サベージに諭されたアーミヤは、外勤任務に出たドクターの帰りを待っていた。少し疎遠になっていたドクターと仲直りをしようと思っていたのだが……?
何でも許せる人向け。
TSしたてのTS娘ちゃんが抱える大きな問題!!
というわけで今後もどんどん悩ませていきます。
飛行ユニット離着陸場で、アーミヤは耳をひょこひょこと動かしながら気を揉んでいた。
サベージに励まされてから早数時間。忙殺せんとする書類仕事を、サベージお手製のキノコパイを手伝いのオペレーターたちと分け合いながらなんとか片付け終えた時には、既に時刻は21時を回ってしまっていた。
終業には遅いが、連徹上等だった頃と比べればとてつもなく早い。さらに言えば、ちょうど外勤任務に赴いたドクターたちが帰ってくる予定の時間でもあった。
もしかすると、サベージたちが気を利かせてくれたのかもしれない。今度何かお礼をしなくては、と考えていると、アーミヤの鋭く長い耳が、飛行ユニットが放つ独特の音を捉えた。
顔を上げると、真っ黒な夜の中に点滅する赤い光が見て取れる。
発着場に常駐していたオペレーターたちが出てきて、誘導灯を振ったり操縦役のオペレーターに連絡をする。そうこうしているうちに、ユニットはゆっくりと発着場に着地し、エンジンを緩やかに収めていった。
ハッチが開くなり、アーミヤは待ちきれずに走り出す。
なんとなく避けてしまっていたドクターを出迎えて、一言“おかえりなさい”と言うために。
だが、その足はほどなくしてピタリと止められた。ユニット内部から聞こえてきた、軽い口論の声によって。
「す、スペクター!? なんでわざわざ……!」
「なにかおかしいことでもあるのかしら? 今更じゃない。ねえ、ドクター?」
「ミス・スペクター、流石に悪ふざけが過ぎるのでは……?」
「私は真面目よ。ふざけていると思われるなんて、心外だわ」
―――えっ?
会話の内容にアーミヤはポカンとしてしまう。
周囲のオペレーターも同じようで、何やら怪訝そうな顔をしていたが……ほどなくして、その表情はそろって凍り付くことになった。
いの一番に下りてきたスペクターが、ドクターをお姫様抱っこしていたからである。
アーミヤと、目があった。
「あっ……」
「……ドクター……?」
なんとも言い難い空気が発着場に流れる。
遅れて下りてきたマウンテンが状況を察し、俯きがちにブツブツ呟きながら上の空で歩くアンジェリーナを制止する。
ぷるぷるとわななきながら固まったアーミヤとしばし見つめ合ったドクターは、羞恥に耐えかねて顔を覆った。
「スペクター、下ろしてくれ。せめて背負ってくれ……!」
「風情のないことを言うのね。お姫様は騎士に抱かれて凱旋するものよ」
「そんな話は聞いたことがない……! 下ろしてくれ!」
「暴れては駄目よ。割れ物のようにひ弱なあなたを落としてしまうから」
ドクターはじたばたし始めるが、スペクターは余裕の笑みを浮かべたまま離そうとしない。
唖然とするアーミヤの脳内に、胸を温めるような感情が、スペクターのお姫様発言と一緒になって流れ込んで来た。マウンテンの呆れと、アンジェリーナの懊悩も。
アーミヤの頭の中で、何かがピークに達した。
くるっと背を向け、脱兎の如く走り去っていくアーミヤにドクターは手を伸ばしかけるが、そのころにはもう見えなくなってしまっていた。
寒々しい風が発着場に吹いた。
その場の誰もが次の行動を取りあぐねる中、暴れることをやめたドクターが低い声で言う。
「……スペクター。頼む、下ろしてくれ」
スペクターは唇を尖らせ、嫌そうな表情をしたが、しぶしぶとドクターを一人で立たせる。
ドクターは上着のポケットに両手を突っ込むと、猫背気味の姿勢でトボトボと歩き始めた。哀愁の漂う後ろ姿に、その場の全員、声をかけるのをためらってしまう。
平然と一緒に歩くスペクターを除いて。
「はぁぁぁ……。どうしてくれるんだ、絶対よからぬ勘違いをされたぞ……」
「よからぬ勘違いとは何かしら?」
ちょっと不機嫌なスペクターに何か文句を言ってやろうかと思ったが、ぐっと飲み込む。
ここのところ、女体化したドクターに対するオペレーターの反応は大まかに三種に分かれる。
よそよそしくなるか、馴れ馴れしくなるか、変わらないか。アンジェリーナは前者で、スペクターは後者、マウンテンは対応が変わらない貴重な一人だ。
そうした変化にさらされていると、どうしても疑問に思ってしまう。オペレーターたちは、ドクターをどのように見ているのだろうか。
元の男性として見ているのか、既に女性として認識しているのか。その場合、誰かと一緒にいる場面―――自分はそんなつもりなどないが、今のように特定個人と仲睦まじくしているように見える場合、どう思うのか。
無理やり服を剥がれて下着をつけられた時から、これはずっと頭痛の種だ。
―――アーミヤは、今のを見てどう思ったんだ……?
―――男が女に抱き上げられている構図か? 今のがスペクターじゃなくて、マウンテンだったらどうだった?
―――ちゃんと話す必要があるな……出来れば今のうちに……。
そう考えたドクターは、軽く頭を抱えながら本艦に戻り、アーミヤの部屋を訪ねたが―――。
返事は一切なく、話し合いは明日以降に持ち越さざるを得なくなってしまった。