二の歩みを踏む
2度目の結婚式など考えたくもなかったが、意外と悪くない。
しかしこんなにも早くもう1度バージンロードを踏むとは。……初めて踏む場所だから“バージン”ロードなのに2回も踏んで良かったのだろうか?
前回の式よりは予算不足のため見送ったフラワーシャワーを浴びながらはづきはプロデューサーと共に歩む。
*
「結婚式の販促ビデオと写真の撮影、ですか」
3週間前――ゴールデンウィークがそろそろ始まるという時期にプロデューサーとはづきは社長の話を聞いていた。
仕事の内容自体は問題ない。アイドルがウェディングドレスを着ることは最早恒例行事である。
問題は……
「はづきさんと俺が?」
「………あぁ」
面倒、と言わんばかりに社長はこめかみに親指を当て苦々しく言う。
「アイドルにウェディングドレスを着せるのはよくあることだ。……だが、『結婚相手役』は絶対に出せない。アイドル業界は恋愛禁止を謳うことが多いからな」
「それは理解してますが……」
「だからアイドルは『ウェディングドレス』の販促は出来ても『結婚式や教会』の販促は出来てないんじゃないかという疑念が話題に挙がったらしい」
「疑念、ですか」
はづきの短い言葉に詰まった多大な皮肉に社長は「そんな風に言うな」と窘めた。
基より国内の結婚件数が下がっているのに加えて物価高でそりゃあ結婚式需要は下がるだろう。なのにも関わらず宣伝や宣材となっているアイドルに不満を抱かれるのは筋違いである。
「それで……どうして私たちが? ふつうは俳優さん夫婦とかになると思うんですが……」
「……1月のテレビ局の炎上で芸能人夫婦にかなり逆向になっていてな」
「あぁ……」
はづきの質問の回答をあり得ないと否定できない。実際283にもそんな旨のファンレターモドキがいくつか届いた。
「それでどうするか……ってなった時に、格安でドレスを貸してくれた衣装屋がお前たちを少し話題にしたら……意外と好評だったらしく……。奴曰く『借りを返せ』と」
「………」
その言葉にはづきも彼も頭を抱えるしかなかった。
「…………それは、ちょっと……いや、うーん……。プロデューサーさんはどうお考えですか?」
「俺は……まぁ、慣れてますので」
プロデューサーはかなり写真映えする。そのためドラマや写真集の端役を現場判断で何度も受けたことがある。一応報酬は受け取っていないが、SNSで話題になったことは少ないながらも経験している。
プロデューサーの言葉に「あっ、そうか……」とはづきはつぶやく。
「………そっちのほうが事務所的には良いですよね」
「いや、べつに身売りを強制するつもりはないのだが……」
社長は否定の言葉を紡いだが、まぁ本心は察することができる。
「まぁ……やりましょうか。別に接待するわけじゃ無いんですよね~」
「それは当然だ。相手も俺の昔の友人だから、気分が悪くなればすぐに帰ってしまえ」
「………」
社長の言葉に彼は特に何も反応はしなかった。
*
そしてすぐに時間は経って撮影日。
装いは前回と同じである。
ハーフアップに純白のAライン。ヒマワリをあしらったイヤリング。違う点を挙げるなら、時期違いだったのかそれとも予算とか重量とかの問題なのかツバキとカスミソウのブーケは造花になったことぐらいである。無論、スーパーで売ってあるシルクフラワーとは比較にならない。
渡されていたスケジュールを待機場所代わりの教会の椅子に座って読む。
当たり前だがはづきは撮影モデルの経験など1度もない。だからポーズをとれと言われても難しいしカメラマンも理解しているから、撮影用に調節された簡単な結婚式を行うという一般的でない方法がとられた。
しかし参列者役はきちんとしたモデルやアイドルらしい。283からも何人かキャスティングされている。今回の撮影のきっかけや様々な芸能事務所の権利関係を考えると仕方がないのかもしれないが……今回の撮影、果たして予算は大丈夫なのだろうか?
