A.なるよ! でもね、グッドエンディングの途中で何が起こるか分かったもんじゃないしこの作品のヒロインははづきさんだからね!
だからほかのアイドルたちは……。
頭痛、眩暈。
今朝のにちかの言葉が未だ脳に突き刺さって抜けない。
「プロデューサーさん?」
「あぁ……いや……」
冬優子が声をかける。ほかのアイドルもいるからふゆの方だが、内心思っていることは隠していない。
「大丈夫ですか……? なんだか顔色が優れないようですが……」
「――そんなに、まずいか?」
その質問に冬優子は本心からといった様子でうなずく。
代表して冬優子が矢面に立っていたがこちらを伺う視線はかなり多い。他のアイドルたちも心配そうな視線を向けていた。
「そ、その――そう! 二日酔いで……」
その言葉を聞いて少しの視線が離れた。
少しだけである。
ほとんどのアイドルはその察しの良さを稼働し彼が嘘を言っている事に気付いている。現に目の前の冬優子は“ふゆ”を被っているが明らかに目が笑っていない。
冬優子はため息――と言うには小さい息継ぎをするとメモ帳を開きペンを走らせる。
彼女が千切って寄越した紙片には「早く元に戻って。他アイドルが落ち着かない」と記されていた。
*
明らかに様子のおかしいプロデューサーの様子に社長もはづきも頭を傾げていた。
そんな時に泣きそうな顔でにちかは社長室で今朝なにがあったか伝えた。
「………にちか」
「ごめんなさい……」
叱責するにも自分の犯したことを把握しているであろうにちかを社長も 責できない。
はづきはこの感情をどうすればいいのか対応できず頭を抱える。
「どうして――どうして、そんなことを言ったんだ」
その言葉に特段責める成分は含まれていない。彼が理想のプロデューサー“過ぎた”というのが今回の事件の原因でもあるため、にちかの言葉もあながち間違ってはいない。
しかし続く言葉に社長は更に頭を抱える事となった。
「お姉ちゃんのことを……応援したくて……。それで、ほかの人たちよりも早く動こうと――」
「えっ」
「――なに?」
にちかの言葉に社長が立って傍観していたはづきがその言葉に驚く。
「にちか!? えっと――……」
はづきが何かを言おうとして口をパクパクさせる。この様子ではしばらく話せないだろう。社長ははづきを無視してにちかに訊いた。
「その……はづきはやはりプロデューサーに恋をしているのか」
「明言はされていないですけど……たぶん」
「ちょ、ちょっと」
「お姉ちゃんは黙ってて」
慌てるはづきににちかが強引に黙らせる。
「最近は大人しくなりましたけど……お盆ぐらいまでお姉ちゃんは夜にプロデューサーと遅くまで吞んでいて、帰ってきたらプロデューサーさんののろけばかりで……絶対お姉ちゃんは気があるんだと思って……」
「………」
「――はぁ……」
赤面して固まってしまったはづきを見て社長がため息を一つ。
「お盆、ということはあれか。アレから呑みに誘うのは止めたということか」
「アレ?」
「はづきが……少し問題を犯してしまってな。何かあったかは――そうだな、法律事務所の時の関係のものだ。それ以上は聞くな」
「法律事務所――お父さんの仕事と関係が……そういえばお父さんの墓の前で……」
「聞くなと言っただろう。これ以上はプロデューサーの過去に関わる」
さすがにはづきが昔のプロデューサーの情報を盗み見るためにかつての書類を盗み見たことまでは言わなかった。
「はづき」
「は、はい……」
社長の言葉にはづきは頷くしかなかった。
「夏の一件は私は見逃しているし、その行いがどのように引き起こされたか私は訊かない。しかし――あの時の忠告を忘れていないだろうな」
「身の振り方……ですか」
あぁ、と社長が肯定しインスタントコーヒーを飲んで一息つく。
「――お前はどうするんだ。お前の妹はすでに恋仲にさせようとしている。ほかのアイドルたちは水面下で画策をしている。しかし――彼の……トラウマは知っているだろう」
「……はい」
「選べ、そして宣言しろ。少なくとも実の妹に義理立てはするべきだ」
その言葉にはづきは決意をする。
「私は……」
*
久しぶりですね、とラブホテルでプロデューサーは愛想笑いをする。たしかにこの一か月と少しは罪悪感ではづきは逢瀬に誘えなかった。
「すみません、今朝はにちかが……」
「あぁ、いえ……」
彼はベッドに座る。はづきも彼の隣に少し離れて座った。ソファは肩を寄せ合わないと座れないほど小さく、気まずい二人に相応しくない。
「それで今日は、どうします? いつものように――」
「その前に」
強引に、やけくそに――性急に事に至ろうとするプロデューサーの言葉を強引につぶす。
「どうして――プロデューサーさんは誰かと恋愛関係になろうとしないんですか?」
「それは――俺はプロデューサですよ。アイドルとなんか――」
「アイドルと限定していません」
プロデューサーとしての正答を言う彼の言葉を強引につぶす。
「様々なメディアスタッフや裏方に声をかけられていましたよね? どうして彼女たちと関係を作らなかったんですか?」
「それは――」
追い詰める。
はづきは答えを知っていながらも、プロデューサーから聖人君主のメッキを剥がす。
「俺は……誰かと恋人になるのが、怖くて。だから――都合のいい関係がよくって……!」
「それは――前の彼女さんとのことで?」
「――! どうしてそんなことを……」
「私の父――七草法律事務所にあなたが依頼した時のレポート、まだ社長持ってるんですよ。それを盗み見しました」
ひどい女ですよね~、と彼女はホテルにチェックインしてから付いていた険を外すためにおどけてみせた。自嘲の言葉は彼に届いているだろうか?
