伊地知虹夏の叔父さん《本編完結》   作:炎のユニコーン

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7.  ザ•ファーストライブ

 

 

 喜多ちゃんとのカフェでの相談から数週間、季節は夏になり、気づけば8月に入ろうとしていた。

 

 あれから喜多ちゃんは俺のところにギターを持ってやって来て、『弟子にしてください』と言ってきた。突然の行動に少々驚いた俺だが、あの一件でより腕を上げたいと考え、自分に弟子入りしようと思ったという。

 

 それ以来バイトの無い日を見つけてはうちの店にやって来て、2時間ほどギターの練習に来るようになった。

 

 ちょうどうちのビルはカラオケバーにも対応できる防音仕様のため、スタジオ代わりに使えるし、練習の日にはたまにリョウちゃんも来てるときがあるので、その時は俺とリョウちゃんの二人で喜多ちゃんを指導したりしている。

 

 そのお陰か、今では喜多ちゃんはすっかり初心者の段階を越え、ギター3ヶ月としてはなかなかの腕前となっていた。

 

 

 

 

 

「うん。これだけ弾ければもう太鼓判だな。良く頑張ったな喜多ちゃん」

 

「はい。雄介さんとリョウ先輩の指導のお陰です」

 

「ううん。郁代もホントに頑張ってた。3ヶ月でこれだけ弾ける人は、たぶんあまりいないレベル」

 

「リョウちゃんの言う通りだ。これも全部、喜多ちゃん自身の頑張りだ。俺たちはその手助けをしただけだよ」

 

「いえ、ホントにありがとうございます。雄介さんとリョウ先輩が教えてくれなかったら、ここまで上達しませんでした。本当に感謝してます」

 

「いよ。結束バンドの相談役」

 

「やめろリョウちゃん。そう呼ばれるのは何かむず痒い」

 

 

 この日もリョウちゃんと共に、喜多ちゃんのギター指導を行っていた。といってももうライブまであと数日のため、この日はライブでやる曲の喜多ちゃんのパートを俺とリョウちゃんで確認するというくらいのものだった。

 

 

 ちなみに相談役というのは、喜多ちゃんやぼっちちゃんが俺のアドバイスで励みになったという話を聞いた虹夏ちゃんが、『じゃあ叔父さんは結束バンドの相談役だね』と言ったことから始まった。

 

 個人的にはそんな大層なことを言ったつもりはないので、なんだかむず痒いものはあったが、悪い気分にはならないので、とりあえずそのままにしている。

 

 

 

 

 

 

 その後、店の開店時間も近くなり、2人を家に帰らせた俺は、店内で客が来るのを待つ。とりあえず明日の天気でも見ようとテレビをつけると、ちょうどニュース番組で天気予報を流していた。

 

『発達した大型の低気圧は、昨日午前4時ごろに台風へと発達し、沖縄地方に上陸しました。今週末には日本列島を横断する恐れがあります。今週末までに万全の備えを行い、台風に備えてください。続いて次のニュースです────』

 

「マジか。今週台風来るのかよ」

 

 ニュースから流れる台風情報に、思わずそう呟く。もっとも今の段階では関東地方には来ないようだが、雨が降るだけでも客足は遠のくので、この1週間は様子見と行こう。

 

「あれ。来週ってことは...」

 

 ふとあることに気づいた俺は、カレンダーの方に目をやる。カレンダーのその日付には、『結束バンド 初ライブ』という文字が赤マジックで書かれていた。

 

「ま、まだだ。まだ慌てる時間じゃあない...」

 

 まだ台風が関東に来ると決まった訳じゃない。北か南に逸れた状態なら、まだなんとかなる、はずだ。

 

「とりあえず人間の力ではどうしようもないから、神頼みするしかないか...」

 

 俺はそんなことを考えながら、店のカウンターで客を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから1週間後、祈りに祈った神頼みも空しく、ライブ当日に台風は関東に上陸した。

 

「嘘だろ...」

 俺は窓の外の大荒れの天気を呆然と見ながら、思わずそう呟く。

 

「うん。こんな天気じゃ店開けても誰も来ないな。休業しよう」

 

 とりあえずこんな天気では客はまあ来ないだろうと判断し、臨時休業を決断する。

 

 そうと決まるとすぐに店の入り口に休業の張り紙を張り、最近喜多ちゃんの勧めによって始めたトゥイッターの店のアカウントに、臨時休業の知らせを投稿する。

 

 このトゥイッターのおかげでお客さんも来てくれる人が少し増えたので、喜多ちゃんに感謝しなければならない。

 

 そうして臨時休業の知らせを終えると、俺は大急ぎでSTARRYへと向かった。

 

 

 

 

 

 数分後、自宅からSTARRYまでの距離を全力で走った俺は、なんとかSTARRYに到着することができた。

 

 俺は着てきたポンチョを持っていた手さげ袋に畳んでしまい、STARRYに入店する。

 

「ハア、ハア...なんとか、着いた...」

 

「あら雄介さん。走ってきたんですか?」

 

