葛の恋   作:勉強サボ浪

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このシリーズにおけるコンセプトモデルです。


シャニPとはづきさんが一緒に飲みに行く話(嘘は言っていない)

 芸能プロダクション、283プロの社長である天井努はあまりプロデューサーに対して干渉しない放任主義をとっている。彼がプロデューサーに教えられることは研修中にすべて教えたつもりだし、たまに面談を行って軌道修正をしているのも事実だ。

 しかしそれだけでは部下とのコミュニケーションが足りないのではないか?そんなことを日曜日のラジオドラマを聞きながら思ってしまったのである。いわゆる飲み会というものが現代において問題視されているという風潮だが部下のストレス管理(それが仕事であれプライベートであれ)だって上司の仕事ではないのか――というのがそのラジオの内容である。

 なるほどな、それは否定できない。

 そんなことを思い、彼はプロデューサーに呑みの誘いをしてみたに至ったのである。

 

「――ということで、だ。今日の終業後、一緒に呑みに行きたいのだが……可能か?」

「あー……えっと」

 

 プロデューサーの視線が泳ぐ。回答は彼の思ったものではなかった。

 

「なに、別に私の自己満足なのだから断ってくれても構わない」

「いえ、行きたいとは思うのですが――今日は先約がありまして」

「先約?」

「はい……その、ほかの人と」

「ほう――恋人か」

 

 その言葉に事務所にいたアイドルの幾人がビクリと視線を向ける。からかい6割、期待4割で放った発言だったが事務所全体を揺るがすような発言だったかもしれないと少し反省する。

 

「いえ、恋人ではないんですが――一緒にカラオケに行く程度の仲、ですかね」

 

 その言葉や表情に嘘は見えない。社長とアイドルたちはそう判断し、安堵だったり興味だったりといった表情を見せる。

 

「あぁ――いや、すまない。あまりこういう話はハラスメントという奴か。うちの事務所には浮ついた話があまり無いから少し心配していたものでな……」

「心配、ですか」

「アイドルはさておき……お前もはづきも将来どうするのかと思ってな。家族がどうこうという――すこし不躾だったな。申し訳ない。今の発言は失礼だったな」

 

 そんなことを考えたのは未だに友人の幸せだった顔とプロデューサーを重ねてしまうからだろうか。視界に映るはづきの後姿を見て、そんなことを思った。

 

「いえっ、お気遣いありがとうございます……。しかし……まぁ、その、恋人のことは考えて――」

「いや! 気にしなくてもいい、今ではいろんな幸せの形がある――って、そんなことを話したい訳ではない!」

 

 焦ったように社長は話を軌道修正して、咳払いをする。

 

「まぁ――なんだ。友人同士の付き合いがあるのならばそちらを優先しろ。私との付き合いは――まぁ、いつかこちらから声をかける」

「はい……! 楽しみにしています」

 

 畏まってそんなことをいうプロデューサーに社長は止めるようにとそぶりをした。ただ彼は部下と呑みに行きたかっただけなのだ。

 しかし……と、視線をアイドルたちのほうに向ける。平静を装っているが、内心こちらの会話を伺っていることに社長は気づいていた。下手に事務所内で恋愛話を持ち掛けないようにしよう、と決心する。

 はづきがいつものように微笑みながらこちらにやって来た。

 

「社長~あんまりプロデューサーさんを困らせてはいけませんよ~。それにアイドルの皆さんは年頃なんですから、話題には気を付けてくださいね~」

「はづき……! その、すまない。もうしない」

 

 わかれば良いですよ~、と彼女は荷物をまとめたカバンを手に持ちながら退勤表に印をつけた。これから彼女は買い出しである。

 

「それでは、お疲れさまです~」

 

颯爽と彼女はプロデューサーのことを一瞥もせずに事務所から出て行ってしまった。

 

 

 夜8時過ぎ。退社したプロデューサーは事務所から少し離れたドラッグストアで色んなものを買って、入り口で野菜ジュースを飲んでいた。流石の彼でも夜中の終業後にコーヒーを飲むほど中毒ではない。

