葛の恋   作:勉強サボ浪

26 / 31
既に堕ちてしまった
冷静でいられない

あなたに依存してしまう


Fall

 12月30日。

 東京の片田舎、あの共同墓地の近くへ向かうレンタカーには彼とプロデューサーとはづきの2人が座っていた。

 新年なのに大丈夫なのか、と思われるかもしれないが……認めたくはないがああいう年末年始の特番に引く手数多になるほど283アイドルは売れていない。少ない仕事も社長とバイトに任せられる程である。にちかも美琴の家に泊まるらしい。

 今日は、彼の実家に挨拶をする日である。

 

 

 そういえば私は碌な就活をしてこなかったな、とふと思う。

 高校生からアルバイトの面接は大量に受けたが、正社員経験は283プロのみである。無論バイトの面接だから雑でも良いという思いは無かったが、正社員としての面接は一度もしていない。283プロに入社した時もほぼコネ入社であり面接対策などしていない。

 

「あぁ、七草弁護士の」

 

 だから彼の母からそんな言葉が出たときは少し安堵しつつも、未だに父の影が残り続けることに少しの嫌悪感。

 

「**の過去は知ってるのでしょうか」

「はい。ある程度のことは――あぁ、父から聞いたわけではないので」

「――お父様の事務所が消えていたのですが………」

「父は……結構昔に死んでます」

 

 父が死んだのは一体何年前だったか。今年と死んだ年を引き算すれば簡単に出てくるが、正直今は頭が回らないので差が出てこない。

 「それは……すみません」と、彼の母は言いはづきは自分でもよく分からない唸り声を出した。こういった親の死の話をした時の申し訳なさに対する返答はどうすればよいか未だによく分かっていない。

 

「それで――疑うようで申し訳ないのですが……はづきさんは大丈夫なんですか? ……**の高校時代の昔の彼女みたいになりませんか?」

「はい」

「それは……どういった根拠で」

「………根拠」

 

 少し悩む。さすがに告白したときみたくセックスの不満をぶちまけるわけにはいかない。それに……彼の独りよがりへの文句を結婚の挨拶の時という場で彼の親に言うわけにはいかない。

 仕方がないので死人を悪役にすることにした。

 

「あの事件……は、元彼女さんが**さんに強い憧れ――崇拝ともいえる感情が原因だと聞いています。……私にはそこまでの重い感情を持っていません」

「………結婚するのに?」

「………夫婦の関係は崇拝ではなく――共助の関係、だと捉えていますが」

 

 なんだか自分が哲学者になったような物言いだ。だが……これは体験でもある。

 母が病床に臥したのも父が死んだからだし、父が過労で倒れたのも家族に頼ることをしなかったからだ。父の仕事が機密やらなんやらで他人を頼ることが不可能であっても……。

 

「共助……ね」

「まぁ私は……そこまで夫婦に詳しくはないですが」

「いいや………間違っていないと思います。――あなたはどう思う?」

 

 彼の母は隣席の彼の父に視線を送る。彼は少しの逡巡を見せた後、口を開いた。

 

「はづきさんは……**に、今の**に何らかの不満を抱えていますか?」

「………!」

 

 まるで自分の感情を読み取られた気分だった。

 どう答えるべきか、少し悩んで濁しながら正直に言う。

 

「まぁ……一応は。…………その………えっと」

「あぁ、言わなくても構いません。結婚前というナイーブな状況で、しかも結婚相手の親の前でつらつらと言うようでは将来が危ぶまれる」

「じゃあなんで聞いたのよ……」

 

 彼の母がポロリと漏らした。その責めるような視線から背けるように答えた。

 

「その……なんです。――確かに夫婦間には親愛とか信頼とかは必要だ。でも……『何もありません』と断言するような関係は嘘くさいし……何より、私たち――**の親としてはあなたが妄信していないか見定める必要がありますから」

「………」

 

 さて、どう答えるべきか。返答はしなかったし、隣に座る彼も困り果てているようだ。

 対面する彼の母親は若干不満を見せながらも、カクカクと首を縦に振って視線を正面に戻した。

 

「まぁ……なんです。私としては結婚に反対するつもりはありません。お母さんは――」

「うん、私も大丈夫」

 

 その言葉を聞いて彼の父は頭を下げた。

 

「**を、よろしくお願いします」

 

 

