葛の恋   作:勉強サボ浪

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失恋描写が含まれます。


mid-night

 春の風が桜の花びらを吹き飛ばす。高校を卒業した凛世は精いっぱいの召し物をした。

 桜並木の桃色にぼやけないように規則的な青紫の着物。

 着物に合うように新調した薄く桜の刺繡が施された桃色の袋帯。

 紅の櫛かんざし。

 格子柄の茶色の羽織。

 ベース、アイシャドウ、アイライン、チーク――真っ赤な口紅。

 

 姿見を通して己の姿を確認。すでに何度も確認して、もはや何が問題なのか分からない。

 あまりしたくはなかったが――

 

 凛世は寮の共用スペースに飛び込んだ。そこには樹里が暇そうにテレビを見ていた。

 

「おう、凛世……なんだその服!随分と気合入ってるな」

 

 ちょうどいい、と言わんばかりに凛世は樹里に今の装いを見せた。

 

「樹里さん……今から……プロデューサーさまと……デート……なのですが……」

「お、デート――」

「いえ……デート……なのですが……最後に……告白……するつもりで……」

「えっ!」

 

 樹里はその言葉を聞くや否や辺りを焦ったように見回した。おそらく恋鐘や千雪がいないか確認したのだろう。ちなみに2人はおろか、凛世と樹里以外の人間は寮にいない。

 

「それは……やばいな」

 

 なにがやばいのか言った樹里も理解していないのだが、凛世は同調するように「はい……やばいです……」と声を震わせながら言った。

 

「ちなみに――どうやって告白するつもりだ……?」

「夕餉を食べた後……夜桜見物をして……その時に……」

「うわぁ……すげぇロマンチック」

 

 無論、樹里が言うロマンチックは彼女が見たことのある漫画やドラマでの知見に基づいており、彼女自身に経験はない。

 

「大丈夫だよ!きっと……きっと上手くいくって!」

「………………わかりました」

 

 樹里の励ましに純粋に喜べない凛世だったが、覚悟を決めたようにうなずいた。

 


 

 14時。

 待ち合わせの商店街のアーケードで凛世は待つ。待ち合わせは10分後だ。

凛世は15分前から待っている。プロデューサーがやって来るのを微動だにせず待っている。

 

「――凛世!」

 

 あぁ、来た。

 

「――プロデューサーさま……」

「お待たせ。待たせてごめん」

「いえ……凛世も……さきほど到着したばかりですので……」

 

 事実ではない。実際には凛世は15分待っているが、この15分という時間は凛世にとって永遠ともいえるものだった。

 凛世は上擦ったような声で漏らした。

 

「では……今日は……よろしくおねがいします……」

「おう」

 

 凛世は今日のことを「デート」と捉えているがプロデューサーはいつものように「撮影の下見」としか捉えていない。実際彼は休暇にもかかわらずいつものスーツだ。

 彼と自分の間にある意識の差を感じて落胆したが、そういった差を埋めるために今日告白するんだと思いなおす。

 

「凛世、今日は一段とオシャレしてるな」

「……! ありがとうございます……」

 

 でもこのように褒められてしまうと、現状でも良いのではないかと思ってしまうのが惚れた弱みなのか。

 


 

 プラネタリウムのナレーションが星座にまつわる物語を思い出す。

 

――星座の中には忘れ去られてしまった星座もあります。代表的なものとして『ねこ座』が挙げられます。星座の世界には犬に関連する星座は3つもあるのにねこの星座は1つもありません。

 

 フランスの天文学者が名付けたその星座が現在有名になっていないのは、天文学者の正式な会議で省かれたかららしい。

 やまねこ座も作者が「見ることは難しい」というぐらいには見にくい星座のようだ。

 

「少し……かわいそうですね……」

「かわいそう?」

 

 ショッピングモールの和食レストランで凛世がそんなことを言ったのだからプロデューサーは案じるように問うた。

 

「猫の星座は……人に忘れられ……捨てられ……残ったやまねこ座も……人には見られない……。人に……見つけられないのは……悲しいことで……ございます……」

 

