葛の恋   作:勉強サボ浪

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濃緑色にこんがらがって

 千雪

 目をつむるとかつて私の名前を親しみを込めて言っていたプロデューサーの真面目な顔を思い出す。

 千雪

 息を吐くとかつて私を親友だと思って呼んでいたはづきの優しい笑顔を思い出す。

 

 すべては、もう終わったこと。

 

 

「――千雪」

 

 冬の事務所。昼過ぎに千雪はかつての親友に名前を呼ばれた。

 

「――なんでしょう、はづきさん」

 

 敬語で接するのも剣呑な雰囲気を纏うのも自分の子供っぽい嫉妬のせいだ。

 桑山千雪は自分の想い人を親友である七草はづきに盗まれた。

 桑山千雪は親友の恋人を寝取ろうと誘惑した。

 醜い大人の女の問題だ。アイドルが表に出して良いものではない。

 

「千雪……久しぶりに、呑みに行かない?」

「……私とあなたが、今更?」

「あなたと仲直りしないと、結婚を認めてもらえないの」

 

 それは誰の差し金だろうか。彼女の妹があの夜の一件を察知した可能性はあるがそのような提案をするほど彼女は図太くない。

 いろいろ考えられるが面倒なので思考を打ち切った。

 

「……表面上だけ、仲良くしようか?」

 

 自分でも意地の悪い言葉だ。そんな言葉を親友に吐ける自分の性根の悪さに嫌気が差す。

 その言葉にはづきは少し悲しそうな表情をした後に首を横に振った。

 

「そんなことじゃウチの母親は騙せないし……彼も、嫌がるから」

「……そっか」

 

 その言葉に千雪は淡白に返事をした。

 

「そっちで勝手に決めてほしい。どうせ私のスケジュール、全部把握してるんでしょ」

 

 現在、千雪は283プロのスタッフとろくに会話できていない。そのため業務連絡はほとんどが大崎姉妹かバイト経由で済ませていた。ただそうであっても、彼女のスケジュールは事務所はすべて把握しているはずだ。

 拗ねた様子の千雪に軽く頷きながらはづきはスマホを広げて答える。

 

「今週の木曜日の夜。いつもの居酒屋。そこで決着をつけましょう」

「……わかった」

 

 そこで今日の会話は終了した。

 

 

 特に問題なく、木曜日の夜になった。12月も中旬でそろそろ新年だ。

 居酒屋の前で千雪は黙って帰ってしまおうかと、そんな考えがよぎったがやる気を総動員させて引き戸を開ける。

 

「いらっしゃいませ。何人様でございますかー?」

「えっと……七草で予約をしていた者のツレなんですけど」

「あっ七草さんの。ではご案内いたします」

 

 居酒屋「たいのめ」はいつも通りの盛況だった。

 店員の先導でガヤガヤとうるさい居酒屋の奥に進む。この居酒屋には完全な個室はないが、奥の席には衝立があるため周囲の目は気にしなくてもよい。

 気にしなくてもいいはずだが……

 

「……」

「――七草さん、お連れ様がお見えです」

 

 ほかの客の様子を眺めながら進んでいるとどうやら目的地についたらしい。店員がはけるのを確認すると千雪は半個室に入った。

 

「気づかれなかった? アルストロメリアの桑山千雪がこんな大衆居酒屋にいるって」

「少し視線を感じたけど……ファンの人って感じではなかったかしら」

 

 座敷風の席は2人で使用するには少し広すぎのような気がした。壁にコートを掛けると千雪は壁際の席に座ってはづきと向き合う。

 一時、沈黙。周囲の喧騒がやけに耳につく。

 

「それで……何を飲む?」

「いつもの……と言いたいけど、今日は最初から飛ばすわ。――芋焼酎ロック」

 

 ややあっておずおずと聞かれ憮然とした表情で千雪は返す。その言葉にはづきがタブレットを操作する。

 アルコールが運ばれるまで2人の間には沈黙しかなかった。しばらく待つと店員がやってきた。

 

「はい、まずはお通しと……芋のロックとお湯割りです」

 

