【完結】サクラチルミライコイガサネ   作:食卓塩少佐

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更新遅れてすみません

ティアキンが神作品過ぎて止まってました

折り返し過ぎたのでもう少しです


❼GUILT

 

 環がなし崩し的にアプリを使い始めた日から数日。

 環は、放課後に1人で居る時間が増えた。

 

 理由は普段からつるむ友人達が各々、部活や所用で忙しくなり、帰宅部の環と時間が合わなくなったからだ。

 来年の初春には受験が待っているため、最後の大会に向けて日々練習に励んでいる生徒達とは違い、特殊な家庭事情故に部活も委員会活動も学園から免除されてる環は、やる事が無い。

 

 もっとも、毎年大会が近づくシーズンになると同じ様な事はあったので、今更環が寂しさを感じる事は無い。

 やる事が無いと言うなら、あまり得意では無い科目の勉強でもすれば良いわけであり。

 

 実際、環はここ暫く帰宅したら、すぐにその日受けた授業の復習と次回の予習に励んでいた。

 お陰で、苦手だった英語や古典などで小テストをした時も、若干だが成績が上がり始めている。

 

 皮肉だが、今までなら桜ノ宮姉妹と一緒に居た時間が無くなり、勉強に使える様になった事で、環は『学生』としては健全な方向に進み始めていた。

 

 私生活においては、食事面も変わりつつある。

 

 先日“何者か”から大量の作り置きを貰ったが、それらの中に手書きのメモが入っていた。

 見ればそれは、可愛らしい字で書かれた料理のレシピであり、環の様なズブの素人でも出来る料理の作り方が、材料から調味料の量まで細かく丁寧に説明されていた。

 それ以降、環はレシピメモを参考に買い物や自炊を始める様になり、コンビニやレストラン、チェーン店などで食事を済ませる事が減っていく。

 

 一時期は大きく心が乱れ、私生活も交友関係も崩れかけた環だったが、大小多数の変化を経て、どうにか持ち直したと言える。

 

 中でも一番大きな変化は──、

 

「お、きたきた」

 

 ピコン、という軽快な着信音を聴いてスマホを手に取る。

 

『おつかれ、今何してるかんじ?』

 

 ──これこそ皮肉この上ない話だが、アプリをキッカケにやり取りするようになった『Alice』の存在が、環の生活に潤いのような物を与えていた。

 

 未だに本名はおろか、顔も年齢も知らないが、同じ学園に通っている事もあり、共通の話題で盛り上がる事が出来るのは大きい。

 

 最初は何度もやり取りする事に躊躇いを覚えていた環だったが、リアルの友人達や(仲が良かった頃の)桜ノ宮姉妹を相手する時と違い、何の気負いや責任も無く、仮に嫌われたり飽きられても構わないと思える相手との交流は思いのほか気楽で、今の環にはピッタリだった。

 

 何よりも、そう言った前提を取っ払った上で純粋に、環は『Alice』とのやり取りを楽しいと感じている。

 同じ学園に通っており、共通の話題が出来るからだろうか。

 自分が普段から慣れ親しんでる学園を、『Alice』の視点でどう見えてるのかを知るのが面白いからだろうか。

 

 しっくりくる理由は思いつかないものの、環はそれこそ、以前からよく知る人間を相手にする時と同じくらいに、『Alice』とのチャットを楽しんでいた。

 

『勉強中。今はちょうど世界史やってるとこ』

 

 すっかり慣れた手つきで返信をする。

 そこから数分後、再びスマホが着信を告げる。

 

『この時間から? マジメじゃん』

 

 毎回こちらが返信してから数分〜十数分は掛かるものの、『Alice』は丁寧に返事を返してくる。

 返事が遅いのは多少気に掛かるが、ほぼ毎日『Alice』からチャットを送って来るので、相手も環とのやり取りを楽しんでいるのは間違いない。

 

 むしろ、このくらいゆっくりなコミュニケーションこそが、『Alice』との時間を楽しめる理由なんだろうと、環は考えている。

 

『夜ご飯食べてからだと勉強する気ならないんだよね。

 帰っても1人だから、自然と勉強しかやる事ない!』

 

 自虐(無論相手にはそうとは分からないだろうが)を込めてそう返事を送ると、普段と違ってすぐに返信が来た。

 

『ふふっ、ボッチだ 笑笑』

 

「んなっ、誰がぼっちだ!」

 

 どう言い返してやろうかと思ったが、ふと『Alice』の文面でここまで感情が乗ってるのも初めてだと、環は気づいた。

 文末に『笑』があるから、ではない。非常に主観的かつ感覚的な話になるが、環は『Alice』が今送ってきた文には、普段よりも相手の“素”に近いものを感じた。

 

 ひょっとしたらそれは、普段遅い返事が早かったから、そう感じるだけかもしれない。

 相手の素性を何も知らないのに、文面だけでそれが分かるかと言えば、確かに怪しい。

 

 けれども、環はこれに対する返答には売り言葉に買い言葉的な物ではなく、素直な自分の気持ちを載せる方が正しいと思った。

 

『そうだよな。俺も本当はいつもこんな時間に勉強なんかしないんだ

 それしかやる事無くなっちゃったから、してるだけ』

 

 そう送ると、先程よりは多少遅いが、それでもやはり普段よりだいぶ早く、返事が返ってきた。

 

『そうだったの? 

