え? 女子なのにブルーロックですか?   作:エゴイヒト

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実家が太すぎる


帝襟アンリの観察

 帝襟アンリが哀神友という少女を知ったのは、ブルーロックが始動するより前だ。

 ある日、日本フットボール連合がブルーロックに召集する全国300名のFW名簿の中に、ある人物を入れろと要求してきた。正直言って従いたくはなかったのだが、資金の追加援助をちらつかせられると弱い。ブルーロックプロジェクトは金欠なのだ。幸い捻じ込むのはたった1名。プロジェクト全体には然程影響がでないだろうと判断して、この件を絵心に打診した。

 絵心は最初、訝し気な目でアンリを睨んだ。やはりこの話を持ってきたのは失敗だったか、と彼女は後悔した。利権のことしか考えていない連合からの提案、まして金の力で育成プロジェクトに席を用意しようというのだから、絵心の不評を買うのは至極当然だった。

 

 ただ、絵心はアンリが思ったよりも理性的で、頭ごなしに拒否はしなかった。一先ず、情報を見てから判断するらしい。後日、連合から件の人物の情報と映像データの入ったUSBが送られてきた。データは完全に電子化されており、暗号化によるロックがかかっていた。そのため、アンリはその選手の情報を事前に確認することはできなかった。

 

 不安を抱えながらも、アンリはUSBを絵心に渡す。

 相変わらず不機嫌な絵心だったが、しかしいざデータを確認すると、彼の様子は次第に変わっていった。最終的に、彼はモニターに齧り付くように睨みつけ、その人物を吟味していた。

 数日経って、彼から結論が出た。

 

「良いよ。この話受けよう」

 

 その言葉を聞いて、まず彼女の胸に去来したのは安堵だ。次に、疑問が湧いて出てきた。この傍若無人が服を着たような男、絵心甚八の関心をこうまで惹いたのは一体何者なのか。

 この時点では、彼女は想像するしかなかった。彼の琴線に触れるような何かを持つ選手。浮かんだイメージは、心技体揃って一流の、まだ見ぬ男子サッカー界の超新星。世界クラスの選手と渡り合えるような恵まれた体格とプロ顔負けのテクニック、この男でさえ舌を巻く程の天才的なサッカーIQを持ち、そして内には熱いエゴを秘めている。

 

 アンリも気になって、その期待の人物のデータを見た。

 

「……って、女の子じゃないですか!?」

「アンリちゃん、声でかい」

 

 それは、アンリの想像からは余りにもかけ離れていた。俗な表現だが、筋骨隆々の大男を想像――サッカーにおいてはただ筋肉が付いていればいるほど良いという訳ではないので、あくまでも期待と現実の落差による大袈裟な表現――していたものだから、幻想は粉々に砕け散った。

 

 アンリは、サッカーにおける男女の性差という残酷かつ絶対的な壁を重々理解していた。

 心技体全てにおいて、女子サッカーは男子サッカーに劣る。それはいくら誤魔化したところで認めざるを得ない事実である。

 根本にある原因は"体"。身体能力の差。

 男子にできるプレイが、女子にはできない。または、クオリティが明らかに見劣りする。

 すると何が起きるか。世間や観客が求めるレベルが男子を見て肥えてしまっているため、男子の方が注目され、女子は影が薄くなるのだ。

 これは他のスポーツにも見られる現象だが、サッカーは特に顕著である。

 女子でも、フィギュアスケートや卓球、テニスは知名度がある。また、バレーはパワーが劣ることが逆に利点として働き、ラリーが続きやすくゲームとしての見応えがあるために、女子の方が好みという人もいるだろう。オリンピックなどでメディアに取り上げられることが多い競技は、男子と遜色ない人気がある。

 

 一方でバスケやソフトボール、サッカーなどは人気が低い。

 特に体力を要求される競技であるからだが、更に団体競技であることが界隈の衰退に拍車をかけている。これらの競技は、選手の年俸などで運営費用が嵩むのだ。人気が低いということは、儲からないということ。クラブなどの経営団体や選手の収入の低さを招く。そんな業界を見て選手を目指す人は減るし、競技人口が減る。結果、有望な人材が集まらずクオリティは更に低下し、見る人が減る。やがてスポンサーが付かなくなり、テレビが視聴率を取れないものに大金払って放映権を獲得なんてしないので、知名度は低下。負のスパイラルから抜け出せず、どん底まで落ちる。

