1950年 キール海軍軍港
そこには戦艦から駆逐艦まで多数の艦艇が停泊していた。その中でも一際巨大な戦艦がいた。名を<カイザー>という。基準排水量122000トン、全長350m、20インチ連装砲を4基搭載する怪物だ。
彼女は就航以来、高海艦隊に配属され、両艦と共に<ハーロック>戦隊を編成して大西洋での通商破壊戦で大きな成果をあげた。しかし、連合軍がその強力な機動部隊を大西洋に前進させると状況は一変した。ヒトラーは戦艦の出撃を渋るようになったのだ。第二次世界大戦の戦訓として、行動作戦中の戦艦を航空機が沈めることが可能だということだ。ヒトラーは日本の機動部隊を恐れたのだ。
出撃は許されず、それでいて戦況は悪化する一方でついに<カイザー>に出撃命令が下っだ。北米と南米を結ぶ<サンダーバード>船団の上空をハリケーンが覆うことが判明したからだ。<カイザー>はこれまでの全てを振り切りように出撃した。
12月20日、遂に戦いは始まった。会場はバミューダ沖。最初に<カイザー>が会敵したのは<サンダーバード>船団、その直接護衛隊だ。直接護衛隊の<長門>、<プリンスオブウェールズ>と砲火を交える。お互いに3斉射から4斉射で命中弾を出すと戦いは一気にヒートアップした。しかし<長門>は30年も前に就航した艦だ。16インチ対20インチの戦いは老朽艦と新鋭艦というのもを差し引いても20インチの方が有利であった。最終的には<長門>の装甲を<カイザー>の20インチ砲弾が貫通したことによって、<長門>は大誘爆を起こし、爆沈した。
「艦長、やれますよ!」
シュナイダーは遊園地に来た子供のように上機嫌な声で言った。
ホフマンが何かを言おうとしたときだった。
12本の灼熱の矢が突如飛来したのだ。
150mはあろうかという巨大な水柱を<カイザー>の周りに屹立させた。
灼熱の矢を放ったのは<常陸>だ。
連合軍は苦戦している直接護衛隊を援護するため、間接護衛隊から有力な艦を派遣したのだ。
常陸は巨大な艦であった。基準排水量200000トン、全長409m、全幅60mで、見る者に大和級を3倍にした巨艦であることを思い知らせる。
彼女を操るには7000人の将兵が必要であった。
主砲は新型の55口径56㎝三連装砲を4基搭載し、全門斉射時は実に大和級の二倍の火力にも達する。また、対空火器を多数搭載し、日本海軍の考える浮かべる城を象徴するような艦であった。
「<常陸>目標一番艦。砲撃始め!」
近藤健夫中将は、下腹に力を込めて下令した。
「目標、敵一番艦。砲撃始め!」
近藤の命令を受け、常磐宗一郎艦長が射撃指揮に下令した。
直後、<常陸>の前甲板に、太陽を思わせる強烈な閃光がほとばしり、主砲発射に伴う反動が、基準排水量217000tの巨体を震わせた。
第一戦隊の戦艦の中で、最初に命中弾を得たのは<常陸>だった。
第三射で放った四発の五六センチ砲弾が、敵一番艦に命中する。それと同時に艦の左右に巨大な水柱が奔騰する。
艦の後部からは橙色の光が揺らめき、黒煙が天を焦さんとばかりに立ち上る。
「流石はカイザー級だな。一撃で致命傷とは行かぬようだ」
栗田は敵艦を見ながら呟いた。
「次より斉射」
市沼十蔵砲術長が報告をあげる。
敵弾が飛来する。
灼熱の矢は特急列車が頭上を通過するときのような轟音を立てて<常陸>の左舷側に落下し、水柱を屹立させる。
常陸が第一斉射を放つ。
主砲発射をブザーが鳴った。
ブザーが鳴り終わりや、全甲板に強烈な閃光が走った。
轟音と共に、発射時に抑えきれなかった強烈な反動が20万トンを越える巨体を震わせる。
内臓を叩き出されるような衝撃だ。
五六センチ砲身から発射された十二発の六式徹甲弾は音速の二倍の速さで飛翔する。
「電測、敵一番艦の状況報せ」
「敵一番艦、針路、速度共に変化なし」
常磐艦長の問いに高山電探長が答える。
<常陸>の第一斉射弾は敵に何らかの被害を与えたようたか、艦の心臓である機関部には被害はないようだ。
<常陸>が第二斉射弾を放つ。
