人工フラクトライトとして紫の十字架は生まれ変わる   作:出涸らし皇子のファン

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一気に原作の少年時代を終わらそうとしてだいぶ長くなったし、遅くなりました。申し訳ありません。


第五話 突然の別れ、崩れる日常

 

「ねえ、これはこの材料を使ったほうがいいんじゃない?」

「あっそうね、そうしましょっか」

 

今ボクはアリスの家にいて、一緒にお弁当を作っているところだ。

今日は果ての山脈にある氷の洞窟探しに出かけるので、保ちのいい材料で作らないといけない。

 

「よし、そろそろ行きましょう!」

「少し遅れちゃったかな?」

 

そう思ったボクらは小走りで北の門に向かう。

 

「「遅い!」」

「あんた達が早すぎるのよ。まったくいつまでも子供なんだから」

「まあちょっとお弁当作りに手間取っちゃったよ」

 

そしてアリスは当然と言わんばかりにキリトとユージオに荷物を渡していく。あまりの自然さと似たようなことがあったなと思わず笑みを浮かべる。そうしてアリスはまた草穂を一本摘み取る。丸く膨らんだその先端でびしっと彼方にそびえる岩山を指し、アリスは元気よく叫んだ。

 

「それじゃあ、夏の氷を目指して出発!」

 

 

「ふんふんふふーん♪」

「まったく、楽しそうだなあ。俺らいつも荷物持ちだってのにさ」

「まあ、しょうがないよ。それにアリスは僕らとこうやって遊べるのも今だけかもしれないし」

「えっなんで!?」

 

ユージオが急に不穏なこと言い出すので驚いてしまった。というかどうしてそうなるの?

 

「なんでって言われても、アリスは村長の娘だから村の模範的存在として男子と遊ぶのはもちろん、神聖魔法だけでなく立ち居振舞いや作法のレッスンも受けるようになるに違いないよ」

「うーん、身分の差ってそんな大事かなぁ、それより1人の剣士とか術士として生きたらダメなのかなぁ」

「剣士か…」

 

そういうとユージオは黙って遠くを見る。きっとユージオは剣士に憧れを持っており、そういう未来を見ているのだろう。

 

「まだ終わった夢じゃないぜ」

 

隣のキリトが呟く。しかしユージオは諦めの声で、

 

「いや、終わったさ」

「ユージオ…」

 

そう、この世界で一度決まったことは取り消せないので、衛士という天職をもらえなかった時点でもう無理だと思っているのだろう。

 

「一度決まった天職は変えられないよ」

「たった一つの例外を除けばな」

「ん?例外があるの?」

 

ユージオが苦笑して教えてくれる。

 

「あのギガスシダーを切り倒すことさ。転職をやり遂げれば次の天職は自分で決められる。それを言いたいんだろ?」

「わかってるじゃないか、ユージオ。むしろ羊飼いとか麦造りとかの天職でなくて良かったと思ってるぜ。そういう仕事には終わりって無いけど、俺たちのは違う。絶対何か方法があるはずだ、あの樹をあと3、いや2年で切り倒して、そしたら……」

「ザッカリアの剣術大会に出る」

「なんだ、お前もその気なんじゃないか」

「キリトにだけいい格好はさせられないからね」

「そっかあ…できるといいね!そうだ!ボクもそれにしよう!」

「え、ええっ!そ、それはだいぶ先どころか一生できないかもしれないよ…」

「あーそっか、ユウキの天職ってまだ保留だったもんな」

「ちょっと!なに私だけ仲間はずれにして話してるのよ」

 

そう言ってアリスはご立腹のようだ。たしかに後ろ3人でヒソヒソ話をしてたらそうなっちゃうか。

 

「ごめんごめん、ちょっと今後のあれこれを…」

「なあに、やりたい天職でも見つけたの?」

「んー、そんな感じ?」

「だ、だからユウキ、僕達がギガスシダーを切り倒せると決まったわけじゃ…」

 

そんなことを話してるうちに川に着いた。ユージオが水に手を突っ込むけど、「とてもこの水温じゃ氷は流れない」ようだ。まあボクらは洞窟まで行くつもりだったので大した問題じゃないが。

 