「ああ。雨足が弱まったタイミングで走ってきたんだ」

 

 

 久しぶりの全力疾走でへとへとになった俺に、PAさんが声をかける。

 

 

「歩いて10分くらいの距離なんですから、そんなに急がなくても良かったのでは?」

 

「いや、1番早く着いて激励してやりたかったからな」

 

「そうだったんですか。ほら店長。雄介さん来ましたよ」

 

 

 そう言ってPAさんが星歌に声をかける。星歌の方を見ると、大量のてるてる坊主の下でカウンターに顔を伏せていた。

 

 

「妹の初ライブの日に台風が来たんで、落ち込んでるのか?」

 

「うるさい。ほっといて」

 

 

 星歌にそう話しかけると、不貞腐れたような声でそう答える。まあ気持ちは痛い程分かるんだがな。

 

 

「バンドやってたら、こんな理不尽なことはいくらでも起きる。それを乗り越えてこそのバンドマンだろ。お前だってそんなことは分かってるだろう」

 

「そんなの分かってるけどさ」

 

「店長、ハンカチ使います?」

 

「もう良いからあっち行ってよ」

 

 

 そう言って星歌は涙ぐんだ声でそう言う。こりゃ放っておいた方がいいな。とりあえず虹夏ちゃん達が来るまで、少し待っておくとしよう。

 

 

 

 

 虹夏ちゃん達を待つため、そばにあった適当な椅子に腰かけて待っていると、スタジオから戻ってきた虹夏ちゃん達がやって来た。

 

「あ、叔父さん!! 来てくれたんだ。ありがとう」

 

「当たり前だろ。虹夏ちゃんのためなら、雨が降ろうが槍が降ろうが、ミサイルが降ろうと来てやるよ」

 

「ミ、ミサイル降ったらさすがに逃げてね」

 

「ハハハ、冗談だよ」

 

 

 虹夏ちゃんのツッコミに対し、少し笑いながら言葉を返す。この天気で落ち込んでると思ったが、表向きは明るく振る舞ってるって感じだな。

 

 

「まあ、この天気じゃ半分来れば御の字だろうな」

 

「うん。喜多ちゃんの友達もぼっちちゃんの親御さんも、この台風で来れないって言ってたよ」

 

「まあ仕方ない。気を取り直すしかないさ。逆に良い経験だと思えば良いさ」

 

「そうだね。そう考えることにするよ」

 

 

 そうして虹夏ちゃんと話していると、店の入り口が開く音がした。

 

「おーいぼっちちゃ~ん来たよ~。あ、マスターも。どもども~」

 

「あ、お、お姉さん」

 

「おお。来たか廣井」

 

 

 入ってきたのは泥酔ベーシストこと廣井だった。

 

 

「え、お前ぼっちちゃん目当てだったの?」

 

「そうだよ~。イエーイ」

 

「え、お知り合いなんですか? それに雄介さんも」

 

「私の大学の後輩」

 

「そしてツケの常連だ」

 

「ねえねえ今日のライブ打ち上げするんだよねえ~。居酒屋もう決めたの~?」

 

「お前、酒クサッ!?」

 

 

 俺のツケの常連という言葉を聞かなかったフリをして、廣井は星歌の方にダル絡みを始める。

 

 

「美味しいお店知ってますよ~。ね~」

 

「また一段とめんどくさいやつになったな」

 

「飲み会覚えたての大学生に通ずるウザさがありますね」

 

「あ~そうだ!! マスターの店でやろうよ。トゥイッターでもう今日は休業するって書いてたし、貸し切りで打ち上げやりましょうよ」

 

「アホか。仕込みも何にもしてないのに急にそんなの言われても出す料理がねえよ」

 

「えー久しぶりに先輩とウッドストックで飲みたかったのに」

 

「今度一緒に行ってやるから。ていうかお前ビショビショじゃねえか」

 

 

 そんな具合で俺と星歌でこの酔っぱらいの相手をしていると、また扉の空く音がした。

 

 

「濡れた~。あ、ひとりちゃん!!」

 

「あ、前の路上ライブの時の!!」

 

 

 入ってきたのは女子大生くらいの女の子二人組だった。ぼっちちゃんの反応からして廣井とやった路上ライブでチケットを買ってくれた子だろう。

 

 

「え...き、来てくれたんですか?」

 

「もちろん!! 私たちひとりちゃんのファンだし」

 

「台風吹っ飛ばすくらいかっこいい演奏、期待してますね!!」

 

 

 そう言ってぼっちちゃんのファンだと言う二人はエールを送る。うん。なんて良い子達だろう。

 

 

「うへへ...ぐふふ...ファン...フフ」

 

「ん? どうしたぼっちちゃん?」

 

「えっこんな人だったっけ?」

 

「人違いかも...」

 

 

 そう思ってぼっちちゃんのファンの子を見てると、ぼっちちゃんが急にグフグフと笑い始めた。ファンの子も気味悪がってるので、これはフォローした方が良いかもしれない。

 

 

