Mechanistを通じてLogosへ書類を渡そうとエンジニア部を訪れたドクター。
やってきた彼(彼女)を出迎えたのは、香水の匂いを嗅ぎつけたウィンドフリットだった。
何でも許せる人向け。
最近次のエピソードをどうしようか悩んでいる…アイデアはあるが何を先に持ってこようかという話で。
シルバーアッシュとプラチナの話も…やりたい…!!!!
「ドクタ――――――っ! わおんっ!」
エンジニア部を訪れるなり、ウィンドフリットが飛びついてきた。
扉を開ける前から来るのがわかっていたのでは、と疑いたくなる勢いに驚き呆れながらも、ドクターはウィンドフリットを抱き返してやる。
どうやら今は討論の途中だったと見えて、その相手であるグレイが慌てて駆け寄ってくるのも、なんだか微笑ましかった。
「う、ウィンドフリットさん! いきなり抱き着いたら失礼ですよ!」
「いいんだよグレイ、お疲れ様。体調は大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です! えっと、それで今日はどうかしましたか……?」
「Mechanistに用があってね。いるかな」
「Mechanistさんですね、すぐに呼んできま……」
言い終わるよりも早く踵を返しかけたグレイが、急に立ち止まって振り返ってくる。
ウィンドフリットは相変わらずドクターに抱き着いたまま、バタバタと尻尾を振って鼻を鳴らしていた。
「ドクターはいい匂いがしますね……お花の匂いです」
「パフューマ―からもらった香水の匂いだよ。いつもとは違う匂いらしんだけど、変じゃないかな」
「変じゃないですよ! とってもいい匂いです!」
ドクターは微笑みながら、ウィンドフリットの頭を撫でてやる。
その様を見つめ、グレイはピリッと耳に痺れるような感覚が走らせた。
―――あれ、ドクターって、確か女の人になったって……。
―――じゃあ、ウィンドフリットさん、女の人に抱き着いて、匂いを……?
いたいけで純真なペッローの少年の、普段折れ曲がっている耳がピンと立ち上がった。
顔を真っ赤にしてウィンドフリットの背中に飛びつき、機械油の匂いがする服をつかんで引き剥がそうとする。
「ううう、ウィンドフリットさん! 離れて、離れてください! いくらなんでもそれは駄目です!」
「グレイくんっ!? えっ、何が駄目なの!?」
「駄目ったら駄目です! 離れて!」
「ちょ、ちょっとふたりとも……」
エンジニア部の玄関先がにわかに騒がしくなった。
どこまで聞こえていただろう。どこかからコロセラムが顔を出し、苦笑いしながら引っ込んだあと、彼に呼ばれたMechanistが重い足取りでやってきた。
「お前たち、何を騒いでいる?」
「あ、Mechanistさん……」
三人の動きがピタリと止まる。
エリートオペレーター・Mechanistは、フェイスマスク越しにもわかるほど呆れ返っていた。
ドクターはウィンドフリットの頭を撫でながら軽く押す。ウィンドフリットはハグを中断し、ドクターからようやく離れた。
Mechanistが大きな溜め息を吐く。
「やあ、Mechanist」
「入口で何をしているんだ、ドクター? そこのふたりは、オーロラのフェンスの設計と、マゼランのドローンの改造を任されていたはずだが」
「す、すみません! すぐに戻ります!」
「そうでした! ではドクター、僕たちは仕事してきます!」
「ああ、頑張っておいで」
ぴゅーっと走り去っていくふたりの背中に手を振って見送り、ドクターはMechanistに向き直った。
「エンジニア部は、変わらず?」
「いつも通りだ。ドクターはなんの用だ?」
「ちょっと、Mechanistにお願いがあってね。この書類をLogosに渡してほしいんだけど……」
「Logosに?」
手渡された封筒を、Mechanistはまじまじと見つめる。
フェイスマスクの下で方眉を吊り上げた彼は、怪訝そうに言った。
「構わないが……直接渡せばいいだろう。何故私を経由する?」
「それが、最近Logosに避けられてるみたいでね……」
「ほう?」
―――これはまた珍しいこともあるものだ。
長くコンビを組んではいるが、彼が特定の誰かを意識的に避けるという話はあまり聞かない。
スツール滑走大会の出場オファーを長らく断っていたこともあるが、それは彼が圧倒的な速度で優勝をかっさらっていったためで、かつてScoutからの挑戦状を叩きつけられた際には再度参加している。
まして、ドクターを避けるなどと。女性化したからといって気を遣う性格でもない。それならば、Misery主催の“ドクターの恋人候補トトカルチョ”などに参加はすまい。
Mechanistは封筒を受け取った。
「わかった、奴に渡しておく。ついでに、返送はドクターへ直接するようにも伝えておこう」
「助かるよ。はぁ……」
「随分と苦労しているようだな」
「最近、どうもみんなの様子がおかしくてね……。実を言うと、私を避けているのはLogosだけじゃない。アーミヤなんて、目も合わせてくれなくなった」
「……それはそれは。アーミヤと何かあったのか?」
「……スペクターにお姫様抱っこされているところを見られた」
「…………………」
コメントは差し控えた。
気まずくなった空気を咳払いで払おうとしたところで、
「ドクター! すみません、お忙しいところだと思いますが、こちらの申請を……お邪魔でしたか?」
「ん、いや。大丈夫だよ、受け取ろう」
ドクターはすぐに顔を上げ、沈んだ表情を微笑で隠す。
子供の前では気丈に振る舞う彼の、ふとした時に見せる疲れた表情が、Mechanistを妙に不安にさせた。
ドクターは申請書をしばらく読みこむと、先ほどまでの会話が無かったかのようにしっかりと頷いて見せる。
「うん、わかった。あとでアーミヤにも話を通しておく」
「通せるのか?」
「通しておくよ」
Mechanistを疑問を受け流し、ドクターはグレイの頭に手を置いた。
指先で耳の裏を掻くようにしながら髪をかき混ぜる。グレイはまん丸な瞳でドクターを見上げた。精悍さを宿しながらもまだあどけない少年の頬が、ぽわわ、と桃色に染まる。
ドクターは不思議そうに、グレイの顔を覗き込んだ。
「グレイ?」
「あっ、いえっ! ぼ、僕は作業の途中なのでこれでっ! 失礼しますっ!」
ピンと尻尾を立てたグレイは、凄まじい勢いで走り去っていってしまう。
取り残されたドクターは空っぽになった手のひらを虚空に浮かべながら、唖然とその様を見送った。
そして、その様を陰から見守っていたMechanistは、ドクターが落ち込みながら帰った後、クロージャにぼやいた。
「……ドクターが女性の体になったからと、あちこちで色々浮かれているオペレーターを目にするが……グレイの反応が、一番乙女チックだったな」
「キミの口から“乙女チック”なんて単語が出たことにビックリしてるよ」
肩をすくめながらクロージャは上がる口角をMechanistから隠す。
しかしそれはバレバレで、Mechanistはドクターの行く末を気にかけて嘆息することになった。