葛の恋   作:勉強サボ浪

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暗闇の中私はすべてを失ってしまったんだ。


Blackout

 12月下旬に結婚式の打ち合わせをしたときの担当者の疲れてそうな顔はなかなかに強烈だった。クリスマス前に考えると式場の予約が埋まるのは困るのだろう。

 

「最短だと……そうですね、3月に空いている式場があります」

「じゃあそれでお願いします」

 

 すぐに放たれた彼の言葉にはづきも担当者も面食らった。

 

「えっと……よろしいのですか? 結婚式はできても、披露宴の方は難しいのですが……」

「呼ぶ予定の人たちが少し特殊な職なので。それに……お義母さんにドレス姿を見せたいので」

「……なるほど」

 

 担当者の言葉は彼とはづきの勤務先の欄を見たのか、それとも後半の部分を案じたのか。しばらく悩んだ後に手にしたタブレットをこちらに見せてきた。

 

「ドレスの種類が少なくなります。ご予定日にレンタルできるドレスは……こちらの3種類しかなく……それでもよろしいでしょうか」

 

 その言葉に彼が少し困った顔をした。

 披露宴をやるわけでもないためお色直しはしないが、それでもウェディングドレスは花嫁の一生を象徴する衣服である。妥協はできない。

 

「ちょっと見せて下さい」

「はい」

 

 はづきは担当者からタブレットを受け取るとトン、トンと操作する。

 

「――ねぇ、どう思う?」

「えっ」

「もう~、意識飛ばさないでよ。結婚相手の花嫁姿だよ?」

「ごめん、その……決めたいかと思って」

「お嫁さんにすべて放任するのはよくないと思います~。それに……ほら」

 

 非難とともに受け取ったタブレットが写したドレスはどれも色がついていた。柄付きとか、カラードレスとか……そんなモノなのか。売れ残る――レンタルだから表現は合ってないだろうが――のに説得力がある、邪道で陳腐なデザインだ。

 

「これは確かに……べつにはづきが良いなら俺は構わないけど……」

「私もちょっと嫌かな……典型的とか古臭いとか思われるかもしれないけど……純白がいい」

 

 その言葉に反応したのか、それとも披露宴もやらせたいのか「別日ならなんとか用意できますが……」と担当者がおずおずと言う。

 しかし彼はその言葉に耳を貸さずに立ち上がった。

 

「ちょっと失礼します」

「……?」

 

 果たして彼は何をするのだろうか。スマホを取り出しながら個別ブースから出て行った彼を見送るとどうしてもはづきと担当者の2人だけになる。

 少し気まずい。運営会社のセールスをのらりくらり躱して自分本位に行っているのだ。担当者もあまりいい顔はしていない。

 場の空気に耐えかねてはづきは手元のコーヒーに口をつけた。ある程度の上等なのか、香りがいい。結婚業界の業績は右肩下がりと聞くが、客を無下にするほど逼迫はしていないらしい。

 

「あの、失礼ですが……」

「なんでしょう」

「ご両人は……指輪のご用意はなされているのでしょうか」

 

 担当者の質問は場つなぎでもあるが、きっと持っていないと答えたら次はグループ企業の製品の紹介に行くのだろう。

 

「大丈夫です。私の親のお下がりをリメイクする予定です」

 

 親のつけていた指輪をおさがりで使うことに忌避感を感じる女性は多いらしい。だがはづきは少数派で、社長が良い指輪職人を知っていること、七草母がそれを肯定したこと、なにより予算が限られていることが問題であったことも含めてこのような結論に至った。

 その言葉に何も言えなくなったのか、担当者は話題を変える。

 

「では……婚姻届けは」

「彼の実家にあいさつした後に提出します」

「……分かりました」

 

 婚姻届けが果たして金稼ぎに使えるのだろうか。もしかして式場で書くパフォーマンスを利用するつもりなのだろうか。

 そうこうしている内に彼がブースに戻ってきた。

 

「許可、とれました。衣装――タキシードもドレスもこちらで用意します」

「え……」

 

 その言葉にはづきは戸惑う。もしかして買うつもりなのだろうか。買ったところで二度と――いや、もしかしたらにちかが着ることになるかもしれないが、だとしても管理に困る。

 はてさてどうするのか、不思議そうに見つめるはづきだったがこのまま手続きを放り出す訳にもいかずそちらの方に集中することになった。

 

