【完結】サクラチルミライコイガサネ   作:食卓塩少佐

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最終回です
本来なら4月に短編で上げる予定だった物語が、思いの外続きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


⓫ Blossom attack

 

 人が驚愕した時に見せる反応は多岐に渡るが、大まかに分類すれば以下の通りだろう。

 

 ①何かしらの言葉、または感情を声や仕草で表す。

 

 ②さながら無反応のように見えるが、思考が絡まり動けなくなる。

 

 つまりは『動』または『静』のいずれかであり、どちらの場合であろうとも個人差があり、さながらお笑い芸人の様なオーバーリアクションを見せる人もいれば、すぐに状況把握が済んで次に適切な行動へと移る人もいる。

 

 では、枯園環の場合はどうなのか。

 

 学生の身分でありながら非合法のマッチングアプリに手を出し、

 そこで知った女子とオフで出会い、恋人の様な時間を過ごして、

 最後にその子が、自分と縁が切れたはずの少女──桜ノ宮紅梨主だった場合の反応は。

 

「え……なんで。え、あれ……えっと──え?」

 

 正解は、『パニックになり思考が混乱する』だ。

 冷や汗がこめかみからタラタラ流れて、瞳孔は死んでもいないのに大っぴらに開く。

 狼狽(うろた)え、狼狽(ろうばい)し、数分前まで保っていた冷静さはあっと言う間に消え失せる。

 非常に情けない回答になったが、同時に非常に環らしいとも言えた。

 

 黒髪はウィッグでしかなく、“慧梨主”という架空の人物を全力で演じた紅梨主が生み出した虚像でしか無かった。

 しかし思いかえせば……いいや、このような結果を提示されたからこそ、遅まきながら環には納得できるものがあった。

 

 リアル脱出ゲームを終えた後、彼女の手を握ったとき。(かす)かにだが感じた懐かしさ。

 あれは、幼い頃から度々握る機会のあった、幼馴染である桜ノ宮紅梨主の手の感触だった。

 違和感を覚えた時、本来ならそこから気づきを得ることは出来た。

 いかに環の枯山水色な脳細胞でも、それが分からないほど愚昧ではない。

 

 それでもなお、こうして彼女の方から“回答”を出されるまで分からなかったのは、分からなかったのではなく()()()()()()()()()()から。

 環が現実を直視せず、『慧梨主』という偽りの存在(フィクション)を信じ込もうとしていたからだ。

 

 恋慕を募らせていた璃梨主に非常識(イレギュラー)な形で振られ、自身を恋してくれた紅梨主を最低な形で振ったからこそ、『この子はもしかして紅梨主ではないのか』という思考を排除した。

 たとえ自分のために食材やレシピを恵んでくれた事があったとしても。

 長年あった付き合いの延長戦でしかなく、それ以上に紅梨主が自分に干渉する事はあり得ないと、()()()()()()()

 

 兎にも角にも。環はこんなシチュエーションを微塵も考えていなかったわけで。

 では、そのような状況に置かれた男が次にどう動くのかと言えば──もちろん。

 

「──っ??!!?!」

 

 回れ右。からの爆走。

 つまりは、逃走であった。

 

 ──が、事は環が思っているよりはるかに根回しされた出来事だったと、すぐに思い知らされる。

 

「待った!!!」

 

 だからこそ。それを食い止めるための存在が、用意されていた。

 

「──っ、タタラ!? それに、……ええぇ!?」

 

 物陰から身を乗り出したのは環の友人である踏鞴庭琢磨。

 それだけではなく喜屋武秋人と沓掛涼多、さらには──。

 

「…………っ」

 

 男子3人に交じって環を睨みつける様に、紅梨主の姉ある桜ノ宮璃梨主が居た。

 一体いつから控えていたのか。

 彼にとって縁の深い人間が全員出てきたのだ、驚愕やパニックなんて言葉で表現できる状況ではない。

 

「お兄様、私から逃げないで」

 

 それ故に──紅梨主は容易に環の手を掴むことが出来て、環にはその手を振り払う事が出来なかった。

 

 


 

 

「最初から、ずっと君だったの?」

 

 駅前の広場から少しだけ歩いた先にあるベンチで、環が紅梨主に問いかけた。

 残る全員は再び環が逃げ出しても良いように少し離れた位置で、見守っている。

 

「……はい。そうです」

 

 少し間をおいてから答えた紅梨主に、環は苦虫を咀嚼した様な顔で言った。

 