 彼の実家は七草家と比べると広いが、周囲の環境を含めて一般的な田舎の一般住宅だ。生まれたころから都会っ子のはづきにとってはこの環境が少し落ち着かない。

 何をすればいいかわからない。

 彼は居間で両親と何やら会話をしているようだった。客間に置いてかれたまま放置されるのはかなり困る。

 こういう時はスマホでも見るのが鉄板なのだろうが……生憎とこの家のWi-Fiのキーは知らないし、マナー的にはよくない気がする。

 暇だから壁の木材が人の顔に見える様を眺めて10分に満たない程度。ガラスがはめ込まれた木製の引き戸を引いて、彼が戻ってきた。

 

「あ、おかえり~」

「うん、待たせてごめん」

 

 戻ってきた彼は少し疲れた顔をしていた。一体なにを言われたのだろうか。

 

「ごめん、ちょっとね……夫婦喧嘩に付き合っていた」

「夫婦喧嘩?」

「お母さんがあいさつの場で不満がどうのって訊くなーとか、私にも不満を持っていたのかーとか……。少なくともはづきを待たせてまで付き合う程の価値は無いと思って」

 

 だから逃げてきた、と彼は笑いながら――いつも通りのごまかし笑いをしながら言った。

 

「2階に行こう。宿泊用の部屋がある」

 

 彼は部屋の角に置かれていた旅行鞄すべてを持つ。どうやらはづきに余計な負担を持たせる気はないらしい。

 客間から出るとひどく寒かった。23区ではないとはいえ中心都市の聖蹟桜ヶ丘とここは体感温度がとても違う気がする。これが現在問題になっているヒートアイランドとかその辺の問題なのかは不勉強なはづきには分からなかった。

 

「ごめん」

「え?」

「いや……到着するなりいきなりあんな場になって。――荷物ぐらい置きたかったよな」

 

 ギシギシと鳴る階段をのぼりながらやりとりを行う。

 

「別に気にしてないよ~。結婚の挨拶のマナーや段取りなんて、誰も知らないだろうし……それにあなたの過去含めると誰だって焦ったり、ナイーブになると思う」

「そう言われると……とても助かる」

 

 通された部屋にはベッドがあり、本棚に漫画やスポーツ雑誌などが置かれてあることから元々子供部屋だということがわかる。

 

「あなたの部屋?」

「いや、ここは元々妹の部屋だ。俺と妹の本とかはここに集まっている。俺の部屋は物置に変わった」

「確か妹さんが社会人で弟さんが大学生……よね?」

「うん、一応半年に一回は弟が帰ってくるから」

 

 座ってよ、と明らかに学習机な椅子を彼は示す。グレーのそれに座ると長年使われていなかったように冷たかった。

 

「さて――どうしようか」

 

 荷物を置いた彼は困り果てたように周囲を見渡した。学習机に放置されているアナログ時計は夕方4時を示している。

 

「実家に帰るといっつも何をしようか悩むんだよなぁ……」

「そうなの~?」

 

 常に実家に暮らしているはづきにはない感覚だ。……はづきも家でやることが無く悶々とすることは多々あるのだが。

 

「お互い、筋金入りのワーカーホリックだね~」

「ワーカー……いっその事バイトに新しい朗読劇の脚本の詰めでも――」

「………あの」

 

 呆れた視線に刺されて彼はバツの悪い表情をした。

 

 

 彼の妹弟は明日の31日に帰ってくるらしい。だからと言って実家でいちゃつくのはさすがに言語道断だろう。

 だからはづきは「実家の味を知るために」とか言って彼の母――いや、義母が立つキッチンに向かうことになった。

 

「といっても、話すことは無いんだけどね」

 

 と言って義母はラックの人工調味料に手を伸ばした。伝統の調理法よりも合理性、何だか、らしくない。

 彼のアイドルマネジメントにおける体育会系思考は母親経由のものではないようだ。

 

「ごめんね、お客さんが正月に来るのにおせちとかは用意してないの。私、ものすっごく料理下手だから。――多分だけどアイドルの子のほうが上手いと思うわ」

「いえ……上手だと思います」

 

 3割ぐらいはお世辞である。実際みじん切りとかを包丁ではなく、テレビでしか見たことがない道具を使っているあたり技術は下手なのだろう。

 しかしそういった技術の欠如を道具で埋めるあたり、発想と機転は回るように思える。

 ふつう下手ならオーダブルや出前の寿司を用意するだろう。

 

