葛の恋   作:勉強サボ浪

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ベールを挙げよ

 自分に厳しいというよりも自己破滅的と言う努のはづきへの評価を彼は止めなかったし否定もしなかったし、むしろ「そうですね」と返した。

 

「お前も他人のこと言えないからな」

 

 一応、努は釘を刺したが果たして彼に効いているのだろうか?

 

「あいつは自分から幸せになろうとはしていない。だから誰かが強制的に幸せにさせようとしないといけない」

「――はい」

「時代錯誤的かもしれないが、あいつには伴侶が必要だ。結婚が必ずしも幸福を呼び寄せる訳ではないが……あいつには頑張りすぎないようにするためのブレーキが必要だ」

「……私なら、それができると?」

「――どうだろうな」

 

 答えをはぐらかした。

 

「俺はな、あいつのことを幸せにしたかったんだ。年若くして親に頼れなくなったあいつを幸せにしてやりたいと思って……。お前もそうだ。思い上がりだったのかもしれない、贖罪だったのかもしれない。それでも……お前たち2人には幸せになってほしかったんだ」

 

 プロポーズする3日前の、社長室で行われたやりとりである。

 

 

 2人の結婚が報告された時のにちかの心象は「早い」以外表現できなかった。

 芸能人が交際1日で結婚したとかいうニュースをかなり昔に聞いたことがあったが、まさか家族が1ヶ月で結婚を決めるとは思っていなかった。

 

「へぇ、おめでとう」

 

 七草邸で2人並んで報告されたとき、自分でも驚くほどの無味乾燥とした声が出た。

 身内の、それも自分の姉の結婚だというのに。

 自己嫌悪が走る。理由はいくらでもつけることができたが、どれもしっくり来るとは言いづらがった。

 そんなにちかの様子に姉はあえて気づかないふりをしてくれていた。……きっと原因は自分たちが事務所内で大立ち回りをしたという事実に対して未だに気が引けているのだろう。

 今はレンタカーの中。まずは病院に向かい母へ報告、その後郊外の共同墓地に向かい父に報告といった寸法だ。

 9進数の階数表示のエレベーターから抜け出し病院の7階。天井に釣られた案内板を見て彼が少しだけ動揺したように眉を動かした。

 

「――」

 

 押し殺した息が漏れる。その後視線を落とした。

 彼のその様子はにちかにとって新鮮だった。かつての自分もそんな様子だったのだろうか。

 

「あと、9ヶ月らしいです」

「………」

 

 はづきの言葉の意味を理解できたのか彼は沈黙する。

 姉はどうやら結婚する予定の恋人に自分の親の寿命が1年未満であることを伝えていなかったらしい。

 様々な感情がない交ぜになったのか、彼が次に吐き出したのはにちかにとっては理解できなかった。

 

「――結婚、遅くしたほうがいいのでは……」

 

 結婚をずらす。にちかがその言葉がなぜ発せられたのか理解するのに数舜かかった。

 

(あぁ……喪に服すってやつか)

 

 意識していなかった。3年以上親が死にそうという状況に慣れすぎていたのか、にちかにそういう考えはなかった。

 

「もしかしたら他の親戚はいい顔しないかもしれないですけど……でも、お母さんには娘1人のウエディングドレス見せたかったので」

「……なるほど」

「それに、早めに結婚しておかないと横から攫われる可能性もありますしね~」

 

 おどけている……ようだが、実際姉が早く結婚したがっている理由の半分以上はそれではないかとにちかは予想した。自分がそうしたのだ。そうされる可能性は早めに潰すべきだと考えたのだろう。

 

「ここです」

 

 とある病室の一室の前ではづきは立ち止った。エレベーターホールからここまで迷わず一直線に来れるのは彼女の案内あってのものだ。にちかは大体4回に1回は迷っている。

 

「えっと……」

「大丈夫ですよ~。すでに結婚のあいさつに行くという事は伝えているので」

 

 逡巡する彼にはづきはそんなことを言った。

 失礼します、とはづきがノックをした後に無遠慮にドアを開けたため彼もにちかもおっかなびっくりといった感じではづきの後ろにつけるように室内に入る。

 一般病室、二人部屋の窓際のベッドに彼女はいた。50か60か――少なくとも彼の母親と同じほどの年齢だろうか。彼女の病気は案外軽度なのか、それとも緩和ケアとして患者を苦しませない診察をしているのか――顔色は悪くはない。

 結婚の挨拶に何を言えばいいのか分からないまま彼ははづきの背中に隠れるように立った。

 

「お母さん、こんにちは」

 

 はづきが挨拶をすると七草母は驚いたように目を見開いた。

 

「本当にびっくり。……まさかはづきが結婚相手をこんな早くに見つけるとはね」

「え~……なにそれ。実の娘に言う事かな……」

 

 はづきの抗議をここにいる全員が無視をする。

 彼が一歩、前に踏み出した。

 

「――初めまして、七草はづきさんと結婚を申し込みに来ました****です。はづきさんとは283プロで知り合いました」

「あぁ、あなたが“プロデューサーさん”で……夫の依頼客ですか」

「――………!」

 

 そこまで知っていたのか。

 視線をずらしはづきの表情を伺うと彼女は驚いていないようだ。彼女経由で知っていたのか?

