何度も言いますが、バイトはあくまで舞台装置だと思ってくれて構わないです。
今話は問題提起というか起承というか……という話です。
「まぁ、大変ですよ」
学生バイトが大きくため息をつく。
あの発表から1週間ほど経ち11月になった。たとえ失恋しても時は流れる。加えて彼女たちはアイドル、本来なら恋愛は御法度と言われている業界で失恋が問いただされることなんて起きたら問題だ。だから彼女たちは表面上は平静を装う。
しかし、それでもボロは出る。
「あんな大立ち回りをして、それでもアイドルたちの調子が気になるって都合がよすぎませんか?」
その言葉で一体彼がどんな気苦労を負っているか察した。
事務所の会議室。プロデューサーとバイトの2人が集まってアイドルたちの最近の調子を確かめるための会議だ。
「ご、ごめん……」
本来ならばアイドルたちのメンタルケアにただのバイトが駆り出されるなんてことはあり得ないのだが、283は事務方の正社員が社長と強引に正社員登用されたはづきを含め3人しかおらずうち2人がアイドルたちの不調の原因だ。
年の離れた社長よりも小回りが利き動画配信等でアイドルと接する機会が多いバイトのほうがまだ役に立つと考えて彼に頼んだ。年の近い異性とはいえ、陰気で現実の女性に興味のないという彼の様子がプロデューサーを安心させた。「どしたん、ハナシ聞こか?」は人間関係的にもスキャンダル的にも嫌だからプロデューサーだって安心できる人材を使う。
「まぁ、安心してください。普段の様子から判断してプロデューサーさんのことを嫌っている様子のアイドルはいなかったですから」
「いや別に俺がアイドルに嫌われても構わない。……ただはづきさんが嫌われるのだけは」
「それも大丈夫ですよ。皆さんプロデューサーさんとはづきさんが恋人になること自体は好意的です。……ただ失恋のショックが強すぎるだけで」
少なくとも血を見ることは無さそうです、と彼は言った。冗談――には聞こえない。
「それで……アイドルのみんなの様子はどうだ?」
そう訊くとバイトは「失礼しますね」とスマホを取り出した。どうやらスマホにメモしているようだ。
「……紙じゃないんだ」
「アイドル達の活動の監視記録ですよ、盗み見られたら問題ですからね」
彼の冷たい態度と言葉遣いはともかく、プロデューサーは彼の報告を聞くこととする。
「安定しているのはイルミネ、ストレイ、コメティックですね。この3ユニットにはPラブだと明確に態度で分かるアイドルはいませんから」
「え、なに、Pラブって」
どうしても聞きたくなってプロデューサーは彼の報告を途中で切ってしまった。
「プロデューサーのことが好きなアイドル……のことらしいです。今年の4月には『Pラブ最前線基地』とかいうチェインのグループまで出来ていたらしいですよ」
「………」
自覚はしていたが、アイドルたちがそんなグループを作るまでに至っていた事実がプロデューサーを困惑させる。
「……ごめん、報告続けて」
「はい。――まぁこの3ユニットに関しては何も言うことはないでしょう。強いて言うなら、斑鳩さんが悪態ついているとだけ」
緋田さんの応援してましたからね、と言って彼は続ける。
2人は真乃が密かに恋心を抱いていたことも、灯織が自覚していない恋をしていることも冬優子が恋をあきらめたことも気づいていない。
「若干崩れているとはいえ、それでも比較的安定に向かっているのはノクチル、放クラ、シーズですね。少なくともノクチルは浅倉さん、放クラは杜野さん、シーズは緋田さんがPラブですが比較的Pラブ割合が少ない……と、思いたいユニットですので他のメンバーがフォローしているという形です。隠している、というパターンは考えたくないですが隠せるほど安定しているアイドルに構うほどの余裕はないですから」
冷酷と言われるかもしれない内容だが、現在の事務所の不安定さから考えるとバイトの発言は正しい。彼が気づくほど失意に陥っているアイドルを優先しなくてはならないのもあるが、失恋を偽装できるアイドルに変な慰め方をしても彼女にとって有難迷惑にしかならないとプロデューサーとバイトは判断した。
「シーズに関してはコメティックもフォローに入っています。――ただ……」
「ただ?」
「にちかさんの様子が危険ですね。やはり自分が当事者……という言い方は少しアレですけど、はづきさんの妹であるから緋田さんのことフォローしなくてはと空回りしているみたいで……。すでにこのことは社長にも伝えています」
努と七草家の関係は事務所発足前からの関係だとバイトには伝えてある。だから彼も社長を頼ったのだろう。
「はづきさんにも伝えておいてください。……尤も、こじれる可能性がありますが」
「……だよなぁ」
こじれる、という表現にプロデューサーはため息をつく。ただでさえ責任感のつよいにちかだ、自分の姉のせいで……と思っている部分もあるかもしれない。
「一番ひどいのはやはりアンティーカですね。ユニット全員がPラブなうえに三峰先輩があの会見で啖呵を切り悪役を演じた反動でもうボロボロ――」
「え……? 摩美々や咲耶も……俺に恋愛感情を?」
「………………―――だと思います。アンティーカのPラブに関しては三峰先輩から直接聞いたので」