「でも、夕方の鐘までに帰らなきゃいけないから、ソルスが空の真ん中まで来たら引き返そうよ」

「そうね、そうなったら言い訳のしようもないわ。少し急ぎ目で行きましょう!」

 

それから、ボクたちは川に沿って果ての山脈に向かう。

 

「そういや、知ってるか?この村ができたばっかの頃はゴブリンとかオークとかが山を超えてきて、子供を攫うんだってよ」

「何よ。私を脅かそうっていうの?知ってるわよ、最後には整合騎士がゴブリンの頭を倒して平和になったって話でしょ?」

「それから果ての山脈の上を整合騎士が飛ぶようになったんでしょ?」

 

そうしてボクたちは空を見上げる。もしかしたら雲の間にきらきら光る飛竜の姿が見えるかも、と一瞬思ったが、どんなに目を凝らしても空には染みひとつなかった。

 

「お伽噺、よね。きっと洞窟の白い竜も作り話よ」

「いやいや、村でそんなこと言ったら大人たちからのゲンコツが落ちるよ。ベルクーリは村の英雄なんだから」

「んー、言ってみればわかるよ。ていうか今行くんでしょ?」

 

しかし、北の峠というのも見えないし、もしかしたら遠くて無理かも…と思っているときに崖の根元に着いた。ついさっきまで左右に深く広がっていた森は突然切れてなくなり、眼前では灰色の岩がごつごつと伸び上がっている。見上げてみれば、まだ天を切り裂く稜線までは相当の距離があるだろうが、この岩の連なりが山脈の端っこであるのは間違いないようだった。

 

「ここが…果ての山脈…?」

「え、でも北の峠が途中にあるはずだよね?気づかないうちに通り過ぎちゃったの?」

「…本当にルーリッドって世界の端っこにあったのね…」

 

それぞれが驚き、感想を言い合う中、ユージオは黙って何か考えているようだった。それを聞き出そうとする前にアリスが、

 

「――とにかく、ここまで来たならもう中に入ってみるしかないわよね。その前に、お弁当にしましょう」

 

その言葉にキリトが食いつき、ユージオも賛同した。ボクもお腹は空いていたので、とりあえず天命を見てアリスと確かめ、またしても頂きますを言う前にかぶりついた。

 

「やっぱうまいなぁ…氷が手に入ればこんな慌てず食わなくても良くなるな」

「でもキリト、その氷を手に入れた後、その天命をどうやって持たせるんだい?持ち帰っても明日までに溶けちゃったら意味ないじゃないか」

「あ、そっか…」「む…」

 

そういえばそうだ。冷蔵庫なんてこの世界にないから、保存するにも場所がないのだ。キリトも考えてなかったみたいだし。

 

「はぁ、急いで持って帰って、うちの地下室に入れておけば一晩くらいは大丈夫でしょう。まったくあんたたちは、それくらい最初に考えておきなさいよ」

「そっか!よろしくね!」

「ええ!任せなさい!」

 

アリスは妹もいるからかこういう周りを観るのが得意なのだろう、ボクらはついついそれに頼りっきりになっちゃう。ボクは姉ちゃんにもそういうところに頼ってたし…

 

そんなこんなで食べ終わって、いざ洞窟に出発!しようとしたのだが、ユージオが問題に気づいた。

 

「あ、しまった。僕、明かりになるもの持ってきてないや。キリトは?」

「お前が気づけないことに俺が気づくわけがない!」

「あ…あのねえ、あんたたちねえ」

「ご、ごめん…」

 

どうやらまたしてもアリスに呆れられたようだ。今日はなんかこういうの多いなぁ。

 

「しかたないわね。システムコール・ジェネレート・ルミナス・エレメント・アドヒア」

「うおっ」「わあっ」「おお…」

 

アリスが目を閉じて何かを唱えたと思ったら持っている穂の先が光り、暗闇の洞窟を照らし出す。どうやら神聖術で明かりを作ったのだろう。

 

「アリス、こんなことに術を使っていいのかい?バチが当たるんじゃ…」

「この程度でバチが当たるなら私はとっくに10回くらい雷に打たれているわ」

 

そう言って持っていた明かりをユージオに押し付ける。

 

