アクナイ二次~TSドクターの受難~   作:よるめく

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メキャッ(シャマレの性癖が歪む音)


幕間7‐2 シャマレの夜更かし

 シャマレは、夜更かしをしていた。

 

 時刻は既に0時を回り、宿舎の自室は真っ暗。カーテンを開けば、満天の星空を戴く荒野が見えることだろう。

 

 そんな中でもロドスは進み、耳をすませば低い駆動音が聞こえてくる。そこに時々、巡回するオペレーターの足音が混じる。

 

 ただ静寂とした夜よりも、少しだけ、安心できる。シャマレは―――医療部は良い顔をしないが―――ロドスの夜が、嫌いではなかった。

 

 しかしながら、今晩の彼女は、淑やかな夜に身を預けるでも、星空を指でなぞるでもなく、毛布を被って端末の画面を凝視していた。

 

 ぬいぐるみのモルテを抱きしめて、普段の半眼を僅かに見開いて、イヤホンから聞こえる音に耳を澄ませる。

 

 何を見ているかと言えば、それはニェンとクロージャの合作である。

 

『さあ、お姫様、一緒に来てもらうよ。私の“最高傑作”を完成させるために、あなたが要るの』

 

『くっ、放せ……!』

 

 魔人“(シー)”(演:ディピカ)が絵筆をタクトのように振るう。

 

 不気味な何本もの青い触手が、姫巫女(演:ドクター)の体を締め付け、宙吊りにする。白い姫巫女は藻掻くが、振り払うことが出来ない。

 

 シャマレは、我知らずモルテを強く抱きしめた。継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみは、びっくりしたように腕を振り回す。苦しいと訴えているようだったが、シャマレの意識には届かない。

 

 魔人の指示に従って、触手は噴き出した場所へとドクターを引きずり込もうとする。凝った鳥かごを思わせる装飾の、卵の形をした棺の中へ。棺の中は、青みがかった、闇。

 

 姫巫女は恐怖して暴れるが、どうにもならない。いよいよその華奢な体が引っ張り込まれんとした、その時、国一番の衛士(演:エフイーター)が魔人に殴りかかった。

 

 魔人はギリギリのところで後ろへジャンプして、鉄拳をかわす。

 

 彼女と一緒に棺も後退し、触手に捕らわれた姫巫女が、衛士に振り返って何事か叫ぼうとした。

 

 だが、何かを言う前に触手が姫巫女の口に巻き付き、塞いでしまう。

 

『姫様! 下郎、そのお方を解放しろ!』

 

『そうは行かないよ。アタシには、この子が必要なの』

 

『ほざけ!』

 

 放たれた矢のように殴りかかる衛士に、魔人は筆を一振りした。

 

 彼女の足元から、何本もの触手が突きあがって壁となり、弾力のある体で衛士の拳を受け止めると、覆いかぶさって押しつぶす。

 

 そこに至ってようやく、姫巫女の姉である王女(演:マドロック)がやってきた。

 

 黒いドレスを青黒い返り血で染め上げ、銀の鎚を手にした彼女は、今の今まで魔人の使徒を叩き潰し、民を守っていたのだった。

 

 魔人は筆を手の中で回して、静かに嘲る。

 

『遅かったね、王女様。まあ、仕方ないか。妹よりも、自国の民の方が大事だもんね。おかげで、最後のピースが楽に手に入ったよ』

 

『貴様……』

 

『じゃあね、薄情な王女様。この子はもらっていくよ』

 

 姫巫女の体は、ついに棺に飲み込まれ、閉じた扉によって覆い隠された。

 

 王女は急いで取返しに向かうが、いくつもの触手に阻まれて、魔人を取り逃がしてしまう。

 

 城のバルコニーから、触手で編まれた怪鳥に乗って去っていく魔人。

 

 王女は、その姿を見上げて慟哭するしかなかった。

 

 ……というところで、シャマレは一度映像を止めた。

 

 シークバーを呼び出し、慎重に動かしながら、目的のシーンを探っていく。

 

 その指先は震えていて、モルテの頭に埋めた鼻からは、荒い鼻息が漏れている。

 

 この映画は、クロージャが全年齢対象としているが、映画を見た幼少のオペレーターはごく少数だ。

 

 何かを危惧した大人たちが、こぞって子供たち―――と、アーミヤとケルシー、ドーベルマンなどの首脳陣―――には秘密にして、密かな鑑賞会を行う程度に留まっている。

 

 では、なぜシャマレが、この映画を知っているのか? 理由は単純。ある迂闊なオペレーターが、休憩室で見ていた場に、偶然シャマレが居合わせてしまったからだ。

 

 そのオペレーターは、席を外していて、端末だけがテーブルの上に残されていた。この映画を映した画面を。

 

 シャマレは当初、それに何の興味も持たなかったが、落とし物は届けようと考えて端末を拾ったところ、偶然指が画面に触れて、映画が再開してしまったのである。

 

 そこからは早かった。

 