 

 しかし無視するわけにはいかない。

 

「ドレス、どうするの?」

 

 結婚式の申し込みを終了させてやや遅めの昼食。2人は事務所を休んだが、世間は平日なためフードコートには冬休みらしい学生がまばらにいる程度である。

 はづきが注文したうどんセットが完成するまで彼はカツカレーには手を付けないらしい。その時間を使って聞いてみる。

 その質問に「あー……」と少し答えにくそうに唸ったが彼は答えた。

 

「鎌出レンタル衣装店って分かる?」

「あー……社長の」

 

 社長の、とは言ったものの別に天井努が社長をやっている訳ではない。努の知り合いが社長をしており、283がよく衣装をレンタルするときに使う会社である。

 

「そこで借りる」

「……え~」

「不満だったか?」

「アイドルとかモデルとか用の衣装の店でしょ? 私には……役者不足じゃない」

「そんなことはないよ」

「それに……」

 

 彼からの美辞麗句を聞き流した後、目を細めて軽くにらむ。

 

「少しは相談してほしかった」

「……ごめん」

「本当だよ」

 

 あの一件がありつつも、相変わらず彼ははづきに頼ろうとしないし相談もしない。

 ……サプライズは嫌いだ。恋愛ごとであっても、さすがに結婚式の段取りでやられると喜びよりもイラつきのほうが多くなるだろう。

 ぴーぴーぴー、と端末が鳴る。はづきのうどんセットが出来上がった合図だ。

 

「俺が――」

「ううん、私が行くよ。飲食バイトでそういうのは慣れてるから」

「そういうわけには……」

「あの」

 

 なおも引き下がらない彼にはづきは仕事モードの笑顔を見せた。

 

「座ってくださいね~、独りよがりさん」

「……はい」

 

 はづきから若干のイラ立ちを感じ取ったのか、彼は大人しく座った。

 

 

 時間は少し経過し、クリスマスを過ぎた26日。

 とん、とん……事務所でバイトが私物のパソコンでツイスタを確認していた。その様子はいつもの彼らしくなく、すこし焦燥としたものだ。

 

「……落ち着かない?」

「まぁ……」

 

 プロデューサーがバイトに聞くと肯定の言葉が返ってきた。

 アイドル達が主導していた「朗読会」。それが昨夜行われた。アイドルにとっては慣れていても、バイトにとっては初めて直接的に自分の作品で金を取る仕事だ。評価が気になるだろう。

 とん、とん……と何度かマウスパッドをたたいた後、バイトは舌打ちをしてぐちゃりと力を抜いた。

 

「えっと……?」

「アイドルの話ばっかりして、誰も脚本の話をしてない……」

「あー……」

 

 ままよくあることである。アイドル主演のドラマとかは内容が良くなくても一定の評価を得る原因だ。

 

「権威主義者め……少しは否定の言葉ぶつけてくれよ……」

「否定なんだ」

「褒めるときは数文字で済みますけど、批判の時はかなり文字数使いますからね。参考になります。……まぁ、そんなまじめな批判なんてなかなかお目にかかりませんが……」

 

 バイトはそう言うと首を鳴らした。

 

「そういえば、4時からは時間休ですよね。大丈夫なんですか、私と話していて」

「はづきさん待ちだよ」

「今来ました~」

 

 その言葉にプロデューサーは驚いたように振り返った。

 

「待ちましたか~?」

「いえ、そんなに。――じゃあ、少なくとも社長は8時までに戻るはずだからそれまでお願い」

「社長も出るんですか!?」

「結婚式の衣装を貸してくれる会社の社長が社長――天井社長の知り合いらしいから」

 

 その言葉に納得したように、でも嫌そうにバイトは反応する。

 

「大丈夫そう?」

「………頑張って電話番します」

 

 悲劇的な反応を見せたバイトに見送られながら2人は事務所を出る。

 コンコン、と階段を降りると社用車が待ち構えていた。

 

「はづき、**。早く乗れ、今日は私が運転する」

「え、良いんですか……?」

「前後でいちゃつかれるよりかは、後部座席でいちゃついてくれたほうが疲れないからな」

 

 その言葉に2人はきょとんとする。果たして自分たちはそこまで社内で分かりやすい行動をしていただろうか……?