「ぼ、僕が持つの!?」

「当たり前じゃない。か弱い女の子に先頭を歩かせる気?ユージオが前、キリトが後ろ、私とユウキが真ん中ね」

「は、はい」

 

僕も女の子ということで真ん中にしてくれた。オバケは信じないほうだけど、こういうのって雰囲気あるしね。

そうしてしばらく歩くとユージオが、

 

「ねえ、洞窟に入ってすぐのところに氷のツララがあるってキリトが言ってたよね?」

「い、言ったっけな」

「言ってたよー。それを何本か取ればいいって」

「うっ…」

 

僕とユージオの追求に押し黙るキリト。するとアリスが、

 

「ねえ、ちょっと明かりを近づけて」

 

ユージオは言われた通り明かりを近づけるとアリスがほうった息を吐き出した。

 

「あっ」

「ね?見えたでしょ?冬みたいに息が白くなってる」

「うえ、どおりでさっきから寒いわけだ」

「でも、これだけ寒いってことは、氷もあるかも!行こうよ!」

「あっ、待ちなさい!」

 

ボクは好奇心に抗えず先走り、3人が追いかける。アリスに止められ立ち止まり、怒られると思ったらユージオの足元からパリンと音がする。

 

「あっ、これ氷だ!」

「じゃあ、この先にもっと大きいのが!?」

「本当に白い竜もいるのかな!もし会ったらどうする!?」

「えっ、それは…逃げるしか…」

「うーん、せっかくだから剥げた鱗ぐらいはもらえるか頼もうぜ」

「おい、何考えてるんだよ。もし竜がそれで怒ったらお前を見捨てて逃げるからな」

「えー、でも白い竜に会った証拠に持っていったらジンク達が死ぬほど羨ましがるぜ?」

「ねえ、前見て2人共。なんか光ってる」

 

ボクが喧嘩し始めた2人に光を指差しながら言って諌める。

 

そうすると、2人は興奮し、駆け出す。ボクとアリスもそれについて走る。そして、光の元、開けた場所に出た時…

 

「「「「………………」」」」

 

そこには、あまりにも幻想的な空間が、ボクたちの前にあった。

床も壁も、天井も全てが美しい、無数の深い透明な青色の氷に覆われ、ユージオの手に持つ光を反射していた。氷ではなく水晶か宝石の何かだと錯覚しそうなほど澄んだ色で埋め尽くされ、言葉も出ない。きっと現代どころかALOにもこんな空間は無いのではなかろうか。

しばらく寒さも忘れ立ち尽くしていたが、アリスが一番初めに我に帰ったようで、

 

「…これだけあれば、村中の食べ物を冷やせそうね」

「それどころか、村を真冬にだってできるぜ…」

「ねえ、奥の方も行ってみない…?」

 

普段は好奇心に従うボクらを諌めるユージオさえも好奇心が優ったようで何も言わずに頷いた。

 

ここまでのマップを用意してるならきっとそれなりの何かもあるだろうが、そんなこと考えず、ただただ見てみたくなり、白い竜を探す。

あまりにも周りに夢中になっていたのか、いきなり止まったキリトにユージオがぶつかり、そのユージオにボクも頭をぶつけてしまった。

 

「おい、急に止まるなよ、キリト」

「…んだよこれ…」

「え?」

「何なんだよ!これ!?」

「一体どうしたってのよ…」

 

ボクらはキリトの横に立つ。そのキリトの前には、骨の山がそこにあった。よく見るとそれはあまりに大きく、ただの動物でも、人間のものでもなかった。

 

「竜の…骨?」

「死んじゃったの?」

「ああ、でもただ死んだんじゃない」

「え?」

「ほら、ここを見ろ」

 

そこには白龍と思しき巨大な鉤爪があり、その爪の先はきれいに欠けているところがあった。

 

「えっ、これ…戦いの傷?じゃあ、白竜は殺されたの?」

「でも、村の英雄ベルクーリでも逃げるしかなかったのよ?一体誰が…」

 

そこでアリスは何か思いついたようで口を閉じる。その口からはとんでもないことが出る。

 

「整合騎士…?教会の整合騎士が、白竜を殺したの…?」

 