 凛世の言葉先ほど見たプラネタリウムの内容を思い出してプロデューサーは思考を巡らせる。

 

「すみません……せっかくの……逢瀬なのに……このような……暗い話を……」

「――いいや」

 

 凛世の自戒の言葉をプロデューサーは否定した。

 

「見られないことは、たしかに寂しいことだ。アイドルなら尚更……」

「………はい……」

 

 ――ちがう。

 凛世があの星座に感じていたのは己の恋愛感情と似たところがあるからだ。想い人に見られない思慕はむなしいということを伝えたいのに……。

 デートの最中であっても仕事のことを忘れてくれないプロデューサーに対して少し憤りを感じた。

 


 

 夜桜が幻想的にライトアップされ、光源が庭園を照らす。

 凛世はプロデューサーの横を歩く。

 

「凛世、寒くはないか?」

「いえ……大丈夫です……」

 

 満開の桜がその花弁を風によって散らす。都会では明るすぎて星座は全く見えなかった。

 

「そういえば凛世は大学生になるが、いろんな手続きは終わっているか?」

「はい……故郷からの……書類も……すべて整い……提出も済みました……」

 

 会話の幅が広がらない……。基本的に相手の会話に乗っかる形で話すことが多い凛世にとって、今の状況はあまりにも苦しいものだった。

 

「――ですので、これからは……受験が終わったこれからは……アイドルとしての活動も……頑張れますので……」

「あぁ……! よろしく頼んだ」

 

 そんなことを言いたい訳ではなくて……。

 

「そっ……それに……」

「?」

「プライベート……というより……プロデューサーさまと……一緒にいる時間も……増やせます……」

 

 ――言ってしまった。

思考がまとまらない。頭の中で何度もシミュレーションしたが、すでに現実は台本とは逸脱していた。

 

「……凛世?」

「あっ、あの……プロデューサーさま……」

 

 手を引く。初めて自分から手をつないだという事実は、今から行おうとしていることに比べれば些細なことだと言えた。

人目が少ない場所へ……。

 

「あの、凛世……?」

 

 彼が困惑の声を上げる。表情も似たようなものだろうが、今は自分の顔を見せられないので彼の顔を見ることができない。

 少し歩いたところに小道からは外れた、ほかの観覧客の視界から外れるような場所を見つけた。

 

「り、りん――」

「プロデューサーさま」

 

 顔が熱い。きっと真っ赤だ。

 それでも凛世は彼に対して真正面に立ち、彼の顔をしたから見上げる。

 顔をそらしてはダメだ。目をそらしたらダメだ。

 それでも――何度も考えた告白の言葉が、言えない。

 

「――凛世」

「……!」

 

 彼の手が、凛世の肩に乗る。

 

「………ゆっくりでいい」

「……! はい……」

 

 彼の体温が伝播し、凛世の緊張を解きほぐす。

 すー、はー……。

 深呼吸をして頭に酸素を巡らせる。

 そしてようやく凛世は決心がついた。

 

(ここで……告白を……!)

 

「プロデューサーさま……3年前の春……あなたと出会って……凛世の人生は変わりました……。

何度も……何度も……あなたさまに励まされるたびに……凛世は……よろこびを隠し切れなくなります……。あなたさまに見つめられるたびに……顔は赤くなってしまいます……」

 

 恥ずかしい。顔をそむけたくなる。

 それでも――視線は落とさない。

 

「3年たっても……凛世があなたさまに向ける感情は薄まらず……むしろ強く、濃くなるばかりです……。その数年……凛世は大学生になり……そして大人になりました……。

 人生の節目として……あなたさまに……凛世の想いを……告白します……」

 

 深呼吸をする。

 一度目を強くつむって、目を開く。

 

「凛世は……あなたに……初めて会った時からずっと……ずっと……恋焦がれていました……。プロデューサーさま……凛世の……恋人に……なってください……!」

 

 やっと……やっと言えた。

 凛世は何年も蓄えていた自身の本懐を本人の前で遂げたことで、彼女は自然と涙が出て嗚咽を漏らしてしまった。

 

「すみません……泣いて、しまうつもりは……!」

「凛世……」

 