 部活辞めたとか?』

 

『いや、ちょっと違う。

 いつも帰ってから、一緒に過ごす事の多い人が居たんだ』

 

『友達?』

 

『どうかな……。

 友達だったと思うけど、それ以上に色々と助けられてた』

 

『???』

 

『家庭の都合で、昔から俺の面倒見てくれてたりした人達でさ

 本当に良い人たちだった。マジで』

 

『そう』

 

「ん……ちょっと自語りし過ぎた?」

 

 淡白な2文字を見て隙自語をかましてしまったかと思ったが、そこからすぐに続きの文章が届く。

 

『どうして、その人達と会わなくなったの?』

 

「聞くんだ、それ……」

 

 思ったよりも相手は自分の事情に興味があると分かり、環もどこまで話せば良いのか逡巡する事になった。

 そもそも、踏鞴庭達の様な親友と呼べる相手以外の他人に、桜ノ宮姉妹との出来事を話して良いものなのか、そこからになる。

 

 環1人で勝手にやらかした話なら幾らでも赤裸々に語れるが、今回は璃梨主と紅梨主も関与しており、彼女らが他人に打ち明けていないパーソナルな部分にも踏み込んでいる。

 

 果たして『Alice』が何処まで口の固い人間なのか分からない以上、万が一でも璃梨主達の事だとバレてしまわない様に、全く話さないという選択肢が最も正解なのは間違いない。

 

 しかし、そこが環の性格なのか。

 或いは、『Alice』の文から何かを感じたのか。

 

 “少しだけなら打ち明けても良いんじゃないか”という気持ちが、環の中に湧き上がっている。

 そして、その気持ちにブレーキを掛ける思考は何処にも無かった。

 

『色々、省いたりぼかすけど良い?』

 

『話せる範囲で良いよ』

 

『わかった、いっぺんに書くから、ちょっと長くなったらごめん』

 


 

 そこから環は、自分でも驚くほどに自然と嘘を混ぜ込んで、既に2週間近く経った事をそこそこ簡潔に書き並べた。

 

 璃梨主と紅梨主の名前は当然出さず、2人を『遠縁の親戚である双子の姉妹』という設定にした。

 

 自分が双子の姉妹のうち姉の方に恋してたが、相手が自分に関心を抱いてない事を悟り、一方的に関係を断ち切ろうとした事。

 

 何も事情を知らない双子の妹は自分との関係を保とうとしてくれたが、姉の顔がチラついて、酷い言葉と態度で拒絶した事。

 

 それが引き金で姉の方とも決別して、完全に双子と縁を切った事。

 

 踏鞴庭達との事も書くか考えたが、こちらは既に解決してるので省く事にした。

 

『ざっとまとめたらこんな感じ。それで色々忘れたくて現実逃避するみたいにこのアプリ始めて、今に至るワケ』

 

 その様に締めくくり、『Alice』に送った。

 最悪これで嫌われてもう返信が来なくなる事も覚悟したが、『待ってて』という短い返事がすぐに届き、そこから今日のやり取りでは最長になる12分が経過した後、再度『Alice』からメッセージが届いた。

 

『色々理解。結構荒れてたんだ』

 

 意外にも、相手の反応は嫌悪などの雰囲気が無い、普段通りの物であった。

 その事に自然と安堵して──そんな自分に驚きつつ、環はスマホの画面に指を滑らせる。

 

『荒れてたのは間違いない。

 全部悪いの俺なのにね』

 

『後悔してるの?』

 

 その問いに、環はどう答えたら良いものか、何度目かになる逡巡を迎える。

 してる、してないで分ければ当然してるに決まっている。

 だが、だからと言って2人との関係を取り戻したいかと言えば──答えは違う。

 

 璃梨主に対してはもちろんだが、それ以上に紅梨主に対して、環は本当に許されない事をし続けて、そのままにしている。

 そんな人間が今更、関係を取り直せる機会があったとしても、仲直りして良いわけが無い。

 

『もちろんしてる。2人には本当に酷い事ばかり言ったから。

 でも、もう今更後戻り出来ないよ』

 

『元通りの関係にはなろうと思わない?』

 

『なれると思ってないし、なる資格も無いって。

 姉の方とは完全に仲違いしたし、何より妹の方には本当に酷い事をしたから』

 

『随分と気にしてるんだね、妹さんの方』

 

 そう言われて、環もはたと気づいた。

 自分が送った文章を見返して、自身の気持ちを顧みると、確かに璃梨主よりも紅梨主に対する罪悪感が大きい。

 

