肩が痛いです
更新が遅いのもきっと肩が痛いせいです。そうに違いありません
「──ってな感じなんだよ、本当どうしよう」
『いや、そんな事言われてもな……』
アプリで知り合った『Alice』から、思いもよらない提案をされた環は、そのまま断る事も出来ず次の土曜日に会う約束をしてしまった。
『それはもう、会うしかないのでは』
『そうそう、マッキーが始めた事なんだし』
「そんなぁ……」
何とか今からでも断れないか、友人達にグループ通話で相談しても、踏鞴庭と喜屋武からは
『はぁー、苦労アピールしながら自慢されるのマジうざいわ』
かと言って、沓掛の様な僻みしか無い返答もまた、環にとっては要らないものだ。
『だいたいさ、マッキーが桜ノ宮の2人と仲悪くなったから、新しい彼女欲しくてアプリ使ったんだし、向こうから会いたがってるなら願ったり叶ったりじゃん』
「いや、だから今の俺にはもうその気が無くて」
『お前にその気が無くとも、向こうはあるんだろう? それなら一度は会うべきだ』
「ひぇ〜、マジで言ってるそれ?」
親友達は環と『Alice』が会う事に賛同するどころか、積極的に会わせようとすらしている。
ここまで来ると、もはや自分の味方になってくれる存在が、ともすればこの世に誰も居ないのでは。そんな気すらしてくるが、
『嫌なら俺が代わりに会うぞ』
「えっそれはヤダ」
──会うことにした。
正直なところ環の本心としては、『Alice』と会う事それ自体が嫌と言うワケでは無かった。
相手の素性は知れないが、今までのやり取りが上手くいってたのもあって、抵抗感は思いのほか少ない。
無根拠だが、会えば楽しく過ごせるだろうという気さえする。
上手く断る理由が出てこなかったり、押し切られた形とはいえ結局会う約束を決めてしまったのも、そういう心の現れだろう。
では、親友たちに『どうすれば断れるか』相談したのは単なるポーズだったのかと言うと、それもまた違った。
果てしなく面倒な事この上ないが、環は『Alice』と会っても良いと思う気持ちに匹敵するほど、『会うべきではない』という気持ちも持ち合わせていた。
この『会うべきではない』という考え方。それがひたすら環の心に大きなしこりとなっている。
会いたく『無い』ではなく、会う『べき』では無い。
“べき”という言葉が出てくるというのはつまり、何かしら自分の中で負い目があるという事だ。
その負い目の正体が何かは、とっくに分かっている。
桜ノ宮紅梨主と、ついでに璃梨主。
諸事情込々だったとはいえ、あの姉妹の情緒を大いに乱したにも関わらず、しれっと自分だけ新しい出会いに傾倒するのは、流石にどうなんだ。
そんな考えが脳みそにこびり付いて、どうしたって離れない。
ならば、桜ノ宮姉妹に謝罪をすれば良い。
紅梨主には酷い言葉で振ってしまい済まなかった。
璃梨主には半ば事故とはいえ実妹でオナニーしてるところを見て申し訳なかった。
そうすれば、環は桜ノ宮姉妹にこれ以上負い目を感じる事も無くなり、心置きなく新しい恋に邁進出来るのだから。
もっとも、環にそんな事が出来る物ならば、の話だが。
現実は非常を通り越して無情。
桜ノ宮姉妹に謝罪するチャンスを消したのは、他ならぬ環自身。
もう二度と二人に会わないと言ってしまった手前、環の方から彼女たちに会うことは出来ない。
環が抱いている負い目を払拭する機会は、万に一つも無いのだ。
