「予約していた
「お待ちしておりました、席へご案内します」
手慣れた仕草で入店し、スタスタと店員の案内する方へ歩く『Alice』。
その後ろを、環は子供のペンギンみたいに覚束ない足取りでついて行く。
『それじゃ早速いこ』
2人が初めて会ったというのに、首にかけていた懐中時計を見た『Alice』は、挨拶らしい会話もしないまま歩き出した。
慌てて追いかけた彼が辿り着いたのは、クラスでも女子が話題にしていた事もある有名な喫茶店。
SNS映えする可愛くて味も良いパフェやパンケーキを提供しており、連日予約が絶えないと、過去に流し見していたニュースで紹介された事も思い出す。
必然的に客層は若い女性が中心であり、チラホラとカップルも居る。
いつもクラスで聴いているより倍以上の数の異性の声と、嗅ぎ慣れないアロマオイルの香り、そして白と黄色を基調としたファンシーな店内。
明らかに、普段の環には縁の無い場所だった。
「……ふふっ、おにぃさんソワソワしすぎだって」
案内された2人用の席についてから、すっかりガチガチになっている環を見ながら『Alice』が小さく笑う。
ただでさえ慣れない空間で、更に相手も人々の目を惹く風貌。
緊張するなと言われる方が無理あるが、向こうから話しかけてくれたので、幾らか気を楽にしつつ、環は応えた。
「悪い悪い、こういう所は初めてだからさ……それより俺、浮いてないか?」
「ぜんぜん平気」
「ホントか? 服とか場違い感無い?」
「ドレスコードある様な店じゃないし。自信持ちなって」
口振からして気を遣ってる様子は無い。
どうやら本当に自分は浮いてないと分かった環は、ようやく肩の力を抜いてリラックスした。
「良かった、安心したわ」
「ていうか、前に話してた仲の良かった姉妹とは来たことないの? こういう店」
「あー、無い無い」
「仲良くしてたのに?」
「璃梨──姉の方とは買い物に付き合わされた後に、立派めなレストランとか行った事あるけど、ここみたいに女子ウケ全振りした場所には来た事無いよ」
「ふぅん……そっか」
自分から聞いておきながらそっけなく答えると、メニュー表を手に取る。
つまらない返しをしてしまったか? と内心僅かに焦る環だが、そんな不安を察してか知らずか、『Alice』は口元で僅かに弧を描きつつ、意地悪そうな声で言った。
「なら、あたしがしっかり教えてあげるよ、おにぃさんに」
「……お手柔らかに頼むな」
“おにぃさん”という呼ばれ方には非常に思うところがあるが、下手に言及して紅梨主の事を突っつかれても嫌なので、気持ちをグッと飲み込み環は苦笑した。
「というか、君の苗字は胡桃坂なんだ」
注文した紫色のクリームソーダを、スプーンストローでつっつきながら、環は遅まきながら『Alice』の素性について聞いた。
「そうだけど……あぁ、全然自己紹介とかしてなかったっけ。アプリの方でよく話してるから距離感分かんないや」
「ちょっと分かるわ、それ」
現代だからこそ起こりうる珍妙な出来事に2人ともクスクスと笑ってから、改めて『Alice』は自分が頼んだチョコミントパフェを食べながら言った。
「胡桃坂
「おおっ? 名前はアリスじゃないの!?」
元々プロフィール情報から同じ学園の生徒である事は分かっていたため、唐突な先輩呼びは違和感なく受け入れられたが、名前がアカウントと同じではない事に、環は小さめなリアクションながらも驚く。
「あんな胡散臭い物に、本名使うわけないじゃん?」
「うっ……ごもっとも」
環もアカウント名はニックネーム(喜屋武が自分を呼ぶ時に使う『マッキー』)にしている。
慧梨主が違う名前でアカウント登録していても、当然の話ではあった。
「俺も自己紹介しないとな。名前は──」
「知ってる、
「そうそう──って、何で特定されてるの俺!?」
まさかの個人情報筒抜けに、先程よりも大きめな反応で驚く。
