朝に社長室にプロデューサーと七草はづきがやって来た時は社長も様々な覚悟をした。
最悪のケースは二人がいきなり事務所を辞めてしまう可能性。痴情のもつれで主戦力二人もいなくなると事務所として運営が出来なくなるし、それに七草父に顔向けできなくなる。
しかし二人が恋人になったという報告を受けると、それはそれで……
「その……何だ……良かったな」
そのふんわりとした言葉は自分の予想とはずれたハッピーエンドであったことによる驚きか、それともこれから起きるであろう惨状を予測して素直に祝福できないことか。
「ありがとうございます」
「しかし……まさか本当に、くっつくとは。はづきがどんな風にお前を説得したのかは知らないが――まぁ、うん」
自分でも下世話な話だ。努はそう思って続く言葉を強引に切った。
彼の恋愛恐怖症の件、そしてはづきのプライベートの詮索の件――様々な問題がこの2人にはあったはずでそれをどのように解決したのかは……先日にはづきがプロデューサーといわゆるセフレであるという話を聞いた事から何となく察しはつくが下世話なので詮索も想像もしない。
あとは若い人に任せるべきである。
しかし――
「これからだな。……どうやってアイドル達に伝えるものか」
溜息をひとつ。はづきが「そうですよね……」と同調した。
プロデューサーに対して憧れと理想に近い尊敬の意を持つアイドルたちは数知れず。それを――言い方は悪いがはづきは横から掻っ攫った。アイドル達が温厚とはいえ、絶対に問題が起きる。
「私から伝えようか。――と言っても、わざわざ社内恋愛だと言わずに穏便にまずはプロデューサーのことを報告して……」
どうして従業員に恋愛成就に社長が説明しなくてはならないのだ、という自分の心から出力された真っ当な弱音には耳を貸さない。努もプロデューサーの恋愛に対しての不幸体質については昔から理解してるから、不幸が最小限に収まるようにしようという努力はする。
「いえ」
それをはづきが止めた。
「私たちから皆さんの前で発表します」
「――っ! それは――」
はづきの言葉に事を穏便に済ませようとする努は大きい声を出した。自分でも大声を出したという自覚があるため、きまり悪く視線をそらし続きを促す。
「……それは、どうしてだ。いくらアイドルたちが優しいといえど、絶対面倒なことになるぞ」
「承知しています。でも、これは私がアイドルの皆さんに最低限出来る義理です」
「ほう?」
「義理」という言葉、そしてはづきが「私たち」ではなく「私」といった理由。そこに何らかの理由があると踏んで努は続きを促す。
「私は――友人の千雪さんがプロデューサーさんに恋をして、そしてその恋を応援しながらも彼とセフレとなって恋人となりました。それは、ひどく人間としても友人としてもふさわしくない行動だったと思います」
「…………桑山も、か。――いや、何でもない。続けたまえ」
目の前ではづきの言葉に耳を傾ける彼はいったい何人の女性を堕としたのだ、と努は思ってしまった。薄々予想していたこととはいえ、実際に千雪が彼に片思いをしていたという事実とそんな中で彼とセフレになったはづきの面の皮に薄寒いものを感じる。
「ですからここで社長が緩衝材となってアイドル達に報告するのは、――今更ですが友人としてふさわしくないと思います。ですので最低限の義理立ては必要だと考えました」
「……なるほど」
はづきの性モラルに関しては――もう自分からは何も言うまい。
しかし自分の罪に向き合って、汚名をかぶろうと義理立てをしようとするはづきの信念に努は少し安心した。
「……プロデューサーは大丈夫なのか?」
「はい、はづきさんとは既にアイドルの前で発表するということに賛成です。……きっと最初は混乱が起こると思いますが、きっとあの子たちなら立ち直ると信じています」