 乗車を急かす社長の言葉に釣られて2人は後部座席に乗り込んだ。

 

「まったく……芸能向けの衣装をまさか私用で使いたいだなんて聞いたことがないぞ」

「すみません……」

「まぁ、喪中で結婚式を挙げられるよりかは幾分かマシだがな」

 

 車が発進する。

 

 

 若干黒が混じった、白と言うべきか。それとも銀というべきか。

 そんな色のタキシードを試着した彼の感想は「窮屈」であった。

 

「すごい似合ってますね……。プロデューサーさん、モデルやってみませんか?」

「そんな……お世辞はいいですよ」

 

 似たような言葉は何度も聞いている。それに何度かアイドルの仕事現場に代役として出演したこともあったが、とりあえずキャスト欄には名前を出さないようにお願いしてお金も受け取らないことを常としていた。

 

「きついところはあります?」

「……少しおなか周りが」

「うーん……呼吸できないとか立ったり座ったりとかは出来ます?」

 

 スタッフの言葉に釣られてそばにあった椅子に座ったりして特に問題がないことを確認、それを伝えると「じゃあ我慢してください。結婚式ですから、スリムに見せないと」と無常に切り捨てられる。

 

「……似合ってるじゃないか」

 

 壁にもたれかけ、彼の様子を見ていた社長が声をかける。

 

「私が着た時よりも、数倍似合っている」

「え」

 

 その言葉に彼は思わず社長の左手を見た。いつも通り、薬指には何もつけていない。

 

「結婚なされてたんですか」

「昔の話だ。――283を復活させるときのゴタゴタで遂に見放されてしまった」

「……それでも片手で数えられるほどの年数では」

「――そうだったな。この3年が目まぐるしくて、もう昔のことのようだ」

 

 まるで他人事のように話す社長に動揺を隠せない。

 

「妻――いや、元妻には過去に囚われすぎているって言われたよ」

「八雲さん関連の……ですか」

「彼女への後ろめたさもあるが……七草との約束もあったからな」

「七草……お義父さんですか」

 

 お義父さん、という言葉に社長は「そういえば……そうか」と漏らした。はづきと結婚するということは、かつての友人は彼にとっては義父にあたるのだと気づく。

 

「お前も自分の欠点は早めに解決するといい。……しくじってしまった私からの忠言だ」

「……肝に銘じます」

 

 はづきが恋人に対して不満を抱いているのは社長も知っている。それが一夜で解決できるようなものではないことは理解しているものの、いつしか大きな問題を引き起こす。

 彼には――幸せになって欲しいんだ。

 

「――っ」

「社長?」

「――いや、なんでもない」

 

 しかしそれを言葉にしてはならない。してしまうと彼はその言葉と、言葉の裏に隠された友人へ向けるはずだった思いを感じ取って――囚われてしまう。

 

「プロデューサーさん、七草さんが着替え終わりました」

「あ、はい。今から向かいます」

 

 彼がタキシードのまま試着室を出ようとしたが、行動に移さない社長に疑問を持ったのか不思議そうな顔をした。

 

「行かないんですか?」

「ん――そうだな。花嫁の姿は結婚式のときに見ることにしよう」

「そうですか……? わかりました」

 

 彼は困り顔のまま、それでもスタッフに連れられて試着室から出て行った。必然的に部屋に残るのは社長のみになる。

 

「……………」

 

 適当な丸椅子に腰かけ、深くため息をつく。

 はづきのドレス姿を見なかったのは絶対泣いてしまうと思ったから。社内カップルの試着でなんの血縁もない上司が泣いている光景は想像しなくても意味不明だ。

 ただ……その場に居合わせなくとも涙が出そうになるのは――自分が老いたからだろうか。それとも、もう自分が得ることができない幸福に羨望しているのか。

 分からないままハンカチを取り出す。泣いていた事に気づかれないように、この涙を止めなければ。

 

 

 

 

 




かなり早めの投稿です。今年中にこの作品を終えられたらいいなということと、はづきさんのドレス姿想像したら筆が乗ってしまった。

余談ですが、これ書いているときに無料10連でブライダルめぐるが出てきました。

めぐる「ちょっと待ったーーっ!」

ってことでしょうか。……この作品でめぐるはPラブに設定していないのですが、すこし改めるべき……いや、めんどいので止めます。
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