「はづきさん……! あなたは――」
「どうして、恋愛に恐怖するんですか?」
彼の言葉に耳も貸さずにはづきは続ける。
絶対に話題を逸らさせないという気概を感じた。
「それは……」
「前の彼女さんの事はお気の毒でした。しかし――今でもその事をトラウマに縛られる理由は何ですか?」
「それは……!」
彼は焦燥する。
わなわなとくちを震わせ言葉に詰まる彼の顔を強引にこちらに向かせた。
「……!」
「プロデューサーさん。私はあなたのアイドルでもなければ上司でも部下でもありません。ですので――教えてください。あなたの本当の想いを」
「――」
その言葉に彼はややあって、自分の傷口を自身で抉るように話し始めた。
「――前の彼女が言ってたんです。俺は理想の恋人ではなくなってしまった。だから……本当の理想を求めて、それで……遺書を残して、逝ってしまった」
「……はい」
はづきはただ彼の言葉を聞くのみである。
「だから――俺はもうだれかの理想になんかなりたくない。なのに俺は、自分の考えうる大人として最善の選択をして――そして、またアイドルに自分が理想の男であると、そう思わせてしまった」
「………」
「みんな……アイドルも社長もスタッフの人たちもみんな、俺に理想であれと押し付けて……俺も無意識にそれを受け入れて……」
アイドルは言った。アイドルに対して献身的な態度は私たちにとって理想のプロデューサーであると。
社長は言った。恋愛恐怖症の自分はスキャンダルを起こさないプロデューサーとして理想だと。
スタッフは言った。人の好い笑顔と円滑なコミュニケーション能力は社会人にとっての理想であると。
みんなみんな、彼のことを理想であると評価する。――まるで死んだ前の彼女のように。
「理想ですか――ふふっ」
だけど。
七草はづきはそんな理想のプロデューサーの言葉を鼻で笑った。
「はづきさん……?」
「いえ……失礼。ほかの人の評価であれ、真面目に『自分が理想である』と言っている様がおかしくて」
ぎゅ、と。はづきは彼を抱き寄せた。
「あなたは理想の大人なんかじゃないですよ~。――少なくとも私にとっては」
「え――」
はづきは淡々と。それはもう淡々と彼が自分の理想ではないことを語る。
「何でも自分で抱え込もうとして結果他者を無意識に低く見てるとこ。お酒を飲んだら少し子供っぽくなってしまうところ。セックスの時下手に私のことを尊重しすぎて全然激しく突いてくれないところ――」
「え……」
「カラオケ全然上手くないし、飲み会の時他人の事ばかり見て自分は全く楽しそうにしていないし、こっちから誘導しないと料理全然頼まないし、セックスの前戯も本番も全然責めが甘すぎて逆に欲求不満になりそうだし、だからと言ってこっちから動いたらすぐに甘えて私のおっぱいに顔をうずめて動かなくなる時もあるし、威勢が良いのは私をベッドに押し倒す時だけでセックスの時はゆるふわだし……強引に私の服を剝がそうとして失敗して結局私が裸になるまでぼぅとしていた時はみっともないとも思いましたね。――全体的にプライベートの時の主体性がないというか、特にベッドの上だと『この人女に好かれるために性欲を出そうとしていないのか』と思ってしまうほどに執着が見えないし」
「え、いや……えぇ……?」
セックス関連の話題ばかりなのは彼とはづきがセフレであるからだが、よくもこんな状態でセフレが続いていたなと彼は少し思う。
しかし彼もすこし反論する。
「……セックス云々ははづきさんの性欲が大きいからでは?」
「前とその前の彼氏ではそんなこと思いもしませんでした」
はづきも今は25歳。元カレがいることも承知はしていたが……。
「……どうしてはづきさんは私とセフレに……? そんな、セックスが上手いわけでもない男を――」
「今の職場は283プロしかないですから、出会いが他にないんですよ。信用できる外部のスタッフさんは信用できないですし……」
「えぇ……」
あまりにも、あんまりなその言葉に少し泣きそうになった。
「でもですね」
はづきは彼を、彼女にとって理想でもない男に告白した。
「私は、あなたのことが好きです」
その言葉に少し身じろぎする彼をはづきは強く抱きしめて抑え込む。
「自分にとっての理想を体現しようとして、でもその節々にあなたの素が見えるんです。子供舌なところ、意外とロマンチックで古い曲が好きなところ、セックスの時は私にすべて身を預けてくれること、セックスの後一緒にお風呂に入って私を抱きしめるところ――あなたの理想の間隙、メッキで舗装できないあなたのどうしようもない甘さが私に自己肯定感を与えてくれるんです。だから――」