 

「お待たせしました~」

 

 その場にやってきたのは七草はづきだった。彼女の姿を認めると彼は一気に紙パックの中身を飲み干し、ごみ箱に捨てた。

 

「あぁ、はづきさん。最低限必要なものは買っておきましたよ」

「はい、――確認しました。それでは行きましょう~」

 

 昼に着ていた事務服ではなく初夏ということもあり、はづきは少し開放的なワンピースを着ていた。プロデューサーは彼女の手からエコバッグを引き取る。

 

「持ちますよ」

「え~……別に良いですのに」

 

 バッグの中身は酒とつまみがいくつか、加えて様々な原色をぶちまけたような箱が一つ。プロデューサーが購入した物品とほとんど変わらないラインナップにプロデューサーは顔を綻ばせる。

 

「それで、どこにしますか?いつものところにしますか?それとも……安いところにしますか?」

 

 街灯と店の明かりで薄暗さを微塵も感じることができない道を並んで歩きながらはづきが訊いて、プロデューサーは少し違和感を覚えた。

 

「いえ、いつものところで……何で安いところに?」

「だって私は『恋人じゃない』らしいじゃないですか~」

 

 えっ、とプロデューサーが驚いたように彼女の顔を伺う。彼女の顔はいつもの様に感情を見せない微笑みだ。

 

「あ、いや、でもっ!………えっと」

「こういうとこ、本当の恋人さんと一緒に行ったほうが良いんじゃないんですか~?」

「そういう訳には……! 女性をエスコートするんですから、きちんとしたところでやったほうが……!」

 

わたわたと己の発言を考えては引っ込めるプロデューサーに彼女は吹き出してしまった。

 

「すいません、ちょっとからかってみただけですよ~。本当は微塵も気にしていませんから~」

「………本当ですか?」

「えぇ。実際、恋人ではありませんからね~」

 

 はづきはそう言うと少し暑いと言わんばかりに胸元を扇いだ。プロデューサーからはきっと下着が見えたはずだが、彼は当然のように視線をずらす。その様子を見て彼女はまたもや吹き出しそうになり、抑えようとしたが忍び笑いが漏れ出てしまう。

 

「――ふふっ。すいません、紳士的なことは良いですが……既に『今更感』が強すぎると思いますよ~」

「いや……まぁ、そうかも、ですけど……」

 

 二人はネオン輝く夜の街を通り過ぎる。飲み屋の看板やカラオケの料金表が無料案内所やキャバクラの下卑た光に変化しても二人の手は繋がれないままだった。

 

「結局どうするんでしたっけ……。俺はいつもの場所で良いですけど。備品も一通り揃ってますし」

「はい、私も賛成ですよ~」

 

 そうして二人はいつもの場所であるとある建物に入った。エントランスではづきはいつもの様に沢山ある銘柄の入浴剤のうち一つを手に取る。

 従業員もいない、人気がプロデューサーとはづきしかいないエントランス。ただ普通のホテルと比べて異様に狭いのとよくわからない謎のモニュメントがある。

 プロデューサーはタッチパネルの前に立つと色々操作をして、はづきに見せた。

 

「どの部屋がいいですかね?」

「あ~……では、ここを」

 

 肩を並べて部屋を選択し「宿泊」と書かれた部分をタップして、彼女はすぐ近くの棚にあった貸しシャンプーのパッケージを眺めた。「最近、にちかがシャンプーの匂いに気づきはじめちゃって~」と、無香料と書かれたものを手に取る。

 

 上り専用のエレベーターに二人が入る。普通の建物と比べてやけに狭いそれのため、お互いの肩がくっつく。

 

 エレベーターが案内したとある階の廊下にある一室のランプがチカチカと点滅しているのが見えた。

 

「では、行きましょうか~」

 

――まるでコンビニに行くかのような気楽さで、

――七草はづきは同じ会社の男性社員と共にラブホテルの一室に入り、鍵をかけた。

 

