葛の恋   作:勉強サボ浪

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夜の続きを

 事務所の朝。千雪がプロデューサーに話しかけていた。

 

「プロデューサーさんは今日も朝食、抜いてきたんですか?」

 

 責めるように冷たい視線を向ける彼女の目線から逃げるように逸らした。

 

「う……すまない」

「私に謝られても困りますよ」

 

 もう、と千雪はバッグから小さなバスケットを取り出した。

 

「お腹の足しに、これを……。軽食のフルーツサンドです」

「え?でも……」

「良いんです!どうせ、おやつに食べるために持ってきたものですから」

 

 そう言って彼女は顔を真っ赤にして共有スペースから出て行った。

 

「困ったな……」

 

 彼女の厚意はうれしいが、好意には答えられないのだ。しかし無下にするにもいかない。

 彼はバスケットのふたを開ける。色とりどりの果物がクリームとパンに挟まれて、とてもおいしそうだ。

 食べると口の中に果物の瑞々しい酸味とクリームの柔らかな甘みが広がる。とてもおいしい。

 

「あ!プロデューサー!」

 

 共有スペースに入ってきた恋鐘が驚いたような声を上げる。

 

「なんね……プロデューサーが朝ごはんを食べるなんて……めずらしい」

「はは……千雪が俺にくれたんだ」

「ふーん……千雪が……」

 

 恋鐘は納得したようにうなずく。若干批判するような視線なのはプロデューサーの勘違いだろうか?

 じっとこちらを見ている恋鐘に思わず食べる手を止めてしまう。

 

「……何だよ?」

「ううん、なんもないよ。――これ、プロデューサー!」

「おっ――いつもありがとうな」

 

 恋鐘からお手製の弁当を受け取る。

 彼女だけではない。プロデューサーは毎日、誰かから何かしらの昼飯代わりの何かを受け取っていた。なぜか被ることは一度もなかったが……。

 

「今日は鳥のつくねがメインよ~!」

「うん、ありがとう。今日の昼も楽しみだな!」

 

 と、プロデューサーは言っているし本心から思っているが何故彼女たちアイドルが彼に餌付けのようなことをしているか分かっているから、嬉しいかと聞かれたら微妙だ。時限爆弾を抱えているようなものだ。

 そんな彼の内心を鑑みずに、彼女は「えへへ……」と嬉しそうに笑っていた。

 

「じゃ、うちはレッスンに行ってくるけん!」

「おう!がんばれよ」

 

 

 チェインのとあるグループでとあるやりとりが行われていた。グループ名は「Pラブ最前線基地」。

 

恋鐘「千雪~~~~~!抜け駆け禁止~~~~!」

杜野凛世「千雪さん……?」

桑山千雪「いや、違うの」

桑山千雪「プロデューサーさんが朝食忘れていたから、軽食のサンドイッチあげただけ」

恋鐘「理由になってなか」

恋鐘「逆やろ? 元っからサンドイッチ渡しに持ってきたつもりやったんちゃうか?」

大崎甘奈「千雪さん……?」

浅倉「おー」

浅倉「そういうのもあるのか」

 

 彼女たち――プロデューサーに恋愛感情を持っているアイドルはこのグループの中で様々な相談や牽制をしていた。

抜け駆けをしてしまえば事務所内の雰囲気が悪くなることは全員が承知している。だから、抜け駆けをしないようにこのような仕組みを整えたのだ。ちなみにプロデューサーに弁当を渡す人がダブルブッキングしないのは、このグループでいつも話し合っているためである。

 

恋鐘「透~~~!なに感心しと!」

浅倉「いっしょに食べればいいんだなって」

浅倉「朝食」

大崎甘奈「抜け駆け禁止!」

大崎甘奈「プロデューサーさんには私からちゃんと朝食を食べるように注意しときます!」

恋鐘「頼むばい」

浅倉「あれ」

浅倉「おかしくない?」

杜野凛世「甘奈さん……?」

 

 ――と、中身は平穏とは違う少し油断したら誰かが抜け駆けをしようとする場所だったが、激しい喧嘩が起きないのは283プロの民度を表しているのかもしれない。

 