そんな環とは対照的に、慧梨主はクールな態度のまま、チョコミント味のアイスを一口頬張る。
「……そこそこ有名でしょ、桜ノ宮姉妹の“姉ノ宮”が唯一そばに置いてる男子だもん」
「ゆ、有名だったのか……知らなかった」
「あ、ごめんなさい訂正します。側に“置いてた”だもんね、今は」
「──っ、やめぇや。人の傷口抉るの」
「ごめんごめん、でもそんくらいおにぃさんは人の目についてたって事。アタシらの学年でもそこそこモテてたんだよ?」
「それは嬉しいけど……うーん」
さり気なく言われた“後輩女子に少しモテてる”という情報について、今この状況で無ければ詳しく聞きたかったが、今の環の心情はそれどころでは無い。
本名がバレてる程度ならまだしも、環が桜ノ宮姉妹と交流を持っていた事まで知られてるとは思ってなかった。
何より、環は『
アプリで説明した時はあくまでも匿名だったが、先ほどの慧梨主の口振から察するに、環がアプリで話していた姉妹=桜ノ宮姉妹だとバレてるのは確実だ。
「……出来れば、周りに言わないでくれると助かる。その──」
「言わないよ。言っても何の得もないし」
「ありがとう。…………話題、変えても良い?」
「無理やりっ」
カラカラと笑いながら、環の無理やりな話題転換に応じる慧梨主。
雰囲気や振る舞いはクールだが、存外、環に対する態度はフランクだ。
「君の苗字って胡桃坂だったんだ」
「珍しい苗字でしょ。でも3文字だし画数も多いから、小学生の時の書道で書くの大変で、正直言うと嫌な苗字」
「えー、語感とか結構可愛いと思うけどな俺は」
「可愛いって……みんなにそう言ってるの?」
若干、ほんの僅かだが、慧梨主の声色に熱が入った。
「いいや、マジでそう思ったから言った」
もっとも、環はその僅かな変化に気づきはしなかったが。
だからこそ、そのままズバリ、素直な感想を続けてくちにできた。
「そう……ありがとっ。でも、あたしはあんま好きじゃないから。結婚したらサッサと相手の姓に変えたい」
「それを言ったら俺も『枯れた花園』で枯園だぜ、ネガティブな要素しかない苗字だもん、それこそ結婚する時は婿入りしたいよ」
「あー……なんか分かるかも。実際、桜ノ宮姉妹とも関係拗らせてるし。本当に名は体を表すのパターンかもね」
「…………」
ここだけの話、環自身少しだけ心の中で思っていた事だ。
それだけに、他人から……それも一応は今日初めて会った相手から的確に言われると、返す言葉が出てこない。
「あー……ごめん、話題戻しちゃって」
「いや、上手に返せなかった俺が悪い」
やや気まずくなってしまった場をお互いが詫びていると、そんな空気を払拭してくれるようにウェイターがやってきた。
「お待たせしました、『マンハッタンホイップパンケーキ』です」
環が頼んだものでは無いため、慧梨主の物だとすぐに分かった。
ちょうどいいところに来てくれた、環は僅かな安堵を抱いたが、彼の意識はたちどころに驚愕の二文字に埋め尽くされることになる。
「──ドワォ」
小ぶりながらも厚いパンケーキが星形に置かれ、その中心部にも一枚パンケーキがあり、それらに満遍なくシナモンやシュガーが散りばめられている。
バニラアイスやカットされた苺も見栄えよく配置されて、それだけでもかなりボリューム感のある見た目をしているが、環が驚愕したのはそこではない。
中心部のパンケーキの上に、これでもかと山盛りに盛られたヤケクソのような質量のホイップ。1週間分の糖分が凝縮された山の如き景観に、自然と意識を掌握された。
ウェイターが口にしていた『マンハッタン』とは山ではなく島の名前だが、慧梨主が食そうとしているソレはまさしく“島”と呼称できるレベルのホイップ量。
大人の男性でさえ容易には手を出せない質量の暴力は、さながら難攻不落の戦闘城塞。あるいは脱出不可能なアルカトラズ。
それを──
「来た来た、いただきます」
慧梨主は、事もなげに食べ始めた。
