葛の恋   作:勉強サボ浪

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経験皆無のカップル、夜のデートをその場の勢いで敢行してしまう。


Secret Liqueur

 東京の冬は寒い。温度もそうだが、からっ風に吹かれて乾燥している。

 事務所の洗面台の壁に掛けられた濡れタオルが乾いていた。共用スペースには加湿器が置いてあるが洗面台が置かれた廊下はノーマークだ。

 洗濯機へ持っていこう。冬の時期のタオルはこまめに替えたい。

 はづきはそろそろ退勤である。

 共用スペースに戻ると時刻は19時を過ぎた程度だ。プロデューサーが必死にキーボードを叩いている。

 

「プロデューサーさーん? まだですかー?」

「ちょっと待って――あと、10分ぐらい……!」

「さっきも同じこと言ってませんでしたか~? まぁ良いですけど……」

 

 はづきは不貞腐れたように彼の隣の席に座ると約束に間に合いそうにない恋人にどのような仕返しをしてやろうかと思案する。服を徐々に脱ぐのも、後ろから抱き着いて色々いたずらをするのも、ささやくのもやった。はてさてどうすればいいのやら。

 仕方がないので彼がキーをたたいている様子をスマホで撮った。え、と彼が声を漏らすのを無視してチェインに写真を流した。

 

七草はづき「デートの約束が遅れそうですね~」

 

 おそらくパソコンの画面に通知が来たのだろう。プロデューサーの強張った瞬間、一気に通知が来た。

 

浅倉透「やめてよね。グー」

三峰「えぇ……」

風野灯織「こういう事務所の神経を逆なでするのは良くないと思います」

大崎甘奈「こういうのよくないと思います」

てんか「なーちゃん。釣られちゃダメだよ」

 

 非難囂々のタイムラインに鳴りやまぬ通知。ある程度は満足しつつも足りないはづきはさらに文字を流す。

 

七草はづき「お仕事の部分では皆さんが支えてくださいね」

緋田美琴「わかりました」

斑鳩ルカ/Ikaruga Ruka「絶対褒めてないだろ……」

Natsha Arisugawa「お仕事の部分をすっごく強調してそうだわ……」

杜野凛世「構いません……。ご夫人が……いらっしゃらないときは……凛世がパートナーですので……」

樹里「ビジネスパートナーって意味だろ……」

樹里「……だよな?」

七草にちか「……プロデューサーさんが仕事で自分に構ってくれないからって煽らないでくれませんかね」

七草にちか「私がとても気まずい」

てんか「おねえちゃんって、大変だよね……!」

樹里「それはどういう意味で言ってんだ?」

大崎甘奈「甜花ちゃんは頑張ってます!!!!」

樋口「どういう感情で言ってる?」

 

 プロデューサーの責めるような視線に対してはづきはしれっとした表情で受け流す。悪いのはアイドルを煽った自分ではなく、結婚式間近の恋人とのデートを仕事を理由にほっぽっている彼が一番悪いのだ。

 

「プロデューサーさーん? まだですかー? まだ時間がかかるのでしたらもう少しチェインで……」

「あー、もう! わかったから! 少しだけ待って!」

 

 追いすがる通知の量を丁重に自身のパソコンをシャットダウン。それをチェインの通知が阻もうとするが、丁重に「強制的にシャットダウン」を押して強引に落とした。

 

「遅かったですね~」

「こういうのは……ちょっと……!」

「こういうの……というのは、こういうことですか~?」

 

 と言って、はづきがスマホをタップする。しまったと思った時には遅く、スマホの通知が鳴る。

 

七草はづき「では私たちは今夜はもう出れないですので。お疲れ様です~」

 

 さすがのアイドル達も遠慮のないはづきの言葉に苛立ったのか、直情的なスタンプと絵文字爆撃が舞う。グループラインが一瞬で惨状になったのを満足げに見たはづきは誰が見ても分かるようなアルカイックスマイルをこしらえて言った。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「……はい」

 

 迅速に戸締りを済ませていくはづきに彼はため息をつく。

 さて明日はどのようにアイドル達に言い訳をしようか。

 それよりも……ご機嫌斜めな恋人をどのように宥めようか。

 

 

 たまに使うバー。ともに提供されたコースターにある短い文言にはづきは苦い顔をする。なんなの、カクテル言葉って。適当にロマンチックな言葉を使えばホテルへ行く都合がつきやすいのだろうか。