 

 夜になった事務所でプロデューサーはそれぞれのユニットのレッスン計画を立てていた。

 仕事上とはいえ、アイドルのことを考えていると彼女たちに向けられる恋愛感情について考えてしまう。

 

――いっそアイドルの対応はアルバイトとはづきさんに任せてしまおうか。

 

 そのような思考が湧き出てしまう。

 

――情けない。

 

 自分をそのように思ってしまう。

 

「お疲れのようですね~」

 

 そんな時にはづきが彼の背中から声をかけてきた。

 

「はづきさん……」

「はい、七草はづきですよ~」

 

 そうおどけて見せる彼女はいつもと同じようにおどけてみせた。

 先日、とても体を重ねた関係だとは思えない。

 

 彼女は壁にかかっている時計を示した。その様子は少し苛ついているようにも見えた。

 

「プロデューサーさん……もう定時、とっくに過ぎてますよ~」

「あ……すみません……」

「事務所のカギ、どうしますか~?このまま仕事を続けるのであれば渡しますけど……」

「いえ、もう帰ります」

「はい~」

 

 作業を中断し、振り返るとすでに事務服から白のブラウスへと着替えた彼女がいた。

 どうやら早く帰りたいらしい。

 

「すみません……はづきさんの帰宅を遅らせてしまって……!」

「いえ~構いませんよ。――あ、でも」

 

 彼女はいたずらっぽく微笑むとプロデューサーに提案した。

 

「これから、飲みに付き合ってくれませんか?」

 

 

 はづきが千雪といっしょによく行く居酒屋で二人は一緒に飲んでいた。

 

「プロデューサーさんはいつになったら千雪と付き合うんですか~」

「えー……」

 

 ある程度食事をとった後で彼女がそのように絡んできた。

 

「千雪がプロデューサーさんのことが好きなの気づいているんですよね?」

「えぇ……まぁ……」

「でもプロデューサーさんはほかのアイドルにデレデレして……。千雪が嫉妬してましたよ~」

「別に、デレデレしては……」

 

 言葉だけ聞くと言い訳に聞こえるが、彼の発言は本心だった。

 アイドルに向けられる恋愛感情が重圧になっている。

 自覚はあるが、解決方法が思い浮かばない。

 

「……」

 

 どちらかといえば焦燥を感じ取ったのか、はづきはからかいの表情を消した。

 

「――もしかして、プロデューサーさんはアイドルへの好意が嫌なんですか?」

「――」

 

 彼は沈黙を貫き、手元にあった自分のカクテルを一気飲みした。

 この沈黙をはづきは肯定と受け取った。

 

「つらいんですね……」

「……つらいですよ」

 

 はづきの生半可な慰めに安心したのか彼は自分の感情を吐露し始めた。

 

「俺はアイドルに対して仕事上のパートナー以上の意味を持たせたくないんです。だってアイドルに手を出してしまえば、自分どころか事務所の問題になってしまう。――でもそれ以前に……俺はアイドルと恋人になりたくないんですよ」

「それは……なんでですか?」

「それは……」

 

 彼は自分のグラスを一度持って、中身が空であることに気づくと舌打ちをして卓上のタブレットで適当にアルコールを頼んだ。

 荒れているな、とはづきは思ったが口には出さない。

 数分後、届いた梅割りを半分ほど飲むと彼はため息をついた。それで一瞬我に返ったのか申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すみません……俺……」

「いえ、構いませんよ」

 

 はづきは彼を安心させるように微笑む。

 

「良いですよ」

「え……?」

「私はアイドルではありません。――同僚の愚痴を聞くのも業務の一環かと思いまして」

 

 その言葉にいくらか逡巡したのちに彼は己の心情を再び語り始めた。

 

「俺は……アイドル達にずっと理想のプロデューサーを演じていたんです。……ですから彼女たちに自分の醜い部分がバレるのが……とても怖いです……」

 

 自身の感情をある程度形にして外に出した彼はため息をついてはづきに謝罪した。

 

