「ハイbar
開店準備中に鳴った電話にそう対応し、通話が切れたのを確認すると俺はゆっくりと受話器を下ろす。
「ハア...10名様キャンセルか...」
通話を終え、受話器を元に戻した俺はため息をつきながらガックリと項垂れる。
飲食店にとって突然の予約キャンセルというのは売り上げに大きく関わる。特に今回は10人というなかなかの人数なので、仕込みも普段より多めに仕込んだのだが、それが半分無駄になってしまった。
「冷凍できるやつは冷凍庫に放り込めば良いが、これはなあ...」
そう言って俺は調理場のコンロの上に置かれた大鍋に目をやる。
この店では週に一度の日曜日に、特製カレーを提供する。元々は先代が自分の晩飯用に作ったのを裏メニューでこっそりだしていたら、いつの間にか広まって正式なメニュー入りしたというものである。
そんなカレーだが、今回は普段よりも多い予約が入ったため、いつもよりも多めにカレーを仕込んだのだが、予約キャンセルによって大幅に余ることが決定した。
普段であれば余ったカレーはドライカレーやドリアなどにアレンジして翌日以降の食事で食べるのだが、この量ではいつもと同じだけ捌けたとしても3、4日は食べ続けなければならない量である。
「仕方ない。明日差し入れとしてSTARRYに持っていくか」
結果的に余り物を押し付けるような形になってしまうが、俺はそう呟くと開店準備を進めるのであった。
その翌日、人によって憂鬱な月曜日ともいう日ではあるが、土日返上で働く俺にとってこの日は数少ない休日である。
この日も普段はできない二度寝を存分に堪能し、10時過ぎに起きると、たまった洗濯物をドラム式洗濯機に放り込み、自動乾燥で一気に片付けると、そのまま畳んでタンスの中に仕舞う。
その後は昼食を食べ終わった後は、差し入れのためのカレーに火をかけ、追加の唐揚げを揚げてテイクアウト用の容器に移し、差し入れの準備を整える。
午後4時、そろそろバイトも含めてSTARRYに人が集まった頃合いに、俺はSTARRYへと向かった。
STARRYに入店し、受け付けも手短にすますと、早速顔馴染みに遭遇した。
「あら、雄介さん。お久しぶりですね」
「よおPAさん。店のカレーが余ったんでちょっと差し入れにな」
「まあ、ありがとうございます。店長達に渡しておきますね」
「ああ、すまないね」
そう言って俺はカレーと唐揚げの入ったパックの袋をPAさんに渡す。
PAさんはSTARRYがオープンしてからの知り合いで、星歌とともに店に良く来ているため、今ではすっかり顔馴染みである。
...よくよく考えると1度も名前を聞いたことがない気がするが、まあ特に向こうから名乗らないし、困ることは今のところないので気にしないでおこう。
「あ、叔父さん!! どうしたの急に来て?」
PA さんに差し入れを預け、STARRYを後にしようとしたとき、後ろから虹夏ちゃんに声をかけられた。
「おお、虹夏ちゃん。ちょうど差し入れ持ってきたところでな。みんなで食べてくれよ」
「お~ありがとう。あっそうだ叔父さん。この間のライブ見に来てくれたんだよね? お姉ちゃんから来てたのは聞いたけど、何で顔出してくれなかったの?」
「いや~知らんオッサンが入って邪魔になったらイカンと思ってな。ライブ自体はまあ良くできてたと思うぞ」
「へへ、お世辞でもありがとう。ねえ、せっかくだから叔父さんのことバンドのみんなに紹介して良い? ちょうどみんな来てるし」
「まあ、それは構わんけど...」
「ありがとう!! みんな~!! ちょっと紹介したい人がいるんだけど~」
そう言って虹夏ちゃんはメンバーを呼びに奥へ駆け出していった。
「...若さが眩しいぜ」
「ほんとですねぇ」
虹夏ちゃんの明るさを直に浴びた俺とPA さんは、思わずそう呟くのだった。
「それじゃみんなに紹介するね。この人はあたしの叔父さんの雄介さん。近所でバーをやってるんだよ」
「はじめましてお嬢さんがた。しがないバーの店主をやってる伊地知雄介です。うちの姪っ子がお世話になっております」
虹夏ちゃんがメンバーを呼びに戻ったあと、3人の女の子を連れて戻ってきた。
「はじめまして、虹夏にお世話になってる山田リョウです。ベースやってます」
「あっははじめまして。後藤、ひとりです。一応、ギターやってます」
「はじめまして!! 喜多郁代と申します!! 差し入れありがとうございました!!」
そう言って3人はそれぞれ順番に挨拶を行った。
「あーどうもどうもご丁寧に。リョウちゃんは虹夏ちゃんからよく手を焼いてるって話し聞いてるよ」
「フフ、それほどでも」
「いや、褒めてはいないんだが...あと、ひとりちゃん。もしかしてこの間のライブで段ボール入ってギター弾いてたのキミか?」
「は、はい。そうです」
「なるほど。で、喜多ちゃんは...なぜメイド服なんだ?」
「あ、はい...その、この間のライブで逃げたギターっていうのが私で、その罪滅ぼしで1日臨時のバイトとして働くのに店長からこれを着るように言われまして...」
「そうか。君が逃げたギターか...」
「あ、あの、喜多さんにも理由がありまして...ギターを弾けないのを言いだせなくてそれで...」
「ああ、なるほどな。まあ、それじゃあ仕方ないところもあるし、しょうがないな」
「アハハ...伊地知先輩も同じようなこと言ってました」
「まあ、そこで虹夏ちゃんも気付けなかったのはちょっと悪いけどな」
「もーおじさん。そんなこと言わないでよ」
「ハハハ、すまんすまん」
その後、せっかくなので俺はそのまま最後までライブを聞き、気づくともう閉店時間となっていた。
「じゃあお疲れ。今日はもう上がって良いよ」
「「お疲れさまでしたー」」
「お疲れさまでーす」
星歌が虹夏ちゃん達に解散するように伝える。俺もそろそろ戻ろうかと考えていたとき...