「そうか……」
プロデューサーの言葉に努は険しい顔で頷いた。
自分たちの行動でアイドルたちがどのような影響を与えるのか考えて、それでも彼女たちを信じる。以前の自分にはできなかったことだ。
(やはりお前は私の理想のプロデューサーだよ。……これがアイドルと事務員に渡った恋愛のもつれじゃなければ素直に言えたんだがな)
「……社長?」
「いや、何でもない」
言葉に出ていただろうか。少し思って息を一つ。
「事務所のことは気にしなくてもいい。お前たちは……アイドルにその義理というものを果たすんだ」
「はい」
「わかりました」
このカップルの行く末次第で事務所の崩壊につながるというのを除けば、この2人にアイドルの行く末を任せてよかったと思うべき場面だった。
*
同日の午後、レッスンルーム。
「いち、にー、さん、しー」
シーズの2人はいつものように自主練。
ピピピ、とタイマーが鳴る。一定間隔でタイマーを鳴らさないと美琴は延々と練習をし休憩を取らないから、という理由でプロデューサーに命じられた決まり事である。
ふぅ、とひと息つく。高校を卒業したにちかだが短大に入学したため1日のタイムスケジュールは高校の時とあまり変化はない。
だから普段よりも疲れているということはあり得ないとにちか本人は思っていた。
「にちかちゃん、ちょっと疲れてる?」
しかし美琴の指摘にドキッとした。
「え、そ、そうですかねー……」
「うん。ちょっと何というか――ターンの時の軸がぶれていた気がするから」
「すみません……」
素人どころか他のアイドルなら見てもわからないレベルの差異であったが、美琴が気づいたのは普段からにちかの振り付けを見ていたためである。
「大学、大変なの? 私行ったことないから分からなくて」
「いえっ、全然そんなこと無いですよ! 高校の時と変わりませんから」
にちかは短大に行くつもりは無かったのだがはづきが強引に行かせた。アイドルだけでは将来が不安、ということらしいがはづき自身も高卒ではないかというにちかの文句は無視された。
「そうなんだ。じゃあ昨日は夜更かししていたの?」
「え、あ、あぁー……まぁ、はい……」
夜更かし、というよりも眠れなかったのだ。昨夜ははづきが……。
はづきとプロデューサーが結ばれたことをにちかはすでにはづき経由で知っていた。それ自体は喜ばしいことではあるが……。
(美琴さんはプロデューサーさんのこと好きなのに、私……)
美琴は今のプロデューサーの状況をどう思っているのだろうか。彼をどうやって攻略するかという会議に参加してた時もあまり激しい反応を見せなかった。どころか自分が選ばれると思っていない。自分の努力が成就することに期待していないようだ。
にちかは姉を選んだ。パートナーである美琴ではなく、姉の恋の成就を願った。そんな自分が美琴のことを気に掛ける権利はないと思いながら、それでも彼女のこれからが気になる。
「にちかちゃん?」
「――あ、いえ……」
物思いにふけっていたにちかは美琴の心配そうな表情が自分にふさわしくないと思ってしまった。
*
アイドル達は各々の思いを持ちながらも尚、プロデューサーのことを想う。
それでも。
一度始まった物語は、一度生まれた決意は終わらせなければならない。
翌日、夕焼けに染まる事務所の会議室にはアイドルたちが全員集まっていた。
鈍い者は「一体、どうしたんだろうね?」と、鋭い者は「プロデューサーとアイドルの関係を見直す会議なんじゃない」と。
ただの1人も、当事者の血縁者であるにちか以外はこれがプロデューサーとはづきが恋人となったことを報告することを知らない。
ガチャリ。ドアが開けられプロデューサーとはづきが会議室に入る。「おはようございます」というアイドルたちの言葉にプロデューサーは普段とは違って目をそらす。
