葛の恋   作:勉強サボ浪

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(投稿期間が)長いこのシリーズもそろそろ風呂敷畳みの時間です


現地点で最も冴えたやり方

 プロデューサーの対応は早かった。この状況を作り出したのは予定調和だと言わんばかりの迅速さだった。

 千雪が略奪に失敗したあの夜以降から、彼女のパフォーマンスが落ちることを予見して彼はすでに手を打っていた。

 千雪の行動とそれによって起こるであろう噂と憶測、そしてそれらを潰すように前もって“理想的な”プロデューサーとしての行動にかつての生優しい彼の面影はない。

 その予定調和に組み込まれた浅倉透は彼の行動に少し恐ろしいものを感じる。

 

「プロデューサーってこんなことする人だったんだ」

 

 きっと千雪が略奪しに来る。だから自分がそれを振ったときに彼女は再起不能になるに違いない。だから透には朗読劇の指揮を頼む。

 そんなプロデューサーの依頼を聞いた時、そしてその通りになった現在の状況を見て透はかなりショックだった。

 それこそ、あの発表のとき以上に。

 

(まぁそうだよね、プロデューサーは“プロデューサー”だし。どこまで行っても、その関係を超えることは無理だったってことだ)

 

 そう自分に言い聞かせても、頭では1ヶ月前にとうに結論づいていたその事実は遅効性の毒のごとく今になって回る。

 

「浅倉?」

 

 そういえばレッスン終わりの帰路の途中だった。円香が怪訝そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

 

「円香ぁー」

「え、なに。いきなり――って、くっつかないで。ここ外。道のど真ん中」

 

 住宅街で人通りがないとはいえしだれかかってきた透に対して、それでも円香は邪険にできない。

 

「私、失恋したんだー」

「それ、先月も聞いた」

「だからこれからは百合に生きるよ」

「は?」

 

 何を言っているのだコイツは。ついに正気を失ったか?

 そんなことを思いながら円香は傷心中であろう透を引き剝がしたりせず、でも無視して歩くペースを緩めない。

 

「円香ー、コンビニ行って豪遊しよー」

「別にいいけど……」

 

 

 12月になっていた。あの交際宣言から1ヶ月以上が経過していた。それを「ようやく」と言うべきか「あっというま」と言うかは各々の判断で分かれるだろう。

 それだけ経過すれば殆どのアイドルたちの失恋もなんとか克服できており、業務はこれまでと同じ運営体制に戻ることに成功した。

唯一の懸念点として桑山千雪の意識低下が挙げられるが、ことが事のためあの夜に共有スペースにいた3人を除いて誰にも伝えていない。千雪本人が言うならともかく、プロデューサーとはづきが言いふらすわけにもいかない。

 あれについての責任の追及は誰もしようとは思わなかった。略奪愛をしかけたのは千雪だが、それを仕掛けた原因は親友のはづきが彼を掻っ攫ったからと形容されても仕方がなく、追及をしようにも罪の勘定が難しいため事実上のアンタッチャブルになっていた。

 そういう訳で、ようやく小康状態。実に半年以上にわたる1人の男をめぐって行われたアイドル事務所の動乱は事務員の一人勝ちという状態でひとまずの決着がついたのだ。

 

 

 夜の事務所。

 空調により適切に調整された室内は外気と比べてかなり暖かい。だからと言って、仕事場でいちゃついても構わない訳ではないが。

 朗読会のために残ったアイドル達の冷たい視線、なにより社長によって追い出された2人はひどく寒い外気に耐えるように身を寄せ合いながら帰路を歩く。

 

「――夜ごはん」

「ん……?」

「いや、ご飯どうしようかなと思って……」

 

 はづきの言葉の通り、とっくに時間は20時を超えている。プロデューサーの家に到着するころには21時になるだろう。と、なると外食するかというと――あんまり金を消費したくない理由もあるのだ。これまでにラブホに通い詰めていたくせに、と思われるかもしれないが――1ヶ月前とは何もかにも話が変わるのだ。

 

「あ――」

「うん?」

 

 はづきの視線の先にはコンビニののぼり。「中華まんセール!」とコマーシャルやバナー広告で見慣れた文言が掲載されていた。

 

