葛の恋   作:勉強サボ浪

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胃に愛を入れて、溺れて

 差し出された紙袋に戸惑った。

 

「………え?」

「え、って。今日、バレンタインじゃん」

「いや、まぁ、それは………」

 

 確かに今日はバレンタインだ。事務所で透がプロデューサーにチョコを渡すのも、これまでの慣例ではある。

 問題はプロデューサーが結婚式間近の新婚であり、同じ部屋のアイドルたちが思わず意識を彼らに向け、逆に新妻は何も言わないのが恐ろしい。

 

「――あ、別に同じ仕事場のよしみとかなら」

「いつも通り、本命」

「いや……それは」

「べつに『友チョコ』でもいいよ。プロデューサーがそうしたいのなら。そっちのほうが……えーっと、篭絡? しやすいし」

「…………」

 

 その場にいた人間のほとんどが(それは『篭絡』ではなく『誘惑』では?)と考えたが余計なことは言わなかった。

 

「えーっと…………」

 

 プロデューサーはゆっくりと隣のデスクに座る妻の顔を伺った。彼女はいつも通り……本当に事務所で見せるいつも通りの営業スマイルである。

 

「も~プロデューサーさん、まるで恐妻家みたいじゃないですか~」

「そんなことは……考えていないんだけど……」

「大丈夫ですよ~。――皆さんも、もし渡したいのであればどうぞ~」

 

 はづきの言葉に一部のアイドルがカバンの中を探る。やっぱり同じことを考えている人間は複数人いたらしい。

 この騒動の発端者である透が戸惑った声を出した。

 

「え、いいんすか。あざす」

「大丈夫ですよ~」

 

 次の言葉に、その場にいたアイドルたちは絶句することになるのだが。

 

「全部分からなくなるまで砕いて、溶かして、ホットチョコレートにすればいいだけの話ですから~」

「「「「「………」」」」」

「おー、やば」

 

 ただ1人、透の能天気な声だけが響いた。

 

 

 去年に比べれば確かに少ないが、大量のお菓子に辟易する。はづきはその様子を営業スマイルで見つめていてとても怖かった。流石ににちかが(おそらく悪ふざけで)それなりなブランドのチョコを渡そうとしたときはさすがに「お話」されていたが。

 そして今――

 

「あの……さすがに職場では」

「………」

 

 夜のアイドルが帰った事務所。プロデューサーの膝の上に座ったはづきがごすごすと彼の胸に頭をこすりつける。

 事務所ではこういったやり取りは基本しないと決めていた。これは公私を分けるという意味もあったが、一度やらかして社長に大目玉を食らったという経験でもある。

 

「……別にあなたがアイドルに目移りしているわけじゃないってことは分かってる。でも……嫉妬はしちゃう」

 

 最初に奪ったのは私なのにね。いつものように自嘲する言葉に対して彼が口を開き

 

「――っ!?」

「………」

 

 彼ははづきに唇を奪われた。彼の言葉を、甘い甘言を前もって潰すように彼の口を塞いだ。彼は驚きつつも抵抗しないから何度も啄むようなキスが交わされる。

 

「――、――、……」

「ふぅ……」

 

 何度も啄まれて、唇が放された。少し困ったようにこちらを見る彼にはづきは体の位置を変えて対面座位の形になる。

 

「こっちを、見て」

 

 彼の顎を両手で持ち上げる。対面座位であるのと背筋を伸ばしたためはづきの顔は彼よりも高い場所にある。

 

「うん?」

「彼女たちを……アイドルの皆さんといるときは構いません。でも、私と2人きりのときは……甘えさせてください。私の愛で溺れてください」

「……はづきが窒息しないのであればいいよ」

 

 その言葉をきっかけに2人きりの職場での逢瀬が始まった。

 

 

「――っ、……」

「ぷはぁ……っ」

 

 ディープキスはこの2人にとっては児戯でしかない。ねぷ、ねぷ、ぴちゃ、ぴちゃ……粘性を伴った水音は時折発生する衣擦れと椅子がきしむ音で少し薄まる。顔の高さが上にある分、はづきの唾液が彼の口内に侵入する。

 唇を離し架かった銀色の橋をはづきは無感動にふき取った。

 

「……どうする? さすがに事務所では」

「ここでは私はヤろうとはしないよ。……私はね」

 