その様子に何人のアイドルが異常を感じ取ったが、何が起こったかまでは把握できない。
「みんな、すまない」
プロデューサーが開口一番言ったのは謝罪だった。
「はっきり言って、今回みんなに集まってもらったのは仕事の話じゃない。最近――いや、俺が気づいていなかっただけでいろんなアイドルが俺のことを……恋愛的に好意を持っていることに対することだ」
その言葉はあまりにも自信がないと言えないだろう。しかし恋をしているアイドルは実際にいるし、ユニットメンバーの恋を応援するアイドルも多い。
実際会議室には彼の言葉に息を潜める者、ついにその問題に切り込むかという風に次の一手をうかがう者がいた。
「ここではっきりと言わせてもらおうと思う。――ごめん、君たちの想いには応えられない」
その言葉に空気が一気に湿度を孕む。
恋をしている者は自身の恋が叶わなくなったことによる悲しみ、していない者はプロデューサーが一人ひとり真摯にではなくこうやって大勢の前で一気に発表という大雑把な手段をとったことに驚きを隠せない。
「それは……」
誰かが掠れた声を出して、しかし最後まで言えずに殆どの者に届かず消える。その声の主が妹であることを隣にいた甜花だけが気づいた。
「君たちの俺に対する恋愛感情は――俺にとっては身に余る。みんなの俺に対しての好意は……崇拝に近い。確かにみんなにとってはよく接する上司だから俺のことを頼りになる人間だと思っているのかもしれない。でも……違うんだ。俺は、ただ必死にみんなの期待に応えようとこしらえたハリボテを存続しているだけなんだ。スーツで弱い自分を隠しているだけなんだ」
そんなことない、とアイドルの幾人かが言おうとして止めた。彼女たちは「プロデューサー」じゃないプロデューサーを知らない。凛世が観測したそれも、結局は凛世の理想のエミュをした男でしかない。
そんなことはない、と数人が言おうとしてやめた。彼女たちは心ではプロデューサーが理想ではないと思っているが、それでも自分が彼に甘えている事実は無くならない。それに数人のアイドルが崇拝という表現が正しい恋をしているのも事実。
「それに俺は――プロデューサーとして、理想に準じなければならないと思い込んで、自分の弱いところを見せられないんだ。アイドル――偶像崇拝の業界に入ったんだ、アイドルを支えるのだって理想の人間じゃないとできないだろう。だから……俺はみんなの前ではプロデューサーのハリボテを捨てる事はできないんだ……」
疲労、疲弊。
彼の言葉ににじみ出るそれが、アイドルソングのような耳障りの良い薄っぺらな言葉しか出せないアイドル達では説得できないと感じ取れた。
「先に言っておく。謝罪はしなくてもいい。『プロデューサーに頼りすぎた』って謝られても、それはアイドルとしては正しいことだ。俺の言葉で自分の性格を変えようとするな。それはやってはいけない事だ。愛する者のために自我を捨てることは……人間としてだめだ」
その言葉で数人のアイドルの口を閉ざした。
彼は自分の人生をかけて愛するような崇拝者ではなく、自分の弱さを受け入れしかし我を捨てない聖職者のような者を恋人にしたいということを察したアイドルたちは自らを恥じた。
彼にこんなことを言わせるほど追い込ませた自分を恥じた。
プロデューサーはアイドルたちが呆然として何も言わないことを見るとひとつため息をつく。
「……?」
その様子に違和感を感じたアイドルがいた。
まるでこれ以上の――所属しているアイドル全員を振る以上に覚悟を決めるような――。
「そしてもうひとつ報告がある。――俺は七草はづきと結婚を前提としたお付き合いを始めることとなった」
「えっ……!?」
その言葉の意味を吟味し理解するのに全員が数秒の時を要した。
結婚が前提の恋――事務員と……七草はづきと!?
