「アイドルのみなさん、大変そうですね」
はづきの大変そう、という言葉だけで済まされた現在のシチュエーションにプロデューサーは頭を抱えた。
「大変、っていうレベルでは……」
居酒屋のカウンター席。ビールのジョッキを握りながら飲もうとしないプロデューサーの苦悩を見てはづきも少し悩む。
「現状を確認しましょうか。イルミネの皆さんは比較的安定していますが他のユニットは硬直しています。……三峰さんが起こした行動は場の硬直を崩しましたが、全員が慌てて何もできないらしいですね」
「…………それは誰からの情報で?」
「いろんなアイドルからですね~。情報の多くは千雪さんとの飲みで仕入れましたが、いろんなアイドルの皆さんにも――牽制、というか偵察?――私がプロデューサーさんと恋愛関係にあるかどうか確認のために色んなことを聞かれたって感じですね~」
「……なんて答えたんです?」
「恋愛関係ではないとだけ。心配しなくてもわざわざ夜遊びの相手だなんて言いませんよ~」
からかいの意味も含めてそう言うとプロデューサーはあからさまに目を背けた。逢瀬はすでに片手では数えきれないほど交わしたものの未だにインモラルに慣れないらしい。
「で、今日はどうしますか~」
「どうって……」
「それは――ねぇ?」
なにが「ねぇ?」なのだ、単に何時ものように夜に誘うだけだというのに何を照れているのだとはづきは自分の情緒を恨んだがこれも惚れたが所以か。
「………どうしてはづきさんは俺を……セックスに誘うんですか。そんな自分を安売りするような――」
「はい、そこまで~」
またこれだ。はづきは彼の唇に立てた人差し指を当てる。
何度目のこの質問だろうか。それを訊かれるたびに何度はぐらかしただろうか。彼女が彼を誘うのは6割の性欲と4割の恋慕のためだが、それを正直に言うわけにはいかない。
だって照れるじゃないか。何も知らない処女のようにあなたに恋をしているから自分の身体を使っているだなんて、明け透けに言えない。
それ以前に、いつも誘って強引にホテルに連れ込んでいるのははづきだ。もとより彼に決定権はほとんどない。
「――今日はやめときましょうか~」
「……珍しいですね。いつもなんだかんだ言いつつ言われつつ、結局ヤってるのに」
「なんか今日は気分が乗らないんですよね……。それにプロデューサーさんは誘ってもいつも断るので、今回はプロデューサーさんの意思を尊重しようかなと」
「できればいつもやめて欲しいのですが……」
「うるさいですね、犯しますよ~?」
はづきの軽口にプロデューサーは嫌そうな顔をした。
*
「ただいま~」
七草邸につくとにちかが出迎える。
「お姉ちゃん!もう、最近遅いんだからどこに行ってるの?」
「そんなんじゃないから~」
にちかの言葉にはづきは適当にごまかす。いつものことだ。
「どこ行ってたの?千雪さん、今日はラジオだから違うよね」
「んー、ちょっとね~」
「……男?カレシ⁉」
「そんなんじゃないって、プロデューサーさんと飲みに行っただけ」
「ふーん」
ではなぜそのことを最初から言わなかったのか。にちかは気になったが黙った。
最近――ここ2か月ほどはづきは誰かと夜の街に出歩いている。いったい何が目的かはにちかは知らないが「何か」は感じ取っていた。
「……プロデューサーさんとどんなことしたの?」
「え、なに~?プロデューサーさんに嫉妬してるの?それとも私のプロデューサーを盗るなって~?」
「ちがうよ、美琴さんの恋路を邪魔されたくないだけ」
そんなことを言ってにちかは姉の顔を見た。
「プロデューサーさんはね、お酒強いのにあんまり強い酒を飲もうとしないな。きっと私に配慮してくれたんだと思う。いろんなおつまみを分けてくれてね……。プロデューサーさんは子供舌みたいで味が濃く肉とかが好きみたい。でも魚や野菜も好きみたい」
「………へぇ」
「……どうしたの?参考になったでしょ~」
「まぁ……うん」
その顔を見る。明らかに美琴や他のアイドルと同じ恋をした女の顔だ。
自分の姉が恋をしているという事実に少し気持ち悪さを感じたが、それ以前にプロデューサーに恋をしているという事実が。
(――苦しいなぁ)
きっとこの姉のことだから碌な恋愛してないんだろうなぁ。これまでも私に隠して結構なこと経験していたみたいだし。
「――早くお風呂入ったら?」
「うん、そうする~」
*
大崎甘奈は悩んでいた。
現在に至るまでの事務所の恋愛総力図は三峰結華の突然の告白で大きく変容していた。これまで静観をしていた者も積極的に行動をしていた者も黙ることができなくなっていた。