「全然気づかなかったよ。俺の知ってる紅梨主(きみ)と全然雰囲気が違ったから。それに今日も……結構演技、得意なんだ」

「お姉様や、お兄様の友人の皆様に色々教えて貰ったんです。お兄様にバレない文章や口調についてや、あとは──」

「俺の好みとか?」

「……はい」

 

 ため息がこぼれそうになるのを必死に抑えて、環は頭を抱えた。

 

「ちゃんと、話してくれる? これまでのこと」

「はい──」

 

 紅梨主が話した内容をまとめると以下の通り。

 

 お兄様()に拒絶された事を衝動的に璃梨主に嘆いた日、まず璃梨主が動いた。

 まず女子ゴルフ部の部長という立場を利用して、生徒会に掛け合って剣道部の部長である踏鞴庭琢磨の連絡先を掴み、彼から直近の環の状況を聞き出す。

 そこから環が出会い系──もとい非合法なマッチングアプリに手を出した事を知り、紅梨主に急いで同じアプリを入れる様に指示。

 璃梨主が踏鞴庭達から環の好みな女性の口調や仕草を聞き──この時、かなりの割合で璃梨主と被ってた事は彼女だけが知る事だが──、それを紅梨主にフィードバックしつつ、今日のデートまでこじつけた。

 

 すなわち“慧梨主”とは、服装から口調にかけて全てが環の好みに極力合わせる為に生み出された、環のための“偶像(アイドル)”だったのだ。

 

 

「お兄様を騙してきた事は、ごめんなさい。でも、こうでもしなきゃ、きっともう二度と、お兄様とお話しする事が出来ないと思ったんです」

 

 一連の説明を受けて、環の中でもある程度納得が行く部分はあった。

 

 あんなに反対してたのに、急にアプリの使用を薦めてきた友人達。あの日から、既に計画は始まっていたらしい。

 

 文章だけのやり取りなのに、安心感と楽しさを感じたあの時間。

 リアルで出会ったばかりなのに、男の自分が一歩引いてしまいそうになるほどの積極性。

 

 それら全てが、最初から仕組まれていたものであったのなら、一応の納得は出来る。

 

 しかしそれでも尚、環には大きな疑問が残った。

 そもそも一体どうして、紅梨主はこんな非常にまどろっこしい手段を用いてまで、(じぶん)との接触を図ろうとしたのか。

 環の頭ではどうしたって分からないその理由を、紅梨主に尋ねないわけにいかなかった。

 

「なんで?」

「……はい?」

「なんで、俺にまた会おうと思ったの? わざわざアイツらまで使って」

「…………分かりませんか?」

 

 やや間を空けて、紅梨主は逆に聞き返す。

 実際、関係者なら全員が『今更何言ってるんだ』と言いたくなる発言を、環は自覚もなく口にしたのだから仕方ない。

 

 まともな人間であるならば、ここまでの過程で理解が及ぶはず。

 

「お兄様が好きだからに、決まってるじゃないですか!」

「──っ!!」

 

 他人が聞けば納得できる理由をぶつけられて、それでもなお、環の中では納得よりも困惑が勝る。

 

「だから、それがどうしてだって聞いてるんだよ! 俺が君にどんな酷い事言ったのか、酷い事をしたのか、君が一番分かってるじゃないか!」

 

 最悪な理由で距離を取り、それを明かさずに最低な過程を踏んで、最下な形での拒絶をした。

 そんな男に対して、いまだに恋愛感情を抱ける人間の気持ちが、環には全くもって分からない。

 

 これはある意味、環が自分のしてきた事を誰よりも冷静に客観視出来たからこその考え方であり、皮肉にも理性的で、冷静で、真っ当な物の考え方だ。

 

 故に環は──環では、理解し得ない。

 

「だとしてもです!!」

 

 桜ノ宮紅梨主が彼に向けていた恋慕の情が、如何に膨大で、広大であるのかを。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「な──何言ってんだ!?」

「お兄様が()()()()()()()()()()()()なら、好きになってもらうまで頑張ります。そのためならどんな事だって出来ます」

 

 その言葉が嘘では無いと、今日一日の彼女の行動が物語っている。

 仮にも桜ノ宮家の令嬢である立場で非合法のアプリを使い、普段と全く異なる口調と、普段なら絶対着ない服装で、ウィッグまでした。

 この程度、彼女にとってなんの問題にもならない。

 必要であれば、本当に髪色を変える事も、整形すら厭わないだろう。

 

「お兄様、今日一日楽しいって言ってくれましたよね? 私を拒絶したことを後悔してるって言いましたよね? それなら──」

「ま、待ってくれ!」

 

