アクナイ二次~TSドクターの受難~   作:よるめく

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ハニーベリーはいいぞ


心のどこかに・1

「あ、ドクター! 受け止めてくださーい!」

 

「うわっ!?」

 

 突然降ってきた重量に押しつぶされ、ドクターは床にひっくり返った。

 

 尻と背中に鈍い痛みが響き渡る。反面、胸の上には、ふかふかとした感触があった。

 

 後頭部強打だけは免れた。ひとまずそのことに安堵したドクターは、圧し掛かってきた柔らかくて大きなものを撫でる。

 

 フード付きのケープを羽織ったザラックの少女は、ふさふさした尻尾を喜びに振りつつも、心配そうにドクターの顔を覗き込んできた。

 

「ど、ドクター、大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。だがハニーベリー、入ってきた瞬間に飛びつくのは控えるように。せめて、受け止める準備くらいはさせてくれ」

 

「うう、すみません……」

 

 ハニーベリーは首を縮めると、ドクターの体から退く。

 

 床から上体を起こしながら、ドクターは自身の体を見下ろした。

 

 元々森林のツリーハウスで育ったからか、ハニーベリーには、高所から飛び降りるのが趣味という、変わった一面がある。

 

 ひとりでも彼女は無事に着地できるが、万一のことがあるため、ロドスでは誰かが受け止めることになっていた。その役は大体ミントが引き受け、時々ドクターにお鉢が回ってくる。

 

 前までは、何事もなく受け止めることが出来ていた。

 

 ハニーベリーの身長はそれほど高くなく、体重も重くない。不意打ちされても、受け損ねることはないだろう。談話室に入る直前まで、そう思っていたのだが。

 

 自分の両手をぼんやりと見下ろす。

 

 男の頃よりも、心なしか線の細くなった白い両手は、どうにも頼りない。

 

 長い事デスクでペンを握ったことで出来た中指のタコだけが、前と変わらないものだ。

 

 床に座り込んだままのドクターに、ハニーベリーが心配そうな顔をする。

 

「ドクター? やっぱりどこか痛めて……?」

 

「いや、すまない。なんでもないんだ」

 

 このところ、頻繁に鎌首をもたげるようになった悩みを押しのけ、立ち上がる。

 

 ハニーベリーを安心させるために微笑みかけると、小ぶりな談話室の主は、ドクターの手を引いてソファの下へと連れて行った。

 

 テーブルを挟んで向かい合うソファに仲良く座り、ハニーベリーが持ってきた薬草茶と、ベリーの蜂蜜漬けを口にする。

 

 苦いが、不思議と爽やかな後味のお茶に、しっとりとした甘みと清涼な酸味を併せ持つベリーは良く合った。

 

 ふたりで並んで座り、舌鼓を打っていると、ハニーベリーはぴったりとドクターに体を寄せ、つぶらな瞳で見上げてきた。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「どうというほどのことでもないさ。強いて言うなら、君の様子が気になってね。談話室は随分好評のようだが、君は平気か?」

 

「私は元気ですよ! 皆さん優しくて、談話室に遊びに来るとき、果物のおやつを持ってきてくれるんです! 先週はメテオさんが、葡萄を持ってきてくれましたし、先日はテンニンカちゃんが、林檎をたくさんくれて……あ、昨日作ったアップルパイがまだ残ってるんです。一緒に食べませんか?」

 

「せっかくだ、ご馳走になるよ」

 

「はい!」

 

 ハニーベリーは嬉しそうに笑うと、ソファを飛び降りて、備え付けの冷蔵庫へと向かった。

 

 この談話室は、カウンセラーの資格を得たハニーベリーが、ケルシーに申請を出したことで作られた部屋だ。

 

 客人は主に彼女の母親だが、作戦中にPTSDを患ったオペレーターが通されることもある。決して簡単ではないロドスの試験をパスした彼女の、カウンセラーとしての腕前は本物だ。

 

 ハニーベリーが持って来たアップルパイを頬張っている時、ドクターは改めてそのことを思い知らされた。

 

「ドクター、美味しいですか?」

 

「うん、とても。君が作ったのか?」

 

「はい! お母さんに教えてもらったんです。コツは甘くし過ぎないで、林檎の酸味を活かすことだって」

 

「確かに。なんだか、ほっとする味だ」

 

「えへへ」

 

 嬉しそうにはにかむハニーベリーだったが、その表情から、ふっと笑顔が消える。

 

 ろうそくの炎が、僅かな風に吹き消されるような、急激な変化だった。

 

「よかったです。ドクター、とっても疲れた顔をしていましたから」

 

 ドクターはドキリとして、思わず自分の頬に手を触れた。

 

 相変わらず、口元には感染対策のマスクがしてあるし、フードもきっちりと被っている。見えているのは、変わらず目元だけのはずだ。

 

 そこまで考えて、自分が完全に図星を突かれた者の反応をしていると気付いた時には、もう遅い。ハニーベリーの悲しそうな顔が、近づいてきていた。

 

「ドクター、本当に、私の様子を見に来ただけですか? 何か悩み事とか……」

 

「……敵わないな。君は立派になったよ」

 

 本心からの賞賛とともに、頭を撫でる。しかし、ハニーベリーの眼差しは、じっとドクターを見据えて動かない。

 

 心の奥底まで見透かされそうな視線に、観念するしかなくなってしまった。

 

 ドクターは、腹に力を入れて溜め息を堪えると、ぽつりと心に引っかかっていることを口にした。

 

 それは前日、パフューマーの療養庭園を訪れた時のこと―――。

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