かつてのバンドメンバーとの和解から数日、あれから俺たちは何度か連絡を取り合うようになった。
ライブに関しては音弥の俳優としてのスケジュールの都合で12月の末まで空いていないため、ライブは年明けまでお預けとなったが、それでも音弥や津上はブランクを取り戻すべく、ギターとドラムの練習に明け暮れているらしい。
俺自身もここ最近は休みの日と開店準備までの時間はひたすらギターを弾いており、今ではすっかり柔らかくなっていた指先も、昔のように固い皮が出来ていた。
「そっか...叔父さん、昔のバンドメンバーと仲直りできたんだね」
夏休み以来久しぶりにSTARRYにやってきた俺が虹夏ちゃんとリョウちゃんに巧たちのことを話すと、虹夏ちゃんはほっとしたような顔でそう呟いた。
「なんで虹夏ちゃんがそんなに感慨深そうに言うんだ?」
「だって、叔父さんいっつも昔のこと聞いても適当にごまかしたりして話そうともしなかったから、よっぽどいやなこととか辛いことがあったのかなって思ってたから、叔父さんがそうやって仲直りできたって聞いて、なんかほっとしたんだ」
「虹夏ちゃん...」
虹夏ちゃんの言葉に、俺は今まで虹夏ちゃんにそんな心配をかけていたことを始めて知った。まあ、この子はよくそういうところに対して敏感なところがあるからな。
「俺な...仲直りしてから、あの頃のことをまた考えるようになったんだ。今思えば、あの頃は自分一人で夢を叶えるために必死になってて、音弥や他のみんなの気持ちに気づくことが出来なくなってたのかもしれない。だから音弥もすぐに言い出せなくなって、ずるずる引きずってしまった結果、あんなことになったのかもしれない」
ホント、今思えば自分一人で何必死になって焦っていたんだろう。タイムマシンとかで過去に戻れるなら昔の自分をぶん殴ってやりたいもんだ。
「でも、叔父さんの気持ちも何となく分かるかもな~。だってその時、レーベルの人に声かけられて、デビューのチャンスが来てたんでしょ? 焦って必死になるのも何となく分かるかも知れない」
「けど、雄介さんのバンドは結局最後まで本気で夢を追いかけてたのが雄介さんだけで、他の3人は言い替えればそこまで本気じゃなかったってことですよね? それじゃあ結局いずれは解散してたかもしれませんよ?」
「リョウ、けっこうキツいこと言うね」
「いや、リョウちゃんの言う通りだ。遅かれ早かれ、理由は何であれああいうことになってたのかもしれない...」
リョウちゃんの鋭い指摘に、俺は改めてあの時のことを振り返る。リョウちゃんは前のバンドで方向性の問題でバンドを抜けたから、色々と思うことがあったのかもしれない。
「まあ、俺の言いたいことは、いずれ結束バンドもそういう問題にぶち当たるかもしれないってことだ。夢を目指すってときに、お互いの向いてる方向が違うと、俺たちみたいに空中分解しちまうからな」
「そうだぜ。だから気を付けるんだぞお嬢ちゃんたち」
「そうそう。音弥の言うとお...って音弥!?」
突然の音弥の声に驚いて入り口を見ると、そこには帽子とサングラスで変装した音弥の姿があった。
「なんでここにいるんだよ? おまえ舞台の稽古があるって言ってただろ?」
「いやー実はな。その舞台やってる劇場が下北でな。休憩時間にちょっと寄ってみたんだよ?」
「お前なあ...」
音弥のあまりに自由すぎる行動に、思わず頭を抱える。そういえば昔からこんな風に突飛なことをやっていたっけ。そのお陰でライブのお客さんが増えたりいろんな人と思わぬ縁が出来たりもしたのだが。
「というわけで始めましてお姫様がた。雄介のバンドでギターボーカルをやってた武田音弥でございます。お姫様がたには、