 勢いに呑まれそうなところを、どうにか押し留める。

 

「やっぱわけわかんないよ! 俺がどんな人間か、もう紅梨主は分かってるはずだろ!? 自分の都合だけで一方的に君を拒絶して、別の女の子と仲良くしようとして、それで──」

「それでも、私の事を想い続けてくれたんですよね?」

「そう──だけど!!」

 

 ダメだ、何を言っても紅梨主のペースに呑まれる。

 だとしても、絶対にこれだけは紅梨主に言わなければならない。

 

「そこまでして、俺なんかのどこが好きなんだよ!?」

 

 ここまで彼女に想ってもらうだけの理由が、環には分からない。

 分からない事、納得できない事に、人は恐怖を覚えるもの。

 今の環にとって、紅梨主が向けてくる恋慕は妖怪や物の怪に等しいのだ。

 

「何もかも。何もかもですお兄様」

「な、何もかもって……」

「お兄様の顔、声、性格、体、ふとした時に見せる仕草や癖、お兄様を構成するすべてを、私は愛してるんです」

「……っ」

 

 重すぎるだろ。

 そう口にしたい気持ちをグッとこらえて、環は息を吞む。

 

「最初はお兄様の顔が好きだったかもしれません。あるいは優しい性格が好きだったかもしれません。でも、今となってはそれらは私の中の“好き”という気持ちを構成する要素の一つにしか過ぎない。それ以上の理屈も理由も必要ありません」

 

 何事にもきっかけという物はある。

 運命的な出会いであろうと、マッチングアプリだろうと、なんであれ始まりの「1」は付き物だ。

 しかし、それらはあくまでも単なるきっかけに過ぎず、時に変化したり、より深く大きくなる。

 

 桜ノ宮紅梨主という少女が枯園環(お兄様)に恋する事は運命であり。

 運命と言うきっかけから生じた彼女の恋には、過程も道理も常識も意味を為さない。

 

「お兄様にも私を好きになって欲しい。私の全てをお兄様に捧げたい。お兄様の心も体も受け入れて一つになって、お兄様の子供を産みたい。そう思ってるからこそ、こんな格好だって出来るんです」

「……でも、俺は」

 

 紅梨主の気持ちは分かった。

 

 いや厳密には膨大過ぎて理解が及ばないものだが、とにかくひたすら好きな事は最低限、思い知らされた。

 

 しかし、環がその気持ちに応えられるかと言えば、答えはNoだ。

 確かに今日、環の頭の片隅にはずっと紅梨主が居た。紅梨主が環を想うのと同じように一日中、紅梨主の事を考えてた。

 

 けれどもそれは紅梨主の様に恋ではなく、罪悪感の類。

 恋愛感情では決して無く、今こうしてる間も、彼女に対して恋慕の情が顔をのぞかせる気配は無い。

 

 こんなに自分を好きでいてくれてる女の子と、まだ好きじゃない内から付き合うのは間違いだ。

 既に今日まで何度も間違いを犯し続けてる環だったが、その至極まともで誠実な考えが頑なに彼を縛り付けている。

 

 だが、彼を病的に愛する紅梨主が、今更そんな環の心情を理解できないハズもなかった。

 

「お兄様、良いんです」

 

 環の手にそっと自分の手を添えて、覗き込むように見上げながら囁く。

 

「な、何が?」

 

 紅梨主のまとう雰囲気が変わったのを感じながらも、手を振り払うことなく、環は言葉を返す。

 

「お兄様がまだ私の事を好きじゃなくても。お兄様の私に対する気持ちが罪悪感であっても。()()()()()()()()()()()()

 

 そういう、不器用で変に真面目ぶってしまう所だって、紅梨主は好きなのだから。

 

「今はまだ、私からの一方通行な恋でも、きっといつか必ず、お兄様に愛される私になります。なってみせます。だからぁ……」

 

 重なっている手の指が一本ずつ絡み合う。

 じっと自分を見つめる紅梨主の瞳が近づいて来る。

 それら全てを認識したまま、まるで抵抗する意思がはく奪されたのかと思うほど、無抵抗に紅梨主の行動を受け入れる環。

 

()()()()()()、始めて見ませんか? 私たち」

 

 そう囁く彼女の吐息が肌に当たったのを感じた瞬間。

 

 ──唇と唇が触れた。

 

 


 

 

 数か月後。

 

「あ、そういえばあのアプリ、バレて消されちゃったよ。作った人も停学だってさ」

「えええええええ!!!???」

 

 たまり場の一つである公園で、最初にグループにアプリの話を持ち込んだ喜屋武の言葉に絶叫する沓掛。

 

