ドクターが女体化し、なぜか女性人気が上がりつつあることに目を付けたクロージャは、シーンにとあるお願いをするが…。
シーンお嬢様がハキハキ喋るところをちょっと見たくなってしまうアレ。
ドクターは人気だ。
アーミヤに対しても、他のオペレーターに対しても気配りが出来て、政治的な介入でも戦闘・戦術においても大きな戦果を上げられる。それも犠牲を最小限に、多くの場合はゼロに抑えて。
オペレーターと接するとき、ロドスで保護した患者たちと交流するとき、余所の企業や貴族と交渉をするとき。相手の心や意識を汲みつつ、適切な距離感でいてくれるドクターに、特別な感情を抱く者は多い。
ロドス本艦での仕事に至っては、後方支援部から救世主のように思われているらしい。曰く、“クロージャが仕切っていた頃より遥かに人間扱いしてもらえている”だとか。失礼なことである。
そして現在、ドクターは一部のオペレーターの悪戯のせいで女性になってしまった。それで何が変わったかというと―――不思議なことに、女性人気がかなり上がったのだ。
気を見るに敏。ビジネスチャンスと見たクロージャは、クロワッサンと共に商業協定を結び、ドクター人気をつかむべく行動を開始した。
「―――というわけでシーン! ドクターを盗撮してきて!」
「ぜったいに、いや」
メイヤーとマゼランが一緒になって絶句した。
クロージャの元に用があって訪れたふたりは、壁から顔を半分出して、先客のやり取りを見守っている。
先にクロージャと話をしていたのはシーン。“レンズ”なる撮影用ドローンに腰かけた彼女の顔が見える位置だ。
マゼランはあんぐりと口を開けたまま、メイヤーに囁きかける。
「い、今の聞いた……?」
「幻聴じゃないの? いやだって、シーンだよ?」
「えっ、でも……聞こえなかった?」
「聞こえたような気はするけど……シーンだよ?」
ふたりは、しばし無言で見つめ合う。
クロージャはこちらに背中を向けているが、顔など見なくともわかる。彼女も絶句し、凍り付いていた。
クロージャのそんな姿を見るのは、あまりロドス本艦にいないマゼランはもちろん、それなりの付き合いとなるメイヤーですら初めてのことだ。
それなりに肝の据わったブラッドブルードが、驚愕のあまり固まるような出来事が、今まさに目の前で起こっている。メイヤーはようやく、自分の感覚を理解した。
「シーンが喋った!?」
「しかも即答だったよ! 見て、すっごい嫌そうな顔してる!」
最低限のボリュームで最大限声を張りながら、マゼランがシーンを指さした。
ピロサはあらゆる行動が、他の種族と比べてかなり遅い。シーンも例に漏れず、一言喋るのがやたらと長く、表情の変化にも最低五分はかかるほど。
その彼女が、クロージャの要請をキッパリと、彼女にしては超早口で断り、さらには対して間を置かず眉間に深い皺を寄せている。
もはや事件といっても過言ではないのだ。
驚愕のあまり沈黙したクロージャに対して、レンズが釘を刺す。
『えー、こほん。クロージャ様、レンズと致しましても、そのような依頼は如何なものかと』
「は……っ! い、いや待って、違うの、盗撮っていうのは言葉のあやで!」
「絶対あやじゃないでしょ」
「間違いなく本心だったよね……」
突き出した両手を振るクロージャに、メイヤーとマゼランは白い目を向ける。
その声が聞こえたはずもないだろうが、クロージャは咳払いをして冷静さを取り戻した。
「いい、ドクターが女の子になってから、女性オペレーターたちがかなりグイグイ行ってるのは知ってるでしょ?」
「うーん……」
「けど、医療部とかはドクターを戻そうと頑張ってるし、それでドクターが苦労してるのも知ってる。私だって、ドクターには戻ってほしいなーって思うよ? さっきいつも以上にヘロヘロのドクターとすれ違ったし、なんか、見るに堪えないっていうかさ」