「テレビの受け売りとレトルトパウチからの逆算が『実家の味』ね」

 

 その言葉に少しの納得感。彼の子供舌は実家由来だったか。

 大きな鍋に火がかかる。どうやら作り置きらしい。義母はその鍋のフタを開けて先ほどまで刻んでいた野菜を入れ、計量もせずにケチャップやソースを入れた。

 

「スープですか」

「寒いからね。……適当な鍋のもとと野菜と水を入れて煮込んだだけのものだから」

 

 テクニック皆無と言わんばかりの言葉だった。

 

「業界人としては物足りない味かもしれないけど……」

「いえ、そんな高いものは……」

「……コンビニ弁当ばかり?」

「いや……妹もいるので自炊してまして……」

「あぁ――あれ、お母様はたしか……」

「数年前から入院してまして……その、自炊自体は高校生の時から」

「高校生から! いま25でしょう? ……その時には宅配サービスも少なかっただろうし……アドバイスすることなんて無いわよ……」

 

 一瞬、母の入院について何か言われるかとよぎったが言及してくれなかったのは嬉しかった。

 おずおずと義母から小皿が差し出される。

 

「味見、してもらえるかしら」

「あ――はい」

 

 その味は至って普通だった。

 

 

 食事も風呂も平凡であった。色々話すのは明日に義妹弟が来てからで良いだろうというのが新しくできた親の判断である。あの時の挨拶の時の問答ではづきを信用するという事にしたらしい。

 文句があるとすれば、ベッドが1つしかないということか。義妹、義弟用のベッドを利用するわけにもいかないからはづきと彼が一緒のベッドで寝るほかないらしい。

 ………20分歩けばコンビニがある、という言葉は余計な世話だったし義実家でおっぱじめるほど彼もはづきも肉欲狂いではない。だが……彼とはづきの間で交わされる趣味は仕事か、セックスかの2つしか思いつかないため早々に退屈になった。

 本棚を眺めると革張りの表紙を見つけた。

 

「これは……卒業アルバム?」

 

 見たことがない高校の名前と卒業年度から彼と義妹のものだろう。義妹の方を見るのは憚れたため彼のものを手に取る。厚紙のブックケースにはアルバムと卒業文集が入っていた。

 

「上がった――げ、それは……」

 

 風呂から上がった彼は卒業アルバムを見るなり嫌そうな顔をした。

 

「読んでいい?」

「まぁ……いいよ。はてさて、どんなことが書いてあるか……」

 

 一緒にベッドに腰かけて硬質なページをめくる。しばらくページをめくると集合写真が現れた。彼が噴き出す。

 

「え、どうしたの?」

「いや、相変わらず違和感やばいなって……ほら、この写真の」

 

 彼が指さした写真には明らかな違和感があった。じっと見てみるととある男子生徒とほかの生徒の解像度が大きく異なることが分かる。

 

「こいつ、良い奴なんだが……真面目に写真撮影に参加しなかったせいで顔が下を向いていたらしい。結果、加工されてこうなった。動画作りが好きな同級生が大きく嗤っていたよ。――あの2人、今頃何してるかなぁ……」

「同窓会とかは?」

「無かった。卒業して少し後に流行り病があったからな。1回目は中止、まともに実施できた時には俺は仕事に忙殺されていた」

「あなたは……これ?」

「あぁ、それだ」

 

 高校生の時の彼は眼鏡をかけていて若干あか抜けていない。

 

「部活はバスケだった。まぁあんまり参加できなかったけど……でも、一応はレギュラーだった。あと茶道部も兼部していた」

「他に何か?」

「勉強……特に英語。留学したりテスト受けたり……あんまり役には立たなかったけど」

「異文化コミュニケーションとかに役に立ったのでは? 英語を使って様々な考え方の人と触れ合ったって、転職面接では聞きましたよ~?」

「………役に立ったとは思えない。元カノの言葉や考え方は今でも理解できないし……アイドルの過激なファンやアンチの考え方もよくわからない」

 

 その言葉から、彼が英語が流暢になったきっかけは元カノのあの事件が絡んでいるらしい。……まぁその話を続けたいとは思えなかった。

 