「俺今日から使おうかと思ってたのに!? なんでだよ!?」

「いや、まあ……しょーが無くない? 長続きした方だよ非合法なのに」

「うぅぅ……また俺の彼女計画は遠のく」

「卒業までに出来るといいね……」

 

 どうせ出来ねえだろうなぁ、と思いつつそういった後、話題を変える様に喜屋武が続けて話す。

 

「長続きと言えば、マッキーと紅梨主ちゃんの関係も結構続きそうだよねー」

「ん? あぁ……確かになぁ。始まりはあんなに騒々しくて、オワコン気味だった割にはな」

「あー言うのが、“雨降って地固まる”ていうんかなぁ」

「土砂崩れレベルの大雨だったがな」

 

 的を得ている沓掛の言葉に、喜屋武がくつくつと笑う。

 

「……でもまぁ、結構浮気性なところあると思ったけど、マッキーもちゃんと一途なもんだから、恋で人は変わるのかもね」

「矯正されてるの間違いじゃないか? 桜ノ宮紅梨主、正直はたから見て結構ヤバいだろ。ヤンデレって言うんじゃないかアレ」

「その場合、病ませたのはマッキーだろうし、いつか刺される事になっても自業自得だろーなー」

「先に姉の方に殺されそうだがな」

「あはは、リョーってば辛辣だー。……で、そのマッキーは今日まだ来ないの? タクもだけど」

「踏鞴庭は今日で最後の部活だから、挨拶とか遅れるらしい」

「ふーん。マッキーは?」

「用事があるとか。姉の方に何か頼まれてるらしい」

「ってことは、おねーさんと今2人っきり? 確かマッキーて元はそっちが好きだったよね。大丈夫かな?」

「……大丈夫だろ。知らんけど」

 

 一抹の不安が2人の間を漂いだしたが、それ以上は考えないことにしたのだった。

 


 

「──ぎゃふん!?」

 

 女子ゴルフ部の部室で、環は豪快にくしゃみをした。

 

「ちょっと、急にどうしたのよ汚いわね!?」

 

 部屋中に響いたくしゃみに驚きながら、璃梨主が環に文句を言う。

 

「す、すまん。急にくしゃみがさ……埃でも鼻に入ったかな」

「ちょっと、乙女の使ってる部室が埃まみれだって言いたいわけ?」

「いや、そうじゃなくてだな」

「冗談よ、実際けっこう汚れてるもの。……悪いわね、今日はいつもの友達と遊ぶ予定なんでしょ?」

「大丈夫、ちゃんと連絡入れてるし、いつも俺が遅刻する奴らを待ってる側だから、たまには逆もね」

「……そう、ありがとう」

 

 環はもうすぐ引退する璃梨主から、荷物や普段放置してた物(主にゴミ)の片づけ手伝いを頼まれていた。

 華の女子高生が普段使っている空間、何かしらの夢を抱く人は居るかもしれないが。

 

「うわっ飲み残したペットボトル出てきた……ちゃんと片付けろって言ってるのに、もう……」

「あんま男子と変わらないんだな、その辺は」

「本当。あたしが引退したらゴミ屋敷なるんじゃないかしら。今から既に不安よ」

「タタラも似たような事話してたな。道着にカビが生えるとか何とか」

「剣道部は匂いもキツイものね……こんな事本人の前では言えないけど、あんな格好と匂いのする場所で3年間も続けられるって、それ自体が一種の才能よ」

「それは確かに」

 

 数ヶ月前、あれだけ声を荒げて怒鳴り合った2人とは思えない程に、穏やかな会話が続く。

 その後も、着替え用の璃梨主の下着が入ってた鞄を誤って開けたりなど、些細なハプニングこそあれど、部室の片付けはつつがなく終了。

 

 労いというほどでは無いものの、ささやかなお礼を込めて璃梨主が紅茶とクッキーを用意した。

 

「はい、どうぞ。改めてありがとうね、結構疲れたでしょ」

「気にすんなって、このくらい」

 

 過去のやらかしを考えれば、むしろやって当然くらいだ──そう考えてるのを見透かされたのか、璃梨主は意地悪な笑顔を浮かべて言った。

 

「そうよねぇ、あたしの恥ずかしい姿覗き込んだり、紅梨主まで巻き込んで大騒ぎしたのに比べたら、全然だものねぇ?」

「うぐっ……」

「あははは! 冗談よ冗談、そんなこの世の終わりみたいな顔しないで」

 