法と秩序の体現者たる整合騎士がなぜ?暴れていたならともかく、村に伝承すら残っていないのにいくらなんでも殺す理由が無いはずだ。

 

「…わからない。もしかしたら、闇の国にも物凄い騎士がいて、そいつが白竜を殺したって可能性はあるけど…そんなことがあったら闇の国からルーリッドまで闇の兵が押し寄せてくるはずだ。少なくとも、宝を狙ったわけじゃ無いみたいだけど…」

 

たしかに、金銀財宝が沢山ある。この量だと余ったわけでもないだろう。そう考えてるとキリトが何かを持ち上げようとしている。

 

「うおっ、メチャクチャ重いな」

「あっそれってもしかして…」

 

キリトが持ち上げようとしたのは剣だった。それは周りにある氷と同じように澄んだ透明な青で鞘の口金付近には青い薔薇が掘られている。

 

「あ…お伽噺に出る『青薔薇の剣』?」

「ああ、ベルクーリが盗み出そうとした剣だと思う…うぐ、もう限界だ」

 

そう言ってキリトが剣から手を離すと、剣は音を立てて倒れる。ドスンとした音とビキキと割れる音がしたのでよく見ると氷の床にヒビが入っていた。どうやら相当重いらしく、ボクにはとても持てないと判断し、諦める。見た目は華奢だけど、こんな重いものよりスピード型がいいな。

 

「これ、どうするの?」

「どうするも何も、俺たちじゃ無理だよ。それより、骨の下にも色々お宝があるみたいだけど…」

「持って行く気にはなれないよね、これ。なんか墓泥棒みたいだし…」

 

キリトが屈んで散らばってた氷を拾う

 

「予定通り、氷だけ持って行くことにしよう。それなら白竜が生きてたとしても許してくれるさ、きっと」

「そうね、そうしましょう」

 

ボク達はしばらく氷のかけらを拾い、バスケットに無言で入れていった。ここの氷はかけらになっても気品があるような気になるほど美しかった。集め終えると、アリスは腕の中の光に見惚れていたが、すぐにキリトに渡す。キリトは当然、不満を言うが言いくるめられ、帰りもキリトが持ち帰ることになった。

しかし、ここで問題が。

 

「ねえ、私たちってどっちから入ってきたんだっけ?」

 

2人はそれぞれ逆の方を向くが、ボクも覚えていない。まさか、ここで迷子になるとは…

ボクは足跡がある方だとかキリトが竜の骨が向いている方だとか言っているうちにアリスが、

 

「ユージオが割った氷があったじゃない?そこまで遠くないから、それを探して、無ければもう一つの出口を探しましょう」

 

みんなはそれに勝る考えもないのでそれを実行。とりあえず近い方から出ることになった。

 

「まったく、帰り道が分からなくなるなんて、まるで昔話のべリン兄弟だな。俺たちも、道に木の実を撒いておけばよかったな。洞窟には食べる鳥もいないし」

「何言ってんだ、木の実なんて持ってなかったくせに。今からでも教訓を活かしたいなら、 分かれ道ごとにお前の服を置いていこうか?」

「やめてくれ、風邪ひいちゃうよ」

 

…この世界にも、現実の童話みたいな内容のお話があるんだなぁ。

それにしても、なかなか割った氷が見つかんないなぁ。

不意に、アリスが、

 

「ねえ、だいたいこれくらいの距離じゃなかった? まだ割れた氷なんてないわよ…。 やっぱり、反対側だったのかしら?」

「いやあ、もうちょっと先だろ? あ、ちょっと、静かに」

 

すると、地下水のせせらぎに混じって何か別の音が聞こえた。

 

「あっ、風の音?」

「外が近いんだ! こっちで良かったんだよ、急ごう!」

 

ユージオがそう言って小走りで出口に向かう。ボクとアリスもそれについて行くが、キリトが、

 

「でも…夏の風があんな音出すかなあ? なんか、冬の木枯らしみたいな」

「谷風ならあれくらい強く吹くよ!。とにかく、とっととこんな所出ようよ!」

 

ユージオはそう言って足を止めない。なんか、嫌な予感がする。

出口を見つけ、ユージオは全力でそこに向かうが、

 

「ねえ、ちょっと待って! おかしいわよ、もう夕方なんて…」

 

