ダイエットに忙しくて執筆する時間作れなかった!わはは!
喫茶店を出た2人が次に向かったのは、街の中心部にある大型複合施設、そこのイベントホールだ。
屋外エリアには何十もの屋台が立ち並べられる広場や、コンサートホールがあり、アイドルのライブやグルメフェスで賑わっている。
屋内エリアでも、高名な芸術家や写真家の展覧会が行われたり、特撮番組のフェスに使われたり、中規模のサブカル系即売会が年に2回あったりなど、屋外とはまた趣の異なる催し物が多い。
環も過去に友人達とここで行われたイベントに参加した事があり、馴染みのある場所だったが、今日は普段よりもかなりの人だかりが出来ていた。
どうやらイベントは屋内エリアで行われてるが、その待機列が屋外エリアにまで続いているらしい。
「随分と賑わってるね、今日は何やってるんだろ?」
「あそこにかいてるよ、ほら」
慧梨主がそう言って指差した先には、今日のイベント名がデカデカと書かれた看板がある。果たしてそこに書かれてあるのは──、
『リアル脱出ゲーム♾️バイオケミカル・ハザード〜狂気の館から生還せよ〜』
「マジかよ! バイオケミカルのリアル脱出なんてやってたんだ!」
「結構本格的にゲームの世界観を再現してるらしいよ、先輩こういうの好きだと思って来たけど──正解だったかな」
「大正解っすよ、俺このシリーズ新作出るたびにやり込む位好きだし!」
「ふふっ、だろうね」
思いもよらないイベントに興奮気味になる環。
慧梨主は、そんな環を見てクスッと微笑む。
「でもアレだな、最後尾がこんなに長いと、待つのも一苦労だ」
「そこは任せて、用意済みだから」
そう言って慧梨主が鞄から取り出したのは、2枚のチケット。
紙には今まさに2人の前で開催してるイベントの名前が記されている。
「あたし達の前に並んでるのは当日券の人達、前売りの予約チケットがあれば、サクサク行けるの」
「凄え用意周到……っていうか、わざわざ買ってくれたの?」
「もちろん。先輩と待つのもアリだけど、どうせならちゃんと楽しみたいし」
「──あ、ありがとう」
飄々としたり、時折揶揄う仕草も見せるが、慧梨主は基本的に今日のデートを本気で楽しもうとしているのだと、ようやく環は理解する。
少なくとも、自分が主導で誰かとデートしようとなった時、ここまで先々を考えて動くだろうか──いや、まずあり得ない。環は頭の中ですぐに結論付けた。
「チケット代、後で俺の分払わせてくれよな」
「え、いいで──良いよ。大して高くも無いし。それより」
「ん?」
「あたし、リアル脱出ゲーム初めてなんだけど、先輩は?」
「ふふっ、何言ってんだ」
環は自信ありげに鼻を鳴らし、憮然と答える。
「当然、無い」
「──だよね。それなら初めて同士、頑張ろ」
「あぁ、リアル脱出は初めてだけどバイオケミカルは親の顔より見たゲームだからな、きっと何とかなるさ」
「頼りにしてます……でも、もっと親の顔見ようよ」
自身ありげに前を歩く環の半歩後ろを、慧梨主はやや呆れながらついて行った。
「──いやぁ、思ってたより600倍難しかったけど、マジで面白かったな!」
十数分後。そこにはニッコニコで満足げな環と、
「……はあぁぁ」
環の右腕に縋って膝をガクガクさせながら息を吐く慧梨主の姿があった。
「あっはは、腰抜けそうじゃん、大丈夫?」
「全然! 大丈夫じゃない! あんなの聞いてません!」
リアル脱出ゲームとは、一般的に参加者が主役となって提示された謎を解いていき、ゴールに到達するまでの過程を楽しむものである。
当然、合間合間で参加者を焦らすギミックや、コラボする作品の要素などがふんだんに組み込まれて、難易度や雰囲気も異なるもの。
そして、今回のコラボ先である『バイオケミカル・ハザード』は、科学薬品によって生物兵器と化した人間や動物を銃火器で蹴散らし、なぞ解きをしつつ諸悪の根源を倒すホラー&痛快アクションゲーム。
