伊地知虹夏の叔父さん《本編完結》   作:炎のユニコーン

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3. 飲んだくれベーシストと新たなバイト

 

 

 ──STARRYに差し入れに行った際、偶然にも虹夏ちゃんのバンドのギターの喜多ちゃんが戻ってきたのを見届けてからしばらくの日数が立った。

 

 一度店に来た虹夏ちゃんから聞いた話によると、今も喜多ちゃんはひとりちゃんに教わりながらギターの練習を行っているらしい。

 

 最初は弦の押さえ方で苦労していたらしいが、なかなか筋が良いのか今ではもたつきながらもそれなりに形になってきたという。

 

 他にもつい最近は4人でアー写の撮影を行ったり少しずつではあるがバンドらしくなっていっているらしい。

 

 

 

 そんなある日のこと、いつものごとく店の準備を行っていると、私用のスマホから電話が鳴った。

 

「はいもしもし伊地知ですが?」

 

『あ、もしもし。マスターですか? 志麻ですけども』

 

「ああ、志麻か。どうした一体?」

 

 電話の相手は常連客の一人である志麻からだった。

 

『いえ、そろそろ例のアレ(▪︎▪︎)が近づいてきたのでその連絡を』

 

「ああ...アレ(▪︎▪︎)か...すっかり忘れてたわ」

 

 そう言って俺は壁にかけられたカレンダーに目をやる。今日の日付は月末間近だった。

 

 

「分かった。では明日、目的地に対し突撃をかける。準備するように」

 

『分かりました。準備します』

 

 そう言って志麻からの電話が切られ、俺もスマホをカウンターに置き直す。

 

 

 

 その翌日、俺と志麻の二人はとあるアパートの部屋の扉の前に立っていた。

 

「志麻。アイツは部屋にちゃんといるのか?」

 

「ええ、私が昨日飲み潰れて倒れたのを部屋まで運んだので確実にいます」

 

「よし、ならいくぞ」

 

 

 そうして俺はアパートの部屋のインターホンを押す。

 

 

 しばらくして部屋の主が起き上がったのか、インターホンから返事が来た。

 

 

『はーい、何ですか~?』

 

「ドーモ、きくりさん。マスターです。今月のツケの回収に来ました」

 

『ガチャンッ』

 

「あっ!! アイツ切りやがった!!」

 

「おい廣井!! ちゃんと払え!! 何回私まで迷惑かけさせるんだ!!」

 

 

 そう言って俺たちは扉の前で大声で部屋の主を呼ぶ。

 

 

 すると扉の向こうから慌てた様子で駆け出す音が聞こえてきた。

 

 

「マ、マスター。分かったからあんまり叫ばないで。この間大家さんにめっちゃ怒られたから」

 

「俺だってこんな借金取りみたいなことしたくねえよ」

 

「廣井がちゃんと払ってればこんなことしなくてすむんだよ」

 

「う、うう。全うな答えすぎて辛い」

 

 

 そう言って部屋の主である紫髪の女性──廣井きくりは頭を抱えながら玄関でしゃがみこむ。

 

 

 この廣井きくりというバンドマン、普段からうちの店で飲みに来るのだが、支払いのほとんどをツケで払うため、こうしてほぼ毎月月末になるときくりと同じバンドメンバーの志麻とともに取り立てに来ている。

 

 

「だいたい先月はちゃんと自分で払えてただろ。あれで多少見直したのに何で今月は払えないんだよ?」

 

「こ、今月はライブのときに壊したアンプとかの弁償でほとんど無くなってしまったので...」

 

「自業自得じゃねーか」

 

「先月はなにも壊さなかったから奇跡の月だって騒がれましたよ」

 

「それが当たり前なんだけどなあ」

 

 

 まあ、それが好きだというファンもいるらしいので、何というか人の好みは分からぬものである。

 

 

 

 その後、俺は早速廣井にツケの支払いをするように言ったが、財布の残金が12円しかないというため、仕方なく近くのコンビニのATMで下ろさせて無事ツケの回収を行えた。

 

 なお、家を出る直前廣井は「二日酔いで頭が回らない」と言って迎え酒を飲み、それを見た志麻がキレて次のライブまで禁酒させるということが決定した。

 

 本人は泣いて許しを得ようとしていたが、こればかりは廣井が悪いので俺はなにも言わなかった。

 

 そんな俺を見てか廣井は「今日はやけ酒だ~!!」と言いながら飲みだしたので最終的に志麻にどつかれていた。

 

 ていうかあんな飲み続けてたら冗談抜きで早死するのでマジでやめてほしい。ダメバンドマンの代表のようなやつではあるが、早死すれば普通に悲しいのでいつか病院に連れていってやろう。

 

 

 

 そうして朝から借金取り紛いのような仕事を終え、店に戻って仕込みを行い、夕方前に仕入れのために外出した帰り道に、うちの店のあるビルの前でギターケースを背負ったひとりの青髪の女の子が倒れていた。

 

 

「おい、お嬢ちゃんどうした!? 急病か!?」

 

 

 それを見た俺は大急ぎで駆け寄り、その女の子に近付く。

 

 

「う、うう...」

 

「どうした? どこか痛いのか?」

 

「お、お腹が...」

 

「腹のどこが痛い?」

 

「痛いんじゃなくて...お腹、すいた...」

 