逆に考えれば、そんな償いようのない負い目を抱き続けるだけ、時間の無駄とも言える。
どれだけ後悔しようと、それが相手に伝わる事も、事態が好転することも無い。
ならば、新しい出会いを求める事と、姉妹に対して慙愧の念を抱き続ける事、それらを一緒くたにするのではなく、別の枝の話として考えて、両立すればいい。
都合の良い考え方だと他人は非難するかもしれない。
しかし、多くの人々がそのように物事を割り切って生きている。
環が同じようにした所で、問題は無いだろう。
償いようのない『過去』に固執するのは、ある意味で誠実ではある。
しかし、それによって『今』を蔑ろにするのは愚かとも言える。
何より環の親友たちも、彼が『Alice』と会う事を良しとしているのだ。
それなら、もう環は躊躇い・葛藤する必要なんて無い。
──以上が、金曜の夜に考えに考えを重ねた上で、約束の日の集合時間15分前になってようやく、環が自身を納得させるために見出した結論である。
“アタシが言い出した事だし、こっちで色々決めるね”
会う約束をした際にそう言われ、駅前に13時集合という事になった。
具体的にはよくデートの待ち合わせに使われる、駅前にデカデカと置かれた意味不明なオブジェの前だ。
環がたどり着いた結論の清々しい開き直りっぷりに負けないくらい、雲一つない青々とした空。
約束の時間より15分ほど早く着いた環は、暑さ以外の理由で額から流れる汗を拭いながら相手の到着を待ちつつ、改めて今日の自分のコンディションを確認する。
髪型──バッチリ決めてきた。
寝癖があると璃梨主に小言を言われたり、紅梨主に可愛いと揶揄われるため、誰かと会う日は必ずワックスとヘアスプレーでセットしている。
今日の様に暑い日だと汗で崩れないか心配だが、少なくとも今現在は大丈夫。
服装──問題ない、はず。
普段から外出の時に着る水色の半袖パーカーは、流行りの服とは趣が異なるが清潔感のあるお気に入り。
その下に着ているネイビー色のTシャツは、環が好きなブランドで、今日の様に暑い日も汗が目立たず速乾性も高い優れ物。
下は赤のカーゴパンツ。
昔からよく物を落とす事が多い環は、その度に紅梨主には心配されて、璃梨主には呆れられた為、自然と丈夫でポケットの多いカーゴパンツを好むようになった。
紅梨主にも似合ってると褒められた、こちらもお気に入りの物。
財布、汗拭き用のハンカチ、スマホの充電器、諸々は去年紅梨主が誕生日にプレゼントしてくれた小さめのショルダーバッグにある。
「……よし、どう考えても不足は無い」
考えうる限り全ての確認をし終えた環は、ソワソワしがちな自分の心を落ち着かせる様に、ゆっくりと息をつく。
普段──というより、過去に紅梨主や璃梨主と出掛ける事は何度もあったが、ここまで環が緊張する事は無かった。
その時と今日、何が違うと言うのか。
お互いをよく知っている相手と、今日初めて会う相手。
その違いは確かに大きいだろう。
だが、それよりもっと、最も明確な違いは、これが『デート』であるという点だ。
環も『Alice』もハッキリと言わないが、今日は誰がどう見てもデートと呼ぶに相応しいシチュエーション。
如何に桜ノ宮姉妹と過ごした時間の長い環であっても、恋愛が絡む異性とのデートは初の経験である。
ただでさえ初めてのデート、それに加えて相手の顔や性格が分からないとくれば、緊張するなという方が無理あるだろう。
──今の恋愛は、こんな気持ちをしないとダメなのか?