「コンビニ、行きます?」

「そうですね、この時間帯なら割引された総菜もあるかもしれませんし」

 

 暖かい店内に入っても2人の距離は広がらず腕を組んだまま。そんなカップルの様子を見る者はいない。

 

「特に割引されているものは無いですね……。このコンビニの焼き魚、結構おいしいのに」

「買いますか~?」

「――いや、やめときましょう。無駄遣いもあんまり良くないですし」

 

 無駄遣い、という彼らしくもない表現を使った彼にすこし疑問符を浮かべながらも2人はレジの前に立った。

 カウンターには誰もいない。バックヤードにいるのだろうか。

 

「――あ、ちょっと」

「………?」

 

 はづきが呼び出し鈴を鳴らそうとしたとき、彼が制止する。彼が指さすのは案内だった。

 

「え~……『ホットスナックはセルフレジで支払い後、店員に声をかけてお受け取りください』、ですか」

 

 面倒ですね~……と、彼女が愚痴る。

 

「どうせ店員の手を使うのであれば支払いまで有人で行えば楽なのに~……」

「そういうわけにもいかないんでしょう。人件費削減とかなんとかでどこの企業も大変そうですし」

 

 最近のコンビニがセルフレジへの改装がブームになっていることは何となく知っていた。実際に使ってみると利用者的には少し不便だし店的にも上手くいってるとは思えないが……

 

「――どこの小売業もバイトは上層部に使われるだけって事ですかね」

「改善の余地がある、と言い換えることもできると思いますよ」

「……元バイトとしては研究試料に使われているみたいで、嫌なんですけど~……」

 

 彼の能天気とも性善説とも言える言葉にはづきは納得できない。

 そんなのだからアイドル達に弱い部分を見せたくない、頼れる人間に偽装するって甘えた考え方になるのだと思いつつもはづきは言わない。

 

「はづきさんは何にします?」

「……ピザまんで」

 

 はづきが内心モヤっとしていることに気付いているのか、プロデューサーは無言でセルフレジの手続きをしていた。

夜ということもあり蒸し器の中身はまばらでありセルフレジの画面に表示された商品のうちいくつかが入っていない。本当はホットケーキのやつが欲しかったが、蒸し器には無かったので仕方なくピザまんを頼む。彼はあんまんを選んだようだ。

 

「あ、支払い……」

「いいですよ。ここは俺が」

「………そういえばホテル代含め、お金払ってもらってばかりですね~……」

「まぁ……稼いでいるので問題はありませんが」

 

 吐き出されたレシートを彼が千切り取っても誰も来ない。……もしかしてホットスナックの購入と店員の呼び出しが紐づいていないのだろうか? 無人レジの仕組みを作ったのに?

 彼が恐る恐る呼び鈴を押すと店員が慌てたようにヤードから飛び出した。

 

「――はい! どうされました?」

「あの、中華まん下さい」

「あ――はい」

 

 差し出したレシートを受け取った店員は急いで蒸し器を開けて包装し始めた。

 

「……」

「………」

 

 店員が現れたので一応、組んでいた腕を離した。往来でやっていたのに今更気にするのも変な話だが。

 

「お待たせしました」

「あ、はい。ありがとうございます」

「ありがとうございましたー」

 

 成立していない会話とともにレシートと中華まん2つを受け取り、ヤードに引っ込んだ彼がぼそりと言った。

 

「………面倒」

 

 彼は呼び鈴を鳴らしただけなのだが、それでもここにいない誰かを呼んでいいのかと少し気が揉むのだろう。

 

「ですよね~」

「でもこれまでの……カウンターでずっと店員を立たせるよりかは良いと思いますけど、でも……」

「それでお客様に不便をかけるよりかは……今のシステムだったら、絶対呼び鈴押せない人いるでしょうし……」

 

 雑談とも議論とも言えない会話をしながらもはづきは彼から中華まんを受け取った。熱かった。

 イートインが無かったので店外に出る。外気の冷たさと中華まんの熱さ、夜の暗さとコンビニから漏れる光が交差し混沌としていた。

 ピザまんを割る。このままでは熱くてとても食べられないので冷ます。

 