プロデューサーはアイドルたちの前で目をそらさなかった。しかし彼の隣に立っていたはづきは視線をそらす。
これからアイドル達に怒号を浴びせられても仕方がないといった様子だ。
「――ちょっと待ってよ」
しかし三峰結華の睨みつける様な視線と声が他のアイドルたちの口を閉ざした。
「それは……はづきさんならあなたの言う『理想のプロデューサー』を演じなくてもいいってこと? はづきさんはあなたの弱いところを受け入れつつ自分を見失わないってこと?」
できるだけ怒りを抑えようとするがところどころ語気が強くなる。
「それは――」
「はい、保証します」
彼の、プロデューサーの言葉を強引に打ち切ってはづきが言った。
「はづきさん――」
「ここは私が。……元よりこの騒動の発端は私ですから、アイドルの皆さんを説得するのは私の役目です」
彼女はいつものようなふんわりとした語気を捨てて、はっきりと言った。
「――お願いします」
「……わかりました」
プロデューサーの斜め後ろに立っていたはづきが数歩前に出て彼よりも前に出る。
視線、視線、視線。すべてのアイドルがこちらを見ている。
(――あぁ。プロデューサーさんは、彼は常にこんな気分で、常に彼女たちの視線に晒されながら生きてきたのか)
「それで? はづきさんは彼のことを支える人物であると?」
結華がはづきの目を見て尋ねる。
一見すると三峰結華の言葉も語気もこちらを責め立てるようなものだ。しかしはづきには分かる。これは一種のパフォーマンスだ。
自分が暴走をし「自分勝手な女」を演じることで、他のアイドルたちのガス抜きをし平静さを保とうとしている。卒業式で自分よりも号泣している者がいると冷静になってしまうのと同じだ。
(自身を悪役に……人柱にしてアイドルたちをを冷静にさせるなんて……)
ならば自分はそのパフォーマンスに乗ろうではないか。
「はい。私は彼とプライベートですでに色々なことをして、いろいろ優しくしたりさせてもらったりしましたから」
色々を察したものは何人いるだろうか。実際結華はその言葉を聞いて眉がピクリと動く。
「色々……ねぇ。それでプロデューサーの弱い部分をすべて把握したようなことを言うけど――」
少し言いよどむ。理性が働いている分、どのように糾弾すればいいのか分からなくなっているのだろう。
「……それは私たちアイドルを抜け駆けしていろいろと行動していたってこと? いつから?」
「結華さんが言う『抜け駆け』が何を指すのか分かりませんが……そうですね、具体的な行動を起こしたのは……3月ですね」
その言葉にアイドルたちは意味のない嘆息をする。
自分たちはプロデューサーに嫌われたくない、今の関係を壊したくないという日和見で動けなかった。最初に行動したのが凛世の花見での告白であるが、まさかそれよりも先に行動していたとは!
はづきがそのときにプロデューサーに恋愛感情を抱いていなかったことに関しては彼女もわざわざ言おうとは思わなかった。
「そんな早くから……」
「でもアイドルの皆さんがプロデューサーさんのことを好きになったのはデビューの時……3年前からですよね。私はつい最近、今年からですよ」
「それは……」
その言葉を認めてはいけない。おそらくはづきにとっては謙遜のつもりなのだろうが、それを認めると恋愛感情は時間で決定することとなり愛が定量化されてしまう。
そのことを考えた結華やほかのアイドルたちは残った理性で「私のほうが先に好きだった」という言葉を塞いだ。
その間隙がはづきに発言のチャンスを与えた。
「私はプロデューサーさんのことが好きです。子供舌で、古くてロマンチックな曲が好きで、そしてアイドルの皆さんと一緒に過ごすときは頼れる大人を演じ、しかし2人っきりの時は私の自己肯定感を高める程度に甘えてくれる彼のことが好きです。――私は、このことを幾度も続けた逢瀬で気づきました。だから……私は彼に、プロデューサーさんに告白しました」
その言葉に、その告白にアイドルたちは黙らざるを得なかった。
はづきは、彼の恋人になった女性は彼に対して一定の距離を取りながらも信頼の相互関係を構築しながらも適度に依存している。
アイドルとプロデューサーの関係は彼が理想に準じなくてはいけないほどの負荷が掛かっている。その理想という偽装をはがすのは「アイドルはプロデューサーに頼り、依存するもの」と彼が捉えている時点でアイドルでは不可能であることは明白だった。
