クルビアのランジェリーショップまで連れてこられたドクターたち。ウタゲやエクシアがノリノリで勧めてくる下着に難色を示していると、そういえばスリーサイズを測っていなかったと言われてしまう。
TSもの特有の初めて下着回。なんでも許せる人向け。
「これを着けなければいけないのか? 私が? ……冗談だろう?」
「大マジだよ、リーダー!」
目を剥くドクターに、エクシアがあっけらかんと言ってのけた。
ここは移動都市クルビアのとあるデパート、そこに入ったランジェリーショップだ。
無理やり引きずられて来たドクターは、エクシアが見せてくる女物の下着を前に、全身が総毛立つ感覚に襲われる。何せ、彼女が手にしているのは、いかにもガーリーなピンク色のブラとショーツのセットで、柄もかなり派手。一緒に連れてこられた同性のウィスパーレイン、アステジーニさえ頬を染めるような代物だった。
ドクターは即座に首を振る
「……却下だ! なぜ私がそんな……」
「もー、ドクターってば。わがまま言わないでよ」
陳列棚の奥から、ウタゲがつま先立ちして顔を出す。
「ドクターぐらいの大きさなら、可愛いのいっぱいあるって。アタシなんて合うサイズからしてほとんどなくてさー、わざわざオーダーメイドしなくちゃいけないんだよ?」
「う、ウタゲさん……そんな、明け透けな……」
ウィスパーレインはストレートな発言にしどろもどろになりつつ抗議する。
だが、ウタゲにとっては別に気にするほどのことでもないようだ。入口と店内の境界でなんとか踏みとどまるドクターに、白と黄色の明るいカラーリングをした下着を掲げて見せた。
右も左も男の自分にそぐわないものばかりだ。ドクターは目のやり場に困りながら、アステジーニに囁きかける。
「アステジーニ。その、どうにか上手く収める方法とか、知らないか?」
「知ってたら、私もドクターもここまで来てないよ」
「それはそうだが……」
言い募るが、アステジーニはもう突っ込む気力もないようで、店の電灯を諦めの表情で見上げている。
ドクターは頭を回し、どうにかしてアステジーニを奮い立たせる方法を検討する。ウィスパーレインは他人を強く諫めることのできる性質ではないし、ましてやノリノリのエクシアたちとは相性が悪い。
アステジーニはというと、負けん気が強く、行動力もある方で、友人に辣言するのも厭わないタイプだ。ドクターの説得が聞き入れられない今、彼女だけが頼りだった。
ただ、どうやら現実は無慈悲なようである。
「適当に一着二着見繕って切り上げたら? あの三人が満足するチョイスを受け入れたら、それ以上言ってくることはないと思うし」
「買った後はどうすればいいんだ……。誰かに渡すようなものでもないだろうに」
「紳士的だね、ドクター。アーミヤに渡すとか言ってたら、引っぱたいてたよ」
「それはどうも」
結局、買うのは確定らしい。
しかし買って一体どうすればいいのか。仮に身に着けたまま健診などしようものなら、逆さに吊られるよりもひどい目に遭いそうな気がする。クローゼットの奥にしまい込むのも、それはそれで問題があるような。
由々しき問題に悩んでいると、離れたところで商品を物色していたカシャが飛び跳ねて自己主張をした。
「おーい! いいの見つけたよー!」
―――嫌な予感しかしない。
眉間を電撃で撃ち抜かれたような気分になりながら、ドクターは半歩後ろに下がった。素早く背後を取ったエクシアに両肩を抑えられる。彼女は顔を見なくてもわかるぐらい、満面の笑みを浮かべていた。
「どーこいくの~? まだ買い物は終わってないよ~?」
「い、いや……その、トイレに……」
「買ってからでいいじゃん」
とっさに吐いた苦しい嘘を力尽くでねじ伏せてくる。
次に逃げ出す言い訳を繰り出そうとした矢先、駆け寄ってきたカシャが自分の選んだものを突き出してきた。
今度のものは、アステジーニも絶句した。
カシャが持って来たのはかなり大胆な、黒いレースの下着だ。ランジェリーの知識など全く持ち合わせていないドクターにもわかるほどの。
表情に乏しいウィスパーレインさえあんぐりと口を開くようなものを見て、エクシアは非情にも高評価を出した。
「おお~! いいじゃん!?」
「でしょ、でしょ! ドクターは髪も肌も白いから、絶対
「良くない……良くない」
ドクターは出来の悪いおもちゃのように、首を左右に振った。
肉体が女になったからといって、同性でさえ驚愕するようなものを身につけろというのは、流石に無理がある。第一、ドクターの性自認は男のままだ。
血の気の引いた顔で足を突っ張り、下がろうとするが、エクシアに阻まれて上手く行かない。アステジーニは今度こそ見かねたようで、ドクターの腕を引いた。
「ちょっと、ドクターにそれ着けさせる気!? どうかしてるんじゃないの!?」
「わ、私もその……流石にちょっと……」