そう、出口から赤い光が差しており、夕焼けのように見えるが、いくらなんでも、早すぎる。

 

そこで、ようやくユージオは止まった。しかし、それはボクたちの声に気づいたわけではなく、そこからの景色があまりにも現実離れしていたからだ。無論、先の氷の空間のように幻想的、という意味では無い。

 

空が一面真っ赤で、太陽もない。大地は黒く、風は身を切るよう。

 

「ダーク…テリトリー…」

 

ユージオがポツリと呟く。そこでボクは思い出した。おそらくこれが、果ての山脈を超えてはならないと言われている境界線なのだということを。

 

「だめだ、これ以上進んじゃ…」

 

キリトがそう言ってみんなを離れるよう促す。ボクも離れようとすると、上から、ボクにとって聴きなれた音がする。これは、ボクが死ぬ前、ずっと戦い、聞いてきた音。金属がぶつかる音。剣と剣で切り結ぶ音。

4人は空を見上げる。

 

「竜騎士?」

「白い方がきっと整合騎士で…黒い方が闇の騎士?」

「か、勝てるの?」

「勝てるさ!だって整合騎士は世界最強なんだ!闇の騎士なんかに、負けない」

「いや…?見たところ、剣術には差がないよ…?」

 

その時、白い方(整合騎士?)の竜が口からブレスを吐き、闇の騎士と竜が炎に飲まれる。その怯んだ隙に白い方はいつのまにか弓に切り替え、矢を放つ。それは闇の騎士の胸に直撃し、竜もろとも墜落する。

 

「あ…」

 

その倒された騎士はボクたちの立っている洞窟の近くに倒れ、鮮血を撒き散らし、血溜まりが出来、救いを求めるように此方に手を伸ばす。ボクはそれに応えようと無意識のうちに一歩踏み出すところー

 

「だめだ、2人ともっ!」

 

そのキリトの声でようやく今ボクがしようとしていることに気づいた。

慌てて引き返そうとしてもたつき、バランスを崩した。

倒れるー、そう意識した時、隣からガシッと支えられた。隣を見るとユージオが今までより焦った顔でなおも引っ張っていた。

 

「あ、ありがとう、ユージ…」

 

オ、と言う前にその言葉は中断させられた。なぜなら、アリスも同じように一歩踏み出し、もたついてしまった。しかし、ボクはユージオに助けられたがアリスは間に合わず、倒れてしまった。いや、それだけならなんとよかったであろうか。その倒れて伸ばされた手はこの洞窟の土とダークテリトリーの土という境界線を越え、触れてしまったのだ。

 

『禁忌目録第1章3節11項・・・何人たりとも、人界の果てを囲む『北の山脈』を超えてはならない』

 

あまりにもシンプルで、わかりやすい条例だろう。しかし、そのシンプルさゆえに今の状況をどう取り繕えばいいのだろう。いや、まだどうにかなるはず!

 

「あ、アリス!その手を早く引っ込めて!」

 

そこでようやくキリトとユージオも動き、未だ倒れたままのアリスを無理やり起こす。ボクは整合騎士が今のを見ていなかったか注意を向ける。が、整合騎士はもうその場にいなかった。

 

「あ…私…、わたしっ!」

「だ、大丈夫だよ!手の先がちょっと触れただけだ!そんなの、何の侵犯もしてない!なあ、そうだろ!キリト!」

 

しかしキリトは答えない。尚も言い募ろうとするユージオだが、キリトの緊迫な表情に疑問を持って同じ方向に顔を向ける。ボクもそれに倣い、視線を向ける。

 

「…っ!?」

 

そこには、空間が歪んだような、小さな丸い窓みたいなものと、そこから覗き込むように人が見ていた。いや、人というにはあまりにも特徴が欠損している。毛も瞳も表情どころか感情も無い人形のようなものだったが、不意にその口が動く。

 

『シンギュラーユニット・・・リテクディド。IDトレーシング・・』

 

意味のわからない言葉を吐き、その窓ごと消える。何かとてつもない悪寒をみんなも感じたようでそこから言葉もなく逃げるように走り出した。

来た道を全力で駆け、ルーリッドの村が見えてきた頃にはもうどのようにして駆け抜けたのか覚えていない。

 

