鋼鉄の巨龍   作:常磐提督

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日本皇国近代史

第一次世界大戦

日本皇国の近代史を語る上では欠かせない出来事だろう。

日本は日英同盟に基づき連合国側として参戦した。

そして英国からの要請に基づき艦隊を派遣した。

その中でも特に有名なのが<金剛>級の4隻だ。

<金剛>級の派遣は英国が強く望んだものであり、かのユトランド沖海戦では危機に陥った巡洋戦艦部隊を救っている。

余談だが英国のビーティー中将画妙に親日的なのはこのことに由来する。

加えて、艦隊を派遣したことにより、通商護衛の重要性を日本皇国海軍は認識した。そのため護衛艦艇が多数建造され、造船業は官民共に活況を呈することとなった。

一方で陸軍は凄惨な消耗戦を恐れて参加しなかった。

 

1922年ワシントン海軍軍縮会議が開催された。

これは各国の建艦競争が進む中で、日本の八八艦隊と比べて自らの戦力が劣勢であると判断した合衆国は日本に足枷を着ける為に開催したものだ。

勿論日本が納得する筈がなかった。さらに英国とも債務問題で対立しており、英国の反対もあった結果交渉は決裂することとなった。しかし、英国は財政難に陥っており、1924年ジュネーブ海軍軍縮会議が英国主導で開催されることとなった。この会議では各国は補助艦を制限することで同意した。

 

1930年ニューヨークで株の大暴落が始まるとそれを機に世界中が大不況に陥った。しかし、日本は高橋是清首相の独自の経済政策によってこの不況を乗り越えることが出来た。

合衆国ではルーズベルトが大統領に就任するもニューディール政策が失敗、失意のうちに退陣した。代わりに共和党のウィルキーが当選し、軍備拡大よりも民生予算の拡大に重点が置かれた。

 

1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ドイツは破竹の勢いで進軍し、ついに英本土というところまで迫った。しかし、日本は支援するには遠すぎた。合衆国は日英との対立や孤立主義もあって参戦しなかった。その為英本土は1943年に陥落した。

 

その頃日本は加工貿易や中国大陸への武器輸出によって高度経済成長期に突入していた。そんな中で八八八艦隊計画が立案される。

戦艦8隻

<播磨>級 <播磨> <安芸>

<大和>級 <大和> <武蔵> <信濃> <甲斐>

<常陸>級 <常陸> <美濃>

空母8隻

<翔鶴>級 <翔鶴> <瑞鶴> <紅鶴> <丹鶴>

<大鳳>級 <大鳳> <海鳳> <龍鳳> <白鳳>

大型空母8隻

<飛鷹>級 <飛鷹> <隼鷹> <雲鷹> <紅鷹>

<海鷹>級 <海鷹> <神鷹> <大鷹> <冲鷹>

を中心に多数の艦艇を整備するというものだった。

しかし、潜水艦や特に航空機の急速な発達は計画を大きく変更させることとなった。

さらに英国が維持出来なくなりつつあった通商網の維持も急務だった。

このことは八八八艦隊計画の大改訂が行われた。 

主な内容として戦艦の建造を中止し、そのリソースを護衛艦艇や空母の建造に回すというものだった。

この結果<安土>級護衛空母や<松>級駆逐艦が多数建造された。

これらの艦艇は第三次世界大戦において数えきれないぼどの活躍をすることとなる。

 

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