 

 当然、そんな業界で上を目指す"心"は磨かれないし、"技"も洗練されない。勿論これらの男女の差は業界全体の傾向の話であって、特定個人の話ではない。特に心に至っては、そんな逆境の中でこそ生まれる精神もあるだろう。

 だが。

 だとしても、だ。

 帝襟アンリは分からない。絵心甚八ともあろう男が、女子をブルーロックに入れるという異例の決断をした理由が。事と次第によっては、この男に全てを賭けたことを後悔することになるかもしれない。

 

「……聞かせてください、この少女――哀神友をブルーロックに入れる理由を」

 

 そう質問されることは彼も分かっていたのか、事前にピックアップしていたであろうデータをモニターに映す。

 

「まず、消極的な理由。彼女が最低限ブルーロックで戦えるレベルに達しているか、という点から話そうか。武道における"心技体"を当てはめて評価するなら、彼女は"技"と"体"に関しては十分以上に期待できると判断した」

「と言うと?」

「こいつは、サッカー経験はゼロだ」

「駄目駄目じゃないですか!! 駄目駄目じゃないですかああ!!」

 

 怒声を上げるアンリ。二度も繰り返し叫んだ。

 またしても耳を劈くような大声に、絵心は両耳を抑えて距離を取る。

 

「うるさいよ、ヒステリーちゃん」

 

 これ以上鼓膜破壊ボイスを浴びせられては敵わないので、絵心は結論から話すことにした。

 

「哀神友は、才能(ポテンシャル)で言えばノエル・ノアを超えている可能性が高い」

「………………は?」

 

 耳を疑う言葉だった。いや、もはや頭を疑うレベルだ。

 現世界一のストライカーを超えている?

 何の冗談だろうか。それが本当なら、全ての前提がひっくり返る。世界一のストライカーを日本に誕生させるというブルーロックのコンセプトが、根底から破綻する。なぜなら、創るまでもなく既に存在しているのだから。

 

「ふ、ふざけているんですか?」

「至って真面目だよ、アンリちゃん。というか、誰が見てもそう評価せざるを得ない程に、自然な推論だ」

 

 片手で端末を操作すると、モニターに彼女の経歴が映し出される。

 

 まず、頭脳。1歳で大学教授並みの知識量。幼少期から各方面で天才と呼ばれた者達と競わされ、その全員を打ちのめした。7歳でミレニアム懸賞問題を全て解いたが、社会的影響力を鑑みて公表はせず、適当な未解決問題の解を一つだけ匿名で公表。他にもチェスや将棋といったボードゲームにおいて、プロを打ち負かした最新のAIを破っている。

 更に彼女の才能は頭脳だけに留まらない。フルマラソンを2時間フラットで走る体力。空手、柔道、合気道、剣道、弓道……凡そ武道と呼べるもの全てにおいて、当代最強を相手に全戦全勝する技術。

 

「正直言って、人間辞めてる」

 

 挙げればキリがない程の多方面での才能。いや、ここまでくると才能という言葉で片づけていいものか。まるで、世界が彼女を中心に回っているかのような……。それこそ、漫画の世界の住人だ。

 

「こいつは文句のつけようも無い真性の天才(天然物)だ。天才(人工物)を創るブルーロックプロジェクトにとって、毒にも薬にもなり得る。例えこいつがサッカーでは才能を発揮しなかったとしても、300人の内の1枠を割くだけの価値はある」

 

 なるほど、確かにそこまで広範なジャンルで才能を発揮している人物であれば、サッカーにおいても期待できるというのは分かる。ただ、やはり。実在の人物の話をしているのか、フィクションの話をしているのか、途中から分からなくなってきた。脳が理解を拒んでいる。アンリの口からは疑いの言葉すら出て来ず、無心で訊ねる。

 

「はあ。でも、その……女子なんでしょう?」

「つい最近。本当に、つい最近のことだ。現行の男子サッカーを、全面的に男女混合(・・・・)にすることになった」

「……はい?」

「それも全世界同時に、だ。急に話が持ち上がって、何時の間にか成立していた。公的な発表はまだのようだが。気味が悪い」

 