元の題材がリアル脱出ゲームと相性が良く、謎解き要素にも原作のエッセンスがおおいに組み込まれていた。
初めての謎解きに緊張していた環だったが、程よく原作を再現した仕掛けのお陰で、攻略自体は想像の何倍も容易だった。爽快感すら覚える程に。
しかし問題は、先述した参加者を焦らせるギミックである。
とっくに見慣れているつもりの環ですらビビってしまうくらいリアルに再現された、ゲーム本編で登場した敵キャラクターに扮したスタッフが襲い掛かる仕掛けが用意されていた。
腐った死体が迫る中、複雑なパズル(ゲームプレイ済みならすぐに答えが分かる難易度)を解いて、入手できる銃(ペイント弾)で倒すステージ。
壁が両側から迫ってくる中、正解の出口を見つける(同じくゲームプレイ済みなら分かりやすい難易度)ステージ。
どれも環にとってはまさにゲームで活躍する『物語の主人公』『特別な存在』の気分に浸れる最高の時間だ。
特に、最終ステージの原作でもラスボスとしてよくあらわれる『暴れん坊腐乱将軍』が檻から出てくるまでに謎解きをする場面では、ナンバリングタイトルだけでは分からない、スピンオフ作品(それもかなりマイナーな作品)の要素にいち早く気づき、スタッフ側が驚くほどにサクッとクリアできた瞬間は、最高に楽しくて気持ちが良いものだった。
──が、そんなのはしょせん、ゲーム大好きな男の子である環君(今年18さい)に限った話である。
一緒に参加していた胡桃坂慧梨主は、終始環の腕に自身の腕を絡ませ、悲鳴とも絶叫とも呼べる乙女の嘆きを都度都度奏でていた。
特に最終ステージ、暴れん坊腐乱将軍のあまりにもリアルかつグロテスクな造形に、およそ乙女の喉から鳴らしてはならない類の悲鳴を挙げた
飄々とした平時の口調とかけ離れて、
『何なんですか、おにいさん何なんですかアレぇ!』
『無理無理無理です! 人型は我慢出来ても虫系だけは絶対に無理なんです!』
『もういやー! 早く謎解きしてくださいおにいさん!』
と言って環の背中に顔をしがみつけたりする姿は、環にとって非常に愉えっ──恍こっ──とにかく、可愛らしくてほっこりすると共に、頼られる年上という立場的に奮起する動機になった。
「とりあえず、あっちのベンチで休もうか?」
「うん、そうさせてください……」
力ない足取りの慧梨主を支えつつ、近くのベンチで一度休憩する事にした。
慧梨主を座らせると、環は『ちょい待ち』と言ってその場を離れると、数分後には両手にソフトクリームを持ちながら戻ってきた。
「はい、気分転換に」
「あ……はい、ありがとう、ございます」
環が右手に持ってたソフトクリームを差し出すと、多少戸惑いながら素直に受け取る。
そのまま、慧梨主の隣に環も座って、残った方のソフトクリームを口にした。
「んー、頭使った後の糖分は脳に染みるねぇ」
「あたしは体の方に染みます……全身疲れたので」
「あはは、凄え叫んだり逃げたりしたもんな」
「だって、あんなリアルな造形で襲ってくるなんて考えもしなかったんですよ!? 逆になんで先輩は平気だったんですか、そこがおかしいです」
「そこはほら、ゲーム経験者だから怖さよりもある種の感動がね」
実際は環もかなり精密に再現されたクリーチャーに心底ブルっていたが、隣の慧梨主がその何倍も恐がっていたので、一周回って冷静になれた。
仮に同行者が璃梨主だったら、こうも行かなかっただろう。
彼女の方がサクサクと謎解きして、恐がるのは環だったかもしれない。
あるいは、2人ともに恐がって攻略どころじゃ無くなっていたか。
「何にせよ、隣で慧梨主が怖がってたから、ゲームやってる時みたいに楽しめたよ」
「えぇ? どう言う意味ですかそれ、先輩そんなドSなんです?」
「違う違う、そうじゃなくて──」
あらぬ誤解を受けた環は、笑いながら説明した。
「新作が出るとさ、俺いつもクリアするまで家に籠るんだわ。そうすると紅莉栖が心配して様子見に来てくれたりして」
「……はい、それで?」