 ―――確か、このあたり……。

 

 ―――あった。

 

 状況はいくらか飛んで、魔人の居城。

 

 城というより、巨人のアトリエとでも呼ぶべき外観の内側に視点が移行し、儀式の場があらわになる。

 

 吊り下げられた人間のミイラ、慟哭の表情で凍り付く獣の骸。その全てが魔人の使う顔料であり、邪悪な魔獣の材料だ。

 

 魔人は部屋の中心で、大きな絵筆を使って青い絵具をかき混ぜる。

 

 ゴボゴボと不気味に泡立つそれは、まるで御伽噺の魔女の鍋。

 

 顔料の坩堝を挟んだ魔人の正面には、姫巫女が拘束されていた。

 

 X字の板に、触手で両手首と腹部を括り付けられている。猿轡のように噛まされた触手のせいで、呻き声を出すのが精一杯だ。

 

 シャマレはゴクリと唾を飲み込む。

 

 姫巫女は、唯一自由な足をばたつかせ、なんとか(いまし)めを振りほどこうとしている。

 

 そのたび炎国風の衣装が揺れて、ハイソックスを履いた白い太ももが、スリットからチラチラ覗いた。

 

 ソックスの口の部分は赤く、肌色とハイソックスの白を分かつ。

 

 シャマレのうなじから、髪の毛、耳の先までがぞわぞわとした。

 

 本人すら知らない感情は、モルテのお気に召さないらしい。ぬいぐるみが抗議するように両手をバタつかせる。

 

 シャマレは鬱陶しくなって、声を殺して叱りつけた。

 

「モルテ、大人しくして。今いいところなの」

 

 既にこの映画は、何度も見返している。

 

 この先の内容も全て知っている。姫巫女は顔料の中に取り込まれ、姉への劣等感、身分への不満、父王への恐怖を絞り出されて、魔獣と一体化してしまうのだ。

 

 巨大化した魔獣は、姫巫女を助けにやってきた王女と衛士一行の前に、魔人とともに立ちはだかる。

 

 王女はどうにかして魔獣を倒そうとするが、力及ばずに敗北。姫巫女の負の感情を代弁した魔獣の攻撃から、衛士が王女を庇って取り込まれてしまう。

 

 王女は従者たちに引きずられて撤収。夢の中で、姫巫女と遊んだ日々を思い出す。

 

 そこから先も、すらすら暗唱できる。

 

 むしろ、その先こそが本番だ。クライマックスが、最もシャマレの“ぞわぞわ”を掻き立ててくれるのだから。

 

「うーん……シャマレお姉さん?」

 

 ギクッ、とシャマレの両耳が、天井に向かって立ち上がった。

 

 普段、両側に向いている先端が毛布を押し上げる。シャマレは端末を引っ張り込み、頭を出した。

 

 同室のスズランが、寝ぼけ眼をこすりながら、近くにやってきていた。

 

「スズラン、どうしたの?」

 

「私は、おトイレに……シャマレお姉さんは、眠れないんですか……?」

 

「アタシのことは気にしないで。早くトイレに行って寝なさい。明日も早いんでしょう」

 

「うぅん、はい……」

 

 スズランはのろのろとトイレへ向かう。

 

 幸い、映画には気付かれていないようだ。シャマレは密かに胸をなでおろした。

 

 驚きすぎて、興が冷めてしまった。端末を消して、ベッドに横たわる。

 

 目を閉じると、映画の続きが―――シャマレの最も気に入っているシーンが、鮮明に蘇ってきた。

 

 困難や懊悩の果てに奮起した王女は、なんとか都へ迫る魔獣を打ち倒す。

 

 中に妹がいると知った王女は彼女を救出しようとするが、魔人のさらなる一手により、今度は負の感情に囚われた姫巫女本人と戦う羽目になってしまった。

 

 魔人から借り受けた触手を自在に操り、これまでの怨嗟を吐き出す姫巫女。ボロボロの王女は攻撃を食らい、叩き伏せられながらも、妹を助けたい一心で立ち上がる。

 

 そして、最後の力を振り絞り、アーツを解放。姫巫女に駆け寄って、激突し、そして……。

 

 シャマレは両目を見開いた。

 

 去ったと思っていた興奮がたちまちぶり返してきて、眠気がどこかへ消し飛んでゆく。

 

 すっかり眼が冴えてしまった。もう眠れそうにない。

 

 トイレの扉が開いて、スズランが出てくる。

 

「シャマレお姉さん……?」

 

 シャマレは寝たふりをして、呼びかけを無視した。

 

 眠ったのだと思ったのだろう。スズランは自分のベッドに戻って眠り始める。

 

 すやすやという、穏やかな寝息が聞こえ始めるのを待って、シャマレは再び端末を取り出した。

 

 彼女の映画鑑賞は、結局夜通し続けられ、お気に入りのシーンの数々は、彼女にぞくぞくした痺れのような落ち着かなさと、具体性のない羨望を募らせていった。

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