 なるほど、そういうことか。はづきの企みを察して彼はあえて挑発的な言葉をかけた。

 

「……さて、その気になるのかな?」

「――ふーん、そういうコト言うんだ」

 

 はづきはその不安定な体位であることを厭わずにデスクの上にあったチョコレートの山から1つ、端にあった透のものの箱を器用に、だが雑に片手で紙包装を破く。

 きれいに整頓された小さなハート形のチョコレートを複数無造作に掴むとはづきは聞いた。

 

「ホットチョコレート、飲みたい?」

「――じゃあお願いしようかな」

「はぁ~い」

 

 きっと彼もその言葉の意味を察したのだろう。思いっきり甘えた言葉を吐いたすぐ後にハートのチョコレートを口の中に入れて彼の耳に顔を寄せる。

 パキパキ……ポキポキ……。密着しているためチョコレートを噛み砕く音が2人の間で共有される。

 ぐちゅぐちゅ……ねちゃねちゃ……。咥内の温度によって溶けたチョコレートが彼の耳に粘つき、2人の間を離さない。

 しばらく煽るように、はづきが彼の首を強く抱きしめながらチョコと唾液の混合物が混ざり合う音を聴かせた後にゆっくりと彼女は彼の首を再び持ち上げ先ほどと同じように顔同士が相対する。

 

「――」

「うん、いいよ」

 

 何もしゃべれないであろうはづきに許可を出すと彼女はその唇を彼のものと合わせ、蹂躙した。

 とても浅ましい、ディープキスよりも口移しよりも浅ましいものだった。他人の本命チョコとはづきの嫉妬心と唾液の混合物でできたホットチョコレートもどきをローション代わりに2人はディープキスを交わす。混合物は彼の口に侵食し、それを利用してより粘つくお互いの舌が絡み合う。

 彼の脚にはづきの両脚が絡みつく。彼の太ももにはづきの股座が押し付けられる。彼の胸板にははづきの乳房が押しつぶされ、彼女の匂いが彼を染め上げる。

 混合物を彼は喉を鳴らしながら飲み込んだ。唇を離れていく。はづきの舌と彼の唇に茶色の橋が架かっていた。

 

「――ん、べぇー………」

「……」

 

 はづきの舌に残る茶色の粘性な液体。その妖しく照り輝くものが欲しくなって彼は強引に出ていた舌を咥えた。

 れろ、れろ……ぴちゃぴちゃ……じゅるるる……。

 

「――っ、――っ!?」

 

 驚き、暴れるはづきの頭を両腕で抑え込む。逃げようとする腰を自由な脚で逃がさない。

 口戯のごとく、彼ははづきの舌を咥え、絡ませ、吸出し、さらに唾液の分泌を促す。漏れたはづきの唾液が彼の顎からスーツへシミを作る。逃げようと必死になっていたはづきの体は腰砕けになっており、もはや反応する力がない。

 フェラチオに似たその行為を終えて彼がはづきの頭を開放すると彼女の眼はすでに蕩けていた。

 

「よく、こんなテクニックを……!」

「全部はづきが教えてくれた。アイデアは自分で作り出したけど。……浮気じゃないのははづきがよくわかってるはずだ」

「…………」

 

 少し意地になってこっちを睨むはづきをまるであやすかのように頭をなでる。自分の目線よりも上であるというのに、まるで意に介していない彼にはづきは少しいら立った。

 

「それでどうする? ……俺はお代わりが欲しいなぁ」

「………っ!」

 

 絶対にその気にさせてやる。

 ムキになったはづきは再びチョコレートを掌で砕いた。

 

 

 翌朝の事務所。

 

「ふぁ……ねむ」

「そりゃ昨日帰ってないからですよねー」

「――いや、昨晩はいつものようにプロデューサーさんの家で」

「制服になにをつけてるの?」

「!」

「冗談でーす」

「この――」

 

 からかって逃げ出したにちかをはづきが赤面して追いかける。

 それはいい。

 

「…………」

 

 証拠がないから叱れないが、しかしこちらを苦虫をつぶした顔で見る社長。その視線にプロデューサーは目をそらす。

 

「――ペット用の見守りカメラでもつけようか。夜は獣もいるみたいだからな」

 

 アイドル達の懐疑の視線を味方につけて言われた忠告には身を縮こませるほかなかった。

 




後日談、その2

次回の更新は未定です。
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