 もちろん環の中で“璃梨主には特に悪いと思ってない”なんて事は無い。

 しかし、璃梨主には自分の気持ちをぶつけ、璃梨主からもある程度の反論や失望を直接受けている。

 結果こそ“人間関係崩壊”という最悪な結末だったが、一応環と璃梨主の間では互いに言葉をぶつけ、感情をぶつけ、納得と諦観の落とし所を作る事は出来た。

 

 しかし、紅梨主は違う。

 いくども言う通り彼女は環が見た物を知らず、環が姉妹から離れようとした理由も知らない。

 分からないまま、必死に環との繋がりを残そうとして、何も分からないまま一方的に関係を断たれた。

 璃梨主と同じ“人間関係崩壊”という最悪な結末は変わらないものの、その過程にはあまりにも大きな隔たりがある。

 

 当時よりも冷静に自分を顧みる事ができる様になった環にとって、自身が紅梨主にした所業と、それによって傷付いた紅梨主の気持ち、どちらも考えるだけで思わず呻き声を出したくなる物であった。

 

 それが、『Alice』とのやり取りでも自然と文章に出ていた。

 

『本当は仲直りしたいんじゃないの? 

 少なくとも、妹さんとは』

 

「…………はぁ」

 

 痛い所を突かれた。

 この場に環以外の誰かが居れば、全員が全員、今の彼を見てそう表現するだろう。

 

 それを認めたくないと言う自分が居るものの、『Alice』の指摘は間違っていない。

 出来ることならば、紅梨主とだけでも以前の様な関係に戻りたい。

 それが、現時点での正直な環の気持ちだ。

 

 けれども、世の中はそんなに甘くない物。

 何らかの理由で紅梨主との関係が直ったとする。しかし、その後待ち受けるのは璃梨主との関係だ。

 環の中にあった璃梨主はの気持ちは既に消えている。しかし、紅梨主にとって璃梨主は今も変わらず大事な家族。

 紅梨主との関係が戻ったのに、璃梨主とは変わらず絶縁、なんて都合の良い事は決して起こらないだろう。

 

 仮にそんな関係、環境が構築出来たとして、それで都合が良いのは環だけ。

 環と璃梨主の両方を大切にしてる紅梨主にとっては、板挟みになり苦しい思いを強いられるのは、環でも容易に想像できる。

 

 そんな心理的負荷が常に掛かる状況に、紅梨主が居ることを、環は容認できない。

 既に充分過ぎるほど、彼女の事を傷付けてしまってるのだから。

 このまま彼女にとって記憶に、記憶から思い出に、そして思い出からも忘れられる存在であるべきだ。

 

「……そもそも、璃梨主が許さねえから」

 

 許してもらおうとも思っていない環だが、そもそも璃梨主は紅梨主に対して恋愛と性愛、両方の感情を懐いている。

 紅梨主がその想いに応えるかは分からないが、璃梨主が紅梨主にその様な想いを向けている以上、その間に入る気が環の中に無かった。

 

「百合の間に挟まる男は何とやらー、上手い言い訳だよな」

 

 吐き捨てるように言うとスマートフォンをベッドにほいっと放り投げてから、

 

「──あっやべ、まだ返信してない」

 

 肝心の返事がまだだった事を思い出して、投げたばかりのスマートフォンを手に戻す。

 

『それについてはノーコメント

 それより、俺ばっか話してるし、今度はそっちのこと聴きたいぜ』

 

 かなり強引な話題転換なのは否めないが、これも文字だけのやり取りだから可能な手段と言える。

 

『Aliceは何でアプリ使ったの? 

 俺みたいにやらかしたから?』

 

 素直に話してくれるなら話題が完全に紅梨主から逸れて助かる。

 話してくれないとしても、あまり構わない。

 その位の温度感で尋ねた環だったが、返ってきたメッセージはそのどちらでもなかった。

 

『教えるのも良いけど、文字で打つと長いから、別の方法が良い』

 

「えぇ、そう来たか!?」

 

 アプリはチャット機能だけじゃなく、通話も可能になっている。

 しかし、それをするには女子側の許諾が必要な仕様なので、環からはどうする事も出来ない。

 

『なら通話する? 

 今勉強中だから、作業しながらになるけど』

 

 乗り気である文章にはしたが、いきなり知らない相手と通話というのは緊張するものだ。

 さり気なく、そこはかとなく相手が躊躇いそうな“勉強中”という建前を用意したものの、これで『Alice』から構わないと言われた場合は、いよいよ通話する他無い。

 

 戦々恐々とまではいかない物の、相手がどうしたいのか変な緊張感を持ちながら返事を待つ。

 気を紛らわせる様に自習の続きをしていると、遂に『Alice』から返信が来たのですぐに確認する。

 

「……マジか、この女」

 

 思わずそんな事を口にしてしまうほど、『Alice』の返事はまたも環の予想を上回った。

 

『電話するのも良いけどさ

 会おうよ、直接』




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