「猿渡音弥って...もしかして俳優のですか!? え、ウソ!! スゴイ!!」
「ドラマとかけっこう出てる有名人...!?」
俺の話していたボーカルが、まさかテレビに出ている有名人だったとは思っていなかった二人は驚きを隠せずにいた。
「まさか叔父さんのやってたバンドのボーカルがテレビに出てる俳優さんだったなんて...」
「郁代がいたら多分虹夏の10倍くらい叫んでた」
「ハハハ。まああんまり騒がれるとうろつきにくくなるから、今日のことは秘密にしといてくれ」
「は、はい。分かりました!!」
音弥の頼みに対し、虹夏ちゃんは首が外れるのではと思うほど大きく頷いた。
「どーした虹夏? そんなに騒いで...って音弥さん!? なんでここにいるんですか?」
「おー星歌ちゃん。久し振りだなあ?」
「ああ。星歌には言ってなかったな。実は...」
そう言って俺は音弥たちと仲直りしたことの経緯を説明する。
「そうだったんですか...でも急に来たんでビックリしましたよ」
「それについては謝るよ。けど雄介からライブハウス始めたって聞いたときは、ちょっと驚いたけどな」
「まあ、色々ありましてね」
「店長、今日のライブのセッティングの件なんですけど...あら、お話し中でしたか?」
俺と音弥、そして星歌で久方振りの会話をしていると、PAさんがライブのセッティングの相談にやってきた。
「おお、そこの麗しくもどこか危うい雰囲気を醸し出すお嬢さん。よろしければお名前をうかがっても?」
「え? あ、あの...?」
「流れるようにPAさんを口説くな!!」
まさに流れるようにPAさんを口説こうとした音弥に対して、思わず音弥の頭を思い切り叩く。
「イッテーな、何すんだよ?」
「こっちの台詞だよ。おまえ相変わらず出会う女手当たり次第口説いてんのか?」
「俺の指は全ての女性と赤い糸で繋がってるからな」
「ホント変わらねーなそういうトコ!!」
「お前こそそんなんだから未だに彼女いねえんだろうが」
「やかましい!! 結構気にしてんだぞこっちは!!」
俺と音弥のまるで漫才のようなやり取りに、虹夏ちゃんは呆然としながら見ていた。
「あんな叔父さん始めてみたかも...」
「まあ、普段は虹夏に良いとこ見せようとしてるから、違和感覚えるよな」
「というかあの人音弥さんだったんですね? 久し振りすぎてビックリしました」
「まああんまり接点無かったから顔忘れてたんだろうな」
「あれ見てると、やっぱり雄介さんって虹夏の親戚なんだなって思えてきた」
「ちょっとリョウ。それどういうこと?」
虹夏ちゃん達は俺と音弥のやり取りを見ながら、そんなことを言っていた。
「あ、ヤベ。そろそろ休憩時間終わるから、もう帰るわ」
「おお、そうか。じゃあ気を付けてな」
「おう。じゃあな星歌ちゃん、それにお嬢ちゃんたち。雄介は今日店寄ってくわ」
そう言って音弥はそそくさとSTARRYを去っていった。相変わらず自由なやつだよなホント。
「なんか、あっという間に去っていったね」
「嵐のように去っていった...」
「ああいうやつなんだよ。昔っから自由人だけど、筋は通すし根は良いやつなんだけどな」
だからこそ、自分の夢とバンドのどちらを取るかで悩んだのかもしれない。つくづく気持ちに気づいてやれなかった俺が情けないな。
「まあ、俺もそろそろ店の準備しなきゃならないから、店に戻るわ」
「うん。あたし達ももう練習の時間だから、もう行くね。じゃあね、叔父さん」
「おう。また今度な」
そうして俺はSTARRYを後にし、自分の店へと戻っていった。今日は音弥が来るといってたから、アイツの好きなメニューでも出してやろうかな?