「紅梨主が来ると必然的に璃梨主も家に来るんだけど、俺はゲームに忙しいから2人の相手が出来なくて、結果的に俺のゲームを横から見る事になるんだ。それでさ──」
当時を思い出して、説明の途中だったが笑いを堪えなくなりつつ、言葉を続ける。
「敵が出てくると、紅梨主がビビるんだ。ものすっげえ高い声でさ。璃梨主も璃梨主で平気なフリしてるけど俺に『早くアイツ倒しなさいよ』とか指示出し始めて明らかに怖がってるの丸わかりで、それも面白くて」
話しているうちに当時の光景が頭に浮かび、同時に楽しかった感情が胸の隅から顔をのぞかせる。
「2人ともあんまり恐がってるから、ワザと負けそうなフリして反応楽しんじゃったなぁ、はは……懐かしいや」
「ふーん、そうなんですか」
慧梨主の声は、手に持っているソフトクリームよりもなお冷たい雰囲気を纏っていた。
「それじゃあつまり、さっきもラストで謎解きに時間掛かってたのは、あたしが恐がるのを楽しんでワザとやってたんですねぇ?」
「えぇ!? あぁいや、そう言うわけじゃ──」
そう言うわけであった。墓穴を掘るとはこの事。
そもそも女の子と一緒にいる中で、別の女の子との思い出を楽しげに語るのが既にアウトなのだが。
「そうですか、先輩はそう言う人だったんですね」
「えぇっと……」
「多少意地悪な所があるのは知ってましたけど、そんな酷い事を平気でする様な人間だったなんて……最低」
まさしく“ぐぅ”の音も出ない。
環は女の子の怖がる姿を見て面白がる鬼畜な趣味を持っている。
「ふーん、そういう人だったんですか。知りませんでした。そうですかそうですか」
「うー……」
軽く流せる程度の話だと思ってたら、想定以上の反応を返されて、言葉に詰まる。
考えてみなくとも至極当然の反応だったが、所謂『このくらいなら許される』の尺度がズレていた、しかも致命的に。
こういう時、環が思いつく範囲かつ実行可能な行動は、ただ一つしかない。
「──ごめんなさい! やり過ぎました!! 許して!!!」
謝罪。
パンっと手を合わせて顔を下に向けた、典型的かつ伝統的な謝罪。
言い訳をせずストレートに自身の非を認め、許しを請う。
実際、これ以上に環が出来る事なんて無いのだから間違った判断ではない。何かやらかして相手に謝るのも、仲が良かった頃の璃梨主との間によくあったやり取りなので心理的な抵抗も皆無だった。
環に出来る事は尽きた。あとはそれを受けた側の慧梨主がどう反応するかだが──。
「ふふっ、あははは!」
何かしらきついお言葉の3つや7つは覚悟していた環の耳に入ったのは、不思議と聴き馴染みを感じる慧梨主の笑い声。
ぱっと顔を上げると、揶揄う様に唇と頬を曲げている慧梨主の顔があった。
瞬間、自分が揶揄われたのだと悟る環。
「先輩、本気で焦りすぎです。別にそこまで怒ってませんから」
「良かった……いや、そこまでって事はそこそこ怒ってはいるよね?」
「はい勿論です。本当に怖かったんだから。なので──」
そう言ってベンチから立ち上がると、慧梨主は空の右手を環に向ける。
「えっと、これは一体?」
意図が掴めない環は、馬鹿正直に尋ねる。
「手です、手」
「だから……What?」
「こっからあたしが良いって言うまで、基本的に手を繋いでください」
「!?!?」
そう来たか〜、と脳内で中国拳法の達人が唸る。
「ほら、早くしてください」
「お、おう……待ってろ?」
ここまでされたら流石の環も分かる。
この少女、初めて会うはずにも関わらず、信じられないほどにグイグイ来る。
女子に好かれるという事実は喜ばしいものではあるけれど、人間には何事も許容量があるものだ。
胡桃坂慧梨主のアプローチは、環のそれをゆうに超えうるものになっている。
「──もう、いつまで固まってるんですか」
「ちょ、ちょちょ」
頭の中で色々と考え事を繰り返してる環に業を煮やした慧梨主は、問答無用で環の手を取り、指を絡めてきた。
(うわ、うっわぁ柔らか──えっこれちゃんと骨入ってる?)