「今夜も、よろしくお願いしますね」

 

 彼女は笑顔だった

 

 

 ラブホテルの一室で女性の声が響き渡る。

 すこしゆったりとした高音は間違いなく七草はづきのもので。

 蠱惑的な唇から発せられる彼女の声は――

 

――マイクを通して適切にエコー処理され、スピーカーを通して部屋中に拡散された。

 

「うわぁ……! 相変わらずお上手ですね……!」

「いえいえ~」

 

 ソファに腰かけたプロデューサーが手をたたいて褒めて、ベッドに座ったはづきがいつものように謙遜をした。

 新型コロナウイルスの影響でカラオケ店のマイクを使うことを忌避する人間が表れたことで、最近のラブホテルではカラオケが実装され始めている。カラオケと比べて数倍も値段は張るものの、この場所にはシャワーもベッドもウォーターサーバーもある。自由度が高いこの場所は明日も仕事がある両者にとっても都合がよかった。

 部屋にチャイムの音が鳴り響いた。どうやら注文した料理が届けられたらしい。

 

「取りに行きますね~」

「いえ、俺が――」

「お気になさらず~。私のほうがドアから近いですから~」

 

 プロデューサーの言葉を聞かず、はづきは二重扉の小部屋に入った。配膳台に並べられた酒と料理をトレイごと持ち上げて部屋に戻り、ソファの前のテーブルに置いた。彼に了承も得ずに勝手にソファに座る。

 

「よいしょ~」

「……何の躊躇もなく隣に座りますよね」

「今更じゃないですか~? 恋人でもないのに一緒にラブホに行く仲ですよ?」

「うーん、まぁ確かに……」

 

 未だに照れを隠さない彼にはづきは少し笑う。はづきは未だに昼のことを根に持っているようだ。

 

「まぁまぁ、ビール飲みましょう~。は~い、カンパ~イ」

「……乾杯」

 

 キン、とビールジョッキ同士がぶつかり両者ともにジョッキの中身をある程度飲んだ。そして大きなため息。奇しくも同じ行動をしたことにより2人は顔を見合わせて笑う。肩がくっつくぐらいの至近距離なのだが、お互い離れようとしない。

 プロデューサーが皿に盛られたソーセージをフォークに突き刺して口に運ぼうとしたときに、はづきがおもむろに口を開けた。

 

「あ~ん」

「……はづきさん?」

「あ~ん」

「あぁ……はいはい……」

 

 苦笑しながらも彼ははづきの口の前にソーセージを持っていくと半分ほど残して食いちぎられた。平然と彼は残ったそれを口に運ぶ。

 

「いつも頼んでますよね、ソーセージ」

「ハーブが効いていておいしいじゃないですか」

 

 ソーセージを頼んだプロデューサーがそんなことを言っているさまを、子供を見るような感覚ではづきは眺める。仕事中は立場もあってか大人ぶっている彼もプライベートではその無邪気さも相まって余計子どもに見える。もっとも彼女が彼のそのような姿を見ることができるのは大人の場(ラブホテル)であることがあまりにもミスマッチだったが。

 はづきは鉄板の上のチキンステーキをナイフで切り、一切れをプロデューサーに差し出した。

 

「はい、プロデューサーさん。あ~ん」

「んっ…………ありがとうございます」

 

 おっかなびっくり、という感じでステーキを噛む彼を肴にして柔らかい鶏肉の脂をビールで流す。最近の冷凍食品会社が企業努力を怠らないのか、それともこのラブホの料理担当の腕がいいのか意外と美味だ。

 

 ある程度料理を食べるとプロデューサーがカラオケのリモコンを手に取った。

 

「それじゃあ、俺も歌いますね!何を歌おうか……」

「は~い。では私はビールをどんどん飲みますよ~」

 

 

 ――22時過ぎ。

 結局2人は何度も歌っては飲んで食べてを繰り返して、そして歌い飽きた。

 

「これから、どうしますか……?」

「どうしますって……いつもやってますよね~」

 

