上上下下左右左右BA!!!
正午、ロドス本艦の休憩室にて。
「いっただっきまーす!」
目を輝かせたカーディが大きな声を出し、目の前のケーキにフォークを突き刺す。
素早く口に放り込んでは嚥下して、どんどんケーキを減らしていくカーディを、スチュワードが窘めたり口元を拭いてやったりする隣で、アドナキエルはテーブルを埋め尽くすスイーツの数々を眺めて言った。
「すみません、インディゴさん、グラウコスさん。俺たちもご一緒しちゃって」
「どうかお気になさらず。私たちだけで食べきれる量ではありませんので」
「むしろ、カーディさんの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいくらいです。みんな、アズリウスさんの作ったケーキを食べたがらないので」
「そうなんですか?」
アドナキエルは目を丸くして、山のようなスイーツを眺めまわした。
一番多いのはケーキ類。スポンジケーキ、チーズケーキ、フルーツタルトを中心に、モンブランやザッハトルテなどに加え、クッキーやシュークリームなど、様々な種類のお菓子がところ狭しと居並んでいる。
どれもこれも、見た目は普通だ。それどころか、店で買ってきたと言われてもおかしくない出来である。
スイーツ好きで知られるラテラーノ公民であるアドナキエルから見ても、避ける理由など無いように思えた。
口に出ずとも、彼の疑問を察したインディゴが、ドーナツをひとつ手に取って問う。
「アドナキエルさん、このドーナツは、
「? ええ、はい。普通のドーナツに見えますけど」
「本来ならば、ドーナツに限らず、この机の上にあるお菓子は全て、青色になっているはずなんです」
「青色?」
ふたりの会話が耳に入ったのか、カーディとスチュワードも手を止め、まばたきをしながらインディゴを見つめる。
アドナキエルは、テーブルのスイーツが、全て真っ青に染め上げられた光景をイメージしてみた。
食欲の無くなりそうな光景だ。口には出せなかったが、わずかに引きつった口元は、彼の意に反して雄弁だった。
グラウコスが細くを入れる。
「食紅ですよ。アズリウスさんは色に拘るので、スイーツには決まって、青い食紅を入れるんです。まあ、彼女のお菓子が敬遠される原因のひとつでもあるのですが」
「あ、青の食紅ですか。ケーキや、クッキーにも?」
「はい。単に色が変わるだけで、味にも体にも影響は一切出ないのですが」
「でもでも、全部普通の色してるよね? 全然青くないよ!」
「食紅を入れ忘れたんでしょうね」
頬袋のスイーツを飲み込んだカーディに返答し、グラウコスは休憩室の隅に視線をやった。
そこでは、スイーツの制作者であるアズリウスが、こちらに背中を向けてうずくまっている。何やらブツブツと呟いているが、その内容は聞き取れず。インディゴとグラウコスがいくら呼びかけても、返答はない。
スチュワードは心配そうな顔をする。
「インディゴさん、一体、何があったんですか?」
「それが、私たちにもわからないんです。私たちがここに来たら、既にあの有様で。テーブルの上にはこの通り、お菓子の山が……」
「休憩室に常備してあった材料、全部使い切ってしまったようですね。どうしたことやら」
グラウコスは愚痴りながら、グラスを軽く回した。
中身はバラ色のドリンクだ。インディゴたちにも、同じものが渡されている。
本来ならば、グラウコスの分は、青く染まっているはずだった。他ならぬ、アズリウスの毒によって。
ロドスに籍を置く大多数のオペレーター及び患者にとって、アズリウスの毒は、下手をすれば命に関わるほど危険なものだが、グラウコスにとっては、ちょっとしたスパイス程度のものだ。
最初は、それが原因なのかとも考えた。誰かをうっかり毒してしまい、それが元で落ち込んでいるのではないか、と。
だが、医療部はアズリウスの毒を中和する解毒剤を用意しているし、その対応も完璧にマニュアル化されている。というより、そもそもアズリウス自身が解毒剤を持っており、処置も心得ていた。彼女のことを知るオペレーターは、差別こそしないが、うっかり毒されないように、一定の距離を取って彼女と接する。
なのでどうにも、“毒物”関連とは考えづらかった。
「本人に直接訊いてみるしかないんですが、何を訊いても、うんともすんとも言わないんです。さっきからずっとあの調子で。それにこんな大量のお菓子、冷蔵庫にも入り切りませんからね」
「俺の勘ですけど、ストレス発散のためにお菓子作りに没頭したんじゃないかな。俺も、外勤任務で嫌なことがあったら、スイーツをたくさん作りますし」
「アドナキエルくんのおやつ、すっごく美味しいんだよ! みんな大好きだもんね、ね!」
「カーディは食べすぎだよ。この間も、アンセルに注意されたばっかりだし」
「うっ……」
喉を詰まらせたような声を出すカーディに、インディゴは小さく微笑んだ。
グラウコスはもう一度アズリウスを振り返り、何か声をかけようかとも思ったが、そのうちあの状態も解けるだろうと思い直し、今だたくさんあるスイーツへと手を伸ばした。
「これ、休憩時間中に食べきれなかったら、どうします?」
「他の方々におすそ分けしましょうか。医療部の皆さんに差し入れしても良いでしょうし」
「はいはい! じゃあ医療部には私が持っていくね! アンセルくんにも食べさせてあげるんだ!」
「じゃあ、僕はカーディの付き添いに。アドナキエル、メランサに持って行ってあげて。そろそろ報告書も出し終わってるころだと思うし」
「わかった。それじゃあ、俺はこのあたりで。アズリウスさんに、お礼を言っておいてください」
「ええ、伝えておきますね」
インディゴはこっくりと頷き、タッパーにあれもそれもとスイーツを詰め始めたカーディを微笑ましく見守る。
一方のアズリウスはと言えば、スイーツ作りでも発散しきれなかった想いを抱えて悶々としていた。