 今日のお通しは刺身とポテトサラダのようだ。各々がコップを持つと視線を交差させる。

 

「……」

「……乾杯しないの?」

「良いの?」

「久しぶりの呑みだからね」

 

 相も変わらず憮然とした表情だったが千雪はコップを持った腕をこちらに伸ばしてきた。一瞬中身をぶっかけられるのではないかと想像したが、そのぐらいは受け入れなければなと思い直しはづきも腕を伸ばす。

 

「それじゃあ……乾杯」

「……乾杯」

 

 ぎこちないながらも2人の間でかつてのように乾杯の音が響く。

 

 

「それで、新婚生活はどうなの?」

 

 しばらく2人で黙々と手羽や焼き鳥を食べていたら、沈黙に耐えかねて千雪が聞いてきた。一刻も早く何らかの会話をしなくてはいけないと考えていたはづきは有難がって答える。

 

「新婚ってほどじゃないよ。……千雪の一件がなかったら、私たちは互いに頼ることも無かったから」

「それは……あの日の夜のこと?」

「それもあるけど……今日のことも。セッティングとか場を整えてくれたのは彼だし」

「あの人は――プロデューサーさんはプライベートではどんな感じなのかしら?」

 

 千雪はこちらには目をやらずにそのまま煮っころがしを口に運ぶ。

 

「……自分の弱いところを見せないようにして、なんでも独りでやろうとする人。セックスの時でも基本的に私がメインで、どんなときにも責任を抱え込む人。はっきり言って理想の男の人ではあるけど、理想の夫ではないってかんじ」

「はづきに似て?」

「……そうだね」

 

 千雪の言葉にはづきは肯定してお湯割りを呷った。

 

「結局私じゃあの人の弱いところを伺うことはできても、頼ってもらえることは出来ない。あの人はアイドルとか自分に妄信している人とかに弱いところを見せられなかったから私に甘えたけど……私を頼ることは出来ないみたい」

「だから……私たちではなく、はづきを選んだ」

「たぶんね。あの人は……私に……恋人に自分のすべてを話そうとしないの」

「……でもね」

 

 コン、と千雪は空になったコップをテーブルにやさしく叩きつけて言った。

 

「でもね……そうであっても羨ましい。私は――アイドル達はあの人の……プロデューサーさんの重荷になることはできても支えることはできなかった。ずっと……ずっと傍にいてくれたのに、私たちに一切心の奥底を見せなかったのに……はづきにだけ弱さを見せたことが……すごく悔しい」

「……千雪」

「悔しい……悔しいよ。私とはづきでなにが違ったのかな……」

「それは――」

 

 はづきの脳内に様々な言葉が弾けて消えていく。

 最初の一歩を踏み出せなかったからとはっきり言ってもいいかもしれないが、その言葉は今の千雪にとっては劇毒すぎるし――なにより本質的でない。

 

「……それは、『最初の一歩』の重さが違ったからじゃない?」

 

 その言葉に千雪が顔を上げる。

 

「最初の一歩……」

「千雪にとっての『最初の一歩』は未来永劫の……結婚を視野に入れた重さだから千雪には踏み出せなかったのかもしれない。でも……私にとってのは――あの夜、プロデューサーさんをホテルに連れ込んだのはただの性欲……一夜の迷いだった」

「………」

「たしかにあの人は――アイドルからプロデューサーに向けられる恋愛感情に恐怖を感じていた。でも……いや、だからこそ私の性欲から始まった恋に重さを感じなかったんだと思う」

 

 その言葉を聞いて、「そっか……」と千雪は力尽きたように体が崩れる。結構な音が響いたが当の本人は痛がるそぶりはせず、しかし机に顎を乗せた状態で腕で目を覆った。

 

「……重かったんだ、私」

「……」

「『アイドルとプロデューサー』……なんて本来はただのビジネスパートナーよね……。なのに私、プロデューサーさんに全生涯をささげるつもりでいて……バカみたい」

「………」

「結婚なんて、恋愛の発展形……。そして恋愛は普通、将来のことを見据えるまでのことまで考えて付き合わない。なのに私たちは……自分たちのプライベートの悩みまで彼に押し付けて、プロデューサーさんを無理やり疑似家族に仕立て上げようとした」

