アイドル達の雰囲気がおかしい。
「な、なぁ樹里……」
「……なんだよ」
「なんでアイドルのみんなはこう……ピリピリしているのかな」
「………まさか理由が分からないなんて言わないよな?」
数舜考え込んだ後に「あぁ……」と漏らしてプロデューサーは納得した。
「凛世のこと……もしかしていろんな人に」
「バラすつもりは凛世も私も無かったんだけどなぁ」
ばつが悪そうに頭を掻いた樹里は共有スペース内にいた恋鐘と千雪を見た。2人は樹里とプロデューサーの視線から逃げるように顔をそらした。
「あの日の翌日、いつもと雰囲気が違う凛世を見て寮のみんなが問いただしたんだ。そこから……じゃないかな」
「それは……みんな俺から距離を置いている……っていうことか?」
「いや、距離を詰めようとしてるんじゃないか?」
距離を詰める、という言葉にプロデューサーは怪訝な顔をした。
「あー……今の言葉は忘れてくれ。その……こっちも……な。プロデューサーに隠したいことも1つや2つ、あるんだよ」
それは事務所の何人かが自分に好意を持っているということだろうか。
*
七草はづきは仕事終わりに桑山千雪と呑みに出かけていた。
「はづき~」
行きつけの居酒屋で千雪は机の上で突っ伏していた。
「どうしたのよ千雪……」
若干あきれながら、はづきは千雪に問いかけた。いつも以上に粗相を見せている千雪であったが、理由は何となく察していた。
「プロデューサーさんが、凛世ちゃんを振ったんだって」
「あぁ~……らしいね。甘奈ちゃんが言ってた」
はづきはそうは言っていたが、実際はほとんどのアイドルから似たり寄ったりの情報を受け取っていた。果てには妹のにちかも噂話のネタにしていた。
「凛世ちゃんが……告白したんだって」
「うん」
「私も告白したほうがいいのかなぁ……」
酔っぱらっているのか、とはづきは尋ねてみたかったが茶かすのも気が引ける。
「凛世ちゃんが最初に告白して……そして振られた。だから……ここから先は競争。どのアイドルが先にプロデューサーさんの心を射止められるかの。でも……勇気が出ないの」
思い人に告白するかどうかを悩む親友の発言に愛おしさを感じる。
(私がプロデューサーさんとセックスしたって言うと千雪はどんな顔をするのかな……)
「早くしないと、他のアイドルに盗られるんじゃな~い?」
「ん……それは……そうだけど……」
「甘奈ちゃん、時々プロデューサーさんにアタックしてるみたいだし~」
「んっ……うーん……」
「それに恋鐘ちゃんは千雪よりも胸が大きいし、透ちゃんは若いし……そろそろアラサーの千雪には……?」
「……」
「そろそろ本気出さないと、まずいんじゃない?」
「うん……」
千雪は子供のように不貞腐れながらも頷いた。気恥ずかしさからか更に酒をあおる。
「――でも、私のほうがプロデューサーとの年齢が近いし……」
「その理論で言ったら美琴さんや私が適している――ってことにならない?」
「……」
「私、プロデューサーさんのこと奪っちゃってもいいのかな~?」
「だ、ダメ~!はづきにも……盗られたくないの……!」
子供のように駄々をこねる千雪に「ごめんごめん」とあやした。
「でもね~千雪。たとえ振られたって良いじゃない」
「え……?」
「一度ぐらい振られても、何度も何度も告白して……何度もアタックすれば、プロデューサーさんも最後には千雪のことが好きになるんじゃないかな」
「……最初っから振られるって仮定しながら話すの、止めてほしいな」
たしかにそれもそうだ。はづきは再度、千雪に「ごめんごめん」と子供をあやすように慰めた。
*
はづきが考えていたことは、他の者も考えていた。
「プロデューサーさま……こちらを……」
朝の事務所では凛世がプロデューサーに包みを渡していた。
「……?」
「弁当でございます……本日の昼餉に……どうぞ……」
「えっ」
プロデューサーは驚いた。
彼は数日前、彼女を振ったのだ。
激しく狼狽している彼を見て、凛世はコロコロと笑った。
「凛世……俺はこれを受け取る資格が――」
「これは押しつけです。――凛世の……未練……。思いかなわず……それでも……プロデューサーさまへの想いを忘れられない……凛世のわがままでございます……」
「……凛世は、まだ……?」
その言葉に凛世は頷いた。
「はい……あなたさまへの恋情は……未だ、残るまま……。だから……最後まで……。凛世が諦めるまで……お付き合いください……」
その言葉――まだ諦めないと言う凛世の意思をプロデューサーは真っ向から否定できなかった。
「……俺はその言葉に『はい』と言わないぞ」
慄きながらも宣告をするプロデューサーに凛世はいつものように笑って見せた。
「ふふっ……プロデューサーさまは優しいのですね……」
「えっ」
「プロデューサーさまは……いつも……凛世が傷つかない言葉を……かけてくださるのですね……」
「……」
プロデューサーは閉口した。事実、彼は凛世に諦めるように諭したのは彼女がこれ以上無意味な恋愛に身を傷つける必要は無いのだ。
「凛世は……あなたさまへの恋情を……諦めるまで……。他の方へ恋情が移るまで……凛世は……ずっと――ずーっとあなたさまに……恋をする……それだけでございますゆえ……」
「……そうか」
プロデューサーは凛世を説得するのをやめた。
どうやら、事務所内の恋愛事情を解決するのは当分後になりそうだ。