はづきは彼をベッドに押し倒した。体格の差は彼がはづきの言葉によって思考を奪われたことで簡単に蹂躙できた。
「あなたのダメなところ、もっと見せてください。あなたの欠点は――私が愛してあげます。だから、無理に理想にならなくてもいいんですよ」
*
俺の腰の上で彼女が躍る。
押さえつけられた両腕は彼女の力程度ではすぐに覆せるだろうが、俺はそんなことをしたくなかった。
――あなたは私の理想ではありません。
その言葉が俺の心をひどく穿っていた。
誰かの理想にならないように、でも誰かから期待されるがゆえに理想を演じていた自分の価値観が崩れたような気がした。
そうか、理想ではない――自分の良くないところを個性として見てくれる人が居たんだ。
まるで自分が理想だと、自分はみんなに期待を抱かれているんだと思っていたことが恥ずかしい。
自分はアイドルや他の人たちにとっては理想の大人であっても、人間としては傲慢で独善的で……とんでもないクズだったんだなぁ……。
*
夜間照明で少ししか見えない部屋で私は起き上がろうとする。でも寝ている彼の腕が、私に甘えて首に回された彼の腕が邪魔をする。
少し我慢してね、と私はするりと拘束から抜けてベッドから這い出た。
あの時発した彼に向けた言葉は半分嘘である。確かに彼はセックスの時の責めは甘いが十分許容範囲だし、きちんと私を高めてくれる。満足かと言われればそうではないのだが――それはさておき。
彼は理想主義で完璧主義だ、という社長の助言があったがここまで捻じれているとは思っていなかった。自分でも「何でも自分で抱え込もうとして結果他者を無意識に低く見てるとこ」と言ってしまったのはあまりにも残酷で、それでも彼の内面を明瞭に表現できた言葉はないと自負できる。
ウォーターサーバーから水を注いで飲む。長時間喘いだ喉は水分を欲していた。
時刻は12時を回ったが1時にはなっていない。この分だとにちかはまだ起きているだろう。電話をかける。数回のコールの後に意気消沈、というよりも気おくれした彼女の言葉が来た。
『お姉ちゃん、大丈夫だった? うまくいった?』
「うん、うまくいった。今プロデューサーさんは寝てるよ~」
『うん……』
反応は芳しくない。
「どうしたの~? もしかして、プロデューサーさんの機嫌を取るために体を売りに行ったとでも思ってるの~?」
『……うん』
「も~、お昼にも言ったけど私と彼は元々爛れた関係なんだから気にしなくてもいいのに」
裸のまま洗面台に向かう。彼を起こさないようにするためだ。
『その……告白は?』
「うん、できたよ。もっとも傷心中につけ込むようにしたから返事はもらってないけどね」
もう10月も半ばだからだろうか。気取った間接照明とスマホの光だけで過ごすラブホの洗面台はひどく寒かった。
「これで、きっとうまく行くはず……。私は彼から理想のメッキを剥ぎ取った。自分がすべての人にとっての理想だなんて思いこむなんてことは無くなるはず」
『でも……』
「ううん、大丈夫。これでいいの」
メッキを剥がされた彼はどんな行動に移るのだろうか。少なくとも前のような誰にだって理想を振り撒くことは無くなるはず。
そして……メッキを、彼の古傷を抉った私は――
そもそもアイドルや友人を裏切って成した肉欲に溺れていた私は――
「私の……クズの恋は変わらなければならない。それが今の関係が崩壊する切っ掛けでも。――にちかもそう思うよね?」
『えっと……』
きっと電話の向こうの妹は千雪の恋を裏切り美琴の恋を汚した私が肉親であるから強く糾弾できないのだろう。
まったく、甘いんだから。お父さんと同じように決まりが悪くなったらすぐにどもってしまう。
今もなお寝ているであろう彼にも似ているな、と私はふと思った。
タイトル回収回です。
二次創作でキャラに卑下させる言葉を吐かせるのはあまり良くないかもしれませんが……でも千雪という友人がPのこと好きだって分かってるのに手を出したのだからっていう理由で「クズ」です。ちなみに「葛の恋」というタイトルも同様の理由で付けました。
葛は秋の七草で花言葉は「努力」「芯の強さ」 「活力」「治癒」「根気」らしいです。
2024/05/29 設定の齟齬があったため文章を一部変更しました。