マドロックが、あてがわれた炎国風の衣装をまとって撮影場所に入った時、ニェンとエフイーターはすこぶる真剣な表情をしていた。
ふたりの前には、マドロックと似たような炎国風の衣装を着た少女が……。
「ん、いや、待て。……ドクターか?」
「ま、マドロック!? どうしてここに!」
ニェンとエフイーターの前で、羞恥に打ち振るえていたドクターが、危機を察知した小動物のように反応する。
マドロックは目を丸くした。
率直に言って、ドクターの印象は、いつもの防護服とも、先日見かけたドレスコードともまるで違うものだった。
大きく余った袖のせいか、後頭部の高いところでまとめられたシニヨンのせいか、ひどく幼い印象を受ける。
背丈の高さは変わらないが、かなり大きく余った袖で体を隠す仕草などは、炎国の内気なお姫様と呼んで差し支えないだろう。
マドロックがポカンと立ち尽くしていると、ニェンは彼女に振り返り、硬い表情と口調で迎え入れる。
「おーう、来たな、第二の主演。似合ってるじゃねえか」
「そ、そうだろうか。炎国の衣装とは、なんとも落ち着かないものだが」
「いやいや、バッチリ似合ってるって」
手放しの賞賛だったが、どこか表面的な社交辞令にも聞こえる言葉。
それはひとえに、ドクターに抱いた感情のせいだろう。
ニェンはエフイーターとアイコンタクトを交わし、ふたりにしか聞こえない声で囁き合った。
(やべえな、すっげえ滅茶苦茶にしてえ)
(あたしもだ。破壊力すごいなこれ、間違い起こしそう)
「な、何を話している……?」
身の危険を感じたドクターが後ずさりをする。ニェンとエフイーターはそろって、“いや、なんでも”と言って首を振った。
ニェンはどこからか丸めた台本を取り出し、エフイーター、マドロック、ドクターを順に示す。
「さーて、他の奴らもそろそろ準備できたろうし、撮影始めっぞー。主演ふたりとヒロイン役、気合いいれろよ?」
「待て。もしや私の妹の役というのは……」
「おう、ドクターだ。頼むぜ、マドロック姉姫様?」
マドロックとドクターの間に、かなり気まずい空気が流れる。
先日のことは、ドクターの口から話せるだけ話した。だが、マドロックはあまり納得していないのだ。何か秘密の作戦で、と言われた方がまだ説得力を感じるほどには。
マドロックに白眼視され、ドクターは冷や汗を掻く。堂々とさらされた背中に滲む汗は、すぐに気化して、異常なほどの寒さを感じさせた。
マドロックはしばらく無言でドクターを見つめていたが、やがて岩のように重く頷く。
「……わかった、いずれにせよ、私が引き受けたことだ。最後までやり遂げよう」
「そうだそうだ、気合い入れろ! お前とドクターんところが、一番の見せ場なんだからな!」
「おーい、ニェン! セットもキャストもそろったよー! いい加減始めようよー!」
「よっしゃ!」
会話に割り込んできたクロージャの声を聞いたニェンは、ドクターの腕をつかんで駆けだした。
さっと脇に避けて道を開けたマドロックに、エフイーターが話しかける。
「ねえ、もしかしてさ、ドクターと喧嘩でもした?」
「喧嘩というほどではないが……」
どう説明したものか、少し言葉選びに悩む。
悩んでいるうちに、自分が何に対して怒っているのか、曖昧になってきた。
ドクターが素顔と性別を隠していたことか、女性になる薬を盛られたからと訳の分からないことを言われたからか。自分には武装解除をして素顔を見せるように言っておきながら、自身はフードを被っていることか。
むっつりと沈黙するマドロックの様子から、エフイーターは大体のことを悟ったのだろう。彼女は苦笑いしながら、マドロックの肩を叩く。
「まあ、気持ちはわからないでもないけどさ。それはぐっと堪えてよ。一緒に映画撮るんだし、特にマドロックとドクターは、仲のいい王族の姉妹っていう設定だし」
「前にも言ったが、演技は苦手だ」
「自然体で良いんだって! いつも通りに、言われた通りの台詞を言えば。あたしたちも行こう、主演なんだから!」
「あ、ああ」
「わかったら行くぞ! 今回の台本はクロージャさんお手製だし、きっと面白くなるからさ。盛り上げていこうぜ!」
エフイーターに背中を押され、マドロックは戸惑いながらも撮影場所へと向かっていく。
その後、ニェンとクロージャ監修の下、いくつかのトラブルに見舞われながらも、映画の撮影は終了。
満を持して放映された映画は、ドクターが出演したシーンだけ、やたら高い視聴率を誇ることとなったのだが。
自然発生した暗黙の了解により、アーミヤとケルシーには、伝わることはなかった。