 凛世は涙を自分のハンカチで拭く。漏れる嗚咽をハンカチで必死に隠す。

 プロデューサーは泣く凛世に向けて手を伸ばそうとして、途中で止めた。

 凛世の嗚咽が止むまでプロデューサーは何もせずに待ってくれた。

 2人の間に桜の花びらが舞う。

 

「――それで、プロデューサーさま……ご回答は……いつになっても……構いませんので……」

 

 ある程度落ちついた凛世が少し咳きこみながら返事を促す。

 

「――分かった。いま、返事するよ」

「え、もう……ですか?」

 

 しかし回答は凛世が思っていたほど速くやって来た。

 

「うん。――多分、答えはどれだけ時間がたっても変わらないから……」

 

 プロデューサーは決心したように、息を吐いた。

 


 

 眩暈がする。頭がグラグラと痛い。

 

 寮の玄関を開ける。凛世は自分の下駄箱に下駄を入れるとフラフラと自室に戻ろうとする。

 

「凛世? おい、凛世!」

 

 薄暗い廊下を熱に浮かされたように歩く凛世をどうにか樹里は抱き留めると意識を確かめるように凛世の肩を叩いた。

 

「凛世、本当に大丈――」

「――樹里さん……」

 

 弱々しく反応し、青ざめた顔をした凛世は涙を流すことすらも我慢しているようで。

 樹里は凛世が今日のデートでプロデューサーに告白し、そしてフラれたことを悟った。

 

「…………凛世は………」

「――凛世」

 

 うわごとのようにつぶやく凛世を樹里はなだめるように強く抱きしめた。そのせいか凛世の喉から嗚咽がもれる。

 

「――りん、ぜは……!」

「凛世……よく頑張ったな……」

 

 樹里は凛世をなだめる様に強く抱きしめ、頭を優しくなでた。

 


 

――ありがとう、そしてごめん。ずっと凛世の気持ちに気づかなくって。

――告白の答えだけど、俺は凛世の好意に応えられない。

――俺はプロデューサーで、凛世はアイドル。

――アイドルじゃない凛世に、交際関係を持つほど俺は君に好意を抱いていない。

 

「……そうか」

 

 樹里が入れてくれたカフェインレスミルクティーは大量生産が故の規格化された甘みを凛世に提供してくれた。

 

「結構、こっぴどくフラれた……のか?すまん、アタシはこういう恋愛事情は詳しくなくてだな……」

 

 樹里は凛世から聞かされた顛末から、今夜の告白についてそう判断したらしい。

 

「それで……どうするんだ?これから」

「……これから……とは……」

「それは………あー」

 

 樹里としては凛世がこの結果を受け入れるのかそれとも諦めずに何度もアタックするのか――それともいっそアイドルをやめてしまうのか気になったのだが言わない。

 それどころかフラれた直後に身の振り方を聞くのもなかなかひどいものだと気づいて樹里はあわてて訂正した。

 

「あー……すまん。今日はいろいろあって何も考えられないよな。そんな時にさらに追い詰めるようなことを……。ごめん」

「いえ……そんなことは……」

「それで……えーっと、1人のほうがいいか?それとも……」

「いっしょにいてください……今夜は……今夜だけでも……っ」

 

 声が震えて、つっかえる凛世を樹里は抱きしめた。

 彼女のパジャマが凛世の涙によって汚された。


 

 

 

 プロデューサーはまっすぐ帰ることを望まなかった。適当な静かな酒場に入ると物思いにふけるように酒をあおる。

 プロデューサーが凛世からの好意に気づいたのは最近である。アイドルデビューから好意を受けていたのに気づかなかったのは朴念仁なんてものでは済まされない。

 彼は凛世以外のアイドル――恋鐘・甘奈・千雪・透が自分に恋愛感情を抱いていることに気づいた。

 しかしプロデューサーはアイドルに対して愛情はあっても恋愛感情は存在しなかった。

 きっとこれから自分は何人ものアイドルの恋愛感情を踏みにじることになるだろう。そう考えるとプロデューサーは自分の過去をひどく後悔するのであった。

 

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