何人のアイドルが彼に恋愛感情を向けようとしている中、さすがの甘奈も現状維持を続けることができなくなったのだ。
「でも、どうしようかな……」
スマホには大量の恋愛相談の閲覧履歴。すべて年上の上司をどうやって墜とすかを示した内容だ。
「でもなぁ、あの凛世ちゃんが告白して失敗したんだよ……。難攻不落だよ……!」
夜の10時ごろ。リビングのソファで寝っ転がりながら頭を抱える。服がはだけているがそんなこと気にする余裕はない。
そんなことをしていたのか、甘奈を諫めに父親がやってきた。
「甘奈、どうしたんだ。こんなに暴れて」
「パパ……」
さすがに父親に自身の恋愛感情について詳しく話すべきかわからない。しかし――
「……パパとママってどうやって告白したの?」
「――っ!?え、どうした!?いきなり」
そりゃそうだ、驚くだろうという予測通りの発言をした父だった。自分の娘に恋愛事情を訊かれるようなエキセントリックな経験を積むなんて思ってもいなかったのだろう。
だから、正直に自分の恋愛事情について話すことにした。
「――甘奈ね、恋をしてるの」
「知ってる。――プロデューサーさんにだろ?」
「えっ、気づいてたの?」
「そりゃあ……家では仕事の話もするが基本的にプロデューサーの話ばかり。明らかにおかしいからな。……とは言ってもママが気付いてくれなきゃ、僕は気づかなかったが」
「うー……」
恥ずかしいやら、照れるやら。自分の肉親に恋愛感情を気付かれるなんて、結構恥ずかしい。
「そういえば幼稚園の時も誰かと好きになってた。確か――」
「それは!……えっと、それよりも!パパとママの馴れ初めについて知りたいなぁって……」
強引に話題を変えると、父はひとしきり「あー……」と、うなった。実の娘に結婚になるまでの馴れ初めを語るなど考えてもいなかったのだろう。
「……照れてる?」
「まぁ……。あまり、娘に言うような物でもないような気もするんだがなぁ」
そう言うと、彼は滔々と語りだした。
「僕とママは――そうだな、最初の出会いは僕が大学生だったころか。バイト先の同僚だった」
「そのときママは高校生だったんだよね」
「そうだ。喫茶店のバイトで僕は厨房、ママはフロア。……そのとき僕は大学3年生、ママは高校2年生だったか」
彼はそこで一旦言葉を切って、これからの発言の精査を行う。
「最初の告白は、ママからだった。僕が就活でバイトを辞めると聞いて彼女は自分の思いの丈を語ったんだ。それに僕は了承したんだ」
「えっ、ママから⁉聞いてない……」
「正直に言ってママもあの時の告白は短絡的だったと少し嘆いているようだったからね。あまり甘奈の前で言いたくなかったのだろう」
「……短絡的?」
予想しない言葉だ。その真意を測るように父を見ていると、彼も簡単に答えを出してくれた。
「未来のことを考えていないというか……まぁ、そんな感じだ」
「どういうこと?」
「……すごく簡単に言うと、僕が就職した会社は転勤が多かったということだ。だから直ぐに決断の時が来た。――ともに同じ人生を歩むか、別れるか。その決断を先伸ばしにするために遠距離恋愛が始まったんだ」
「そのことは知ってるよ。二週間おきにママに会いに帰省したんだよね」
「……そんな良いモンじゃないよ」
あの時の日々は良いとは言い切れなかった。二週間に1度会えたら良い方で1か月も会えないことも当たり前にあった。
「何度も予定を反故にして、何度もママを泣かせたよ」
「それは……」
「だから決断を迫られた。相手方の両親もそうだけど、僕もね。その時の稼ぎは家庭を持つほどじゃなかったし」
「………」
「何度も現実のほうに流されそうにもなったよ。分かれて別の人生を歩むことを何度も考えた。でも……僕は理想に殉ずる事にしたんだ」
「結婚、したんだ」
「うん」
彼は頷いた。
「結婚して、上手くいくかは分からなかったけど……まぁ案ずるより産むがって奴だな」
「……ママと結婚してること、後悔してる?」
「まさか」
彼は微笑んだ。
「僕は幸せだよ。ママがいて、甜花と甘奈がいて――幸せだよ」
*
父親の話は理解できた。要は早く決断しろということだ。でないと幸せが失われてしまう。
しかし恋愛において極度の積極性不足の甘奈にとっては……。
甜花は行動しない。彼女も自身の妹と年長者のどちらを応援すればいいのか分からないのだ。
甘奈の背中を押したのは、父の言葉以外存在しない。
(甘奈は……)
夏の昼の事務所。そこで彼女はいつもの様に愛しいプロデューサーを盗み見ていた。
盗み見るしか出来なかった。
大崎パパの一人称は「僕」だったはず。
たしかジャーニーで出ていたけど……よく覚えてない。