俗に言う『恋人繋ぎ』を強制的に喰らった上に、慧梨主の──女子の指が柔らかくて、というか自分以外の同年代の人間の指が絶妙に長くて、なんかもう色々と初めての刺激に脳がパニックを起こす──かと思われたが、
(あれ……なんだろ、妙にこう……)
言語化が著しく困難だが、明らかに何かしらの違和感を、環は慧梨主に握られた自身の手から覚えた。
「…………? どうしたんですか」
「あぁ、いや、別に」
「? じゃあ、次いきましょ」
違和感の正体を突き止めるより先に、慧梨主が次の場所に行こうと歩き出した。
(女の子とこういう風に歩くの、初めてなのに──なんか、安心感っぽいのがデカいや)
もっとドギマギして思考が落ち着かなくなるものだと思っていたので、拍子抜け感すらあるが。
案外、到達するまでが難しいだけで、こんなものなんだろうと、環は結論付けた。
そこからは慧梨主の言う通りに、手をつないだままデートを続ける。
既にリアル脱出ゲームだけで大きなイベントを終わらせた感があったが、慧梨主はその後のプランもしっかりと決めていた。
まずは、13分ほど歩いた先にあるアパレルブランドのショップ。
自分の服を買うのかと思っていたが、慧梨主はむしろ環に似合う服を見繕うのを楽しんでいた。
「今日着てる服、ストリートファッションで似合うけど、それ以外のコーデも持ってた方がいいと思う」
そう言って彼女が試着させてきたものはカジュアル、ミリタリー、モード、更にはスーツスタイルと多岐に渡ったが、どれも確かに環の感性にもビビッと来る物で、慧梨主はひょっとしてコーディネーターなんじゃと思ってしまう環だった。
が、しかし、かといって着せ替え人形環君が素直に慧梨主の持ってきた服を全部買えるはずもなく。
「何このジャケットぉ、3万9400円!? かっけえけどたけえ!」
「そう? この材質とデザインにしては結構お手ごろだと思うけど」
「もう少しでswitch買えるじゃん……パパ活してるか医者の娘でも無いとその金銭感覚にはならんって」
「おにーさん、それあたし以外の女の子に言ったら即フラれるから気をつけてね」
そんなやり取りをしつつも、
「それ着たら、すっごいカッコいいと思いますよ」
などと言う慧梨主の言葉に乗せられて、何よりも結局環自身気に入ってしまったため、買ってしまった。
服とはswitchやPS5を常に身にまとう様なものだと、学んだ環。
次に、隣接した場所にあった有名なシューズブランド。
流石に出費がかさむので自分の分は買わなかったが、逆に慧梨主から似合う靴を見繕ってほしいと頼まれてしまい、センスを試されるプレッシャーに吞まれることになる。
服はともかく、靴になると関心が薄くなるのに、女子の物を選ぶとなると、完全に知識が無い。
ましてや今日であったばかりの慧梨主に似合うものを──となると、完全に勘に頼る他ない環だった。
考えあぐねた結果、環が選んだのは女子向けにデザインされた真っ赤なミリタリーブーツ。
物を見せると、環が悩んでる姿をニマニマ笑って見ていた慧梨主の表情が、はたと真顔になる。
しまった、やらかしたか──、戦々恐々する環に慧梨主が尋ねた。
「ねぇ先輩。もしかしてだけど、あたし以外の女の子考えながら選ばなかった?」
「……ははっ」
女の勘と言うのはどうしてこうもピンポイントに的中するのか。
環は確かに靴を選ぶ際に、慧梨主で考えるのを諦めていた。情報の足りない慧梨主ではなく、彼が長年一緒にいた桜ノ宮姉妹──その中でも紅梨主ならどんな靴が似合うか……いや、どんな靴を履かせてみたいか、それを主軸に選んだのだ。
環の苦笑いを肯定と正しく解釈した慧梨主は、じとーッと環を横から睨む。
「誰を想像してたの?」
「……紅梨主」
ごまかしても意味が無いため、素直に答える。
「……ふーん、そうですか。姉の方ではなく、妹の方を。どうしてです?」
「璃梨主は、俺が何選んでも文句付けてそうだから、考えないことにした」
本人が聞いたら間違いなくゴルフクラブで頭を叩きつけてくるだろう。
しかし、幸いにもこの場には璃梨主は居らず、更には慧梨主のウケも悪くなかった。
「ふふっ……なにその理由……そんな風に思ってたんだ」
くすくすと笑うと、慧梨主は店員に声をかけて、すぐに環の選んだブーツを購入しようとした。
試しに履いてみるという行為も挟まずに即購入しようとする慧梨主に待つよう言ったが、当人は、
「せっかく頑張って選んでくれたのに、買わない理由ないですから」