薄い冊子のページをめくろうとして、しかしシルクの長手袋越しでは難しく苦戦していると横から声がかけられた。
「大丈夫か?」
「あー……じゃあ、お願いしようかな」
前回と同じく白いスーツを着た夫に頼むと彼はページをめくってみせた。
「あなたの白手袋は?」
「上着のポケットの中だ。ずっと手袋を着けるわけにもいかないからな。一応アイドルたちのための事務作業もしなくちゃいけないし」
「主演にやらせるの、それ」
「はづきが主演じゃないのか?」
もっともそういった簡単な事務作業は同伴・共演したアイドルが個々人でやってくれるはずなので彼の心配は余計な気遣いと言う他ないのだが。
主演がどうとかの話を切り上げてスケジュール表を眺める。結婚式の内容は撮影用に一部簡略化されてあったり、逆に撮影としてかなり盛り上がる部分は時間をとったり派手になったりと宣材の撮影というよりかはドラマの撮影のようにも思える。
「撮影なんて……どうすればいいのかな? 一応千雪には基礎の基礎は聞いたし習ったけど」
「俺に聞かれてもな。経験はあるけど、基本的に俺は棒立ちしていたりばっかだったからテクニックなんて持っていない」
ため息を一つ。「いつもアイドルたちはこんな重圧で演ってたのか……」と彼がつぶやく。対してはづきは特段プレッシャーを感じてないように思える。
「はづきは……落ち着いているな?」
「もう一回結婚式を挙げるだけでしょう? 余計な目があるだけで」
「いやいや……雑誌とかWeb広告に載るんだぞ」
「世の中の9割以上は広告に載っている名前も知らないモデルのことなんて分からないって。――考えすぎですよ~敏腕アイドルプロデューサーさん?」
「………」
はづきの皮肉とも揶揄とも言える言葉に閉口するしかなかった。
*
撮影自体はつづかなく――とは言えなかったが、致命的な問題なく計画されたマージンを全て使わない程度のペースで進んでいた。数人だが283アイドルを雇わせたのがいい方向へ向かっている。おかげで彼もはづきも余計な緊張が緩和できた。
フラワーシャワーを浴びた後、クランクアップを告げられた。……映像作品ではないのにクランクアップと撮影プロデューサーが言ってしまった心情は全員察してたし、特段指摘もしなかった。
「……疲れた」
木製のイスに座るなりはづきはつぶやいた。
「馬鹿にしていたわけじゃないけど、撮影って結構肉体労働なんだね……」
疲労困憊ほどではないがぐったりとしたはづきとは反面に彼は特に疲れる様子を見せない。性差もあるだろうし、正社員になってデスクワークが主になり外回りばかりの彼と比較すると体力が少ないのもわかる話だ。
「水。ほら、くわえて」
「ん……」
ぺットボトルにストローが突き刺さっているのは衣装を汚さないためである。水を吸い出して体を冷やしても疲労感は抜けない。
「立てるか? ……控室まで戻れるか?」
「無理かな……。――おぶってぇ~」
「………」
完全に甘えたはづきの催促に彼の理性がぐらつく。
彼女の甘えはベッドの上など2人きりの場所でしか見られない、かなり珍しい光景だ。基本的に仕事は自分で抱え込むはづきが彼に甘えるのは4年前には見られなかったが、
ベタベタに甘える姿は妹のにちかとよく似ている。
純白のウェディングドレスに上気した顔。そして甘えてこちらに両の腕をのばして子供のようにとろんと下がった目尻。ウェディングドレスは買い取れるのだろうかという疑問が鎌首を上げ、その衝動のまま彼ははづきを抱き上げた。
体重50数キロ。わざとらしく「きゃ~っ」と腕の中で彼女は悲鳴を上げたがその腕は体重を分散させるために彼の首に回されており、すりすりと彼の胸に自身の頭をこすりつけた。
――カシャリ
「……!?」
「!?」
そんな光景をアイドルもカメラマンも見逃さないわけがない。二人だけの世界にシャッター音が響き、驚き振り返る。参列者役として参加していたにちかが険しい顔で、彼女に連れられたのであろうカメラマンが面白いほどの笑顔でカメラを構えていた。
「うわぁ……自分の姉がいちゃつくの見たくなかったなぁ……」
「うわぁ……! こんなに幸せそうな夫婦を撮れるなんて……!」
あとで焼き増しして事務所に送ってくださいねー、というにちかの声にはづきがそのままの体勢で声を上げた。
「に、にち――」
「カメラマンさん、はやく逃げたほうがいいですよ。というか逃げてください。手柄ですよ」
「ちょっと、待っ――あー……」
式場内で撮影された写真はどのように扱われても構わない。そんな感じの契約が交わされていたからすぐにも写真データをどうにかしなければならないのだが、カメラマンが逃げ出したのだから仕方がない。もっとも花嫁姿のはづきが軽装のカメラマンに追いつくのは不可能だろうが。
「はは……困ったな」
「困った、じゃないですよ……! 私の緩み切った顔が全国に撒かれる……」
「世の中の9割の人間は名前の知らないモデルのことなんて調べようともしないんじゃなかったっけ?」
「……怒りますよ、プロデューサーさん」
このやり取りは文章だけ見ると深刻そうだが、はづきは未だに彼にお姫様抱っこされているので絵面は激甘の光景でありそばにいたにちかはげんなりした表情で見ていた。
挿絵/ウエディングドレス考案は糸吉露さん(@Arawa0911)です。ありがとうございました。
バレンタインにも投稿します。よろしくお願いします。