「バスケやってたの?」

「まぁ身長高かったし……バスケブームもあったからね」

「そんな中レギュラーって、すごいね」

「いや、うちはハンドボール部が人気だった。それに一応は進学校だしね」

「自称、じゃなくって?」

「否定も肯定もできないな。宿題は少なかったけど、模試も多かった」

 

 写真家がこだわったのか普通なら証明写真のように撮影される生徒の顔写真が斜めから撮影されていた。ほとんどの生徒が困惑したような表情を見せている。

 クラス風景、部活動写真……確かにいくつか彼の顔もある。それを見ている彼の顔が少し悲しい表情を見せる。

 

「どうしたの?」

「いや………元カノの写真が一枚もない。まぁ、あの事件は1年生の時だからデータもないし……高校側もストーカーで強制退学させた生徒を残すわけにもいかないだろうしな……」

 

 どうやら話が戻ったらしい。やんわりと話題を変えるように仕向ける。

 

「最近は薬、減ってきた?」

「んー……まぁ。仕事でかなり無茶をやってた時は再発したけど……まぁ今は寛解してるし、ファンメールはバイトに任せているから想起するのは殆ど無くなった。まぁアイドルとの付き合いで頓服の出番が出来たけど……」

「それについては……本当にごめん」

「まぁ、在庫が無くなったから良しとしよう」

 

 アルバムを閉じると卒業文集を広げようとして、やめた。

 

「見ないのか?」

「うーん………あからさまに嫌そうな顔をしている人の文集を読むのもなぁって」

 

 それに文集の中身は何となく把握できた。きっと元カノの事件を引きずった対話と理解のことを書いているのだろう。そうでないのならば、高校側が検閲したか。そんなものを読ませたくはなかった。

 

「――それよりも、高校の部活や留学では何をしていたかのほうが気になるかな~」

「そう?」

「留学どころか部活なんかやる時間が私には無かったから……自分の知らないことは気になるでしょ?」

「そうか……。そうだな、どこかに写真が――」

 

 

 深夜のベッド。2人は抱き合って寝ていた。

 彼が目を開ける。正面にはづきの顔がある。

 

(甘えてばかりだな……)

 

 はづきが彼に頑張って寄り添おうとしているのは気づいていた。情けない話だ。異文化交流とか対人コミュニケーションとか言って様々な事を体験したのに、恋人との会話すらうまくいかない。

 表面を取り繕って八方美人を演じることは出来ても、信用できる相手に対して自己開示をすることが難しい。

 ……過去やアイドル達に振り回されるばかりで、空っぽな自分を見せたくない……。

 

「――――……? なに~……?」

「あ……ごめん、起こした?」

「いや……なんか起きた気がして……」

 

 かぅ、とあくびをするはづきから体を離そうとした。自分の体が眠りを妨げるのではないかと思ったからだ。

 でも、彼女がつかむ手の力が緩まない。

 

「ん~……? どうして離れるの……?」

「え……いや……」

「ぎゅ~って……抱き合ったほうが、暖かいよ……?」

「………」

 

 眠気で険が取れたはづきの声、温かさ、緩まった表情――母性。3年前のシーズ結成時の切羽詰まった状況とは違う、安心しきった表情。

 彼ははづきのやさしさに甘えることにした。彼女の柔らかさと匂いに包まれる。

 

「ん~……? 今日はなんだか甘えん坊さんだねぇ……」

 

 もともと寝ぼけていたのだろう。優しく……しかし決して放さないように彼の頭を抱きかかえた。

 

(………あたたかいな)

 

 このまま彼女に甘えていいのだろうか、という疑問は柔い匂いとともに消えていった。

 

 

 翌日の昼。2人は妹と弟を迎えるため車を走らせていた。

 

「…………」

 

 気恥ずかしい。恋人の胸に抱かれて眠るのもそうだが、結局はづきに甘えることになったのも。

 しかしはづき自身は何とも思っていないようだ。妹がいるから甘えられるのは慣れているのだろうか。

 

「……ここだ」

 

 駅近くのファミレスの駐車場にレンタカーを停める。駅は23区内や聖蹟桜ケ丘に比べれば寂れてはいるが、地方のベッドタウン並みの施設はあった。

 このファミレスが集合場所になっている。すでに彼らは店内にいるらしい。

 

「……話し忘れていたが」

 

 車のエンジンを切りながら彼は言う。

 

