葛の恋   作:勉強サボ浪

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祈祷

 アイドル業界にも盆休みは存在する。撮影スタジオもテレビ局も夏の雑誌や番組の撮影は終了しておりグラビアを撮ろうにも海水浴場には人が満載。どこに行っても人がうじゃうじゃいるため、特に予定されていたイベントがない限り、彼らの仕事は特にない。

 それは事務職にとっても同じである。必ずしも退屈というわけでもないが、少なくとも繁忙期と同じ程忙しいというわけではない。

 だからはづきは妹と一緒にここに来たのだ。

 

「お父さん、来たよ」

 

 東京の田舎のとある共同墓地に2Lペットボトルと仏花を携えて2人は父親の墓前に立った。

 

「にちか、花持って」

 

 仏花を妹に持たせるとペットボトルの中の水を掛け始めた。墓石がほとんど汚れていなかったのは、きっと社長が先に訪れたからだろう。

 直射日光が肌を炙る。日傘をさしながら作業はできない。蝉の大合唱が降り注ぐ中、はづきは無言で掃除をはじめ仏花を供えた。実際にはお菓子やらお茶やらを備えなければいけないみたいだが、はづきもにちかもそのようなきちんとした作法を知らない。

 姉妹そろって手を合わせる。特に祈ることはないが、いくらか報告しなければいけないことはあるだろう……と思ったが、私事は特に思いつかない。とりあえず母がまた入院したことは伝えておこう。

 

「……ふぅ」

 

 墓地ではどのように会話の起点を作ればいいのか分からない。とりあえずいつバスの時間が来るのかを調べて――

 

「あれ」

「どうしたのにちか……うん?」

 

 視線を向ける。にちかの視線には一人の男がいた。

 なんて事はない。この共同墓地に自分たち以外の人間を見るのは確かに初めてだが、盆の季節なのだからおかしなことではない。だから最初にちかが反応した理由がわからなかった。

 でもその背格好は見覚えがあった。

 

「プロデューサーさん……?」

 

 虫対策のためか、炎天下だというのに長袖長ズボンの身長の高い男がいた。髪型から見てもあれはプロデューサーである。

 視線を逸らす。街中だと声を掛けたかもしれないけど、さすがに墓地で声をかけるのは憚られる。

 

「流石に声をかけるのはまずいかな……」

「うん……早くバス停に向かおう」

 

 はづきの提案に流石のにちかもうなずいた。

 しかし階段を下っていき、共同墓地から出る門へ続く道をそそくさと逃げるように歩いていると。

 

「あれ、はづきさんににちか……?」

「あっ……」

 

 運悪く、合流してしまったのである。

 

「まさか同じ墓地に墓があるなんて思ってもいませんでしたよ」

「えぇ、まぁ……」

 

 プロデューサーが誰の墓参りをしていたのかは分からないが、七草姉妹は自身の父親相手に墓参りをしていたのだ。目的を言ってしまう訳にもいかないだろう。

 彼も薄々察しているのだろう。しかし、少し目線をそらした後こちらを向いて訊いてきた。

 

「……お父さまの墓参りですか」

「え……まぁ、はい」

 

 はづきが答えると彼は驚愕の質問をぶつけてきた。

 

「――俺も手を合わせてもいいですか?」

 

 

 ナンバープレートの先端が“わ”のプロデューサーが運転する車で七草姉妹は後部座席で気まずい思いをしていた。

 あのとき、プロデューサーが父の墓前で何を考えていたのか分からなかったからだ。どんな偶然があって職場の同僚が墓前に立つなんてことがあるのだろうか。結婚前でもあるまいし――

 

「……なんでプロデューサーさんが七草家の墓参りしたんですか」

「……!」

 

 無遠慮なにちかの言葉が発せられる。思わずはづきは「にちか……!」と諫めるようにたしなめた。

 しかし運転席に座るプロデューサーは、あらかじめ用意していたかのような台詞を言った。

 

「そりゃ、にちかがいつもお世話になってるからな。仏壇にはいつも手を合わせているけど、だからってお墓の近くに来たからって手を合わせないわけにはいかないだろ」

 

――嘘つき。

 にちかの雑な反応を聞きながらはづきはミラー越しに彼の顔を見る。

何かを隠している顔だ。ベッドの上で何度も交わったから分かる。何か含みがある顔だ。

 

「どうします、どこか昼飯にでも……」

「あっ、いいですねー。もちろんプロデューサーさんのおごりで!」

「っ……、ほどほどに頼む」

 

 妹と彼の楽し気な会話を聞きながらも、作戦を立てる。

 たしか事務所の倉庫のあそこに――

 