結華は一触即発の空気をため息ひとつで吹き飛ばし、言った。
「なら……受け入れなくっちゃね」
彼女は涙を蓄えながら、それでも必死に流さないようにしながら努めてプロデューサーに笑顔で言った。
「私たちがあなたに嫌われないように、ほかのアイドルに糾弾されないように色々と考えた結果、ほとんど動けなかった。でもはづきさんはきちんと自分を見失わなずに動いた結果、先手をとれた。だから受け入れなくっちゃ」
「結華さん――」
「謝らないでね、はづきさん。そんなことをしちゃったら、三峰泣いちゃうから」
おめでとう、プロデューサー。
結華は泣きそうな顔を堪えながらも、ゆっくりと手をたたいた。
彼女の行動により、ほかのアイドルが彼らの選択を糾弾することはできなくなった。
*
プロデューサーとはづきが会議室から出て行った。
「……行っちゃったね」
美琴がふいに、蓄えられたものがぽろっと漏れたような声が静まりかえった会議室で響いた瞬間だった。
プロデューサーに恋をしていた泣き始めた。滂沱だったり、手のひらで表情を隠したすすり泣きだったり、嗚咽だったり……。それを恋をしていなかったアイドルたちが慰め始めた。
そんな様子を見て椅子に座っていたにちかは目をそらす。
「――にちかちゃんはさ」
ふと隣に座った美琴がにちかに静かに、そして悲しそうに訊いた。
「……はい」
「プロデューサーとはづきさんが恋人なの知っていたの?」
「………昨日、知りました。2日前の夜にお姉ちゃんのほうから告白したそうです」
「……そうなんだ」
事務的に、というよりも努めて感情を無くそうとしたにちかの言葉に感情を出力できなくなった美琴が言う。
「………」
「………」
シーズの2人は無言でたたずむ。周囲はアイドルたちのすすり泣きの言葉であふれている。
「――プロデューサーへの恋はさ」
ふと美琴が言った。
「はっきり言って叶うことはないと思っていたの」
「………」
その言葉ににちかは無言で聞き入る。
彼女の恋愛に対しての消極的な態度は所々で表れていたからにちかにとっても驚くことではない。
「プロデューサーに色んなことを教えてもらったの。アイドルとして――トップアイドルになるために色んなことを犠牲にしてきたんだと分かって、それをプロデューサーは教えてくれたの」
「……」
「でもこの事務所にはいろんな人がプロデューサーのことを狙っていた。それでも無理だと思っていても……あの人のことが好きだから……自分の好きを、犠牲にしたくなくって」
「……っ」
「でもいざプロデューサーが私たちのことを振って、別の恋人ができたってなると……私――」
ぽろぽろ、と。美琴は自身の口を覆って嗚咽を隠しながら涙を流す。
「あれ……? おかしいな……。私、これまでのアイドル人生で……283に入るまであんまり注目されなかったときは泣かなかったのに……なんで、失恋した時になって涙が出るんだろう……」
涙を流して、嗚咽して子供のように泣く弱い美琴は見ていられなくて。
「――っ!」
にちかは美琴を強引に抱き寄せ、彼女の頭を胸に抱きかかえる。
「――にちかちゃん……?」
「ごめんなさい、私っ……美琴さんのこと、応援していて……でも……っ!」
あれ、おかしいな。私が失恋したわけでもないのに涙が出てくる。
にちかは涙を流し声を震わせながら、でも自分より美琴さんのほうが悲しいと決まっていると思って自分の泣き顔を見せないように彼女の頭を強く胸に押し付けた。
「でも、お姉ちゃんが不幸になるのも、見たくなくって……だからっ……!」
「うん……わかるよ……。自分の家族を大切にしたいのは、当たり前のことだから――」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……」
美琴の優しい声に、自分を責めない声ににちかはついに顔をクシャクシャにして泣いてしまった。
ユニットメンバーか家族かの板挟みに遭って、それでも自身の良識に苛まれる彼女のやさしさがただ心地よかった。
「にちかちゃん……もう少しだけ、こうしてもらっても良いかな……」
「いいですよ、こんなもので良ければ……」
自分を抱きしめ慰めるにちかのやさしさにしばらく美琴は甘えることにした。
会議室で未だすすり泣きの声が聞こえる。彼女たちの恋は――ここで終わりを告げたのだった。
――本来ならば。