「妹はにちかのファンだ。ライブのチケットの融通をしてくれとか、無茶をよく言われた」

「えっ――サインとか用意するべきだった?」

「それは本人によって本人に対して頼むべきだと思う」

 

 どうやら彼はこういう――家族と仕事は完全に切り分けるタイプである。

 業界人が幅を利かせていた昭和時代ではないのだ。いちプロデューサーが簡単に融通できる時代ではない。

 

「弟さんは?」

「アイツは……地方の大学に通っている。趣味らしい趣味も特にないはずだ」

「ふーん……」

「すまない……正直、結構年が離れてることもあって交流が少ないんだ」

 

 ドアのロックを解除するとはづきが助手席のドアを開けた。開けるべきだったか、とよぎったが彼女はそういう過剰な気遣いを嫌う。彼も倣って車から降りた。

 

「東京……なんだよね、ここ」

「まぁ奥多摩だからな……。23区や桜ケ丘に比べれば田舎だ。………まぁ地方と比べればマシだけど」

 

 どうして地方のファミレスというのは1階が駐車場、2階が店舗という事が多いのかと思いながら階段を上る。

 先にはづきを入れるためにドアを開けると暖房の熱気と雑多な匂いに顔をしかめる。

 レディーファーストに対してかはづきが軽く頭を下げながら店内に入り、彼も入店。やる気のない「いらっしゃいませー」が聞こえた。

 

「あぁ、こっちこっち」

 

 手をパタパタと振っている女性がいた。妹だ。隣に座る男はこちらを見るなり目を見開いていた。

 

「うわ、本当に結婚相手見つけてる……」

「俺のことを何だと」

「女難レベル100」

 

 弟の言葉にはづきが小さく噴き出した。確かに彼の軽口は否定できない。

 ほぅ、と息を吐くことで仕切りなおす。

 

「――久しぶり。この人が俺の結婚相手の七草はづきだ」

「七草はづきです、よろしくお願いします」

「ななっ――、もしかしてにちかちゃんの……」

「はい~にちかの姉です」

 

 その言葉に妹は口を大きく開けてびっくりし、絶句しはづきとこちらの表情を何度も交互に見ていた。

 

「あ、あの……にちかと私のことって言ってなかったの……!?」

「言ってない。結婚の挨拶がファンとの交流会にならないためにあえて言わなかった」

「………あの、それはどうかと。そういう感情を大きく揺さぶるから女難になるんですよ。少しは好感度の調整をする努力を」

「…………?」

「――自分の推しが義妹になると知ったら普通のファンはどうなると思いますか~?」

「あー……なるほど、確かに危なっかしい。そうか……そういうことに無頓着だからこうなったのか……」

 

 ようやく自分の言動がいわゆる恋愛詐欺師に片足突っ込んでいることに気付いたが、まぁ今は後悔しても仕方ないので切り替える。

 敬語にして冷たい視線を送り続けるはづきに若干目をそらした。

 

「あはは……では座ってください」

 

 脳が処理限界を迎えクラッシュした妹を無視して弟が着席を促す。……自分の弟がここまで礼儀正しかったとは知らなかった。

 

「まぁ色々聞きたいことはありますが……まずは食事にしましょう」

 

 しばらく見ない間に成長したなぁ、と思いながら渡されたタブレットを隣のはづきとともに操作するのだった。

 

 

 妹も弟も結婚に反対しなかった。弟は彼の女難を受け入れてくれるはづきを否定しなかった。元より親たちが肯定したのに自分たちが否定する気は無いらしい。妹に関しては……まぁ、彼女自身が否定しなかったからよしとしよう。

 妹と弟、それと2人分の荷物を実家に運んだあと彼はまたも暇になってしまった。

 だからはづきをデートに誘った。

 

「寒っ……」

 

 からっ風に吹かれ、彼女が体を震わせる。ネットでは外気温は5度と示されていた。

 

「ごめん、室内のほうが良かったよな……」

「う~ん、どっちがマシなんだろうね。初めて来た結婚相手の実家でくつろげないし、かといって寒いのも……」

 

 グレーのコートを着たはづきと共に枯れ木の林道を抜ける。茶色の田んぼを見て事も無げに彼女が言った。

 

「冬の田んぼなんて見たことなかった。カラッカラ」

「……ごめん、このあたりに観光名所もないのに連れ出して……」

「――あの」

 

