え? 女子なのにブルーロックですか?   作:エゴイヒト

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哀神友の学習

 

 ブルーロック一次選考。

 それはチームV~Zの5チームによる、総当たりリーグ戦。上位2チームと各チームの最多得点王のみが、二次選考へと進めるルール。

 

 チームYとの初戦が決まったチームVは、来る戦いに備えてルームメイトの親睦を深めていた。

 ルーム(・・・)メイトというのは、一言一句誤りでない。この輪の中から外れた者が居る。

 ブルーロック唯一の女子である哀神は、別室を与えられている。彼らと寝床を共にすることは無い。自然な交流の機会が失われた哀神は、ルームメイト間の交友関係の進展に置いて行かれている。

 それだけが理由なら、仮にもチームメイト。食事時くらいは共にしてもいい筈だが、彼女は露骨に避けられていた。男子の中に溶け込みにくいというのもある。だが何よりも、先の入寮テストの事件が尾を引いていた。

 

 哀神友はボールを腕に当てることでハンドにさせて、試験を時短。それだけに止まらず、他の面々まで狩ろうとしていた。ここは世界一のストライカーを創るブルーロック。いずれはチームVの面々もライバルになるとはいえ、初っ端からあそこまで明確な敵対行動を取られた衝撃は拭い難い。

 "敵意の無い敵対行動"だったことが輪を掛けて恐ろしい。矛盾しているようだが、これ以上に的確な表現が彼らには思いつかなかった。彼女には慈悲も容赦もなく、ただ作業のように効率を求めていた。圧倒的な存在感を示しながら、それでいて決してチームの中心には居ない人物。最早、話題に挙げることすらも憚られる存在。哀神はそういう孤高の存在になりかけていた。

 ただ、それでも同じチーム。廊下や食堂でバッタリと合うことはあるもので。特にトレーニングルームでは頻繁に顔を合わせることになる。

 

 哀神に練習は必要ない。ボールがあるコートに足を運ぶことはまずなく、専らトレーニングルームに入り浸っている。それも、サッカーに精を出すためではない。日課でもあり趣味でもある運動ができるからだ。

 

「やべぇ……揺れすぎだろ」

「注目する所そこかよ。トップスピードで走り続けてる方がヤバいって」

 

 ランニングマシーンで軽く走っていると、哀神は不埒な視線を集める。

 紅一点な上に容姿は群を抜いた美少女。更に豊かな物をお持ちなので、年頃の男子には目に毒だ。当の本人は劣情を催されることを誉め言葉(愛情表現)のように思っているので、寧ろ気を良くしているが。

 

「馬鹿、現実見せんな。考えないようにしてんだから」

 

 彼女は20km/hを2時間弱走り続けている。筋トレや持久走、跳躍でここに居る同年代の男子をぶっちぎり――というか世界記録に迫る勢いだ。

 

 彼女の顔に疲労は見られない。超人的な彼女とあっても、疲労を全く感じないわけではない。肉体的よりも精神的な面での疲労は、確かにあった。

 運動という行為自体へ飽きを覚え始めていた。無論、彼女が運動を嫌いになったわけではない。彼女の趣味は運動だけではない、ということだ。このブルーロックの中でできることは限られている。

 趣味が他の趣味の代償行為として消費されるようになったら、それはもう趣味とは呼べない。一生これだけをやっていたい、と軽々しく考える者もいるが、実際にそうなった時に後悔しない人間がどれ程いるだろうか。あるいは、外界を知らない者ならば可能かもしれない。ゲームが趣味でも、特定のゲームだけやり続ければ飽きが来る。色んなゲームをやっていても、面白そうな漫画やアニメ、映画の情報が目に入ればどうしても気になる。隣の芝生は青く見えるとか、原理理屈はどうあれ、人は脳レベルでそういう風にできている。

 

 他のチームメイト達が次の試合に、あるいは哀神友という存在に気を揉む中。彼女の関心は、目下別の所にあった。

 

「(3ptで携帯返却ですか)」

 

 1ゴール1ポイントで好きな景品と交換できるゴールボーナス。その中にある携帯の返却という文字が、彼女の頭の中で踊っていた。

 

 

 ――己のゴールかチームの勝利か。これはサッカーを0から創るための戦いだ。

 

 