その日の夜、時計の針が9時を過ぎた頃に音弥はやってきた。
「よお。約束通り来たぜ」
「いらっしゃい。とりあえず何飲む?」
「そうだな...アイリッシュのロックで。ツマミは任せるわ」
「あいよ。ツマミは少し待ってくれ」
そう言いながら俺はウイスキーをグラスに注ぎ、ツマミの調理を始める。
「ほれ、お前の好物のホルモン焼きだよ」
「オオ!! まじかよ。ホントこの店なんでもあるな」
「お前結構良いとこの家の生まれなのに、こういうの好きだよな」
「昔の大名でも鮭の皮が好物だって言うのがいたらしいし、育ちの良い人間ほどこういうのにハマりやすいんだよ」
「なるほど、一理あるな」
そのまま音弥はホルモン焼きをツマミに酒を飲みだした。
「あーこのツマミだとやっぱハイボールだな。ハイボール一杯くれ」
「OK そう言うと思ったよ」
そう言って既に準備していたグラスに入ったハイボールを置く。こうして音弥と俺はカウンター越しではあれど、久しぶりのサシでの会話を楽しんだ。しばらくすると酔いが回ってきたのか、飲むペースが遅くなっていった。
「ウィー...もう一杯...」
「そろそろお仕舞いにしろ。明日に響くぞ?」
「まだ...酔ってねえ...」
「そんなこと言うのは酔っぱらいだけだ。ほれ、酔いざましにこれ飲め」
そう言いながら酔いざまし用に置いてあるグレープフルーツジュースの入ったグラスを音弥の前に置く。
受け取ったグラスをそのまま一息で飲み干すと、少し落ち着いたのか俺の顔を見始めた。
「どうした? 吐きそうか? 洗面器持ってこようか?」
「違う...雄介...お前に言わなきゃならないことがある...」
「言いたいこと? 何か知らんが早く言いな。聞いてやるからよ」
俺は酔っぱらい特有の戯言か何かだと思い、音弥に対してそう言う。一方の音弥は先程とは違い、どこか真剣な目をしていた。
「雄介...ごめんな...あの時俺があんなこと言ったばかりに...」
「え...?」
「俺が自分の夢を優先したばっかりに...お前の大事なバンドをバラバラにしちまった...許してくれ...」
「音弥...」
音弥の思わぬ言葉に、俺は思わず黙り込む。
「あれからずっと...お前の夢を潰しちまったことをずっと後悔してた...俳優で有名になっても...キャーキャー言われるようになっても...ずっと心に引っ掛かってた...」
「・・・・・」
「だからお前がもう一度やろうって言ったとき...嬉しかった...そしてちゃんと謝りたかった...ごめんな...お前の夢、壊しちまってよ...」
そう言って音弥はカウンターに顔を伏せた。俺は音弥の後悔の言葉を、ただ黙って聞いていた。
「...顔上げろよ。音弥」
「雄介...」
「悪いのは俺の方だ。バンドを大きくしたいっていう夢が現実味を帯びてきて、自分一人で必死になって突っ走りすぎたからみんなの気持ちに気づけなかった。だからお前が気にすることはねえよ」
俺は和解して以来ずっとあの時を振り返りながら考えていたことを話す。結果的に音弥の件が発端だっただけで、根本的には俺が突っ走りすぎたことによるコミュニケーション不足が原因だ。みんなでちゃんと話し合えば、音弥の件もみんなで応援して送り出せただろうし、あんな結末にはならなかったはずだ。
「それに、結果的に今の俺があるのはあの解散があったからだ。あれが無ければ、今ごろ俺はバーのマスターとしてここにはいなかった。だからお前ももう自分のことを許してやれよ」
「雄介...ありがとう。そしてすまなかった...」
「良いって言ってるだろ? まったく、シャンとしろよほら」
そう言って俺は泣き崩れた音弥にそう語る。こうして俺と音弥は、本当の意味で互いを許すことが出来たのであった。
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