「今日はありがとうございました。これからもバンド活動がんばってください。陰ながら応援してます」
そう言って喜多ちゃんがギターケースを背負いながら立ち去ろうとしていた。
「え...あっあの!!」
それを見たひとりちゃんが喜多ちゃんを呼び止めようとしたそのとき..
「ひぎゃ!!」
「ぼっちちゃん!?」
盛大にこけていった。
「大丈夫か嬢ちゃん!?」
「後藤さん大丈夫?」
あまりに派手に転んだため、虹夏ちゃん達とともに思わずそばに駆け寄る。
「もしかしてまだ私のことを...ごめんね。さっき行ったとおり、私結束バンドには入れないわ。ギター弾けないし、一度逃げ出した人間だし」
どうやら喜多ちゃんは、一度逃げ出したことに関して負い目を感じているようだった。
「わ、私もライブ前に逃げ出して、ゴミ箱に隠れて...あ、あと...」
「ぼっちちゃん起こすよー」
ひとりちゃんは喜多ちゃんに対しなにか話しているようだったが、虹夏ちゃん達によってカーテンにくるまった状態で起こされる。
「き...喜多さんの左手、ゆ、指先が硬くて...そ、それは...」
「かなりギター練習してないとならない」
そうか。喜多ちゃんは喜多ちゃんなりに努力していたんだな。
「喜多ちゃんも、一緒に結束バンド盛り上げてほしいな」
そう言って虹夏ちゃんは喜多ちゃんにバンドにいてほしいと伝える。
「何で私にそんな...」
「え? だって喜多ちゃんが逃げ出してなかったら、ぼっちちゃんとも会えなかったよ?」
虹夏ちゃんのその言葉に対し、ひとりちゃんは大きく頷く。
それに対して喜多ちゃんは少し悩むような様子を見せた。
「あたしもずっとバンドやりたかったからさ。引け目感じちゃうのも、でもまだ憧れちゃうのも、気持ち分かるんだよね」
「わ、私もです!!」
「リョウも戻ってきてくれたら嬉しいよね?」
「スタジオ代もノルマも四分割」
「素直な言い方しなよ~」
「先輩分のノルマ、貢ぎたい!!」
「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど」
虹夏ちゃん達はそんな感じで喜多ちゃんを引き戻そうとしていく。まあ見ている感じあと一歩といったところか。何か一瞬ヤバい台詞が聞こえた気がするが。
「でも私、ギター弾けないし」
「大丈夫!! ぼっちちゃんが先生してくれるよ」
「えっ」
「うんうん」
「ええ!!」
「いいの?」
「あ、はい」
「...俺は部外者だから偉そうなことは言えないけどさ。お嬢ちゃんはほんとはバンドやりたいんだろ? 一回逃げたのにこんなに良くしてくれるバンド、そうそうないぜ?」
「伊地知先輩のおじさん...」
「...ありがとう。私頑張る。結束バンドのギターとして」
これでめでたしめでたし、といったところか。しかし懐かしいなこの感じ。
こうして無事結束バンドが元通りとなった。俺もこの辺りで去るとしよう。伊地知雄介はクールに去るぜ...
「でも私、いくら練習しても本当にギター弾けなかったの。何かボンボンって音がして」
ん? 今何つった?
「え? それベースじゃ?」
「私そこまで無知じゃないって。ベースって弦が4本のやつでしょ?」
そう言って喜多ちゃんはギターケースを開く。その中にあったのは...
「ほ~らちゃんと6本あるでしょ」
「いや、お嬢さん。それベースだぞ」
「げ、弦が6本のとかもあります」
「それ多弦ベース」
「「え」」
「あ...あひゅん」
「き、喜多さん!?」
それを聞いた喜多ちゃんは、ショックのあまり倒れてしまった。
「お父さんにお小遣いとお年玉、二年分前借りしたのに...」
「喜多ちゃーん!!」
「そりゃどんだけ練習しても上手くなるわけないわな」
しかしギターと多弦ベース間違えるって、どういう買い方したんだこの子は?
こうして改めて結束バンドは元通りとなり、ベースの方もリョウちゃんの持つギターと交換で買い取る形となった。
俺もなんやかんやその様子を最後まで見届けたあと、STARRYを後にした。
「しかし、バンドか...」
そのとき俺は虹夏ちゃん達結束バンドの様子に、ふとかつてのバンドの記憶が頭をよぎる。あいつらは今ごろどうしてるのやら。
「そういえば差し入れのお礼をもらったが、何でこんなにエナドリがあるんだ?」
そんなことをふと思いながら、俺はプラプラと家路を歩いていくのであった。
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