 などと絵心に言われても、彼女の心は凪いでいた。

 フットボールの定石、その形成を最初からなぞっていく。彼女にとって、それは脳内でいつも起こっていることと何ら変わりなかった。

 ボードゲームでは特にそうだった。定石など、知らずとも自分で見つけた。チェスでは、中央を支配することで盤面を支配する。誰に教わらずともルールを知った時から即座に予測できたし、シミュレーションの試行を重ねれば、そのための戦略も見えてくる。

 

 故に、チームYとの初戦。その試合展開。最初の事件に呆れこそあれ、驚きは無かった。

 

「どけ、俺のだ!」

「あっ、テメェ!」

 

 キックオフから、両チームは混迷を極めていた。チームと言う枠組みを無視してボールを奪い合うしっちゃかめっちゃか。流石にポジションの概念が無かった時代でも、仲間から奪うなんてことは歴史上起こらなかっただろう。

 故にこれを説明できる予測材料はサッカーのルールからシミュレートできる定石ではなく、ブルーロックの特別ルール。すなわちチーム内最多得点王による勝ち上がりが、この事態を引き起こしていた。

 

「ゲーム理論である程度の予想はしていましたが、ここまで個人の利益を優先するとは思いませんでした……勝利の報酬値を見誤りましたね」

 

 勝ち負けの差が激しすぎるのだ。負ければサッカー人生終了、勝てば代表に選ばれるという栄光。ブルーロックは意図的に競争(狂気)を生んでいる。

 負けが込めば生き残ろうとチームを見限って個人の利益を優先するのは想像できる。しかしこんな序盤から結束を放棄する意味が、彼女には理解できなかった。仲間の実力が信用できないにしたって、早計に過ぎる。

 まして、チームVがこうなるとは予想だにしなかった。チームは実力で振り分けられている。順当にいけばチームVは五号棟最強の筈なのだ。

 

 哀神は、理解できない変数は、一先ずバグとして置くことにした。

 始めに論理的思考が出来なくなった愚者(バグ)愚行(エゴ)に走って、それがトリガーとなって競争(狂気)が発生し、次々と伝播していく。きっかけとなるバグが誰か一人でもいれば起こることだ。チームとしての形が保てなくなれば、後は如何に論理的な思考を持ち合わせていようと、全体と個人の利益の均衡値が変動する以上、個を優先せざるを得ない。

 

 彼女は一応の理屈を得た。そういう風に理解した。することにした。

 

「そういうことであれば、寧ろ好都合です。自分も、遠慮なく行きましょう」

 

 この競争を一早く終わらせる。いつだって彼女の頭の中には一番にそれがあるが、しかし、勝ち抜けチーム2枠を1枠にするなんてことはできない以上、この試合でできることは哀神には無い。

 このブルーロックに参加した299人を救う(終わらせる)ために、勝ち抜く必要がある。

 

 前髪の長い少年、チームYの二子一揮が群衆の中から零れたボールを確保。

 それを外周から観察していた玲王が奪う。更に隙を突いて、同じチームの斬鉄が奪う。

 3人分も教材があれば彼女にとっては十二分だった。不意を突いてボールを奪う方法は学習(上位互換化)できた。敵も味方もない、秩序の崩壊したボールの奪い合い。それを制したのは哀神だった。

 

 このブルーロックという環境であることを抜きにしても、同じチームの仲間などという概念は、彼女の中に存在しない。そもそも2つのチームに分かれて競い合うゲームという時点で、悪しき行いなのだ。長期的に見てブルーロックを終わらせるための行為に、遠慮などない。

 

「青髪友……!」

 

 斬鉄の更に背後からボールを奪った彼女は、そのままシュート。

 女子のものとは思えないキック力に、ゴールキーパーは反応できなかった。

 

「何やってるGK! 相手は女子だぞ!?」

「う、うるせぇ! あれが女子のシュートかよ! つか俺だってFWなんだからしょーがねぇだろ!?」

 

 揉めるチームYを後目に、少女は何か違和感を覚えたのか、首を傾げる。

 1-0。

 チームVの先制から始まった試合は玲王と斬鉄、そして哀神が支配した。

 彼女がプレーの中で存在感を発揮しなければ、唯一の女子という異分子に対する違和感は頭の中から追いやられていっただろう。だが続く2点目も同じように二子・玲王・斬鉄の取り合いから掠め取った哀神が決め、いよいよこの異質な存在をチームYの面々は認識する。試合開始時に互いのチームが顔を合わせた時に抱いた困惑は、再度大きなものとなる。