「あんまん、食べます?」

「あ、はい。じゃあ後で一口だけ……」

 

 ピザまんも、彼から差し出されたあんまんも大量生産の味で目新しさもない。

 それでも

 

「おいしいですか?」

「ん、――おいしいです~」

 

 まぁ恋人がいるから美味しい、なんてロマンチックなことを言うつもりも無いのだが。

 冷ましながらとはいえ小さい中華まんは5分もあれば食べきることができた。

 

「それで――本当に私たち、結婚します……?」

「え、なんですかいきなり」

 

 思わず彼の手の中で包装紙がくしゃりと潰される。それほどはづきの言葉はいきなりだった。

 

「いや、あの時――あの発表の時に堂々と『結婚を前提に――』って……」

 

 あのとき彼がアイドルに言った「結婚を前提としたお付き合い」という言葉は半分ハッタリである。アイドルを納得させるためにとりあえず言っておこう、という精神で彼とはづきと社長の3人で協議した結果であり実際に結婚するかどうかは決まっていない。

 でも、気になるではないか。あの大人数のまえであんなことを言われたら嘘でも建前でも期待してしまう。

 でもこれはあくまで期待であり願望だ。そう早く結論付けるようなものではないから、はづきは手を振って照れとこれから来るであろう失望をごまかす。

 

「いや、いいんですよ! 本当に、あの時の方便ってことで私は――」

「――はづきさん」

 

 わたわたと振られていたはづきの掌が掴まれる。

 

「は、はい」

「――……その」

「……はい」

 

 え、これはもしかして。

 彼のまじめな瞳に囚われて、視線が離せない。

 期待してもいいのだろうか……親友を裏切った自分が?

 

「……まだその――」

 

 ややあって発せられたその言葉の先が分からない。

 本来はいつものように諦観をするであろう一節だが、いまだに自分の心臓は早鐘を打つ。

 

「その、費用とか全然用意できていなくって……でも」

「ひ、費用?」

「ちょっと……ホテル行き過ぎて、貯金が……。それでも――それでも良いのなら……」

 

 発せられた言葉の先がわからない。

 予測はできるのに、現実として受け入れていいか分からない。

 

「俺と、結婚しませんか」

「――はい」

 

 予測通りの言葉が出てきて、はづきは嬉しそうに目を細めながら頷いた。

 

 

「どうしてあのタイミングで結婚のことを訊いたんですか?」

 

 いつも通り彼の家に帰宅し、ご飯を作って、一緒にお風呂に入って服も着ずに――と、いろいろヤった後のピロートーク。

 そんな幸せの絶頂の後だというのに彼はそんなことを言う。

 なんでこのタイミングで言うのだ。せっかく彼のテクニックも自分好みになったというのに。

 そんな不満を隠しつつ、はづきは答える。

 

「少し不安になっちゃって……最近、千雪と喧嘩別れした後で……幻滅されていないかって」

「俺も共犯ですよ」

「それで……別れるのなら早くしたほうがいい、半同棲状態をとっとと解除してあなたが早く別の人を探せるようにしたほうがいいと――そう思いまして……」

 

 我ながら変な理由だと今になっては思う。

 彼は目を伏せるはづきの髪を梳きながら言った。

 

「俺はあの日から……あの時、ラブホテルではづきさんの告白に答えた日から結婚するつもりでしたよ」

「……うれしいです」

 

 と、はづきは頭にあった彼の手をつかんで訊いた。

 

「――本当は?」

「え、いや、言葉通りですよ……? 本当に結婚するつもりで――」

「結婚するつもりではあったけど、社長に――『アイドルにあんな大立ち回りをした挙句、はづきを幸せにしないのなら容赦をしない』とか言われませんでした?」

「………まぁ、似たようなことは言われました」

 

 ははっ、といつものようにごまかし笑いをする彼。

 ……まぁ彼の表情からみて大嘘をついている訳ではないのだろう。

 

「相変わらず、甘いんですから……」

「………」

 

 彼が何か言いたそうに頭を撫でていたがはづきは丁重に無視して生脚を彼の脚に絡めた。

 

 




来月には留年するかどうかが分かります。
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