5月の入り。事務所では動画サイト用の動画の編集をしている大学生のバイトがいた。
「あー……お疲れさまでーす」
男子大学生のバイトが腑抜けた声で言った。やる気のなさそうに聞こえるが、実際は今の彼の頭の中は再試験と中間試験で埋まっていてアイドルのことなど考える余裕がないだけである。
プロデューサーはパソコンに録画データを移動させるバイトに声をかける。
「どう、順調そう?」
「どうでしょう……」
バイトはシークバーを適当に動かし撮れた映像を簡単にチェックする。
「TRPGのセッションを動画にするっていうアンティーカの提案はこれっきりにして欲しいですね」
「難しいか?」
「セッションの内容に沿ったコスプレをさせたは良いものの、それだけではやっぱり絵が単調ですよ。最初の数分は録画と字幕だけ、そっからは顔だけの映像とフリー画像でそれっぽい演出を――っていうのが理想なんでしょうけど、そうするとおぞましいぐらい編集量が増えて……ねぇ」
「クオリティの高い動画なら再生数も伸びるんじゃないか?」
「…………そっすね」
バイトは「分かってない」という表情を浮かべ、説得はあきらめた様子でメモ帳を開いた。
「何とかはしますよ、何とかは。大人しく外注のプロを雇わなかったことを悔やんでください――。と、そういえば」
バイトはこちらを振り返って好奇心あふれる、という目でこちらを見た。
「結局、プロデューサーはどのアイドルと結ばれるんですか?」
「……君もその話題を出すんだな」
「まぁ………いろんなアイドルから雑談という名の恋愛相談を受けてたら気になりますよ」
彼にもいろいろ気苦労があるのだろうか。
「俺はアイドルと付き合うつもりは無いかな」
「えっ。あんなに愛されているのにですか?」
「愛されている……まぁ、そうなんだけどさ」
その言葉は認める、と言わんばかりのプロデューサーの反応にバイトは首を傾げたが何も追求しなかった。
*
ストレイライトの面々はプロデューサーが運転する車の中で座っていた。
「あんたも大変ね」
そういうのはリーダーの冬優子だ。
「いろんなアイドルに言い寄られてるんでしょ?」
「まぁ……」
「安心しなさい。とりあえず、ストレイの中じゃあんたに恋してる奴はいないわ。たぶん」
冬優子はストレイのメンバーの寝顔を見渡す。彼女たちが確かに寝ていることを確認した後、バックミラー越しにプロデューサーを見る。
「……結局、あんたはアイドルに手を出すわけ?」
「――アイドルと一定以上の親密な関係に変化させるつもりはないよ」
「………アイドルではない人間なら恋愛関係になり得るということ?」
「からかってるだろ。……とりあえず今の俺は恋愛のことを考える気にはなれないかな」
プロデューサーのいかにも建前ですと言わんばかりの返答に冬優子は「ふーん」と無関心を装った声で応じた。
「――冬優子……冬優子も俺の恋愛事情に介入するつもりか?」
「そんなんじゃないわよ……ただ、事務所内政治に付き合わなければいけないわけ。大崎甘奈や桑山千雪なんてユニット内にも関わらずバチバチだし、アンティーカは月岡恋鐘が恋愛感情を隠そうとしてないからほかのメンバーは手出ししにくい状況だし……。ともかく!あんたがとっととはっきりしてくれないと事務所の中がギスギスするのよ!」
「……そうか。そうだよな………」
彼の反応がいつもの「理想のプロデューサー」らしからぬものを感じ、冬優子は内心おびえていた。
(バイトから話は聞いていたけど、やっぱりこいつの恋愛観に何らかの問題があるのは確からしいわね)
冷徹に分析する彼女の思考の裏に
(………わたしじゃ、無理よね。――もしかしたら、って思ったんだけどな)
密かにあこがれていた感情が無意味だったことを悲しむ乙女の想いが隠されていた。
(泣くな。泣くな、黛冬優子。――いま泣いたら、あいつは『理想のプロデューサー』に戻ってしまう。だから――隠し通せ……)