「お姉ちゃん?」

「――あっ、ごめんちょっとぼーっとしちゃってた。どうしたのにちか」

「プロデューサーさんが食べるならどこがいいかって」

「え~、あんまりプロデューサーさんを困らせちゃダメだよ」

 

 口調はいつもとズレていないか冷や冷やする。

もしかしたら今の関係が壊れてしまうかもしれない。

 それでも――

 

 

 墓参りから数日後。コンクリート張りの倉庫ではづきは探し物をしていた。

 かつて父の弁護士事務所があったあの場所、現在では283アイドルの寮の一部屋になったあの場所に大量にあった書物の一つ。

 なぜか社長が処分を拒んだ書類。機密保護の観点から見ても捨てなければいけないはずなのに保護を選んだ――

 

「あった」

 

 持出禁と捺された文書ファイル。開くと最初にパソコンで打たれた文字が大量に並ぶ。

読みにくい次へ。次へ、次へ。

 何ページかめくっていると、依頼人の詳細が記されたページが現れた。

 予想通りだった。依頼人は――

 

「プロデューサーさん……」

 

 高校生だった、彼だった。読む。額には汗が流れる。クーラーどころか空調設備が換気扇しかないこの場所で時間も忘れて読みふける。

 父の仕事は詳しくは知らない。弁護士だということは知っていたが、民事か刑事か分からないし彼女も法律家を目指して勉強していた事もない。だから何某法第何条とか示されてもはづきは理解できなかった。

 しかし事件の概要は彼女も知っている単語をかき集めて何となく捉えることができた。

 加害者、知らない女学生。被害者、彼。罪状、ストーカー被害――

 だが、短絡的に行動したのが失敗だった。

 不意に大きく音を立てて倉庫のドアが開かれる。

 

「――っ!?はづき……」

「――」

 

 はづきの直属の上司にして父の友人であり、現在この文書を保有している天井努がそこにいた。

 

「あっ、あの、これはっ」

「………あぁ」

 

 彼は大きくため息をついた。はづきがしてしまったことを反芻するように。

 

 

「それで、どこまで把握しているんだお前は」

 

 身を縮こませるはづきに努は容赦なく問いただした。

 彼女は目をそらす。しかしこのままではいつまで経っても事態が進展しないことを把握したのか、ようやく口を開いた。

 

「……彼が、ストーカー被害を受けていたこと。加害者は彼の元恋人で、警察が逮捕状を請求した時には既に自殺をしていた――そこまでです」

「あぁ」

 

 ふぅ、とため息が聞こえる。努はものすごく嫌そうに肯定した。

 

「あの……社長はプロデューサーさんとはどのぐらいの付き合いなんですか?」

「彼が高校生の時――その文書にある事件の裁判の時だ」

 

 社長室の対面ソファで二人はどう話せばいいかわからないといった表情だった。しかしややあって口を開いたのは努のほうだった。

 

「私がアイツ――お前の父親と仕事をしていた時期があったのは知っていたか?アイツが倒れる前に辞めた話だが」

「……いえ、知りませんでした」

 

 初耳ではあったがよく考えたらヒントはあった。努が父の事務所を保有していたことから考えてもよかったのに。

 

「私がアイツの助手をしていた時の客の一人、それが高校生だったプロデューサーだ」

 

 助手といっても運転手と書類整理しかしていなかったがな、と努は自嘲するようにつぶやいた。きっと今でも父の過労の原因が自分にあると思っているのだろう。

 

「ひどいものだったよ。警察は死人が出たというのに痴話喧嘩としてでしかとりあおうとしない。加害者家族は被害者――つまり彼に罵詈雑言を浴びせる始末。裁判では上手くいったが……結局、彼の心にはダメージが来てね」

「…………もしかして彼が誰かと恋愛関係にならないのは」

「あぁ」

 

 恋愛恐怖症、そういうことだろう。

 

「さて今回書類を盗み見たことにしては、黙っておいてやる。――だが、お前は知ってしまった。今後お前がどうするかは、自身の判断に任せる」

 

 あとは自分で考えろ、と努ははづきを社長室から追い出した。

 

 

一人になった社長室で努は大きなため息をつく。

 まさかこんな事になるなんて。しかしこれで事務所内の恋愛に関するいざこざはある程度は崩壊するかもしれない。

 ――まわりまわって事務所が崩壊するかもしれない。

 

 それでも、彼には普通の恋をさせてあげたいのだ。

 




ストックがなくなりました。試験が終わり次第、続きを書きます。
一応、だいたい1ヶ月に1回更新は続けようと思うので、よろしくお願いします。
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