朝、マッチングアプリの使用率と、そこから恋人になる男女が増えているというニュースを見た環は、今の自分と重ねながら実感を伴いつつ
そんな中、ポケットのスマホが微振動を起こす。
確認すると、アプリのメッセージで『Alice』からだった。
『着いたよ、もう居る?』
「……いよいよか」
とうとう、対面の時が来た。
不思議な物で、いざその時が来たと分かった途端、緊張の類は何処かに消えた様に無くなった。
考えてみれば、環は今まで桜ノ宮姉妹という100人がみたら100人が振り返る、美人姉妹と過ごしたのだ。
今更相手がどんな人間だからといって、こちらが気負う必要なんて無いだろう。
アプリを始めた時も似た様な事を考えていたし、桜ノ宮姉妹と絶縁しておきながら心の支えに利用している厚かましさも中々だが、そんな事など頭の隅に置きながら、環は返事を送った。
『着いてるよ。赤いカーゴパンツと水色のパーカー着てるのが俺』
『分かりやす笑 探すね』
初めて会うなら必然的に起こるだろう、何処に誰がいるのかというトラブルも、今日の環の格好なら簡単に見つけて貰える。
我ながら服の選択含めて幸先の良いスタートを切れたと、少し自分を褒めながら辺りを見回すと、視界の先に目を引く姿の女子が見えた。
黒のミニスカートと、20デニールの黒タイツ。下半身の服装に合わせて、履いてるのも黒のブーツ。
着る者を選ぶかなり攻めたロックテイストであり、大体の人が『服に着られている人』になりかねない組み合わせ。
それを完璧に着こなしているだけではなく、着ている本人もモデルの様に綺麗だった。
少し離れた距離からでもはっきりと凹凸の分かるスタイル。
美しく整った目鼻立ち。
艶のある濡羽色をした、ロングウルフカット。
「うわ、かっけぇ……」
思わず声に出してしまうほどの風貌に、環以外の人も思わず視線を向けている。
あまりジロジロ見るものではないと分かっているが、普段環が暮らしている環境ではまず見ない格好なので、つい見続けてしまう。
スマホを片手に辺りを見回している(その様子も画になる)らしく、恐らくは環の様に誰かと待ち合わせなのだと思われる。
あれ程のビジュアルをした女子と待ち合わせする男(とは限らないが)は、恐らく匹敵する位にカッコいい奴なんだろう。
環は記憶にある人気男性アイドルや俳優の顔を思い起こしつつ、顔も名前もわからない少女の待ち人に勝手な嫉妬心を仄かに抱く。
──ふんだ、俺だって容姿はトップのモデルにすら──それこそあの女の子にも負けない位に美人な姉妹と仲良かったんだ。
──もう、縁もゆかりも無くなってるけどな!
またも桜ノ宮姉妹との思い出で自己肯定感を高めようとしつつ、即座に自虐して内心溜息を吐いていると、不意に向こうと目が合ってしまった。
「やばっ」
ジロジロ見てたのがバレたかもしれないと、環は咄嗟に視線を自身のスマホに向けてごまかす。
仮に見世物じゃねえぞと怒られたり、因縁などつけられたら堪ったものでは無い。
目が合ったのはホンの一瞬なので、きっと大丈夫だろう。そう思いつつもチラッと視線を横にしてみると。
──ンンッ!? なんかこっち来てないか?
スタスタと環のいる方に向かって歩いてくるのが見えた。
きっと、環の横か後ろに待ち合わせ相手が居たのだろう。
そうに違いない、と自分を納得させていると、
「ねぇ」
──あれぇ!? ひょっとして俺に話しかけてる?
いつの間にか正面に立っている相手から、声をかけられた。
いや、気のせいだろう。たまに自分が話しかけられてると思って声の方を見たら、全然違う時がある。
今回もその類に違いない。そう心の中で自分に言い聞かせていると。
「あの、無視しないでくれる? おにぃさん」
──わぁお、完全に俺に話しかけてるんですわ
パーカーの右袖をくいっと摘ままれながら再度話しかけられた環は、いよいよ現実逃避が不可能になった。
恐る恐る顔を目の前に向けると、やはり先ほどから見ていた女子が、自分をまっすぐ見ている。
──ああ終わった。きっとこれは紅梨主と璃梨主に酷い事言った罰なんだ。
人生の終わりをひしひしと感じつつ、この後に待っているだろう悲惨な展開に絶望しかけていると、
「分かりやすい格好で助かった、そのカーゴ似合ってるじゃん」
「……うぇ?」
ハスキーな声色でにかっと笑みを浮かべながら話す姿に、一瞬のときめきと困惑が環を襲った。
発言から察するに、環を探していた事。
環の服装にわざわざ言及してきた事。
これら2つの単純明快なヒントから、目の前の女子が何者で、何のために自分に話しかけて来たのかを、環はすぐに理解した。
「きみが……Alice?」
「うん、初めまして……でいいのかな。よろしくね、おにーさん」
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