 狙い通りの反応が見られて満足したのか、璃梨主は環の右肩をバシンと(割りかし強めに)笑いながら叩くと、そのまま隣にストンと座った。

 

 右肩の鈍い痛みをジンジンと感じながら、環は次に璃梨主が何をしでかすのか、身を強張らせて備える……が。

 

「…………」

 

 何もせず、ただじっと璃梨主は環の横顔を見つめるのみだ。

 2人しか居ない空間で、2人とも話さなければ、当然そこに生まれるのは沈黙。

 普段なら何かしら言い合う2人が、こうして隣り合って何も話さないのは、珍しい。

 

 とは言えだ。

 環は、特に璃梨主相手に黙りを続けられる性格では無い。

 必然的に、耐えられなくなり、特に話題もないまま口を開く。

 

「えっと──」

「あんた、今あの子とどの位進んでるワケ?」

「──ととと、うぇえ!?」

 

 出鼻を挫かれるどころか、思い切り横っ面を殴られる様な爆弾発言に、環はこれでもかと動揺する。

 

「付き合ってもう3ヶ月目は過ぎてるわよね? どうなの?」

「えっと……その……」

「最近ますます可愛くなって、垢抜けて来たのよあの子。服も今までなら着ないような物も増えてきて……アレってあんたが着させてるのよね?」

「いや、殆どは紅梨主の方からだけど……」

 

 “お兄様、こんな私はどうですか? ”と日々新しい自分を見せたがる紅梨主の趣味なので、本当に環は無関与だが、無関係では無い。

 

「どっちからなんてどうでも良いのよ。アンタちゃんと、紅梨主が好きで付き合ってるんでしょ? どうなの?」

「そりゃあ、もちろん好きだよ……好きに、なってきた」

 

 不意打ちのようにファーストキスを奪われたあの日から、毎日真摯な愛を向けられて、絆されない男など居るわけもない。

 元より紅梨主も“そのつもり”で環を堕とそうとしてるのだから、初めは罪悪感だった環の彼女に対する気持ちが、好意に置き換わりつつあるのは、当然の流れだ。

 

「そう、なら良いの……この期に及んでまだ罪悪感だけで付き合ってるとか言ったら……」

「い、言ったら……?」

「……今日、休みにしてるから部室(ここ)には誰も来ないの」

「……っ」

 

 答えになってない答えだが、意図は十分に汲み取れた。

 自身の心変わりをこんなに感謝する経験は、おそらく2度と無いだろう。

 

「──ちょっと、そんな怖がらないでよ。冗談に決まってるでしょ、軽く小突くだけよ……9番アイアンで」

 

 それを人は『致命傷』と言うんだぜ。とは口が裂けても言えなかった。

 

「それで、最初の質問の答えは? どこまでいったの? キスだけ? その先は?」

「き、聞いてどうするんだよそんなの!」

「アンタ達なんて普段から誰それとシたいとかヤリたいって話題ばかりでしょ? 何照れてんのよキモいわね」

「偏見に過ぎるだろ! アイツらとも紅梨主のプライベートに関わる範囲は話してないよ!」

「ふぅん、その程度の気配りは出来るんだ。意外ね。でもあたしはあの子の姉なの。他の有象無象はともかく、あたしは知る資格あるんじゃない?」

 

 ずいっと身を乗り出して、環を覗き込む璃梨主。

 そのまっすぐな瞳から、環は目を逸らす事ができない。

 

「ほら言いなさいよ、あの子には話した事秘密にしてあげるから」

 

 まるで洗脳の様に、璃梨主の声が環の耳から脳に入り込み、侵食していく。

 それはあの日の紅梨主にも似て、環は2人が姉妹である事を変なタイミングで再認識するのだった。

 

「……い」

「え? 何よ、ハッキリ言って」

「してない! キスから先はまだ何もしてないんだよ! 満足かよコレでもう!!」

 

 白状するしかないので白状したが、環の顔はコレでもかと真っ赤だった。

 一方で、璃梨主の顔は驚く以前に理解が追いつかないのか、呆けている。

 

「……なんで? あの子に手を出して無い、の?」

「何度か紅梨主から誘惑……誘惑? みたいなのは受けてるけど、俺がちゃんと紅梨主の事好きだって気持ちにならないと、なんかやっちゃ駄目かなって思ったから……ああぁもう! 何言わせんだよ!」

 

 ──なんと言う事だ。

 

 璃梨主にとって環とは、性欲と衝動に流されやすい男だった。

 きっと既に、愛する妹はこの男によって傷物となってる。そう確信していたのに。

 

