ドクターに薬を盛ったことを責められ、自室で謹慎処分を受けていたクリフハート。そこへ兄のシルバーアッシュが訪れ……。
シルバーアッシュならごく自然にTSドクターを傍で補佐するぐらいはやる。会話1がアレの男だ、絶対にやると信じている。
「エンシア」
「ひゃっ!」
ノックと合わせて聞こえてきた兄の声に、エンシアは飛び上がった。
冷たい脂汗がダラダラと流れ、背中を急激に冷やしていく。まるでカランド山の吹雪全てがピンポイントで背中に叩きつけられたかのようだ。
エンシアは、エンシオディスが来た理由がわからないほど、子供ではない。十中八九、エンシアがドクターにやらかしたあれを、謝罪しに来たのだ。
エンシアは及び腰になったまま、部屋の扉を凝視した。ノック以降、呼び声はしない。
幻聴であれば良いのだが、そんなことはないだろう。兄と疎遠になってしまった自覚はあれど、だからといって声を聞き間違うことなど決してない。飲み込んだ唾は、石のように硬くて重い。
兄は怒っているだろうか。声音からして、いつも通りのようではある。
だが、扉を開けた時、物凄く怒った兄がいたらどうしよう、という懸念は消えない。
兄のような人物が怒る時のパターンは、ロドスに来てある程度予想がついている。目と声色だけで怒りを語ってくるか、少しガラが悪くなるか、無言で圧をかけてくるか。
どれをされても、耐えられる自信がない。
もう一度、扉がノックされる。
「エンシア、起きているのだろう。私だ」
「あ、うん……い、今開けるね……」
もはや退路はない。エンシアは摺り足で扉に近づき、震える手で扉の取ってをつかむと、思い切って勢いよく開いた。
そこに立っていたエンシオディスは、普段とあまり変わらない様子だった。
エンシアは引きつった頬と上擦った顔で兄を見上げる。
「ひ、ひ、久しぶりだね、お兄ちゃん」
「ふっ、そう硬くなることはない。私は、お前を叱責しに来たわけではないのだからな」
ぽふ、と頭に手を置かれ、エンシアは居たたまれない気持ちになる。
エンシオディスは珍しく苦笑した。
「どうやら、反省はしているようだ」
「うう、だって……」
悪戯好きなオペレーターのひとりとして名の通っているエンシアとて、取り返しのつかない状況にしたいわけではない。
それがまさか、こんなことになるとは。時々聞こえてくる会話から、ドクターが色々トラブルに巻き込まれているらしいことは、想像に難くない。こっそり執務室に顔を見に行った時など、明らかに疲れた顔をしていた。
最近、人が増えてようやくマシになってきたというのに、連徹上等で書類に外勤に駆けまわってきた頃のドクターの顔に戻って来てしまったようだ。
罪の意識ばかりが募る。しかし、挽回する手段がエンシアには無い。アとワルファリンのように、医療の知識を持ち合わせていないからだ。
すっかりしょげてしまったエンシアを、エンシオディスは優しく見つめる。
「悔いているのならいい。罰は充分受けたと聞いた。シルバーアッシュ家としてのけじめは、私が先ほど着けてきたから、後はお前が改めればいいだけだ。出来るな?」
「うん……」
「なら、私から言うことは何もない」
エンシオディスが背を向ける。
ロドスを訪れ、オペレーターとして作戦に参加する時、彼は決まって数日間ロドスに滞在する。
今回は、エンシアの保護者として責任を果たすために来たのだと、エンシアは直感した。
服の裾をぎゅっと握りしめる。エンシアが悪戯を実行しなければ、少しわがままを言って、兄と一緒に食事が出来たかもしれない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「ドクター、どうだった?」
半身になったエンシオディスは、顎に手を当ててしばらく考え込み、やがて小さく笑みをこぼした。
「どうなろうと、奴は奴だ。目元の隈は濃くなっていたが。何、示談の約定を果たした後は、しばらく私が傍に着く」
「えっ!?」
驚くエンシアに、兄の不思議そうな視線が注がれる。
“何をそんなに驚くことがある、当たり前だろう”と言いたげな表情だった。
特筆すべきところのない、いつもの兄の表情。それが何故か、エンシアに不安を抱かせた。