と環が自信を無くすほどの男気を見せて迷わず買った。
「値段も安かったですからね。……あぁもちろんですけど、あたしの金銭感覚はパパ活の方じゃないですからね」
2万近くする値段の買い物をした後に付け加えられたその一言に、甲斐性まで損失しそうになる環だった。
最後には動物園まで行き、期間限定で公開されてるマヌルネコの赤ちゃんを見たりした。
「見てください! あんなにちっちゃい! 可愛いー!」
「……なんか目つき悪くね? 子猫ってもうちょっとパッチリおめめってイメージだけど」
「もう、そこがいいんじゃないですか! マヌル~!」
「……はぁ」
名前の持つ語感の割には厳つい猫よりも、それにウキウキしてる慧梨主の方が可愛いなと思いながら、環はひっそりとその姿をスマホで撮影したのであった。
「今日は楽しかったです」
慧梨主の立てた予定がすべて終わり、時刻は19時。
場所は、二人が最初に合った待ち合わせ場所。
2人のデートも、終わりを迎える時間だ。
繋ぎっぱなしだった二人の手も既に離れて、後は別離の時を待つだけになる。
「……うん、俺もかなり、ってか凄い楽しかった」
慧梨主の言葉に、冷えて来たので早速パーカーから先ほど買ったジャケットに着替えた環も、満足そうに応えた。
慧梨主の強烈なビジュアルに驚き、あっちこっち移動した疲れや、想定外の出費など、朝起きた時は思いもしなかった出来事で目白押しだったが、そのどれもが、彼の心に潤いを与えた。
間違いなく、今日はここ最近の荒みがちだった彼にとって最高に楽しい一日だったろう。
今後も彼女とこういう時間を過ごせたら、どんなにいいだろうか。
間違いなく、本心から環はそう思っている。
だからこそ──。
「……じゃあ、せんぱい。次はいつ」
「いや、ごめん」
──だからこそ、
「もう、会うのはこれっきりにしよう」
──環は、慧梨主を突っぱねた。
「……どうしてですか」
平坦な声で、慧梨主はそう尋ねる。
平静を装ってるのか、あるいは感情が追い付いてないのか、はたまたシンプルに疑問が生じただけか。
なんであれ、投げかけられた問いに対して、環には答える義務がある。
「今日一日、ホントに楽しかった。もうなんつうか、身の丈に合わないくらい、良かったよ」
「それなら、どうして?」
「楽しかったけど、さっき靴買う時もそうだったみたいに、ずっとチラついたんだよ、その……紅梨主。桜ノ宮の妹の方ね」
頭を掻きながら、環はどうにか自分の喉でつっかかってる言葉を吐き出す。
「慧梨主が笑ったり、楽しんだり、喜んでくれてさ、そういう姿見て、俺も同じ気持ちなったけどさ、おんなじくらい、紅梨主が泣いたときの声、勝手に頭の中に流れてくんだよ」
今こうして話してる中でも、彼女の嗚咽と絶望にうちひしがれた声が耳の奥から聞こえる。
「もう、なんだろうな……俺、ホンっとにアイツに酷いことしたっていうか、最低な事しかしてなくて。それなのに今日、マジで慧梨主と一緒に居るのが楽しくって、なんなら結構マジで慧梨主の事好きになってきちゃってさ」
紛れもなく本心。
だからこそ、否定しなくてはならない。
「なおさら、ホント俺最低だなって分かっちゃって。紅梨主にあんなことしたんなら、俺は向こう10年……っていうか多分死ぬまで、彼女とか作っちゃ駄目だなって思っちゃってさ……ああぁもう、どう言えばいいか分かんねえけど、慧梨主にも不誠実だって分かんだけどさ! 絶対俺ってこの後慧梨主と付き合ったりしても泣かせると思うんだよ! 俺もう、それを想像すんのも嫌でさ!」
──だったら、いっそ。
「女子と楽しむのは今日が最後って、した方が俺に良いって思ったわけよ。だって、お前も嫌じゃん!? 今日一日デートしたのに、ずっとお前以外の女の子の事引きずってたんだぜ俺、やべーだろ?」
頼む。
これで俺に愛想尽きてくれ。
思いっきりビンタしての別れなら尚良い。
そう願いつつ思いの丈を全部口にした。
「……そう、なんだ」
慧梨主は俯き、感情の読み取れない声色で一言、そういった。
失望されただろう、そう思った環だったが。その後に続く言葉は彼の期待と希望と諦観を、全て破壊するものだった。
「──そんなに、後悔するくらいだったら」
そう言って、彼女は自身の頭頂部を掴み、
ブチっと毛根が抜ける嫌な音がするのと共に次の瞬間、環の目に映ったのは。
「そんなに後悔するくらいだったら、どうしてあの時、わたしを拒絶したんですか?」
「──は?」
良く見知った、桜色の髪の毛をした少女──桜ノ宮紅梨主の姿であった。