「「「「…はぁ、…はぁっ、……はぁ」」」」

 

息も絶え絶えになっているのもあるが、あまりに重い空気に誰も話せない。そこを察したキリトが、「さぁ、帰ろうぜ」とニヤッとした顔で言った。最も、強張りがあってあまり笑顔になっていない。しかし、ここで切り出してくれたキリトに感謝しつつ、「そうだね」となるべく笑顔で応える。

 

「じゃ、氷は家の地下室に置くわね?」

「うん…」

 

そしてようやく解散、となった時にアリスが、

 

「明日のお弁当、楽しみにしててね?ユウキも今日は疲れただろうし、休んでていいわよ?」

「えっ、うーん…いや、ボクも手伝わせてよ。それ、僕の天職みたいなもんだ」

「あらそう?じゃあ、2人で頑張りましょ!」

「うん!2人も楽しみにしてね!」

「ああ」「うん」

 

ここでようやく、ボクたちは笑い合えた。今日は不思議な出来事があった、それで済む。それを疑いもなく信じ、帰ることができた。いや、信じるしかなかっただけだろうけど。

 

 

 

「ねえ、これはどう?」

「うーん、確かに今日は氷があるからいけるかも!」

「ええ、夏じゃちょっと危なくても今日は大丈夫よね」

 

翌日、ボクはいつものようにアリスの家にお邪魔してみんなの弁作っている

 

「さて、今日はちょっと早いけど行きましょう!」

「そうだね!たまにはゆっくりのんびりしたいよね!」

 

そうして家を出る。しかし、

 

「あれ?広場がなんか騒がしいね?」

「そうね、事故でもあったかしら?様子を見に行きましょう」

 

広場には人だかりでいっぱいだった。何が起こっているのかわかんないけど、何か嫌な予感がする…

 

「ねえ、ここを離れない?」

「え?どうして…」

 

アリスの疑問を全て聞く前に人だかりの隙間から中心が見えた。いや、見えてしまった。そしてこの騒ぎの原因を悟る。

 

「整合騎士…!」

 

 

「あ、2人ともいた!」

「えっ、キリトにユージオ…?」

「しっ…!静かに、急いでここを離れるんだ…!」

「え…何で2人まで…」

「あの整合騎士は、おそらくアリスを…」

 

その時、村人たちからざわめきが走ったのでそちらを見ると背の高い男が騎士に近づいた。

 

「あ…お父様」

 

どうやら近づいたのはガフスト・ツーベルク、村長のようだ。そして、アリスの父親でもある。

村長は臆することなく整合騎士の前まで歩み寄ると、教会の作法に従って体の前で両手を組み、一礼した。

 

「ルーリッドの村長を務めますツーベルクと申します」

「ノーランガルス北域を統括する公理協会、整合騎士デュソルバート・シンセシス・ セブンである」

「…して、騎士殿がこの小村にいかなる御用でしょう」

「ガフスト・ツーベルクの子、アリス・ツーベルクを禁忌条項抵触の罪により捕縛連行し審問ののち処刑する」

 

…ボクたちは言葉を失った。まさかあれだけのことでアリスを処刑?

 

「……騎士様、娘がいったいどのような罪を犯したというのでしょう」 「禁忌目録第一条三節十一項、ダークテリトリーへの侵入である」

 

ユージオとキリトが咄嗟に自分の体でアリスを騎士の視線から隠そうとしている。

…村長はアリスの父親だ。せめて時間を稼いでくれると信じて離れた方がいいだろう。そんな考えと期待は次の村長の言葉によって破られた。

 

「……それでは、いま娘を呼びにやりますので、本人の口から事情を聞きたいと思います」

「その必要はない。アリス・ツーベルクはそこにいる。お前と、お前」

 

指を動かし、人垣の前のほうにいる男をふたり指す。

 

「娘をここに連れてこい」

 

そう告げられ、アリスの手から先程まで作っていた料理を詰め込んだバスケットが落ちた。落ちた衝撃で横に倒れ、中から氷が散らばる。

 