 表向きは、ポリティカル・コレクトネスだとか、そういう謳い文句だろう。それでいて、女子サッカーは独立に存続するらしい。ダブルスタンダードもいいとこである。

 といっても、日本代表に女子が入ることはまずないだろう。それどころか、国内の2部・3部リーグのクラブにさえ、誰一人、ベンチにすら座ることはない。男女共に等しい基準で実力を見られるというのだから、当然である。あくまでも規則上、選考や選手登録の資格を得るだけであり、実力が満たなければ採用はされない。

 要は、結果の平等ではなく機会の平等である。

 

「事実上、哀神友のためだけにあるルール改正だ」

「頭が痛くなってきました、何者なんです、その、哀神という女の子は」

いいとこ(・・・・)の令嬢っていうのは間違いないだろ」

 

 皮肉まじりに、彼は言った。とても、そんなレベルで片づけていい規模の影響力ではない。アンリはじろりと睨みつけて、納得のいく説明を要求する。

 後頭部を掻いて一つ溜息を吐くと、絵心は続けた。最初に、あくまでも状況証拠、と念を押して。

 

「……哀神友の経歴や能力をそのまま信じるなんて、流石に俺もしなかった。いくつか映像データはあったけど、それも捏造はできる。だから、裏を取ろうと色々調べてみた。すると、"アイガミ機関"という単語が度々出てきた」

 

 恐らくそれも、全て誘導。絵心が取るであろう行動を読んで、態と掴ませたのだ。フットボールの男女混合化の件を、本来情報を得られる立場にない彼が先んじて手に入れられたのも。将棋やチェスの連盟、大学や研究機関など各方面に問い合わせると、何も言わずに哀神友の実績を証明する署名が得られたことも。

 今この瞬間も、彼ら(・・)は監視しているかもしれない。

 

「何です、それ」

「目的は不明だが、金と権力が絡む社会の深層に影がちらつくグローバルな組織。実在を証明するものは何もなかったけど、噂というか、都市伝説のようなものらしい。そういうの疎いから知らないけどね」

 

 アンリは、これを的確に言い表す単語を知っている。

 口端を痙攣させながら、彼女は訊ねた。

 

「それって、陰謀論ってやつじゃないですか?」

 

 

 


 

 

 

 ブルーロック、始動初日。

 各チーム12人の内からたった1人の脱落者を選ぶ加入テストが行われる中。

 ただ一つ、余りにも呆気なく、そして例外的な結末を迎えた部屋があった。

 

「舐岡了、ハンドにより失格(・・・・・・・・)

 

 真っ白な空間に、スピーカーから淡々としたアンリの声が響く。テスト開始から僅か5秒にして、脱落者が決定した。唯一人を除いて、この部屋にいる誰もが唖然としている。

 

 何が起こったのか。それは至極単純である。

 哀神が蹴ったボールが、舐岡了の腕に当たった。

 ただ、それだけのことだ。

 

「ちょ、ちょっと待て! 今のは意図的じゃないだろ!」

 

 他でもない失格を宣告された舐岡が、堪らず声を荒げて抗議する。

 

「それを言うのであれば、意図的に他人にボールを当てるという行為自体に疑義を唱える必要があると思われますが」

 

 哀神がピシャリと言う。

 そもそもが、公式なサッカーのルールに則っていないのだ。

 意図的でないハンドであればセーフ、なんてのはこのゲームを強いた絵心が決めるものであって、全ては彼の一存で決まる。

 彼はハンド禁止と言った。普通のサッカーのルールに則るなら、そんな当然のことは言わなくていい。わざわざ言ったということが、言外に証明している。

 実際、この場の彼らは知るべくもないことだが、他の部屋では普通ならファウルを取られるような行動でも咎めていなかった。

 

「……まさか、狙ってやったのか?」

 

 この中で、ただ一人動じていない哀神。それは、彼女がこの状況を意図的に作り出したということを示唆していた。

 

「それよりも、審判――絵心さんに聞きたいことがあるのですが」

 

 舐岡の方には目もくれず、彼女はモニターの方を見遣って呼びかける。

 

「貴方は、制限時間がゼロになった時に最後にボールに触れていた者を失格にすると言いました。ハンドは禁止と言いましたが、具体的な裁定は明らかにしませんでした。明言されている限りでは、テストの終了条件は制限時間の経過。そして、タイムはまだ残っています(・・・・・・・・・・・・)。ここで、残りの10名がハンドすれば失格にさせられ――失礼、失格になりますか?」

 

