ほとんど逃げるようにしてヴィクトリアへ出張へやってきたドクターは、案の定、スカイフレアにも疑われる羽目になった。
スカイフレアの態度は“ドクターを騙る不審人物を見る目”そのものであり、説得にかなりの時間を食った。
彼女の身の上話から、失敗談、最終的にシエスタの黒曜石での出来事を詳細に語って、ようやく首を縦に振らせることが出来た頃には、既に貴族会議でのスピーチより長々と喋っている有様。
乾ききった舌と喉を抱えて歩いている最中、スカイフレアは、まだ胡散臭そうにドクターを横目で見つめていた。
「全く、二重の意味で信じられませんわ。ロドスはいつから、そのような馬鹿らしい薬を作るようになったのかしら」
「それは元凶に言ってくれ。ロドスの方針として作ったものではなく、あのふたりが勝手に作って盛ったものだ」
「おっと、意味がもうひとつ増えましたわね」
ふん、と鼻を鳴らされ、ドクターはいい加減げんなりしてきた。
しばらくの間、こうした外に出向く仕事は、ケルシーかアーミヤに任されることとなっている。そうでなくとも、医療部の誰か、あるいはケルシーの助手であるセイロンに頼みたかったのだが、生憎と今回はどこも手一杯。
なので、いつぞやのリターニア同様、ドクターが出向かざるを得なくなってしまったのだ。
その結果がこれである。先刻のマドロックといい、もはやロドスのオペレーターからも信じられない体たらく。
連徹の残業よりも、精神的なダメージは大きかった。
「まあでも、相応のドレスコードを守ってきたことは褒められるべきでしょうね。貴方にしては、ですけれど」
「どういう意味だ……?」
「ふふ、普段の陰鬱で不審な服装よりも、そちらの方がいくらかマシ、ということですわ」
「好き放題言ってくれる」
溜め息混じりにぼやくと、スカイフレアは珍しく年齢相応の微笑みを見せた。
「今回ばかりは、そちらの方がわたくしにとっても都合が良いというもの。わざわざ傲慢で鼻につく貴族の前に引き立てたのが、顔も見せない不審人物ともなれば、わたくしの沽券に関わりますもの。ああ、せっかくですし、明日はブティック巡りでもしませんこと?」
「君まで私を着せ替え人形にするつもりか? 勘弁してくれ」
「あら、ヒールまで履いておいて、今更何を気にかけているのかしら」
ドクターは首を振って、スカイフレアの申し出を辞退する。
貴族会議の時間帯の都合上、今夜はヴィクトリアで過ごし、翌日の正午までに
時間的にも、精神的にも、性自認的にも、女性ものの服を巡る余裕は全くない。
頭の中で、スケジュールや整理する書類、書かなければいけないレポートを数えていると、少し後ろを歩いていた飛行ユニット操縦士のディランが思い出したように言って来た。
「あれ、でもドクター、前に立派なドレスを着て……」
「やめろ、やめてくれ、トラウマなんだ!」
嫌な記憶を呼び起こされて、思わず顔を両手で覆ってしまう。
リターニアの一幕を連想する回数の、妙に多いこと。もし今日のことをグレイディーアに知られていたら、またあのドレスを着せられていたのかと思うと、流石に泣きたくなってくる。
そんなドクターの後ろ姿を、ディランはなんとも表現しがたい気持ちで眺めた。
スカイフレアは食いついてきた。
「ドレス? それは一体どのような?」
「黒一色で、それこそ貴族の人が着るようなやつ。なんかこう、わかるだろ? 舞踏会で着る感じのさ」
「ディラン!」
鋭く叱責し、眉間に皺を寄せて、肩越しにディランを凝視する。
ディランはギクッと肩を震わせると、両手を胸の高さまで上げた。
「あれは、私のではなく、グレイディーアのもので、無理やり着せられたものだ。いいな?」
こくこくと頷くディランから視線を外すと、スカイフレアは興味深そうな顔をしていた。
新しいおもちゃを見つけた子供のような表情だ。
ドクターは目を細めて、育ちの良いお嬢様を問い詰める。
「まさか、君もドレスを着ろと言い出すんじゃないだろうな」
「言いませんわよ、わたくしもドレスは着ていませんもの。無論、気にならないと言えば嘘になりますが。なんだかロドス本艦が恋しくなってきましたわね」
「言っておくが、もう二度と着ないぞ」
「果たしてその選択権があなたにあるのか、つくづく疑問ですわね」
もういい。ドクターは足を早め、肩で風を切るようにして歩き始めた。
せめて、このスーツの上から、いつものフードを被ってくればよかっただろうか。
後悔とは、どうしてこうも先に立ってはくれないのだろう。
恨みがましく思いながら、踵を踏み外さないように歩いていると、突き放したと思っていたスカイフレアとディランに難なく追いつかれてしまった。