 大きなため息をついてはづきが呆れ声を吐いた。

 

「デート中にそんなこと言わないで。謝るぐらいなら……私を楽しませて」

「それも……そうだね」

 

 デート中に何度も謝られては誰だって陰鬱になるだろう。何か面白いことは………

 

「この道にはちょっと嫌なことがある」

 

 川沿いの道を歩きながら言う。

 

「真夜中、真っ暗闇のなかでこの道を使って帰宅していた。今歩いている方向と逆にね」

「それは……ちょっと嫌だね」

 

 あたりを見渡したはづきが言う。周囲に街灯は最低限しかなく川と道の間には柵はない。

 

「まぁでも何度も歩いた道だからライトも点けずに歩いていた。すると――」

「……すると?」

「真っ黒なトイプードルに襲われた」

「黒いプードル……」

「………すっごい怖かった。いきなり暗闇から黒い生き物がこっちに向かって来たんだ。それに川に落ちそうになったけど……まぁそれは大丈夫だった」

 

 いまいちピンと来ていないはづきが困惑したように言う。

 

「プードルが野犬化した……?」

「いや、飼い主はすぐに見つかった。――ほら、そこの茂み」

 

 彼が示したその茂みは道よりも一段低い場所にあった。

 

「暗闇で何も見えなかったんだろうな。踏み外して、落っこちていた。助けようと声をかけたんだけど、断られた」

「へぇ……」

「………」

「……えっ、終わり?」

「終わり。強いて言うなら――少なくとも翌日の新聞によるとあそこで死人は出なかったらしい」

「…………ごめん、何1つ面白くない」

「へ?」

「要は夜道を歩いていたらよそのペットに襲われて川に落ちそうになったってことでしょ? 面白いっていうよりも冷や冷やする」

「………そっかぁ」

 

 車道に出る。少し悩んで左に曲がる。

 

「こっち。こっちに行くと――」

「行くと?」

「オープンを3ヶ月延ばした猫カフェがある」

「……笑うところ?」

「その3か月の間で元カノの事件が起きた」

「…………もっと笑えない」

 

 そのカフェの前まで歩くと数年前と変わらずに酒屋の看板が残っていた。居抜き物件なのだろうが、だからといって前の酒屋の看板まで残さなくとも良いだろうに。

 店内には光が灯っていた

 

「開いてる……。潰れてもないし、大晦日なのに……」

「それって同列で並べられること~?」

「……その、入る? オープン前から気にはなってたんだけど……」

「じゃあ入ろっか。店内も空いているみたいだし」

 

 そういうと彼女は立て看板の横を通り過ぎてドアに手をかける。

 

「ん~? ほら早く行きましょ~」

「あ、はいはい」

 

 果たして店内でどのようなことを話せば良いか、彼にはわからなかった。

 

 

「――ってことがあって」

「…………あなたって本当に面白く無いですね~」

「そっか……」

 

 もう途中からすり寄ってきた猫にかまっていたから予測はできていたが、まぁそうなのだろう。

 

「スーツでどうにか体裁を保っているだけ……っていうあなたの自己評価、あながち間違ってないかも」

「……すみません」

「いえいえ~、でも……口がうまい人はあんまり信用してないし」

「口がうまい人?」

「ん~……ちょっとね……私のお父さんがよく詐欺とかDVとかに関わっていたから、その影響かな……」

 

 膝の上に乗った猫を下ろしながらはづきは言った。

 

「口下手なほうが安心する。スーツを着た時のあなたも良いけど……家でも完璧超人だったら落ち着かないし……私が傷つく」

「……『無能だと思われたくない』だったけ?」

「あ~……うん、あの時は――何というか、あなたとお父さんが同じに見えちゃって……」

「七草弁護士と、俺が……?」

 

 彼も一応は七草弁護士と面識がある。だがあまり自分と似ているとは………

 

「仕事中のお父さんはあんまり知らないけど……不器用に私に接する時の雰囲気というか、口下手な様子が家にいたころのお父さんに似ていて……少し甘えてしまって……」

「七草弁護士が……口下手……」

「イメージないですか?」

「昔のことだからなぁ……事情聴取ならともかく事務的なやり取りはほとんど親とやってたし……。優しかったという印象はあったんだけど……」

「まぁ、そんなものだよね。焦燥しきっていただろうし……」

「………手紙とか書いたほうが良かったのかな。感謝の手紙……みたいな」

「ドラマとかによくあるやつ? 別に……半年に1回もらえるぐらいの頻度だったし……あなたがお父さんに依頼したときって多分だけど過労で倒れる寸前のはずだから、多分受け取る相手がいない可能性が高いと思う」