上品にナイフで周辺のパンケーキを切り、件のホイップクリームにディップする様に付けて、一口二口三口……合間合間にバニラアイスと苺を挟みつつ、カロリーと糖分のコロニーを楽しみながら崩していく。
環はそれをただ茫然と見つめるしかできない。
見つめながら、“そういえば大食いや辛口料理が好きな芸能人はこぞって女性ばかりだよな”とか、“女性って男よりも食の方面は強いように出来てるのかなぁ”だとか考えていた。
取り敢えず、確実に言えることがあるとすれば──パンケーキをサクサクと食べていく慧梨主は、服装や言動と大きなギャップがあって、大変可愛らしかったという事だ。
むしろその事しか考えないようにして、じっと慧梨主を見ていると、ぱっちり目が合ってしまう。
「ん……食べたい?」
環の視線をどう解釈したのか、その言葉と自分のフォークに刺さったパンケーキを差し出す仕草で察したが、見てるだけで胃がもたれそうだった環は両手を小さく振りながら笑って言った。
「いや、この量食えて凄いなって思ってただけ──」
言ってから、しまったと一歩遅い後悔をする。
男性からこんな事言われて、気にしない女子がどれ程いるだろうか。
そういうデリカシーの無さがダメだと璃梨主からいつも言われていたのに、自身の軽率さを呪いつつも、慧梨主が何か言い出す前に慌てて言い加える。
「──俺の周りの女子ってみんな小食だからさ、たくさん食べられる女子が新鮮で嬉しかった!」
嬉しい、というワードチョイスはいかがなものかと審議の余地が入るが、おおむね環の言葉に嘘はない。
璃梨主はもちろんの事、環にたくさんの料理を振舞ってくれる紅梨主も、自分はたくさん作るのに食べるときは小食だ。
「たくさん食べる子って結構可愛いんだなって、再確認したよ」
失言のフォローのつもりだったが、思いのほか本音が出てきた。
おかげで言い繕った嘘くささは全く無いものの、それが即ち目の前の少女に対してどんな効力を持ったかまでは、考えが及ばない。
「……何それ。いつもそんな感じで女の子口説いてるの?」
口元を手で抑え、じろっと環を睨みつつ、慧梨主が言う。
「そうやって桜ノ宮姉妹も誑かしてたんでしょ」
「な、違う違う! そんなんじゃ無いから!」
あらぬ疑いを掛けられた環は、慌てて言い繕う様に言葉を重ねる。
「璃梨主は自分がモテるの自覚してるから、美容とか凄え気にして食べてないし、紅梨主は全然問題無いのに体型気にしてんのか少食だからさ、慧梨主みたくパクパク食べる子は新鮮で可愛いんだって!」
それが既に口説き文句の領域に至ってる事を、環はまるで分かっていない。
2人の周辺に座っている女性客達も、気にしてない風を装いつつ、チラチラと環の言葉に聞き耳を立ててクスクスしている。
「周りの女の子って言う割に、例えが桜ノ宮姉妹しか出てこないんだ」
「うっ……仕方ねえじゃん。俺が仲良かったの、あの2人しか居なかったし。そうじゃなきゃ──っ」
そうじゃなきゃ、アプリなんて使わない。なんて言葉を寸でのところで押し留めたが、そこまで言ってしまえばもう察しの良い慧梨主には筒抜けだった。
「ふーん、良かったね先輩。あたしと会えて」
勝ち誇ったような笑顔でそう語る慧梨主に、何かしら言い返したくもなったが、一応は自分の方が年上なのだからと言い聞かせて、環は平静を装いつつ応える。
「そうだね。リアルで会ってもちゃんと話してて楽しいし、スゲェ可愛いし、幸せ者かも」
「──ヵっ」
思いもよらない環の発言に言葉を詰まらせて顔を紅潮させる慧梨主。
だが悲しいかな、発言者である環はクリームソーダを飲みつつ目を閉じており、慧梨主にカウンターパンチを決めた事実に気づけなかった。
「~~~~~っ!!!」
実態は自分の発した気障ったらしい言葉に自爆して、悶絶してるのを隠すのに必死なだけだったが。
この時、周辺の客達が2人の何とも言えないやり取りにもどかしくなったりしたのは、言うまでもない。