ウィスパーレインもおずおずと抗議してくれる。
当然のようにカシャとエクシアはブーイングを初め、他に持って来たものを見せてくるが、大体似たり寄ったりだ。
店の境界で論争を重ねていると、結構な数をカートに入れて持って来たウタゲが、ぽんと手を叩いた。
「あ、てか忘れてた。サイズ計んないとじゃん。ドクター、そんなとこ突っ立ってないで、入ってきなよ」
「え……?」
「おっと忘れてた。リーダーのスリーサイズ、どれぐらいかな~?」
「うっかりしてた! そこの店員さん、すみませーん! メジャー貸してくださーい!」
前門のウタゲ、後門のエクシアに引きずられ、ドクターが店内に引っ張り込まれていく。ウィスパーレインとアステジーニが慌てて両腕をホールドして止めようとするが、なにぶんフィジカル面に大きく差がある。
儚い抵抗も虚しく、ドクターはランジェリーショップの奥へと連れ込まれた。
更衣室に閉じ込められた上、ウィスパーレインとアステジーニは追い出され、エクシアが後ろ手に鍵をかける。
ウタゲ、エクシア、カシャと一緒に入った更衣室は当然ながら狭苦しく、逃げ場がない。ドクターは思わず両腕を交差して肩を抱いた。
「ま、ま、ま、待ってくれ! 脱ぐのか……? ここで!? 今この状況で!?」
「女同士だし気にしなーい。脱がないと剥くよ」
「ストップだ、そういうのは医療部でそのうち身体検査が……!」
「今買うんだから、今やるべきでしょ! ほら脱いだ脱いだー!」
「やめっ、ああああああああああ!」
どたんばたん、と更衣室の中が騒がしくなる。
ウィスパーレインは中で起こっていることを察し、真っ赤になって固まっていたが、アステジーニは扉を荒っぽくノックして声を張り上げた。
「ちょっと、流石にそれは洒落になってないってば! 開けろーっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あ、ちょ、暴れないでって。カシャー、アタシとエクシアで抑えつけてるからちゃちゃっと測っちゃって」
「その捕まえ方で測るの無理だよ。あのさエクシア、もうちょっとこうさ、万歳させた状態で固定できない?」
「もう縛っちゃった方がいいかな。それとって」
ウィスパーレインの頭がゆで上がり、蒸気を吹きそうなほど熱くなる。聞いたこともない声で泣き叫ぶドクターの声に、ちょっと背筋がぞくぞくとしたのは、彼女だけの秘密だ。
そしてようやく抵抗するドクターの声が静まって、更衣室の扉が開かれる。
肩で息をするアステジーニに睨まれても、出てきたカシャは全く意に介さなかった。
「終わったよー。ドクター、案外着やせするタイプだったね。B82、W54、H73……」
「そういうのを、外で言うのは……」
「ていうか、ドクターは? 大丈夫なわけ?」
ウィスパーレインが咎め、アステジーニが更衣室を覗き込む。
中ではウタゲとエクシアが得意げな表情をしており、当のドクターはと言うと、カーテンの影に隠れて震えていた。
アステジーニが顔を真っ赤に染める。更衣室奥の鏡は無情にも、カーテンの影に隠れたドクターのあられもない後ろ姿を外に公開していた。
黒いレースの下着一枚を着せられた真っ白な肌と、中性的なワンレングスの白髪。雪のような白い体に、大胆ながらも上品さを醸し出す装飾がアクセントになっていて、同性のアステジーニでさえ息を飲まされる。
加えて、カーテンの端から覗く朱色に彩られた頬と、涙に濡れた真珠の瞳である。
普段、フードを目深に被り、ボディラインもろくに見せないような服装で、且つ感情の波も穏やかなドクターからは、とても想像できない姿は―――少し、刺激が強かった。
アステジーニは口元を抑え、目を逸らした。
「ぐっ……!」
「うう……み、見ないでくれ……!」
「似合ってるって。ドクター、目線ちょうだい。一枚撮るから」
「やめろ……っ!」
カシャに端末を向けられ、ドクターはカーテンの裏へと隠れてしまう。
が、カシャは容赦なくシャッターを切った。鏡にばっちり映ったドクターの姿を撮ったのだ。
男の仕草とは思えない、と考えた自分を、ウィスパーレインは深く恥じた。
「んじゃ、会計しちゃおっか。アタシはもう残高ないから、エクシアよろしく~」
「えぇー、私もソラのライブに行ったから今月ちょっとキツいのに……カシャは?」
「しょうがないなぁ……貸しだからね? あ、ふたりも会計手伝ってよ。見物料ってことでさ」
「け、見物とかしてないんだけど!?」
「またまた。アステジーニ、ドクターに釘付けだったじゃん」
「そ、そそ、そんなことないってば!」
アステジーニは両手を振って否定するが、真っ赤な顔では説得力がない。
ドクターはカーテンの影で屈みこみながら、弱々しく訴えた。
「服……返してくれ」
胸と股間に吸い付くような下着の感触が、どうにも落ち着かなかった。