「…………」

「順序が逆よね……心が許せるから将来を見据えた計画を立てられて、それで自分の悩みを打ち明けられるのに、私たちがやったのは悩みをぶちまけて……自分の人生に彼を引きずり込んで……そして無理やり家族にさせようとした……。そんなものただの家族ごっこのおままごとで……彼にとっては、他人の子供の遊びに付き合ってる感覚よね……」

「……………」

「――何か言ってよ」

 

 千雪の言葉に、それでもはづきは何も答えない。答えることができない。

 疑似家族、家族ごっこ――その言葉を否定すれば、社長の理想を否定することになる。でも、社長の理想に付き合っても現実の問題が解決するわけじゃない。

 

「何か言ってよ……はづき。――昔、言ってたじゃん……『自分には恋をする時間がない』って……。余裕が出来たのは嬉しいけど、なんでプロデューサーさんだったの……」

「……ごめん」

「謝ってほしい訳じゃない……そうじゃないの。謝られると……はづきの幸せを否定するようで……自分が情けなくなる」

 

千雪は突っ伏して動かない。そんな親友の様子をみてはづきは彼女の隣に移動して背中を撫で始めた。

 正面からだと腕で隠れていた千雪の目がこちらを伺う。

 

「そんな優しくしないでよ。私は……親友の恋愛を――幸せを祝福できない、嫉妬深い女なのに……」

「そんなものだよ……想い人を盗られたら、そりゃあ……」

「じゃあ、返してよ。プロデューサーさんを、私に……!」

「それはダメかな……。私、いま幸せだから」

「……ずるい」

 

 千雪の瞳はこちらから離れ、そして瞼に隠れる。それでもはづきは千雪の背中をさすり続けた。

 

 

 泣き止んだ千雪はため息をついてこちらに謝ってきた。

 

「その……ごめん」

「いや別に~」

「その、慰めてくれたこともあるけど……はづきに嫉妬していたことも」

「それも……もとは先に私が手を出したのが悪いし……」

 

 もとよりはづきに千雪を責める権利はないのだ。友人の想い人であることを理解しながらもあの夜に誘ったはづきには。

 言葉に詰まるはづきの様子に千雪は少し微笑んで言った。

 

「私たち……仲直りしましょう。親友の片思い相手を奪い、親友の婚約者を寝取ろうとした阿婆擦れ同士、ね?」

「……千雪はそんなんじゃないよ」

「もう、人がこれまでを洗い流して赦そうって時にそんなこと言って……」

 

 千雪はいつものように微笑んだ。その笑みにこの一か月間起きた事の後腐れは残っていない。

 

「私を……許してくれるの?」

「ダラダラといがみあっても、はづきにとっても私にとっても良くないからね。それよりも……」

 

 千雪は改めてこちらを見て言った。

 

「今は親友の結婚を問題なく円満にしないと。じゃないと、もう1人の私があなたの恋人を寝取ろうとしちゃう。私、人の弱みや誤魔化しているところに入り込んで絆すのは得意だから」

「……否定しようと思っていたけど、否定できないな~」

「えー、それは酷いよ~」

「だって千雪、事務所に入所して気づいたら七草家に入っていたんだから。私、これでもプライベートと仕事は完全に切り離すタイプなんだけど……千雪には完全に油断しちゃってたからなぁ……。千雪とあの人が浮気をしたと知っても納得しちゃいそう」

「それを言っちゃう? 恋人としても、親友としても」

「……でも、そんな未来はこないようにするから」

「――ふぅん」

 

 その言葉を聞いて千雪は目を細め、明らかにこちらを挑発するように言った。

 

「じゃあ、油断しないようにね。はづきと同じように、私もいつ行動に移すか分からないから」

「わかった。でも……それまでは」

「えぇ、一緒にいましょう。……これまで通り、親友としてね」

 

 はづきがハイボールが入ったジョッキを持ち上げる。その意図を感じ取ったのか千雪もコップを持ち――

 