「すみません……言葉に甘えてこんなことを……」

「いえ……構いませんよ」

 

 はづきはその言葉に納得したように頷く。

 

「なるほど……プロデューサーさんが言い寄られているときいつも微妙な表情をしていたのはそんな理由があったんですね」

 

 その言葉に彼は目をそらす。

 

「……理由になっていませんよ。俺が素の自分に自信が持てないだけです」

「気にする必要はないのではないですか?」

 

 はづきの発言に彼は疑うような視線を向けた。その視線に答えるようにはづきは根拠をいう。

 

「だって……この前抱かれたときは、意外にも紳士的でしたよ~」

「……よりにもよって、根拠がそれですか………」

「でも、私はアイドルのみなさんよりももっと――裸のあなたを知っています」

 

 はづきは彼を安心させるために彼女は微笑んだ。

 

「そんなに気にしなくても良いですよ」

「それは……」

 

 彼は何かを逡巡して、話すのをやめた。

 

「それとも……あの時のあなたも何かを演じていたという訳ですか?」

「――わかりません。アイドルのために演じることに慣れすぎていて、醜い自分がどれだけ醜いのか……」

「なら……」

 

 はづきは肘をついて体を前かがみにする。

 

「私で、測ってみませんか~?」

 

 グラスを握る彼の手に触れ、撫でる。

 はづきの脳裏に千雪のことがかすめたが、彼の悩みを解決しないことにはどうにもならないからと心の中で言い訳をした。

 

 

「はづきさんは最初、千雪と俺を併せようとして今日の飲みに誘ったんですよね?」

 

 前回使ったラブホテルの一室。シャワーから出てバスローブを纏ったはづきを出迎えたのは彼のそんな言葉だった。彼はすでにシャワーを浴び終えている。

 

「なのにこんな――」

 

 このまましゃべらせるとホテルに誘った意味がなくなる。そう感じたはづきは彼の口に人差し指を立てて黙らせる。

 

「あなたはまず自己分析をしないといけません。良いところ、悪いところすべてを把握するために私を実験台にするんです。そして私は――あなたと千雪が結ばれることを応援しています。……私は実験台になることを望んでいるんです」

「そんな……実験台なんて」

 

 彼が倫理観に訴えかけて中止する作戦に出たことを察知してはづきは彼を強引に押し倒し無理やりキスをした。

 

「――っ!」

 

 彼は驚き、震える。

 

(ほら、ほら。あなたはどんな風に抵抗するんですか?)

 

 はづきは腕に体重をかけて彼の肩をベッドに沈みこませる。

 

(あなたはどんな風に女と関わるのですか?)

 

 はづきは彼の脚に自身の足を絡ませて腰を押し付ける。

 

(あなたは私のような女に強引に襲われて、受け入れるんですか?)

 

「――ふぅ」

 

 はづきは顔を上げるとそこには顔を赤くした彼がいた。

 

「抵抗、なさらないんですね。あなたはレイプされそうになっているんですよ?」

「それは――でも――」

「ふふっ……優しいんですね~」

 

 きっと彼ははづきを傷つけないように本気で抵抗しないようにしているのだろう。

 彼の胸板に指を沿わせて首にキスをする。

 腰に感じる熱は彼が興奮していることの証拠だ。

 

「……どうなさるんですか~?」

 

 彼の手は宙を泳ぎ、そしてはづきのバスローブを強引に剥がした。

 

「ふふっ……意外とノリが良いんですね~」

 

 

「あなたの最大の欠点は言い寄られたら断らない、ということですね~」

 

 ラブホテルから出て帰路につくなか、はづきはそう分析した。

 

「よくもまぁ……あの凛世さんの告白を振りましたね……」

「あれだけは絶対に断らなければいけないと思ったので」

 

 彼の言葉には強い意志があった。

 

「昔、何かあったんですか?主に女性関係で」

「……――まぁ」

 

 彼の長い沈黙は彼の過去にあったことを推察するには十分だった。

 

「将来の恋人には伝えてくださいね~」

 

 その恋人の候補に、自分は含まれていない。

 そうであることを願いながらはづきは言った。

 

 

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