 どうぞ~と、はづきは自分の隣をぽんぽんと叩いた。それを見てプロデューサーは机の上にあるレジ袋から原色をぶちまけたような小箱を取り出し、ベッドにいるはづきの隣に腰かけた。

 

「ふふっ……やっぱりヤる気いっぱいじゃないですか~」

「…………はづきさんだってその気満々じゃないですか!」

 

 プロデューサーははづきを押し倒して覆いかぶさった。首元に顔をうずめ、彼女のシトラスの香水と汗の匂いをかぐ。「もう~」と、はづきはむしろ歓迎するようにぎゅ~と抱き着いた。

 

「ほら……いつものように体重をかけてもいいんですよ……?」

 

 その声に従ってプロデューサーははづきの上ではづきの体を全身で感じる。豊かな双丘が胸板によって押しつぶされ、生足がからみつく。甘えるような彼にはづきはまるで子供をあやすように頭をなでる。はづきはプロデューサーの耳を舐め、手探りで彼のシャツのボタンを外していく。

 

「今夜も、よろしくお願いしますね……?」

 

 はづきはいつもの様に囁くように、甘えるようにプロデューサーの理性を溶かした。

 

 

 入浴剤で着色されたお湯がジャグジーによって泡立つ。2人で同じ浴槽に入ってはづきはプロデューサーの膝の上に座り、プロデューサーは後ろから彼女の腰を抱く。はづきは彼の脚に生足を絡ませて、まるで甘えるかのように彼に背中から体重をかける。

 

「だいぶ頑張りましたね~。溜まってらっしゃったのですか~?」

「ん……」

 

 彼は照れたようにさらに強く彼女を抱きしめて首にキスをする。

 

 2人は恋人ではない。

 2人っきりでホテルに行き、食事とカラオケをするついでに一夜を供にすごす仲であっても。この関係は他の誰にも伝えてはいけないというのはお互いが認知をしている。

 しかし七草はづきはプロデューサーを愛している。

 どんな人にも優しいところ、いつもは理路整然としているのにプライベートだとまるで少年のように笑うところ。

 自分に甘えてくれるところ、ベッドの上で指を絡めて手を繋いでくれるところ、いつも優しいのに攻めるときは容赦なく自分を高めてくれるところ。

 何度か体を重ねるうちに彼女が彼に抱いている感情が恋愛感情であることに気づいた。

 それでも恋人にならないのはアイドル達がプロデューサーのことを愛しているから、自分がその恋路を邪魔するわけにはいかないからだ。

 

――私はアイドルたちの恋愛の障害になってはならない。だから私は彼の性愛の対象となろう

 

――それでも自分が彼の将来の重荷になるように、葛のように彼の体に纏わりつけば彼の寵愛を受け続けられるんじゃないか

 

 自身の昏い感情を性欲に変換して、今夜もはづきはプロデューサーに抱かれるのだ。

 

「――はづきさん?」

 

 心配するかのようにプロデューサーははづきの頭を撫でた。

 

――なんで恋愛感情には気づかないくせに感情の機微を彼は気づくのだろう……。

 

「何でもないですよ~」

 

 宙にあるプロデューサーの右手を左手でつかみ、指を絡める。

 この手を離すべきなのだが、離したくない自分に七草はづきはどうしようもなく自己嫌悪していた。

 

「はづきさん……そろそろ上がらないと。のぼせますよ」

「嫌です。……もう少しだけ、いっしょにこうさせてください。――そしてもう一度ベッドの上で愛してください……」

 

 あぁ、どうしようもない。自分の彼に対する独占欲がいつものように暴走していくのを感じる。

 絡めていた手を放し、彼に正面から抱き着く。彼は驚きつつもいつものようにやさしく頭を撫でてくれた。石鹸と入浴剤の匂いがはづきの鼻孔を満たす。

 アイドルにも事務員にも――誰にでも無償で提供される彼の優しさをはづきは自己嫌悪するほど愛していた。だからはづきは彼がアイドルにだけ提供する過剰な加護以上の優しさを欲していた。

 

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