 信じられない事だが、環は本気で、紅梨主の事を好きになろうとしていたらしい。

 それこそ、据え膳食わぬは男の恥なんて概念すら突き返して、環は理性を保っているのだ。

 

 恋は人を変える、とは言うけども。

 事実、紅梨主は変わってき始めたけども。

 まさか、この男まで誠実な変化を見せるとは、思わなかった。

 

「……ふっ、ふふふ、あはははは!!!」

「わ、笑うなよ……俺だってらしくないと思ってんのに……あーもう、最悪」

 

 膝を叩いて笑う璃梨主。

 顔を両手で覆い嘆く環。

 正反対の様相が並んで、しかし部屋の空気は穏やかに弛緩していく。

 

「もー帰って良いか? 聞きたい事全部聞いたろうし」

「えぇ、そうね。一生分笑ったわ」

「そりゃ良かった」

 

 ぶっきらぼうにそう答えて、立ちあがろうとする環だったが、その直前に璃梨主が遮る様に言った。

 

「あっ、最後にコレだけ聞くの忘れてた」

「まだあんのかよ、何を──」

「もし、あたしもアンタのこと好きだって言ったら、どうする?」

「──なに、言ってんだよ」

 

 弛緩していた空気が瞬く間に凍りついた。

 

 


 

「あ、踏鞴庭先輩、こんにちは」

 

 昇降口の前。

 続々と生徒が帰っていく中、友人の環を待っていた踏鞴庭琢磨に、見知った少女が話しかけた。

 

「桜ノ宮。どうした、ここは3年の入口……いや、アイツ待ちか」

 

 2年生の紅梨主がここに足を運ぶ理由は1つだけ。

 愛しの彼氏君と少しでも早く会いたいから、それ以外には無い。

 

「悪いが、今日は俺達が先約を」

「大丈夫です、お兄様が皆さんと合流する時までご一緒出来れば、十分ですから」

「そうか……いや、良い物だな」

「……?」

 

 少しでも好きな人と一緒の時間を過ごしたい、そう口にする紅梨主に、踏鞴庭は羨ましい気持ちを隠さずに言った。

 

「俺は感情の表現がいまいち下手でな。君やアイツの様に、思った事を素直に口にしたり、好きだという気持ちを相手に伝えるのが、難しい」

「確か先輩も、他校に恋人が居るんですよね?」

「アイツから聞いてたか。そうなんだが、最近少しすれ違い気味で……いや、忘れてくれ。後輩に愚痴るような内容ではない」

 

 恥ずかしそうに坊主頭を掻く踏鞴庭を見て、紅梨主は頭の中で言葉を選んでから、独り言のように言葉を返す。

 

「……普段、口にしてないなら」

「ん?」

「たまに口にするからこそ、相手に与えるインパクトも大きいと思いますよ」

「そ、そうか?」

「はい。それにきっと、先輩の彼女さんも待ってるはずですよ。先輩の方から言ってくれるのを。すれ違いだなんて思わずに勇気出してみてください」

「そ、そういうものだろうか……分かった。思わぬ助言を頂いてしまったな。ありがとう」

「す、すみません。私なんかが出過ぎた事を口にして」

「いいや、あの優柔不断男を堕とした君の言う事だ、勇気が湧いてきたよ」

 

 翌日、実際に彼が彼女に好意を口に出して伝えたら、それはもう凄い事になったのは別の話。

 

「……お兄様、まだかな」

「ちょっと遅いかもな。何かトラブルを起こしてなければいいが」

 

 巻き込まれるのではなく、起こす側の心配をする踏鞴庭。

 

 残念なことに、トラブルは起きているし。

 皮肉なことに、今回は前者の立場だった。

 

 


 

 

「あたしは確かに紅梨主が好き。家族としてだけじゃなくて、性愛を持ってる。あの子と肌を合わせたいし、一つになりたい」

「あぁ、知ってるよ。それは」

「分かってない、最後まで話を聞きなさい」

 

 会話を露骨に切り上げたがる環を制して、璃梨主の告白は続く。

 

「あたしの感情が世間に赦されない物は分かってる。でも、あの子を生まれて初めて見たその日からずっと、あたしは紅梨主を求めていた」

 

 きっかけは分からない。最初は純粋に姉としての庇護欲だったのかもしれない。

 しかし、それらはもはや璃梨主にとって何の意味もなく、自分の感情を分析しようとも思わない。

 

「きっとこの気持ちは、桜ノ宮璃梨主(あたし)という生き物の遺伝子に最初から仕組まれたプログラムの様な物。あたしはこの世に生を受けた日から、ずっと紅梨主を愛する様に作られてたのよ」