 大して読まずにメロンボールを飲む。黄緑色の液体はウォッカが用いられたとは思えないほど甘く、メロン味のアイスキャンディーを彷彿とさせる。

 

「なぁ、はづき」

「なんでしょうか恋人を無視してかわいい女の子ばかりに気をかけているプロデューサーさん?」

「別に無視はしてないけど……」

「ふぅん……。そんなカクテル飲んでるくせに、ねぇ」

 

 数瞬前まではカクテル言葉に対して嫌悪感を示してたくせに、プロデューサーが頼んだカクテルのは一瞬で読み取っていた。

 カーディナル――優しい噓。名前も「枢機卿」とアイドルを支える人間らしい名前だ。

 

「はづきには噓をつかないよ」

「またそんな甘いことばかり言って……。騙されませんよ~」

 

 拗ねる。

 子供っぽいと自覚はしているが少しは反省してほしい。……ただ使い古された「私と仕事、どっちがいいの」を使えるほど馬鹿ではないし酔ってもないから中途半端にいじけるほか無いのだ。

 

「私は……プライベートの時はアイドルではなく私を見て欲しい。――私だけを見てほしい。あなたは否定するだろうしその気がないのは知ってるけど……いつ他の人に盗られるか分からないから……怖い」

「そんなに……見てないかな」

「プライベートが短いから、満たされない。もっと恋人らしいことしたい」

「恋人らしいこと………」

 

 彼がその言葉を反芻するのを聞いていると何だか自分も恥ずかしくなってきた。

 それ以上に、自分が彼に何をしてほしいのかもよく分かっていないのにいろいろ要求するのも良くない気がする。

 よくよく考えてみたら自分たちの恋人らしいことなんてセックスぐらいしか……。

 

「――じゃあ出かけましょうか」

「え?」

 

 だから彼の口から出た言葉に驚いた。

 そしてその言葉に少しだけ期待してしまった。

 

「恋人らしいことを今からしましょう」

 

 そう言う彼の姿は少し意固地になっている気がした。

 

 

 まぁ事実を列挙してしまえば分かり切っていた。

 七草はづきは青春をバイトに忙殺され、まともな恋愛をしていない。彼との恋愛も性愛と独占欲を拗らせた結果のものであり、小説や映画のようなシチュエーションを挙げることすら難しい。

 彼も高校生からまともな恋愛をしていないことは明白である。それは大晦日の一件から分かり切っていたことだ。

 2人の中にある恋人らしい経験といえばセックスとそれに付随する愛撫であり、それ以外となると互いの両親に会いに行くというものだ。

 ……いや、だからって

 

「――これはおかしくない?」

 

 デート先にケチをつける恋人は最悪だとどこかのサイトに載っていたが今だけは許してほしい。

 雑居ビルの地下にあるのは雰囲気のある間接照明の焚かれた場所ではなく、蛍光灯が明瞭に照らす風情のない部屋では大量の銃、銃、銃。

 トイガンが並ぶシューティングレンジなどデートスポットとしては落第点だろう。

 

「……そうだよなぁ」

 

 はづきのぼやきは彼の肯定の言葉で行き先が行方不明になった。

 

「なんか他にふさわしい場所とかなかった……? 例えば……………バッティングセンターとか、シーシャバーとか」

 

 なんとか挙げた2つのシチュエーションだが、少なくとも後者においては嫌煙家の自分向きではないと言ってから気づいた。

 その思考に同調するかのように彼は釈明する。

 

「バッティングセンターは酔ってたら使っちゃいけないから。シーシャは……はづき、行ったことあるのか?」

「………勢いで言ってみたけど、行きたい場所ではないかも」

 

 予測されていたこと、そして自分の浅慮な発言が腹立たしい。

 自分が嫌がるであろう場所は絶対に選択しない気遣いがアイドルたちを惑わせ、はづきを苛立たせるのだろう。

 感情を誤魔化すように言葉を連ねる。

 

「……なんでこんな場所知ってたの? あなた好みの場所ではないと思うけど」

 

 あなた好み、とは言ったが別に彼の好みを把握している訳ではない。よくこんなこと言えたなと少し思う。

 

「ほら、映画パロの朗読劇の時に射撃シーンがあっただろ? それにアイドルは時折そういうシーンを使うから、って理由でバイトに教わった」

「あぁ、バイトさん……」

 