 

 特に気負いもせずにはづきは言って、カプチーノに口をつける。田舎の猫カフェの数少ないメニューの1つだった。

 

「……そういえばなんで七草法律事務所を使ったの?」

「ん?」

「ほかに大手のところもあったし、ここから桜ケ丘が近いわけでもない。広告……はちょっと分からないけど、お義父さんかお義母さんがなんで知ってるのかな……って」

「うーん……」

 

 悩みながらマグカップに手を伸ばした。確か昔の自分も気になったはず………

 

「確か、親戚が昔に縁があったような無かったような………」

「縁……?」

「なんか載ってなかった? 調書ファイルとかそんなのに」

「精査すれば分かるかもだけど……私があなたの事件のファイルを覗き見したから保管が厳重になってね……。七草家にあったファイルも全部社長が持つようになっちゃった」

「まぁ……そうなるか」

 

 カフェインレスコーヒーは何だか味気なかった。お互いが視線を合わせてため息をつく。

 

「何というか……いざ会話をしようとしたら話すことないね……。私たち、基本的に仕事してるかそれとも――って感じだからお互いの趣味も知らない。……というかある?」

「しいて言うならカラオケ? 昔はあったはずなんだけど……仕事をすると中々……」

「でも一緒にいるのは苦痛じゃない」

「……!」

「なに~その反応……。もしかしてあなたは『仕事しか能のないつまらない女』って思ってる?」

 

 言葉は責めるようだがその視線はどこか期待するものだった。自分の人生に彼を取り込むことで世界が変わることを望むような――

 

「私に、肉欲の快楽以外の甘え方を教えてね」

 

 ふとテーブルの上にあった彼の手に重ねるようにはづきの手が乗った。暖かく、力強い。

 

「私に恋をさせて……あなたを愛する者を見捨てた責任を取ってね」

 

 その呪詛は彼の脳を惚かし、正常な判断を奪う。

 

「うん――。一緒に、新しいものを見つけにいこう。そしてその後に何があったとしても、ご飯を食べて一緒に寝よう」

「――……っ」

 

 ビクっ、とはづきの手が跳ね上がったので思わず捕まえる。彼女は面食らったように視線をしきりに動かし、顔を赤くする。

 

「あ――今のクサかったか……!? 昔こんな歌詞あったよな――って思いながら使ってみたんだけど、合わなかったか……?」

「あ、いえ、そういう訳では……なくて……」

 

 はづきがいつものように赤面した顔を隠そうと手を動かしかけたが、彼が無意識のうちにその手を捕らえて放さないためかすぐに諦めて顔を背けた。

 

「………その、他の人には同じこと言わないでください」

「言わないよ、こんなこと」

「どうだか……あなた、無意識に堕とす癖に責任取らないから」

 

 ネコがつまらなさそうにテーブルからカウンターへ向かって行った。

 

 

 この猫カフェは自家製ケーキがおいしいらしい。会話が一段落したためはづきはレアチーズケーキを頼んで食べた。

 

「あなたもひと口食べる?」

「じゃあ……いただきます」

 

 無言でフォークに刺したひとかけらをこちらに向けてくる。……正直店員の視線が痛いのだが丁重に無視して差し出されたひとかけを食べる。

 チーズの酸味がスポンジの甘味を引き立ててとても美味だった。

 

「おいしい?」

「あぁ、おいしいよ」

「――でもあなたの作るマフィンのほうがおいしい」

「そうかなぁ……」

「勝手に負けた気にならないでほしいな~」

「えぇ……?」

 

 急に責め立てるはづきに思わず困惑の声を上げた。

 

 




次回、最終回です。

想定は多くても6000文字程度でした。なんで倍ぐらいに増えてるんだ。
精一杯大人のいちゃつきを描いてみたのですが………うまくいってるのか? そして何で年齢=彼女いない歴の男が想像だけでそういうことをしようとしてるんだ?
読み返して二人とも疲れてるなぁ……と、作者が感じています。甘さよりもお労しさを感じてしまう……。
ちなみに黒いプードルは作者の実体験です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。