魔王を詐称する奴らなんて掃いて捨てるほどいるのだから、それだけなら別に構わなかった。
翠玉は魔王の称号を得ている宮廷魔術師である。
彼は魔王さま魔王さまと慕ってくれる瑠璃姫が大好きだった。恋愛の気持ちはないが、歳の離れた妹のように好いていた。
その瑠璃姫が言った。
「楓は本物の魔王様だから私が見張らないと」
心のお兄ちゃんとしては、偽物の魔王を打倒しなくてはならなかった。
紅玉魔導学院に乗り込み、職員に誘導されるままにそれっぽく描かれたなんの意味もない魔法陣にのると、瞬時に景色が変わった。
「!??」
空が海だった。空が海だった。魚が泳いでいて、巨大なモンスターがそれを追いかけていた。
周囲を見る。
海。海。海。薄暗い、なんとか日の光が届くといったところで、でもとても美しい。
中央には光る玉が浮かんでおり、まるで太陽を燃しているかのようだった。
そして、ああ、空間と海との境界線近くでは、人魚が泳いでいた。
きゃっきゃと楽しげに青年が海の壁に手を触れて身を水に沈めていくと、人魚へと変じていく。
そうして海の中に泳いで行ってしまう。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
「楓! 何やってんだ」
「満〜。珊瑚で腕切った……」
グリンと首を回して声のした方向に向くと、竜の翼を生やした化け物が青年に慰められていた。
「魔王?」
「あっ 翠玉様! こんにちは。炎嵐 満です」
「えっ 宮廷魔術師で称号魔王様の!? 織峰 楓です。魔王雷光です。えっと、俺のは称号じゃなくて、種族というかその」
「ああ、わかっている。……魔王?」
「はい」
そこに、得体の知れない透明でブヨブヨした物体に騎乗した瑠璃姫が来た。
うっ眩しい! 刺激的すぎる服だ。
「魔王様♡ 魔王様も魔王領の魔王を見に来たのですの? 瑠璃が案内しますわ!」
「瑠璃姫様。それは一体。その服も」
「スライムですわ! 中々可愛いやつですのよ。こいつの核で魔導具を作るのが今年の夏休みの目標ですの!服は、濡れても大丈夫な服で水着といいますのよ」
「そ、そうか。わかった。魔王雷光! 貴様に決闘を申し込む!」
「なんでぇ!?」
「魔王様! 魔王雷光は弱弱なのですわ! 魔王様と戦ったら鎧袖一触ですわ! 弱いものイジメは駄目ですわ!」
「魔王なのに弱いのか?」
「人間なのに頭悪いのか? みたいな質問やめてくれ。傷つく」
「すまない。いや、でも、そうだが、えー? いや、でも楓はここの生徒だろう?」
「楓、魔力制御が苦手なのが、魔王になって魔力増えてますます駄目になっちゃったんだよ。今訓練中」
「魔王ラベラトスがスクロール使ったらって言ってくれたんだけど」
「回路焼き付けはねぇ……。野蛮ですし、上を目指すなら却って邪魔ですわ」
「同じ魔力上がるのでも、ガンガン使いこなしてる紅葉先生は流石だよな」
「ううっ 地道に頑張る……」
そうか。それにしても、本物の魔王だったか。本物の……。
「つまり、偽物は私?」
「いや、それは違うんじゃ?」
「そうですわ、魔王様は称号ですし」
「こんなやつの称号なんだと言われるわけだね。それはちょっと許せないな」
瑠璃姫の水着姿を見ているのも許せない。これは。
「特訓してやる!!!」
「なんでぇ!?」
「頑張れよー」
「魔王なんだから頑張れですわ」
「おー。魚と貝獲ってきてやったぞ」
「待ってましたわ、紅葉ー♡ 貝、大好きですわー♡ たまに真珠が入ってますし♡」
「俺、捌く!」
「さかなー! かいー!うわーん!」
「お前はこっち!」
攫われていく魔王様。笑顔で見送る一行。
突如として異形の者が現れまだ二週間というのに、雷光国は今日もびっくりするほど平和である。