 確かにバイトの好みではありそうだ。

 腑に落ちない部分はいっぱいあるが……少し困った顔で対応する店員にも失礼だろう。そう思ってはづきは「……30分だけなら」と言った。

 

「それで……どれがお勧めなんでしょう。店員さん」

「そ、そうですね……まぁ一番初心者向けなものと言えばこちらの――」

 

 店員ははづきが若干不満げなのを感じ取ったらしい。喧嘩中だと思われるカップルを下手に刺激しないように店員は2人の様子を伺いながらセールストークを始めた。

 

「――と、まぁ簡単に言えばこっちかスポーツタイプで反動も小さくてとても撃ちやすいです。逆にそちらが反動をかなり強くしているため実銃と遜色のない撃ち応えです」

「じゃあ……その両方で」

 

 店員は気まずい空気を払拭しようと映画がどうとかの話を試みていた。しかしはづきがガンアクションものの映画を全く見ないおかげでよい反応が得られず、最終的にすごく簡単な説明になってしまった。

 

「これ持って」

「あ、うん――ん」

 

 相当なカスタムがされているのか、グリップなどいくつかの部分に木目塗装がされている黒いライフルはかなり重い。重さに比例してかその外装はとても重厚に見える。

 反面はづきが持っているベージュのライフルはプラスチック製でとても軽そうだ。

 

「それではシューティングレンジにご案内させていただきます」

 

 案内された場所は、まぁ雑居ビルの一角を使ってるんだなと言うことが分かるような白い壁の場所だった。机の向こう側には賑やかしのための理由不明な蔦の装飾と棚と金属の小さな円盤がいくつか。

 店員はエアガンの操作方法を教えるとすぐにレンジから出て行った。まぁあまりカップルのデートに関わりたくないのだろう。

 

「……その、嫌だった?」

「イヤではないけど……どういう表情をすればいいか分からない。銃に興味はお互い無いでしょ?」

 

 たしかこうだったか、とジャラジャラとBB弾が満載されたマガジンをライフルに入れてチャージハンドルを引く。パカリと蓋が開いたがこれは仕様らしい。

 トリガーを引くと思った以上に軽く素直にBB弾が放たれた。その様子にはづきは不満そうに眉をひそめて銃を眺める。

 

「かる……。こんなもんなの?」

「それスポーツタイプで軽くできてるんだって。たしか……サバゲーだと動き回るから」

「ふぅん……。あなたの持ってるものも良い?」

「机の上に置いてあるからご自由に」

 

 とりあえずベージュのライフルを彼に渡し黒いのと持ち替える。黒いのは形状が違う。一通りレクチャーは受けたが、うまくマガジンが刺さらない。

 

「ん、ん~……うん?」

「あーこれもうちょっと角度をつけて……失礼」

 

 断りとともにはづきの背中から彼の腕が伸びて、抱きかかえるかのように、彼女の体を支える。いきなりのことに少し体が停止する。

 

「あ……嫌だった?」

「びっくりしたかな。――こら、勝手に離れない。ちゃんと私を支えて、ね?」

 

 引っ込みかけた宙の腕をつかんで逃がさないようにする。……もしかして自分はそんなに他人に甘えない孤高の女アピールをしているのだろうか?

 彼の腕が強引に銃口を上に向けさせられる。空いているはづきの右手を彼が握った。

 

「――……」

「ほら、マガジンを握って……かなり角度をつけないと入らないから。こう……引っ掛けるように……」

 

 口で説明できるほど習熟していないだろう。たどたどしい手つきだったが、それでも彼女にどうにか教えようと強引に腕を引っ張っていた。

 ――不器用だ。ものすごく。口うまくアイドルたちを動かす八方美人の好青年がものを教えるのに苦慮している様がものすごく

 

(――お父さんみたい)

 

 自転車の乗り方を教え方そっくり。弁護士だというのにひどく口下手だった。

 カチン、と音が鳴ってマガジンが刺さった。

 

「――で、チャー……えーっと、右側のその出っ張ってるところ引っ張って」

「あ、えっと……右側右側……」

 

 少し茫然自失になったことをごまかすようにチャージハンドルを引っ張り離す。金属音が響いた。

 

 

 初めてのエアガン射撃の感想としては「こんなものか」というものだった。

 確かに遠くのものを正確に狙い撃つというのは面白いものだったが、プライベートの時でも神経を張るほど自分は勤勉ではないのだろう。

 

「……素直にカラオケ行っておけば良かったかな」

 

