 リタは語る。人類と敵対する凶悪な種族のことを。

 それは地の底奥深くに住まう、昆虫のような異形の姿をした存在。

 彼らは人類を軽蔑し、嫌悪し、この星から人間を一掃することで自らが世界の「王者」となることを目論(もくろ)んでいる。

 

「だが奴らは二千年前に、五人の英雄たちの手によって地底に追いやられた。それから時は経ち今、奴らは再び人類へ牙をむき、人間世界への侵攻を再開した」

「それが、バグナラク……」

 

 リタの語り口に、交渉人も思わず息を飲んだ。

 彼女の言葉はまるで、神話の世界の物語を語るかのように現実味がなかった。

 だがこの短い付き合いで、リタ・カニスカという人物がこのような空想の物語を語り聞かせるような人ではないことを、ネゴシエイターもいやというほど肌で感じている。

 

「お前がバグナラクの手先である可能性も捨てきれない。ゆえにお前を、このまま野放しにしては置けない」

 

 リタは言う。

 近頃バグナラクにおかしな動きがあり、奴らはゴッカンを含めた各国に秘かに潜入し、そこで『なんらかの情報、または物品』を探っている節がある、と。

 

 完全に自分を不審に思っている彼女には、なにを言っても聞かないだろうがと思いつつ、ネゴシエイターは身の潔白を訴える。

 

「私は人間だ。バグナラクなどという人外の存在ではない。また決してそのような怪しい奴らと組んでもいない」

「それはお前が言っているだけだ」

「私はこの国──ゴッカンに来るまで、『パラダイムシティ』という場所にいた。そしてそこから、一歩たりとも外の世界に出たことはないのだ」

「パラダイムシティ? そんな国、聞いたこともない。ならお前は、どうやってゴッカンまで来た」

 

 交渉人は言葉に詰まる。

 彼は元より、四十年以上前の記憶がない。

 その上でパラダイムシティにいたことは覚えていても、そこからゴッカンに来たメモリーもまた喪失していた。

 

「気がついた時、私はすでにこの国に立っていた。そう、それは……まるで舞台の幕が上がった時、最初から役者がそこにたたずんでいるような感じだ」

 

 まるで自分が、この世界を演出する何者かに、どこか別の舞台から連れてこられたような……。

 

「リタ・カニスカ、君も考えたことはないか? 我々は皆、なにかの役を演じさせられている俳優(cast)なのではないのかと」

「…………」

「この世界は誰かにつくられた、架空の物語なのではないかと、思ったことは」

戯言(ざれごと)を」

 

 交渉人の言葉を否定しながらリタは、内心でわずかな揺らぎを感じていた。

 確かに彼女は気がつけば、国王であり裁判長などという厄介極まりない役職につき、面倒な仕事を山ほど抱え込む今の状況にあった。

 それは彼女自身が望んでなったことか、それとも「運命の見えざる手」とやらに操られてここまで来てしまったのか……思い出そうとしても記憶はおぼろげだ。

 

 おかしな考えを頭から払うように頭を振るリタ。

 これ以上は交渉人の言い分に付き合えないと、彼を再び牢に戻すための判決を言い渡そうとした時、不意にリタの持つ通信機のコール音が鳴った。

 

「……なんだ」

『あ、リタ~。例のもの、調べがついたんで情報を送っときましたよぉ』

 

 電話の相手は、銀髪眼鏡が特徴のモルフォーニャ。

 彼女に秘かな仕事を頼んでいたリタは、通信機を操作し、モルフォーニャが調べたという情報を端末の画面に表示させる。

 

 これまでなにがあっても一切態度を変えなかったリタの目が、ほんのわずかなだけ驚きに開かれるのを、ネゴシエイターは見た。

 

「……交渉人、ネゴシエイター。本名、年齢、出身地、身長、体重……個人情報が一切登録されていない」

 

 この星に生まれた者は皆、出生記録をデータとして記録しておくことが定められている。

 そのためリタは、モルフォーニャを通して交渉人の髪の毛を入手、DNA検査にかけ彼の正体を暴こうとしたのだ。

 

 そしてすべての国民のデータは「ンコソパの国王」が開発したコンピューターが一切を管理しており、この登録から逃れてこの星に存在できるものはいない。

 唯一、バグナラクの怪人たちを除いて。

 

「しかし、お前のDNAは完全に人間のものだ」

 

 バグナラクでもなく、人間ではあるが存在するはずのない男。

 この星にありえない者が、しかし目の前には確かにいる。

 その矛盾を、リタはどう結論付けたのか。

 

「異世界人……」

 

 ネゴシエイターはこの星の住人ではなく、他の宇宙から迷い込んできた流浪者──エグザイルなのではないか。

 もしくは、神のような存在が生み出したニューキャラクターか。

 

 なんにしても、厳粛な事実を重んじ裁判を行うリタ・カニスカにとって、目の前の男は厄介極まりない存在だった。

 

「……ア゙ァアアアアアアアア!!」

「!?」

 

 いきなり奇声を上げるリタに、ネゴシエイターは面食らったように驚いた。

 

「な、なんだ!? どうした!?」

「なんでもない。ちょっと、いろいろと面倒くさくなっただけだ」

「そ、そうか……てっきり四十年前のメモリーが蘇ったのかと思ったぞ」

 

 冷や汗を浮かべながらネゴシエイターは、話を元あった方向に修正する。

 

「とにかく、これで私がバグナラクとやらのスパイでも、不法滞在者でもないことが証明されたはずだ。さあ、私を自由にしてくれ」

 

 これ以上の証明はないだろう。

 なにせ訴えられた人物の無実の証を、訴えた側が肯定する証拠を出してしまったのだから。

 

「それでもダメなら、こういうのはどうだろう」

 

 ネゴシエイターは懐から、紙幣の束を取り出した。

 それは先ほど、テンバイヤーから交渉の代金として受け取っていたお金だった。

 

「この金を保釈金として払おう。額としては十分なはずだ」

 

 交渉人の提示した条件を聞いてもなお、リタは厳しい顔つきのままである。

 だがそれは、金額などのせいではなかった。

 

 リタは真剣な顔のままやおら玉座から立ち上がると、無言で法廷から退出する。

 ネゴシエイターも突然の彼女の行動に、慌てたようにリタのあとを着いていった。

 

「おい、どうしたんだ。私は無罪になったのか?」

「裁判は中止だ。招かれざる客が来た」

 

 速足で歩きながら、リタは交渉人の問いに答える。

 二人はそのまま雪の降る城の外へと出た。

 

 そしてゴッカン国と外界を(へだ)てるザイバーン城の城門を開けた先に……多数の兵士を連れたバグナラクの怪人が、二人を待ち受けていた。




リタのことを彼女と形容してますが、本編ではまだ性別が確定してないのを忘れてました。
これで男とかだったらどうしよう…
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