アクナイ二次~TSドクターの受難~   作:よるめく

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エンカクはドクターに対してどんな感情を抱いているのか。
戦争の話早くして鷹さん!


心のどこかに・3

「待て」

 

 低い制止の声をかけられ、ドクターは振り返る。

 

 しかし、声の主はそれを待たず、ドクターの手首をつかんで、背中を廊下の壁に押し付けた。

 

 至近距離から見つめてくるのは、熔鉄の輪郭が放つような金色をした瞳。

 

 額から伸びる、節くれだった二本の角を見るまでもなく、それが誰だか気が付いた。

 

「エンカク!? 一体、何を……!」

 

 エンカクは戸惑うドクターのマスクを引っぺがして捨て、顎をつかんで上を向かせる。

 

 ドクターは思わず息を呑み、エンカクを振り払おうとするが、力の差は歴然。

 

 壁と屈強なサルカズ傭兵の体に挟まれたまま、動けなくなった。

 

 握りしめられた手首が痛い。なんとかそこだけでも自由にしようとするが、叶わない。

 

 やがて、エンカクは納得したように鼻を鳴らした。

 

「……そうか」

 

「え?」

 

 思いのほか、あっさりと解放された。

 

 エンカクは興味を失ったとばかりに背を向けて、療養庭園に戻ろうとする。

 

 鈍く痛む手首を抑えながら、今度はドクターが制止した。

 

「待て、エンカク。私に何の用だったんだ?」

 

「用は済んだ」

 

「その用がなんだったのかと聞いているんだが」

 

「確認だ。遠目ではなく、近くで確かめたかった。まあ、俺の記憶に間違いがなかったという、ただそれだけの話だ」

 

「何を言っているか、さっぱりわからない」

 

「なら、気にするな。お前はお前だ」

 

 眉をしかめて首をひねっているうちに、エンカクは庭園にさっさと入っていってしまった。

 

 何が何だかわからない。ドクターは投げ捨てられたマスクを拾うと、軽く手で払ってから着け直す。

 

 そこで、少しだけ固まった。

 

 さっきは動揺していたから気が付かなかったが、向けられたエンカクの眼差しには、覚えがあった。

 

 女性になってからしばらくした頃、ケルシーが似たような視線を向けて来ていたのだ。

 

 あれは確か、患者たちに会いに行った時のこと。

 

 医療オペレーターから物資や治療状況を聞き、オペレーターではない患者たちの様子を見ている時、偶然出会ったケルシーが、珍しくこちらを凝視して突っ立っていた。

 

 彼女がひとりで何もせず、廊下に棒立ちすることなど、性格的にも考えられない。

 

 それでもその時、ケルシーは息をするのも忘れて、こちらをじっと見つめていた。

 

 最初は驚きが、次に訝しげに、何かを探るような瞳で。

 

 ドクターが何か言う前に、彼女は身をひるがえして去って行ったが、今思えば、先のシャイニングやエンカクと、似た雰囲気をまとっていたように思う。

 

 ドクターは、マスクに隠した自分の顔に指で触れる。

 

 彼女たちは、一体自分に誰を重ねていたのか?

 

 指先が冷える。

 

 胸の内に乾いた風が吹く。

 

 足元の床がぐにゃりと歪むような、不気味な感覚に襲われた。

 

 その感覚と、もたらされる感情が言語化される前に、ドクターは誰かの気配を感じて顔を上げる。

 

 前方、廊下の分かれ道の角から、テンニンカが顔を覗かせていた。

 

 重ねた両手で口元を隠し、大きく見開いた瞳をきらきらと輝かせている。

 

 ドクターは首を傾げた。

 

「テンニンカ? そこで何をしているんだ?」

 

「……だ」

 

「え?」

 

 小声で何事か呟いたテンニンカは、はわ、と妙な声を上げて叫んだ。

 

「壁ドンだ! ドクターがエンカクに壁ドンされてた!」

 

「…………え?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解が出来ず、ポカンとしてしまう。

 

 壁ドンという単語自体は知っている。前にクロージャやシラユキと共に見たドラマで、そういうシーンが出てきてクロージャが騒いでいた。

 

 確か、男性が意中の女性を壁に追い詰める具合のポーズだったような。

 

 ―――壁ドン? 私が、エンカクに?

 

 無い。一秒で否定の言葉が導き出された。彼に限って、そういうことは絶対に無い。

 

 だがそれを口にする前に、テンニンカは身をひるがえした。

 

「壁ドンだ! ドクターが壁ドンされてたー!」

 

「ま、ま、ま、待て、テンニンカ! 違う、君は明らかに勘違いしている! 騒ぎながら走るな、待ってくれ!」

 

 赤い風のように駆けだしたテンニンカの後を追いかけて、ドクターは大慌てで走り出す。

 

 その後、騒ぎを聞きつけたエリジウムやら、パゼオンカやら、その他女性オペレーターやらに様々な危機をもたらされそうになりながら、なんとか捕まえて説得に成功したのだった。

 

 

 

「……と、いうことがあってね。はあ、また変な噂が流れないか、正直心配で」

 

「そ、それは……ご愁傷様です……?」

 

 全て打ち明け終えると、流石のハニーベリーも反応に困っていた。

 

 軽く苦笑して頭を撫でる。ハニーベリーはくすぐったそうに微笑み、いそいそとくっついてきた。

 

 ドクターの恋愛沙汰、と言われても、なんだかピンと来ない。

 

 ドクターは誰にでも優しく、その時に見せる笑顔は―――こう言ってはまたドクターを悩ませてしまうかもしれないが―――我が子を愛でる母親のようである。

 

 誰に対してもそうなので、恋愛の時に見せる表情というのが想像できない。

 

 きっと他のオペレーターもそうなのだろう。

 

 だからこそ、だろうか。テンニンカがドクターの恋愛シーン(早とちり)にときめいていたのは。

 

「すみません、ドクター。私にはちょっと」

 

「聞いてくれるだけで、少し楽になるよ」

 

「それなら、いいんですけど」

 

 ハニーベリーはドクターの顔を見上げる。

 

 相も変わらず優しい瞳。その奥に、何か別の悩みを抱えているような気がしてならない。

 

 カウンセラーとしては、そうした悩みを無理に引き出すのは御法度だ。あくまで、相手が口にしてくれるまで、待つのがセオリー。

 

 けれど、それで本当に大丈夫なのだろうか。それだけが心配だった。

 

「ドクター、お茶のおかわりはどうですか? ポデンコちゃんが、色んなフラワーティーを持ってきてくれたんです」

 

「じゃあ、一杯頂こうかな」

 

「おやつもまだありますから、好きな物を食べてくださいね!」

 

「ありがとう」

 

 ハニーベリーはいそいそとソファを離れ、ポットにお湯を注ぐ。

 

 湯気に乗って舞い上がってくる花の香り。それを手にテーブルに持っていくと、優しいお香のようだ。

 

 ドクターはマスクを外して、空気に溶けていく残り香を嗅ぐ。少しリラックスした表情を見て、ハニーベリーは言った。

 

 

「何度も言いますけど、悩み事は隠さずに言ってくださいね。抱え込めば抱え込むほど、重くなっていってしまいますから」

 

「そうだな、確かに、そういうものだ」

 

 そう呟いて、ドライマンゴーをひとつ頬張る。

 

 硬い実にゆっくりと奥歯を食いこませながら、ドクターはささやかなティータイムを楽しんだ。

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