「は?」

 

 そう言って女の子は力尽きたのかガクリと倒れた。

 

 

「腹へったって...って良く見たらこの子虹夏ちゃんとこのバンドのリョウちゃんじゃねーか。どうしたものか...」

 

 

 そう言って俺は少しばかり頭を抱える。

 

 

「仕方ねえ。店に運ぶか」

 

 

 

 そう言って俺はリョウちゃんをギターケースごと背中に担ぎ、ビルのエレベーターへと進む。

 

 

 

「しかし、今日はやたらベーシストに縁のある日だな」

 

 

 そう呟きながら俺はエレベーターで店のある3階のボタンを押し、店へと向かうのであった。

 

 

 

 リョウちゃんを店の中に入れ、店内の壁際にあるソファーに寝かせて30分ほど様子を見ていると、リョウちゃんが目が覚めた。

 

 

「...ここは?」

 

「よおリョウちゃん。目が覚めたかい?」

 

「あなたは確か...虹夏のおじさん? 運んでくれたんですか?」

 

「ああ、そうだよ。店の前で倒れてたんでビックリしたよ」

 

 俺はそう言って笑いながらその時の状況を話す。

 

 

「ところで何で倒れるほど腹減ってたんだ? そんな貧乏な家じゃないはずだが」

 

 

 虹夏ちゃん曰く、リョウちゃんの家は医者であり、空腹で倒れるような生活状況では無いはずだ。

 

 

「この間の郁代のベースを買い取って所持金が尽きて、しばらく草を食べてたけどいつも取りに行ってる公園が草刈りされて草が失くなってたので腹ペコでした」

 

「ごめん草食ってたってナニ? 親は飯作ってくれないのか?」

 

「両親は私のこと溺愛しすぎてるので、めんどくさくていつも逃げてます」

 

「ああ...そういうことね」

 

 俺はリョウちゃんの言葉になんとなく気持ちが分かり、少しばかり納得した。

 

 

「グ~~~~」

 

 そのとき、話し終えたリョウちゃんから、盛大にお腹の虫が鳴いた。

 

「せっかくだし飯食うか? うちの店の前で飢え死にしたなんて評判が付いたら、商売上がったりだしな」

 

「じゃあ唐揚げ食べたいです」

 

「遠慮というものを知らんのかお嬢さん」

 

 

 そう言いながらも俺はそのリクエストに答えるべく、業務用の冷蔵庫から仕込んでおいた唐揚げのパックを取りだし、熱した油で揚げる。

 

 こんがりときつね色になったのを確認すると、一度鍋から取り上げてから再度油で2度揚げをする。

 

 そうして揚げた唐揚げを皿に盛り付け、ついでに白飯を茶碗によそってそのままリョウちゃんの座るカウンターに置く。

 

 

「はい、唐揚げ定食お待ちどう」

 

「いただきます」

 

 

 そのままリョウちゃんは目の前に置かれた唐揚げ定食を前に、すぐさま食べ始める。

 

 よほど腹が減っていたのか黙々と唐揚げと白飯を口に運び、すぐさま茶碗を空にした。

 

 

「すいません。おかわり下さい」

 

「あいよ。たんと食え」

 

 

 そう言って俺は茶碗に米を盛る。しかしあれだな。年取ると若い子の食いっぷりを見るのが趣味みたいになると先代のおやっさんが言ってたが、その通りだな。

 

 

 

 最終的にリョウちゃんは茶碗二杯と唐揚げ一皿をきれいに平らげた。

 

 

「ご馳走さまでした。美味しかったです」

 

「お粗末さん。おれも良い食いっぷりを見せてもらったよ」

 

「それじゃあバンドのスタ練があるので、失礼します」

 

「ちょっと待ちなお嬢さん」

 

 

 そう言って俺は店を出ようとするリョウちゃんを止める。

 

 

「うちの店ではギブアンドテイクをモットーにしている。飯代を払えとは言わんがその辺りはしっかりしてほしい」

 

「い、今お金無いのでベース一本差し上げるというのはダメですか?」

 

「いやベーシストの魂を安売りするな。安心しな。飯代の代わりにグラス磨きしてくれればそれで良いよ」

 

「あ、それならできます」

 

 そうしてリョウちゃんは飯代の代わりにグラス磨きを行うこととなった。

 

 

「虹夏のおじさん。全部できました」

 

「よし、チェックしよう」

 

 作業を始めてからしばらく経ったとき、リョウちゃんからグラス磨きの終了の報告が上がった。

 

 

「うん。はじめてやったのにこれだけできるのはすごいな。合格だ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言ってリョウちゃんは頭を下げる。しかしこの時間でこれだけできるのは俺より速い。これは...

 

 

「なあリョウちゃん。もし良ければうちでバイトしないか? 仕込みの手伝いとグラス磨きだけで、週一でも構わないし、まかないも出すから」

 

「え、良いんですか?」

 

「ああ、リョウちゃんが良ければだがな」

 

 

 そう言うとリョウちゃんは少し考えるような顔をしながら、首を傾ける。

 

 

「分かりました。STARRYが休みの日に行きます」

 

「よし、じゃあ契約成立だな」

 

 

 そう言って俺とリョウちゃんは握手をする。こうしてこのWoodstock(ウッドストック)に新たにバイト要員が入ることとなったのであった。

 

 

 

 




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