同時に<カイザー>の砲弾が飛来する。
4発の砲弾の内、1発が<常陸>の艦尾に命中する。
「遂に喰らったか…!」
参謀が呻めき声をあげた。
「たかが飛行甲板がやらせてだけです」
常磐艦長が毅然とした口調でいった。
「そうだ、その調子だ」
近藤は心の中で呟いた。
さらに<常陸>が第三斉射を放つ。
煙こそ立っているものの、その砲撃が衰えることはない。
「何という艦だ!」
忌々しさと感嘆が混ざった声で近藤は呟いた。
敵一番艦の第一斉射弾が飛来する。
斉射弾は常陸の両用砲群を破壊し、飴細工のような型に変化させた。
「大丈夫だ、まだ致命傷ではない」
栗田はそう言って自らを安心させた。
<常陸>と<カイザー>の砲撃戦は絶頂期に達していた。
射撃管制用電探は次々と機能を停止していった。弾片が艦上を荒れ狂って駆け抜け、脆弱なアンテナはズタズタに引き裂かれていく。両者は光学による射撃管制に切り替えて砲撃を続行した。
1万5000mという距離は日独双方にとって至近距離だ。
艦上は地獄と形容すべき惨状となっていた。
乗組員は高速で乱舞する砲弾の破片に全身を切り刻まれ、爆風のプレッシャーで叩きのめされ、その大半が即死した。床面を流れ出る血液、焦げた肉と血の、むせかえるような臭気、そして火薬の臭い。
砲弾が命中、貫通、信管が作動、爆発するという一連の流れの最後を飾るのは、そこに存在する器材の破壊と人の死だった。
これまでに<常陸>は9発の砲弾を喰らっている。
しかし、主砲も機関も問題はない。
<常陸>が通算一三回目の斉射弾を放つ。
敵一番艦の艦上にも閃光がほとばしる。
最初に<常陸>のが、次に敵一番艦の砲弾が落下する。
「副長より艦長。三番両用砲大破」
「機関長より艦長。二番機関室に浸水」
続々と報告が<常陸>の艦橋にあげられる。
常陸が第一四、第一五斉射を放つ。
しかし、敵一番艦の主砲の発射炎が少なくなることは無かった。
逆に敵一番艦の斉射弾は<常陸>の第三砲塔を破壊した。
三門の砲身は残っているが、前立ては大きく歪んでいる。天蓋や側壁は薄紙のように引き裂かれ、砲塔の後部に設けられていた測量儀は跡形もない。
「不味いぞ」
近藤は全身が熱くなるのを感じた。
<常陸>の浸水量は許容範囲の限界に近づきつつある。
<カイザー>の現況もかなり危険なものとなっていた。穴を空けられた艦首は沈降してA砲塔の直前にまで波がかかっている。艦首が浮力を失いつつあるために艦尾が持ち上がり、ややもするとスクリューが海面に出かねない状態だった。だが、砲撃はゆるめない。
「いいぞ、砲術、うまいタイミングだ」
シュナイダーはそう言うと、ホフマン提督に向かって笑った。
「このまま本艦が砲撃を引きつけていれば<ヒタチ>を犯れます!」
ホフマンが笑って何かを言おうとしたとき、<カイザー>の艦体を強い衝撃が襲った。
<常陸>の第一六、第一七斉射弾で放った六式徹甲弾が敵一番艦に命中し、浸水を発生させて照準を甘くしたのだ。
<常陸>は第一八斉射を放つ。
今度の砲弾は敵一番艦の機関部の装甲を貫通した。
機関部に大量の浸水を発生させる。
「敵一番艦、速力一二ノット!」
「遂にやったか」
近藤は安堵の息をはいた。
戦いは<常陸>に有利なかたちで終わろうとしている。<プリンスオブウェールズ>は修理を完了し、<カイザー>への砲撃を開始していた。そのため<カイザー>はたちまち猛火に包まれた。砲撃も停止してしまった。
同じ頃、<常陸>もまた大浸水を起こしており、大破行動不能と言うべき状態に追い込まれていた。日本の最強戦艦<常陸>を1年もドック入りを余儀なくさせたのだから、個艦同士のレベルでいえば相撃ちであったといえる。しかし戦略的には<ハーロック>戦隊の敗北と言うべきだった。連合軍艦隊の妨害を排除できず、<サンダーバード>船団を取り逃がしてしまったのだ。
<カイザー>は<ハーロック>戦隊残余の艦艇の撤退を援護しつつバミューダ沖海域に沈んでいった。ここに、ドイツ海軍の「戦争の夏」は終わりを告げたのである