「あーごめんな。ひとりちゃんあんまり人と喋るの慣れてないから誤解されやすいけど、普通に喜んでるだけだから」

 

「そ、そうなんですか? ところで貴方は?」

 

「申し遅れました。わたくしこの近くでしがないバーの店主をやってる伊地知雄介と言います。このバンドのドラムの子がうちの姪でそれを見に来まして」

 

 

 そう言いながら俺は店の名刺を出しながら自己紹介をする。こういうところで店の宣伝をしておくのも商売の秘訣だ。

 

 

「あ、そうだったんですね。ありがとうございます。ねえ、今度このお店行ってみようよ」

 

「そうだね! 今度またお店に行かせてもらいます!」

 

「イヤーどうもどうも。是非お越しください」

 

 

 そう言ってぼっちちゃんのファンの二人に手を振って一度分かれる。まだライブの時間まで時間があるので、また適当に時間を潰すとしよう。

 

 

 

 

 

 廣井とドリンクのアルコールメニューの飲み比べや世間話で時間を潰していると、いよいよライブの時間となった。客入りはやはりこの台風で少なく、半分よりも少ない人数だった。

 

 

「一番目の結束バンドって知ってる?」

 

「知らない。興味な~い」

 

「観とくのダルいね」

 

 

 中にはそんなことを言う客もいた。俺も経験があるため、あまりライブ前の客の様子は見るなとみんなに言っておいたが、どれ程効果が有るのやら。

 

 

 そう思っていると、結束バンドの面々がステージに上がり、ライブの準備を始めた。

 

 

「はじめまして。結束バンドです。本日はお足元の悪い中お越しいただき、まことにありがとうございます」

 

 

「あはは、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎー」

 

 

 少しばかり緊張気味のMCで場を和ませようとするが、逆にスベり、余計空気が冷える。

 

 

「あっうっそれじゃあ早速一曲目やります。聞いてください。私たちのオリジナル曲で、"ギターと孤独と蒼い惑星(ほし)

 

 

 そう言って結束バンドのライブが始まった。しかし...

 

 

「ダメだなこりゃ...」

 

 初ライブの緊張故に、オーディションの時よりも十分に力を発揮できていない。虹夏ちゃんのドラムはもたつき、リョウちゃんもペースを併せきれていない。喜多ちゃんも緊張で喉が閉まり、ちゃんと歌いきれていないし、ミスも多く、ぼっちちゃんもあの時のような演奏ができていないようだ。

 

 

(みんな緊張と不安で自分の演奏が出来ていない。オーディションのときに感じたゾクゾクがまったく来ないな)

 

 

 そう思いながら聞いていると、ちょうど"ギターと孤独と蒼い惑星(ほし)"の演奏が終わった。皆の顔を見てみると、やはり演奏の手応えの悪さを感じているのか、沈んだ顔をしていた。

 

 

「やっぱ全然パッとしないわ~」

 

「早く来るんじゃなかったね」

 

 客の中には、そんな声も聞こえてきた。

 

 

(この調子で2曲目に入ってもキツいぞ。どうする結束バンド?)

 

 

 そう思ってふとぼっちちゃんの方を見ると、俯きながらも何かをやろうとする顔が見えた。その目は、まだここで終われないと言う目だった。

 

 

 ジャーーーーンッ!! 

 

 

 喜多ちゃんのMCの途中に、ぼっちちゃんがギターを盛大にかき鳴らすと同時に、演奏を始める。ほかの3人の反応からして、完全にアドリブだろう。そのギターソロに、俺は思わず背筋がゾクゾクする。

 

 

(そうだ、それで良い。派手にやっちまえ!!)

 

 

 ぼっちちゃんの演奏で、客の空気が一気に変わった。リズム隊の2人も、覚悟を決めたのかぼっちちゃんに続いて演奏を始める。それと同時に、照明がグッと下がり、明るくなると同時に『あのバンド』の歌い出しが始まった。

 

 

 さっきまでとはガラリと変わった演奏に、観客の反応も変わっていき、会場全体の空気が上がっていくのを肌で感じる。

 

 

 結束バンドの演奏も、先程とは別物と言える演奏で、オーディションの時以上の演奏に感じた。喜多ちゃんもこの1ヶ月近くの練習の成果が存分に発揮されていると言えよう。

 

 

 こうして、2曲目の"あのバンド"の演奏が終わると、観客から拍手が鳴り響いた。

 

「ちょっといいじゃん」

 

「ね?」

 

「めっちゃカッコ良かった~!!」

 

「ね~」

 

 

 客席からも先程とは違い、そんな声が聞こえてきた。ぼっちちゃんのファンの子も、大満足のようだった。

 

 

「二曲目、"あのバンド"でした!! じゃあ次、ラストの曲です!!」

 

 

 2曲目で完全に調子を取り戻した喜多ちゃんがそう言うと、最後の曲の演奏が始まる。外はちょうど雨が止み、日の光が出始めたところだった。

 

 

 

 

 

 

 




 今作の喜多ちゃんは弟子入りによってこの時点でギターの腕前が文化祭の時のレベルまで上がってます。



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