「あ――、空だった……」

「もう、締まらないなぁ~……。何頼む?」

「じゃあ――」

 

 

 会計を済ませた千雪とはづきの2人はたいのめを出てしばしお互いを見た。

 283のアイドル寮とプロデューサーの自宅は反対の方向である。必然的に店の前で別れることとなる。

 

「今日は楽しかった。それに……仲直りもできてよかった」

「でもイイの? 私、奢ってもらって……」

「いいの。どうせ彼が全部立て替えてくれるらしいし」

「本当にごめんなさい……。私があんな下らないことをして……拗ねなければ余計な出費をしなくても済んだのに……」

「そこまで気になるっていうんだったらさ、ご祝儀のほうで頑張ってほしいな~」

 

 少し談笑をして、そしてはづきは頭を千雪に下げた。

 

「……本当にありがとう。これで私たちは後腐れもなく結婚できる」

「うん……。幸せになってね。じゃないと、私も他のみんなも……浮かばれないから」

「分かってる、アイドルの皆さんのためにも――幸せになって見せるから」

「……分かったわ」

 

 頭を上げたはづきが待っていたのは、千雪の抱擁だった。

 

「……千雪?」

「ごめんね――少しの間、こうさせて」

「うん――」

 

 時間にして一分ほど。強く抱きしめていた千雪は嘆息とともに名残惜しそうに抱擁を解いた。

 

「じゃあ……また事務所で、ね」

「うん」

 

 こうして両者は別れた。

 

 

 しばらく歩く。コンビニの光が千雪の体を照らす。

 辺りはある程度の車の交通量はあれど、人通りは少なかった。

 

「――………っ」

 

 ゴン、とコンクリートの壁に向かって強く殴った。

 涙があふれる。しかし感情は絶対整理しない、出来ない。

 この感情に名前を付け、分類をしてしまった地点で何らかの行動を起こしてしまう。だから感情が絡み合った状態でただただ涙を流す。

 

(私は――)

 

 将来起こりうる問題を起こさないために感情を押し殺す。あの大好きな2人の幸福を消させないために。

 

(私――)

 

 私に恋人を作ることはもう出来ないし、しないだろう……と、思った。

 

 

 しばらく歩く。コンビニの光がはづきの体を照らす。

 ……もう大丈夫だろう。そう思って一応あたりを見渡して確認した後にスマホを取り出した。コール音が2、3度。

 

《はい》

「もしもし。もう済みましたので」

《大丈夫でした? 一応そちらの状況は常に確認していましたが》

「大丈夫です。バイトさんにも、お姉さんにもご迷惑おかけしました」

《いえいえ。お金もプロデューサー持ちですしね。――では》

 

 電話が切れる。

 プロデューサーの作戦は「はづきと千雪を居酒屋で話させる。その様子をバイトが監視する」というものだった。プロデューサーがこの問題に参入するのは絶対面倒なことになる事は明白だったため、でも取っ組み合いのケンカが起きないようにと判断した結果、あまり目立たないバイトを監視に入れたのだ。

 監視するのがアイドルであっても社長であっても、千雪が入店するときに気取られては終わりだ。視線を感じたという千雪の言葉には少し肝を冷やしたが……バイトに姉がいたから偽装になったのが功を奏した。

 テーブルの下に貼られていた盗聴器には気づかれていなかった。今頃たいのめの店員が回収して店内にいるバイトに渡しているだろう。

 

「はぁ……」

 

 自己嫌悪に陥る。予防策は何重にも張り巡らせたものの、計画はうまくいった。しかし自分の行動の悍ましさに嫌気がさす。

 自分の結婚のために、親友との会話を盗聴させるなんて人間として終わりよね……。

 その後悔がいつか消えることを願ってはづきは視線を落としながら歩いた。

 

 




ようやく千雪の失恋関連に一区切りつけました。これで作品を畳む準備ができます。

千雪さんのエミュが難しい。何分、いまの千雪さんのシチュエーションって原作と全く違うから「なんとなく」で書いている。というか全キャラなんとなくやってる。

わからない、俺は雰囲気で二次創作をやっている
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