 店を出るなり彼が後悔するようにつぶやいた。

 

「そんなことないよ。初めてのことで意外と楽しめたかな~」

 

 ただもう一度行きたいとは思えないが、とまでは言わない。

 地上に上がる階段を上りながら2人は考え込む。

 

「……恋人らしいことって何だろうね?」

「確かに」

 

 少なくともセックスをするだけではないことは明らかだ。いちゃつくといっても、身体的接触はいくらでも――

 

「――あ」

 

 ふと思い出したかのようにはづきが声を出す。それに釣られて彼も歩みを止めた。

 

「どうした?」

「いや、1つ思いついたんだけど……ちょっと恥ずかしくって」

 

 すこし困ったように目を背け、頬を染めたがはづきが思いついた案はなかなか消えてくれない。

 だから少しだけ我慢して、言った。

 

「頭を、撫でてほしいな……って」

 

 七草はづきは彼に父性を感じた。不器用ながらも、支えるという思いを感じた。

 だから甘えたいって思った。彼に甘えられたいと思いつつ、彼には甘えられないプライドを誇示しながらも――彼に甘えたいと思ってしまったのだ。

 彼には甘えたくないのに、甘えられないのにと思いつつもはづきは彼に依存してしまいそうになった。

 

「……頭を?」

「だって初めてのことで手間取ったし、でも初心者としては結構いいスコアを出したし――ってことじゃダメ?」

「いや、むかし頭を撫でようとして怒られた」

 

 はっきり言って覚えがない。そんなことあったっけ、とはづきが訊くと彼は言いにくそうに言った。

 

「その……ベッドの上で。頭をなでようとしたら『子ども扱いしないで。髪が乱れる』って」

「あ~………言ったかも」

 

 自分がそんなことをいう様をまざまざと想像できる。どうせセックスなのだから髪なんて乱れまくっているのに、そんな言い訳をする自分がなんともみっともない。

 

「……本当に良いのか?」

「大丈夫、文句言ったりしないから」

 

 そう言ってはづきは目を瞑る。別にキスをするわけでもないのだが、言わば「撫で待ち」の表情が分からなかっただけである。

 おずおずと彼の手がはづきの頭の上に乗って、どちらかというと髪を梳くように優しくなでる。女性の髪のケアの煩雑さを知っているから粗雑に扱えないのだろう。

 ぞくりとした。普段感じる性行為用の愛撫は自分が彼に提供し甘えられるもののような感覚だったのだが、これは彼にすべての力を預けるようなそんな感覚だ。

 

(……蕩ける)

 

「待って。勝手に撫でるの止めないで」

 

 時間を忘れて頭を撫でられる感覚に身を委ねていると、それを止めようとした彼を引き留めた。

 

「そんなに気に入ったのか?」

「……うん、悔しいけど。でも~」

 

 引き留めた彼の手を自分の頬に移動させて無理やり撫でさせる。その感覚は自分で動かしているためか、いまいちうまく感じられない。

 

「ずっとここだと……まずいよね~」

 

 ここは店の前。さすがに営業妨害だ。

 彼の腕に絡みついてはづきは誘うように自身の体を腕にこすりつける。

 

「続きは家に帰ってから……じゃだめ?」

「相変わらず……。何というか、結局俺たちってこうなるんだな……」

「うるさ~い」

 

 そう言って2人は階段を上っていく。

 地上の空気はひどく寒く、1人だけの体温では到底耐えられそうになかった。

 

 

 




どうも、勉強サボ浪です。

これにて葛の恋の番外編の更新を終了します。
……いや、違うんすよ。スランプとかじゃなくって、Pはづばっかり書いててネタ切れ起こしてるんすよ……。

この作品シリーズ書きながら「やっぱカプ小説……苦手やな!」って思っていました。本編のようなハーレム全否定ものとかアダルティックな表現とかを盛り込みまくればある程度は書けるんですけど、そろそろPはづで恋愛小説を書き続けるのは無理があると判断してました。
純愛、むずい。思想を大量にぶち込まないと私はうまくSSを書けない性格らしいです……。

時間的にも精神的にも余裕があれば葛の恋アペンドパッチ完全版が何らかの形で世に出すかもしれませんが、現状は何も決まっていないに等しいので全く期待しないでください。

それでは、これまで応援ありがとうございました。
私のような思想のおかしい人間ではなく、穏やかな人がPはづ作品を書いてくれることを祈ります。
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