あの発表を終えてなお、このプロデューサーは自分に好意を持つアイドルを全員把握できていなかったらしい。ただ咲耶に関しては同ユニットの結華にすら隠し通せていたので、鈍い彼が気付くのは不可能だったのかもしれない。
それでも、この時のバイトの心情は筆舌に尽くしがたい。それを表現したかのような表情がマスクで隠れてもなおバレバレだった。
「すみませんが幽谷さんを呼んでください。月岡さんのメンタルもボロボロの状態の今、頼れるのは幽谷さんしかいなくって……。私では到底フォローできません」
「わかった、連絡するよ」
幽谷霧子は現在医大2年生。彼女が医大に進学することが決定してから無期限活動休止が発表されている。
ただ夏休みのような長期休暇には時々事務所に遊びに来るし、アンティーカの配信に少しだけ参加することもあるため活動休止と言って良いかは分からない。ただしダンスに必要な体力や今のアンティーカに追従できる技術は無く練習時間も無いから、ライブには参加できないのでサブメンバーみたいな立ち位置だ。
「それで……最後にアルストですが――」
と、ここでバイトは目を伏せた。小さな声で「さてどのように表現したものか……」とつぶやく声がプロデューサーでも拾う。
「……何か問題が?」
「問題、もんだい……うーん、問題といっていいのかは分かりませんが」
バイトはしばらく口に手を当てて悩むとややあって答えた。
「大崎姉妹は大丈夫です――いや、だいぶ問題ですけど。でもまなさんのフォローは全部てんさんがするので、大丈夫です」
ちなみに「まなさん」とは甘奈のこと、「てんさん」とは甜花のことである。
バイトは大崎姉妹のことを報告すると、プロデューサーの目を見た。基本的に誰かと目を合わせたがらない彼にとっては珍しいことだった。
彼の眼には明白な恐怖があった。
「……どうしたんだ?」
「――桑山さんには気を付けてください」
バイトが使ったのは、そんなあいまいな表現だった。
「えっ……千雪がどうかしたのか……!?」
「現状は何も起きていません。――えぇ、えぇ、何も起きていないんです。普段よりも疲れている様子も、ふと無意識になることも、いつも以上にメンバーに甘えたがることもない。Pラブの中で唯一彼女だけが普段通り――いや、普段以上に意欲というか決意が見えるんです。そして仕事で心を紛らわせるといった様子もない……」
と、ここでバイトは少し逡巡したうえで口を開いた。
「今、桑山さんが主導となっていろんなアイドル――郁田さんだったり、恋鐘さんだったりを巻き込んだ様々な動画企画の案を練っている最中らしく、その相談を受けました。プロデューサーには驚かせたいから黙ってほしいとは言われたので内容までは言いませんが」
「ちなみにその企画案の数は?」
「大体……12個ぐらいでしたね。粗製乱造された、というわけでもなく普段以上の桑山さんらしい『自分の好き』を重要視したものでした」
「そうか……」
専門ではないプロデューサーは12という数字が多いのか少ないのか分からない。
「それは……多いのか? まぁこうやって報告するってことはかなり多いんだろうけど……」
「多いですね」
曲がりなりにも企業で商業用の動画を作り、それ以前からアマチュアとして活動しているバイトはきっぱりと断言する。
「テレビやサブスクで複数のスポンサーが絡むドラマや映画の絶対に商業的に成功しなくてはならない作品ではなく、少ない予算で作るファン向けの動画サイトに投稿するものです。それに桑山さんは常に私に動画の案を出してくれますから、貯めていたわけでもないでしょう。大流行のネットミームを使うでもない、いつもの桑山さんらしい企画案が一気に12個は……おかしいですね」
彼はひとしきりしゃべった後、息継ぎのようにため息をした。その後、自分の言葉が若干伝わりにくいと感じたのか「ユニットの衣装や楽曲の案を12個も一気に考えれます?」と例える。
プロデューサーも確かに衣装案や楽曲案を取りまとめたことはあったが、どんなに多くても5個でその倍以上の案は生み出せない。
「……考えられる原因は……?」
「はい?」
「いや、そりゃあ俺たちのあの発表が原因だということは分かるけど……でも大量に案をつくるのはなぜかなぁ……と。何らかの心理学的要因――例えば退行とか昇華とか、みたいな」
バイトの怒り9割の疑問符に対してプロデューサーは急いで言葉足らずの疑問の弁明をする。確かにあの場面で原因を聞かれたら誰だって「お前が1週間前にこの場所で全アイドルを振ったからだよ!」と言いたくなるのはプロデューサーだって分かっている。
その弁明の内容を理解したのか、バイトは怒りを収めて少し悩み「さぁ……?」と答えた。
「先ほども言った通り、仕事で悲しみを紛らわすという感じじゃないんです。ただ……なんか、いつもよりも嬉しそうで……でも、昂った感情を押さえつけるために自慰のようにペンを走らせ書き殴ったという乱暴さもない。あくまで理性で書いた文章です。何か企んでいる――気もしますが、私からは何とも」
その様子に、バイトの表現に、プロデューサーはなおも頭を悩ませるだけだった。
就活の最終面接、落ちました。