 

「くそ、何なんだよあの女子!」

「知るか!」

 

 そして味方も同じく。

 

「おい、アイツ何か変じゃね?」

「ああ。下手なのに上手いっつーか」

 

 ボールの奪い方は上手いのに、ドリブルが下手糞だ。シュートは特定のフォーム一辺倒で、その技術自体も並み、悪く言えば力任せ。だが肝心の狙いは外していないし、脚力の活かし方は極上。全体的にちぐはぐで、体系的にフットボールを習った者のプレイではない。

 チームVの面々は確信する。こいつ、初心者だ。

 そして唯一、玲王だけが彼女の本質へ更に一歩踏み込んだ。

 

「……上手くなってる?」

 

 3点目も同じ流れになるかと思いきや、その次は玲王、斬鉄が続けてゴールを決めた。それは決して、先程までの哀神のプレーが偶然であったことを意味しない。2発を決めて以降、哀神は一歩引いて全体を観察している。玲王も団子状態の群衆から引き気味でプレーしていたので、彼女の異常に気付けた。

 突然ボールに関わってきたかと思えば糸が切れたかのようにやる気を失くし、ボールを奪っても少しドリブルしたかと思えば奪われてまた外野から観察している。露骨にワザとらしいボールロスト。その意図が、他人のプレーの学習と実践をするためだと気づいた時、玲王は頭が真っ白になった。

 

「この短時間で学習しているのか!?」

 

 ―――いいや、偽物だ。今のままでは、そいつ(本物)の餌になるのがオチだろうな。

 

 あの絵心の言葉を認めるつもりはないが、少なくとも凪とは別軸の天才であることは認めざるを得ない。

 恐れと警戒。様々な視線を注がれる中、最低限の学習を終えた哀神は再び動きだす。10分前に見たスライディングを真似てボールを奪った彼女は、これまた3分前に見たドリブルで無秩序に群がる敵陣を巻いて、ゴール前に到達する。

 

「これ以上は、やらせません……!」

 

 その前に、二子が躍り出る。哀神はペナルティエリアを目前にして止まった。

 彼女は外側から緩やかな弧を描くようにボールを運ぶ。当然、二子はシュートコースを塞ぐように追いすがる。

 

「速いッ!?」

 

 明らかに内側を取っている二子の方が有利なのに、純粋な足の速さで振り切られる。

 切り返すフェイントを警戒する必要は無かった。そんなことを警戒していてはますます振り切られてしまうというのもあるが、彼女のスピードや姿勢はとてもフェイントが行えるものではなかったからだ。というより多分、そういう技術を知らなそうだと二子は感じた。

 彼女とてそのような技術が存在することは予測していたが、知らないもの、熟練度の低い技をわざわざやるつもりもなかった。

 そのまま二子を突破して振り抜かれたシュートは、寸分狂わず三度同じモーションで。

 モニターにGOALの文字。哀神のハットトリックにより5-0。勝敗はほぼ決した。

 チームYに諦観が滲み始める中で、二子は今しがた確かに目撃した光景が頭から離れなかった。防御に殺到するチームYに遮られて斬鉄達は見えていない。目の前で振り切られた彼だからこそ目撃できた。

 

「(今の、あの斬鉄(バカメガネ)と似たような加速の仕方だった……?)」

 

 しかも加速力は彼以上だったように思える。

 一方で哀神はドリブルより先ほどのシュートに納得がいかない様子で、

 

「やはり違和感がありますね。最適解とは程遠い気がします」

 

 入寮テスト以来、シュートを蹴るのはこれで3発。哀神は早くも、学習元の舐岡のシュートに拭いきれない非効率さを感じていた。

 彼女が今まで終わらせてきたトップアスリートの技術と比べて、根本的なフォームや節々の動きに宿る思想が凡庸過ぎる。そもそも彼の才能は体格や身体能力の活かし方にこそありシュートに特化したものではない、と彼女は冷徹な評価を下す。

 

 益々警戒を強めるチームYだったが、彼女の活躍はここで終わる。玲王と斬鉄が得点を稼ぎ、そしてやる気を失った哀神とは対照的に動き出した凪が追加点を決め、試合は11-0でチームVの勝利となった。

 

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