女体化を解く目途も立たないまま、リターニアでのパーティに出席することになったドクター。しかし待ち構えていたグレイディーアに捕まってしまい……。
何でも許せる人向け。
ドレスは多分グレイディーアのおさがり。あの人結構いいトコの出だからパーティ用のドレスぐらい持ってる…はず。
スポーツブラをいつもの分厚い服で覆い隠した自分を鏡越しに見て、ドクターは肩を落とした。
シデロカに押し付けられた下着は、女体化初日にウタゲたちに押し付けられたものよりも機能的で、身に着けやすい。見た目にもなんというか、いやらしさのようなものも少ないデザインで、精神的なハードルは低い。
それ自体は有難い。女性オペレーターに裸を見られずに済むし、手伝いも要らない。だが根本的な問題が依然として存在する。
―――まずいかもしれない。
―――なんか、ブラを着けるのも慣れてきた気がする……!
やるせない想いを抱えて、鏡に額をぶつける。
日数はそれなりに経過したが、女体化薬の効果は一向に切れない。
その上、ドクターが飲んだ薬の解析をしたソーンズからは、“本当にこれで女体化するとは思えない成分”だの“そういうアーツをかけられた可能性を考慮すべき”だのと絶望的な言葉を並べられている。
改めて下手人三人が締め上げられたが、結局手がかりはつかめず、今日も女性の肉体で過ごす羽目に。
何より気が重いのは、今日はリターニアの貴族相手に“友好関係”を築くべくパーティに参加せねばならないことだった。
ケルシー曰く、今まで見知った相手に女になりましたでドクターを紹介するのは難しいが、初対面なら最初から女性で通るだろう、とのことだった。
―――私はもしかして、ずっと女性で生きていく前提なのか?
文句を兼ねた質問は棄却された。
「はぁ……」
重たい足を引きずり、ミヅキの朝食をもらってから外に出ると、グレイディーアとエーベンホルツが扉の前で待ち構えていた。
それぞれ今日の護衛役と、ナビゲーターだ。
「おはよう、ふたりとも。早いね」
「早い? あなたが呑気すぎるのではなくて?」
「ここがリターニアで、貴殿の部屋がどこぞの貴族の客室であった場合どうなるか。シミュレーションはしてみたか?」
手厳しい。ドクターがほんのり苦笑を浮かべつつ、早速移動を促そうとする。
だが、エーベンホルツの問いが待ったをかけた。
「悪いが、小言はもうひとつあるぞ。ドクター、貴殿はその格好で、パーティに臨むつもりか? あの札束と宝石で
「え? い、いや、これは医師から着用するように言われた防護服であって……」
「現在は、必ずしも必要なものではない、とケルシー医師が言っていたが」
淡々と告げられ、ドクターは思わず身構えた。
とても嫌な予感がする。そう、例えばいい笑顔のエクシアとウタゲとカシャが執務室に飛び込んで来た時のような。
グレイディーアがつかつかと近づいてきて、ドクターが何か言う前に、ペットを抱き上げるみたいにお姫様抱っこをした。
「行くわよ」
「なっ……!? お、下ろしてくれ! 私に何を着せるつもりだ……!?」
「鈍才ね。それに、サメは良くて私は駄目なのかしら」
「スペクターでも駄目だ……! あれは彼女が無理やり……え、エーベンホルツ!?」
「せいぜい着飾ることだ、ドクター。これも貴殿の仕事だと割り切ってな」
しばらくして、飛行ユニット発着場。
ドクターは羞恥に唇を噛み、打ち震えていた。
フードとマスクは取り払われ、代わりに身にまとうのは背中と肩を開いた黒いドレスだ。
二の腕まで届く長い手袋を指輪とブレスレットで固定し、大きく広がったスカートの下はエナメル質のハイヒール。慣れない靴では立っているのも難しく、グレイディーアの腕にしがみつく格好となってしまう。
顔を真っ赤にするドクターを見て、エーベンホルツは一切表情を変えぬままに言い切った。
「良く似合っている。それならば、あの傲慢で食通ぶった貴族共も文句は言うまい」
「う、嬉しくない……! どうしてこんな……!」
エーベンホルツは文句を垂れるドクターに対し、聞き分けのない子供を見るような眼差しを向ける。
「ドクター、抵抗があるのは理解しよう。しかし事実として、今の貴殿は女性だ。初対面の相手は間違いなく、貴殿を生まれた時からそうであるという前提で扱う。薬を盛られて女性に変えられた元男だと言ったところで、理解されるはずもない」
一拍置いて。
「そのような世迷い事が通用するのは、ロドスだけだ」
「ロドスでも通用してほしくなかったな、そんな世迷い言は……!」
軽く憤慨したせいか、バランスをとり損ねて倒れ込みそうになるのを、グレイディーアの腕を支えになんとか耐え忍ぶ。
ロベルタの手で花のような形のシニヨンにまとめられた後ろ髪が、アビサルハンターの二の腕に触れた。
「千鳥足ね。それでは一緒に踊る相手の足も踏んでしまうわ」
「誰のせいだと……ひゃっ!?」
またしてもお姫様抱っこで抱え上げられ、泣きたくなった。
アビサルハンターは一体自分をなんだと思っているのか。一人で歩けるのならどうぞ、とでも言いたげな、グレイディーアのしたり顔が妙に近い。
エーベンホルツはなんとも思わないようで、さっさと用意の出来た飛行ユニットへ歩いて行ってしまう。
整備士たちの視線が痛い。顔を俯けて隠そうとするドクターを抱えて、グレイディーアは堂々と飛行ユニットへ歩いて行った。