「それは…………悪かったよ」

「悪かったって、何が?」

「何がって、それはお前……そんな凄い好きな紅梨主を、俺が……盗っちまって」

「あー、そういう事。確かに、始めはあたしを好きだって言ってたのにね」

「……それを責めてるんじゃないのか?」

 

 てっきり『よくもあたしの紅梨主を奪ったな!』と激憤してくるのかと思って先に謝ったが、予想が外れたらしい。

 

「今更そんな事言わないわよ、もしその気なら最初からあの子の手伝いなんてしなかった」

「だったら、結局、君は俺に何を言いたいんだよ」

「最初に言ったじゃない。もしあたしもアンタが好きなら、どうするのって」

「いや、あり得ないだろ俺にさっきあんなに紅梨主への愛を口にしといて」

「だから、最後まで聞きなさい。話はまだ途中なんだから」

「……分かったよ」

 

 きっと、これ以上話を聞くのはマズい。

 頭では分かっているが、それを出来ないのは、璃梨主が今までに見せた事の無い雰囲気を出している故か。

 とにかく、環は続きを静かに待つ。

 

「紅梨主を愛するのは、あたしという肉体に仕組まれた根源的な物。でも、それとは別に“桜ノ宮璃梨主”という女が人を好きになる事だって、あるのよ?」

「……ん? それって、つまり?」

 

 紅梨主への愛は本能、先天的な物。

 であれば、璃梨主と言う人格が後天的に誰かを好きになる事もあり得ない話では無い。

 

 それが──、

 

「アンタ、前に自分の事『好きな妹の側にいる、邪魔でしかない男』なんて言ってたわよね?」

「……あぁ、言ってたな」

「本当にアンタの事を邪魔だと思ってたなら、幼い頃からずっと一緒に居たと思う?」

「…………マジで?」

 

 気が付けば、璃梨主の手が環の上に重なっている。

 いつの間にか、吐息が当たるほどに顔が近づいている。

 

「アンタが紅梨主に手を出さないのは、まだハッキリ好きか分からないから。……でも、あたしの事はずっと好き、でしょう?」

 

 璃梨主の瞳が、環の動きを縫い付ける。

 マズいと分かっているのに、環はこの場から一ミリも体を動かせない。

 

「最初から好きだと分かってる相手なら、アンタも手を出せるんじゃない?」

「それ、は……そうかも、だけど」

「ねぇ……もう一回聞くわよ?」

 

 

「もし、あたしもアンタのこと好きだって言ったら、どうしたいのぉ?」

 

 

 耳元で囁かれて、いよいよ環の思考がフリーズする。

 まるで悪魔の様な笑みを浮かべて、璃梨主が環との距離を0に近づける。

 

 唇と唇が触れる、その直前。

 

 環の胸ポケットから、甲高い電子音が鳴り響いた。

 それに璃梨主の意識が向かれた途端、環の身体が勝手に立ち上がった。

 

「ご、ごめん! 呼ばれてるからもう帰るわ! またな!」

 

 立ち上がる際に突き倒してしまった璃梨主に視線を向けず、一方的にそう告げて環は弾ける様に部室を出て行った。

 

「あ、危ねぇ、危ねぇ、やべぇよー!!!」

 

 全力で校舎内を走りながら叫ぶ環を、複数の生徒が怪訝な目で見る。

 そんな視線もあの璃梨主の瞳に比べたら屁でも無い。

 

「あぁ危なかった、もう、もう二度と璃梨主と2人っきりはダメだー!」

 

 遺伝子──ではなく、魂に刻まれたのであった。

 

 


 

 

「あっ、お兄様!」

「遅かったなぁ、どうした」

 

 急いで教室に戻り、帰りの用意を済ませて昇降口を出ると、踏鞴庭と紅梨主が待っていた。

 

「さっきお電話したのですが……お兄様?」

 

 無言で近づいてから、じっと自分の顔を見つめる環を見て不思議がる紅梨主。

 踏鞴庭も何か言えと言及しようと思った矢先に、環は予想外の行動に出た。

 

「電話してくれてありがとうー! 遅くなって本当にごめんなー!!!」

「──っ!?」

 

 人目もはばからず、すぐ近くの友人も構わず、環は思いっきりの感謝と謝罪を述べながら紅梨主を抱きしめたのだ。

 今まで抱き合う事は何度もあったが、ここまで力強く抱きしめられた事が無かった紅梨主は、驚愕より先に歓喜に包まれる。

 