 その場の誰もが想定していなかった、恐ろしい発想を口にする。

 

 哀神友は、どこまでも哀神友だった。結局、これまでやってきたことと何ら変わらないのだ。

 彼女の視界に映っているのは、このテストではなくブルーロックという実験の早期終了。

 何時だって、一度に多くの才能を終了させられる機会を狙っている。

 

 骨の髄まで喰らおうかという彼女の姿に飢えた獣を幻視して、チームVの面々は後退りする。それでいて、敵意など感じられない無垢な表情で口走るものだから、高熱が全身を苛むような寒気がした。

 

 モニター越しに監視しているアンリさえ、背筋が凍った。画面越しに彼女と目が合った気がして、喉から上擦った声が鳴る。

 試す側に居る筈が、試されている。

 アンリは、傍に座る絵心を見遣る。彼はここまで想定できていたのだろうか。

 

「……脱落者は一人だ。ハンドによる失格者が出た時点で、テストは終了とする」

 

 それを聞いて、哀神は素直に引き下がった。早々に興味を失ったようで、乱れた髪を整えている。先程までの殺戮機械を思わせるような無機質な冷酷さが嘘のようである。

 

「そういうわけだ。舐岡了、帰れ(ファックオフ)

 

 一人のサッカー少年の夢が終わった。

 膝を着き、言葉を失う舐岡。

 凪と玲王に威勢よく啖呵を切っていた彼の姿は見る影もない。

 文句を言う気力も残っていない様子。その理由を理解しているのは、この部屋の中では彼と哀神だけだった。

 

「なあ。お前、あの蹴りのフォーム……俺のを真似したのか?」

 

 舐岡が震えた声で、俯きながら哀神に問う。

 

 一言に良いシュートといっても、色々ある。

 ボレーシュート、ミドルシュート、オーバーヘッド、ループシュート……シュートの種類が違えば、どちらのプレイが"上"かは厳密には比較できない。

 同じ種類のシュート――例えばミドルシュートであっても、回転量や蹴りの速さ、射程、正確さ、どれだけの悪体勢から打てるか等々、評価項目は多い。同じミドルシュートを得意とする選手であっても、シュートの質というものを単純比較することは難しい。だからこそ、ストライカーの評価指標とはすなわち成績。シュートの質を問うのであれば、得点率なのだ。

 逆に言えば、全ての評価項目が上で、それでいて定量的に成績には直結しない癖やスタイルといったものまで再現されたら、完全上位互換を意味する。

 

 舐岡了がこれから成長してサッカー選手としてのピークに達し、ベストコンディション、運も味方してようやく放てるであろう生涯最高の一撃。まさに舐岡了の選手生命。

 こともあろうに、この哀神友という少女はそれを超えた一撃を、初見で軽々と放ってみせた。

 舐岡は、哀神が自身の完全上位互換であると理解した。理解させられた。

 他でもないコピー元の彼だからこそ、それが痛い程分かった。

 

「……貴方は、もう競争の熱に当てられる必要はありません」

 

 問いかけに対し、明言は避けた。言わずとも既に理解していたから。追い打ちを掛ける真似はしなかった。

 彼女は、何もかもを失った時の人間の顔が嫌いだった。見ているだけでも心が痛むのだ。

 彼女は薄く微笑んだ。その声音は慈母のように優しかった。

 

「は、は。そうか。そうだな……」

 

 その言葉で彼の中の何かが切れた。絶望を通り越した諦観の顔。それを見て、彼女は一安心する。

 

 これで、彼は救われた(・・・・)

 

 競争には敗者が付き物だ。そんなことは分かり切っている。それなのに、何故か人は競争の舞台に身を乗り出す。そして、いざ負ければ絶望に染まるのだ。そんな辻褄が合わない人間の心を、哀神は理解できない。

 何故悲しむのか。覚悟の上ではないのか。そんなことになるくらいなら最初からやらなければいいのに、と。

 自ら望んでおきながら都合が悪くなれば喚く姿は、唾棄すべき程滑稽で、度し難い程愚かで、見るに堪えない程醜い。

 

 彼女は、自ら競争に身を(やつ)すことはない。

 彼女にとって、競争とは狂気だから。

 

 彼女は、父に競争を強いられ他人と比較されている。

 だが、たとえ負けたとしても絶望などしない。勝利に意味を見出せない(狂気に染まっていない)から。

 

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