「うーん……」
「でもさ、戻っちゃうのはそれはそれで勿体ないと思うわけ。だから、戻る前に写真に収めて……」
『それを皆様に売りつけようという魂胆なのですね』
「いや」
「ちがっ…………わないけど、違うのよ!」
もはや取り繕えてすらいない言い訳だ。
マゼランもメイヤーも、もう密かな突っ込みを入れる気すら起きず、死んだ鱗獣のような顔をしていた。
何より、当の本人が、薄汚い商売根性を隠そうとしなくなった。
「とにかく、期間限定の女性ドクターの秘密の写真を撮ってもらって、写真集とかブロマイドとか作るの! レンズと連携できる隠しカメラは私の方で作ってあげるから! タダで!」
『拡張パーツや撮影機材の問題ではないのですが』
「報酬なら売上の三、いや四割出すよ! プレミアついて高く売れるから、絶対!」
『いえ、そういう問題でもなく……』
「えっと、それなら……!」
気合いを入れ、早口で説得を試みるクロージャ。
すっかり見るに堪えなくなったメイヤーは、足元のミーボを一瞥し、クロージャを指さした。
「ミーボ、噛みつけ」
優秀な自立型のロボットは、クロージャに駆け寄って脛に牙を突き立てる。
商談に夢中になっていたクロージャは、突然の痛みに飛び上がった。
「いっっったぁぁぁぁぁぁ! ちょ、なになになに!? え、ミーボ!? なんでいるの!?」
「なんでも何も、私がここにいるからだよ」
「……お邪魔しまーす」
マゼランと一緒に陰から出てきたメイヤーは、すたすたとクロージャに近寄ると、彼女の脳天にチョップを叩き込んだ。
「あ痛っ!」
「全くもう、何考えてんのさ。そんなの作ったら、色んな人から大目玉食らうでしょ」
「き、聞いてたの? いつから?」
「最初から」
メイヤーはさらりと白状する。
マゼランはというと、クロージャに絡まれていたシーンとレンズの前に立ち、目線を合わせて挨拶していた。
『これはこれは、メイヤー様にマゼラン様。いらしていたのですね』
「こんにちは、レンズ。シーンちゃん、大変だったね」
「うーん……」
『お嬢様は、お二方もクロージャ様と同意見かと聞いておられます』
「いや、流石にそれはないよ。ドクターを困らせたくないもん」
先刻、ドクターに新作ドローンの制作と稼働テストの申請書を提出しにいった時のことが脳裏に浮かぶ。
彼はいつもの事務机の上で、書類作業ではなく、山のようなファッション誌の整理に追われていた。
朝にやってきたところ、手伝いに来たオペレーターすら知らないうちに、ファッション雑誌が置かれていたのだとか。
犯人は大量の、それも女性ものの雑誌を置いていったが、それが崩れて仕事の書類とごちゃ混ぜになってしまったらしい。
“私にこれをどうしろと言うんだ”とぼやくドクターの横顔に、マゼランは胸が締め付けられるような想いを味わった。
そして、さらなる悩みの種は、芽が出る前にメイヤーが摘み取ってくれている。
「言っておくけど、本当にやったらドクターに
「なっ、待って、それは洒落にならない!」
「あーもし事前に告げ口して未然に防げたら、クロージャの宿舎とか差し押さえかなー。そのスペース、そのまま私にくれちゃったりしてー」
「流石にそんな都合よく……いか、ない、よね……?」
クロージャは半分ビビりながらメイヤーの表情を伺う。口調こそ軽いものだったが、その目は笑っていなかった。
メイヤーはクロージャに書類を押し付け、背中を向ける。
「よし、言ってこよ」
「やめてメイヤー! ねえお願い! ケルシーに知られたら……!」
走り去るメイヤーを、わあわあと叫びながら追いかけるクロージャが追いかけていく。
マゼランとシーンは顔を見合わせる。
嘆息したのはマゼランだけだったが、シーンも同じ気持ちだと伝わってきた。