そこから大人たちの行動は早かった。アリスを連れ去り、村長は騎士に命じられ自らの手で飛竜に繋がれた鎖に繋ぐ。もちろんボクは抵抗しようとしたけど、アリスが安心させるような微笑みを浮かべ、かぶりを振る。

 

だけど、ボクは黙ってそれを見ているなんてできない。

 

「き、騎士様ぁ!」「待ってください!」

 

隣を見るとキリトとユージオが必死に止める。2人はアリスを優先してくれた。

ユージオとキリトが前に出ていく。ボクもそれについて行く。

 

「あ…アリスはダークテリトリーに入ってなんかいません!片手を、ほんの少し地面に触れただけなんだ!」

「それに、ボクだって洞窟を抜けようとしてた!ボクだって同罪のはずです!」

「…禁忌目録に触れたのはアリス・ツーベルクただ1人のみ。それに、それ以上どのような行為が必要か」

「なっ…!」「っ…!」

 

整合騎士はもう僕達に興味を失ったように飛竜に歩み寄る。

 

「ユージオ…そしてユウキ、力を貸してくれ。いいか、俺がこの斧で整合騎士に打ちかかる。数秒間は持ちこたえてみせるから、そのすきにアリスを連れ出して逃げるんだ。麦畑に飛び込んで、南の森を目指せばそう簡単には見つからない」

「キ、キリト…。でも…」

「大丈夫だ、あの騎士はアリスをこの場で処刑しなかった。多分、審問とやらをやらないと殺したりできないんだ。俺はどこかで隙を見て逃げ出す」

「…わかった」

「ユ、ユウキ…?」

 

キリトはもう覚悟を決めたようだ。しかし、ユージオは戸惑い、未だ答えを出せずにいた。

 

「ボクにとっては禁忌なんかよりもアリスが大事だよ。それに、失敗してもそれはそれでいい。アリスと一緒に俺たちも連行されれば、助けるチャンスがきっとくる。でもここで、飛竜で連れていかれたらもう望みはないよ」

「ああ、そうだ。ユージオ、禁忌はアリスよりも大事なことなのか?」

「……ぼ…ぼく、はっ…」

 

…仕方ない。いきなり命がかかってる事態で正常な判断をしろというのが酷な事くらいわかっている。幸いキリトは行く気だし、2人なら何とかなる。ユージオには逃げた後で手伝って貰えばいいだけだ。視線でキリトに行こう、と伝える。

整合騎士が飛竜に乗ろうとした瞬間を狙って、キリトが駆け出す。

 

「うおおおおお!…っ!?」

 

だが…整合騎士は何たることか、その場を動かずにキリトを吹き飛ばしたのだ。まるで念動力によって壁ができたみたいに。

 

「……!?…うあっ…」

「…無駄だ」

「キリト!ユウキ!?」

 

ボクもまた、アリスの拘束を解こうと近づくが弾かれる。

 

「…その子供らを広場の外に連れて行け」

 

整合騎士の命に従い、ボクらを連れ出そうとする。それに抗いつつも、どうやって助け出すか考えるも、あの衝撃波が意味不明なもので、何の対抗策も浮かばない。キリトは動かなかったからか、何もされてないユージオに縋る。

 

「頼むユージオ!行ってくれ!」

「…あ、あ…っ!」

 

ようやくユージオも一歩踏み出そうとした瞬間、まるで石になったように動かなくなる。大切な人が命の危機に晒されようとしても、まだ恐怖に打ち勝てないのか…

いや、押さえつけられてよく見えないが、ユージオは右目を手で覆い、蹲る。まさか、既に整合騎士がユージオに何か細工を…?

 

「ユージオ!せめてこいつらをどかしてくれ!そしたら俺が…」

 

しかし、もうすでに整合騎士は飛竜に跨がり、地面から離れ始めていた。

 

「ユージオーーー!!」

 

しかしユージオは動かない。アリスは恐怖を堪えた顔でこちらを見るだけだった。そして、あっという間に飛竜は空の彼方へと飛び去ってしまった。

 

「…っ!アリスーーッ!!」

「…っ…!」

 

そこには、何もできず、残されたボクの慟哭だけが響き渡った。

 

 




神聖術とかうろ覚えなので色々矛盾があるかも知れませんが、これからも温かい目で読んでいただけるとありがたいです。
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