「ありがとう、本当に助かった、紅梨主大好きだっ……!」

「え、お、お兄様、今私の事好きって……お兄様から初めて好きって、言いましたか?」

 

 紅梨主は今日まで自分から好きだという事はあっても、環に言ってもらうように求めた事は一度も無かった。

 いつか、彼が自分を本当に好きになってくれた時を待つ──そう思って我慢していたし、もう少し先になると思ってが、あまりにも予想外なタイミングで言われた。

 

「お兄様、もう1回! いえ、あと3回……10回は言ってください!」

「好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ! 俺が好きなのは紅梨主だけだよ! 紅梨主が好きだから! 今までずっと言えないで本当にごめん、紅梨主大好きだ!」

「わぁ……わぁぁ……っ! お兄様、私も好きです、お兄様を誰よりも何よりも愛してます!」

「…………なにこれ」

 

 下手な恋愛漫画ですらやらない様なドン引き濃厚恋愛空間が発動され、踏鞴庭はおろか周囲の生徒達も、何も言えずにそそくさと帰っていく。

 

「……枯園、今日はもうその子と過ごせよ。じゃあな」

「……ん、すまん」

「そこはちゃんと返事するんだな……」

 

 こめかみから汗を流しつつ、踏鞴庭も足早にその場を後にした。

 


 

「……あーあ、ラストチャンスだったかもなのに」

 

 誰も居なくなった部室の床で、璃梨主は天井を見上げてつぶやいた。

 

「よりによって、あなたが止めるのね。紅梨主」

 

 スマートフォンの画面に表示されてた電話先の名前は、彼女が最も愛する妹の名前だった。

 きっと今頃、環は彼女のもとに駆け付けて、一緒に居るんだろう。

 

「それが、運命なのかもしれないわね……あなたの、そして」

 

 一度言葉を止めて、瞳を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、もはや自分の物になる可能性の潰えた紅梨主と、もう1人。

 先ほどまで、あと一歩で自分の物に出来たはずの、男。

 

「きっと、あたしの運命も」

 

 


 

 

「ふふ、怒られちゃいましたね」

「ごめん、俺のせいで」

 

 その後、騒ぎを聞きつけた教師に怒られてしまい慌てて学園を離れた2人は、まっすぐ家には向かわず気の向くまま歩きつつ、談笑を楽しんでいた。

 当然、恋人つなぎで。

 

「でも、驚きました。急にお兄様から抱きしめて頂けるなんて」

「ちょっと、紅梨主の顔見たら抑えきれなくなって」

 

 まさしく衝動的だった。

 璃梨主に迫られて、裏切ってしまう寸前。そこに割って入ったのが紅梨主からの着信だった。

 

 自分を卑しい裏切者にしないでくれた。

 それだけではなく、約束もしてないのに昇降口で健気に待っていた。

 

 自分を見つけて、心から嬉しそうに笑う紅梨主を見た瞬間。

 今まで感じた事も無いほどの感情──愛おしさが環の胸中を包み、彼を突き動かした。

 

「……紅梨主。あのさ」

「はい、なんですかお兄様」

「俺、結構優柔不断だし、流れに乗りやすいし、色々足りない部分も多いけど──それでも、紅梨主の事が好きだって気持ちは絶対にぶれないようにするから。だから、その……改めてよろしくお願いします」

 

 それは、ワードこそ不揃いで不細工だが、紛れも無い環から紅梨主への『告白』だった。

 

「はい……はいっ! こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします、お兄様!」

 

 

 

 桜ノ宮紅梨主、桜ノ宮璃梨主、そして枯園環。

 

 三者三様の恋は、一度は枯れて、二度と咲くことは無いと思われた。

 

 しかし、季節を超えれば新しい花が咲くのと同じように。

 

 枯園環の中に生まれた新たな恋は、周囲の人物の協力とおせっかいを経て、開花した。

 

 そしてここに、ようやく彼女の──、

 

 最後の最後まで諦めずに貫き続けた、桜ノ宮紅梨主の恋は報われたのであった。

 

 

 

「ねぇ、お兄様」

「なんだ?」

「私、この日をずっと、ずーっと待ってたんです」

「うん」

「そのためになら、運命だって()()()()()()()()に」

「えぇっと。運命ってそんな電車のノリで乗り換えられる物じゃないと思うけど」

「ふふ……どうでしょう?」

 

 

 

 サクラチルミライコイガサネ──END




ヤンデレCD桜襲、未視聴でここまで読んでいただいた方がもしいたら、原作もDLサイトらへんで売ってるので、聞いてみてくださいな

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