 

「……本来なら、こう――『そうなのね、良かったわね』って言うところなんでしょうけど……夫がすでに死んでいる以上、そしてアイドルプロデューサーという特殊な職でありかつての夫の客であることも考えて、私が見定めないといけません」

「ちょっと、お母さん――!?」

 

 驚いたのはにちかだった。

母はそんなことを言うような人間ではない。いつもの母はすべてを受け入れるような優しくて……すべてに諦観したような人間だったのに。

その眼光は、普段のそれよりも冷たく鋭かった。

 娘を守る最後の防波堤として母が柳眉の間にしわを作って問いかける。

 

「**さん。どうしてあなたは私の娘、七草はづきを選んだのですか?」

「はづきさんは私の過去を知って、そして弱いところ悪いとこを認めてなお私を受け入れてくれたからです」

 

 まるで用意されたかのような返事。就活の時彼は苦労しなかったのだろうとにちかは場違いなことを考えた。

 

「過去……ですか」

「はい。あのときは――七草弁護士に助けてもらいました」

 

 一瞬、彼の口が「お」に変わりかけすぐに修正されたのをにちかは見逃さなかった。恐らく「お義父さん」とかと言いかけたのだろう。

 母の視線が少し下に下がる。話題を探すかのように。病院の床に話題は転がっていない。

長い入院生活で母は対人コミュニケーション能力が下がっている。しかし相対するのは3年近くアイドルプロデューサーとして営業トークを磨いてきた男だ。

 明らかに攻め手に欠けている、とにちかは感じた。

 

「――事務所で、283プロであなたを巡っていくつかの闘争が起きたと聞きました」

 

 その言葉を聞いたときにちかはぎょっとした。

 はづきがそんなことを母に言うわけがない。現に彼女はにちかのほうを横目で見ている。責めるようなニュアンスは見えないが、余計なことを言ったなという視線は感じ取れる。

 

「……はい」

「アイドルの皆さんははづきとの結婚に異議申し立てなどはしなかったのですか?」

「それは――」

 

 彼は逡巡し、息を大きく吸って、吐く。そして決心したように言った。

 

「はづきさんとお付き合いするときに事務所のみんなに発表しました。その時に……代表者、と言いますかすべてのアイドルの代表として汚れ役として前に出て異議を唱えた者がいました。その時に私はなぜはづきさんと付き合うことになったのか全てを言ったはずです」

「――それでもあなたのことを諦めたくないはづきの友人との関係が崩壊したと聞きましたが」

 

 ひゅ、とにちかの喉から音が漏れる。はづきの視線は責めるものに変貌していた。

 いや、それ以前に――なぜ知っている?

 

「…………よくご存知で」

「優秀な密告者がいますから。――それでそのアイドルさんとの関係は?」

「……いまだ改善しておりません」

「………ふぅん」

 

 母は思案するように顎に指をあて悩む。その顔ははづきのそれによく似ていた。

 数秒考えこむと彼女は厳かな雰囲気で伝えた。

 

「……――それじゃあ、2人に結婚の条件を伝えます。……その友人とはづきが仲直りするまで結婚は認めません」

「お母さん、それは――」

「分かりました」

 

 はづきが何かを言いかけたが彼は強引に遮った。

 その様子に母は驚いたように聞いた。

 

「……案外、強引なのね」

「はづきさんを制御するには、多少強引じゃないと」

「確かに。はづきは口調は柔らかいけど、かなり頑固だから」

「――っ!」

 

 はづきが怒りと羞恥を誤魔化すように柳眉を逆立てたが、おそらくここにいるはづき以外の全員が認める事実であり誰も擁護しなかった。

 はづきのプライドを犠牲に弛緩した空気を、微笑していた母が息を吐き表情を改める。

 

「**さんが把握しているかどうかは分からないけど……はづきって友達少ないの。でも……283さんに入って天井さんと一緒に働くようになってからようやく親友と呼べるものができた。だから――千雪さん、でしたっけ? 彼女と喧嘩別れはかなり惜しい」

「…………はい」

 

 母の言葉に彼はうなずく。事務所の様子からはづきが基本的に他人と一歩離れて応対するのは誰が見ても明白。その壁を突破できたのは桑山千雪と彼だけである。

 

「お願いします。この子を――この子から友情を捨てさせないで」

 

 

「一応言っときますけど、お母さんってあんな風じゃないですからね」

 

 共同墓地へ向かうレンタカーの後部座席でにちかが言った。

 

「それは気づいているよ」

「本当ですー?」

「あぁ」

 

 彼は事無げに行った。

 

「283は自分から積極的に悪役になろうとする人が多いからな。そういう人の話し方とかは聞き慣れている」

「………自分がコミュニケーション強者と言いたげですねー」

「そうじゃないとプロデューサーなんて無理だよ」

「――………」

 

 フン、と不満げなのを隠さずににちかはそっぽを向くように窓へ視線を向けた。

 

「それで……どうします?」

 

 助手席に座るはづきが不安げに彼に聞いてきた。それの内容が無いが、言わなくても分かることだ。

 彼は深くため息をつく。「さて、どうしたものか……」ともぼやいた。

 現在においてもはづきと千雪の関係性は改善していない。硬直した関係性を改善などほぼ不可能だ。

 

「これは……いろんなアイドルに協力を仰がないと無理な案件ですね」

 

 自分で言っていてなんだが、自分が犯した問題というのは深刻であると認めないといけないかもしれない。

 




ジムシャニの後の投稿は……きつい
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